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森のパスタ屋さん  作者: おあしす
5/10

5話

夕方-

街がよるの顔へと変化していく中、あのツインテールが再び商店街に現れた。

右手にはいつもの手帳、左手には携帯を持った美佳が<パスタ屋>の前に立っていた。

「よーし、今度はバーの時間に突撃!小次郎がいるのはちょっとムカツクけど、ここはがまん、がまん。」

店先には、<CLOSED>と書かれた看板が掛けられていた。

夕方の営業は6時からだった。美佳は時計に目をやる。時計は5時50分を指していた。

「ん~、まだちょっと早いか。その辺でも見て回って時間を潰そうか。」

手帳をカバンにしまい、近所をブラブラと歩く事にした。ふと前にあったライブハウスが目についた。

「へぇ~、こんな所にライブハウスがあるんだ。いろんなバンドの出演表があるなぁ。どれどれ…」

知っているバンドはないか探してみたが、見覚えのある名前はなかった。

「う~ん、知ってるのはないなぁ。…ん?当店人気No.1バンド<HIGHWIND>?へぇ~。」

一際大きな文字で書かれていたバンド名がふと気になった。

「あ、明日ライブあるんだ。前売りがあるなんてまるでメジャーバンドみたいじゃない。

よし、紗希も誘って見にこよう!早速前売りをゲットよ!」

迷わずにライブハウス<ブラックコーヒー>に入っていった。

地下に続いている階段を恐る恐る降りていく。入り口のドアを開ける。

中には床をモップで掃除していたジョン、グラスを磨いていたジョージがいた。

「あ、あの~。前売り券が欲しいんですけど…」

掃除をしていたジョンに声をかける。するとジョンは

「ああ、前売りですね。ちょっと待ってください。」

そう告げて、レジに向かって歩いていく。レジ横のひきだしの中からチケットを取り出す。

「何枚いります?」

「2枚ください。」

「はい、2枚ね。」

と、前売りを2枚切り取り、チケットとは別の黄色い紙を取り出した。

「これは?」

不思議に思った美佳は、ジョンに聞いてみた。

「ああ、今回のライブで使うらしいんですよ。メンバーから渡しておいて、って頼まれたんです。」

「そうなんですか。」

「なので、当日この黄色いのも持ってきてください、とのことです。あ、2枚で3000円です。」

「はい。…えっと、3000円、3000円っと。」

サイフから3000円を取り出し、ジョンに渡す。

「はい、ありがとうございます。明日ですのでよろしくお願いします。」

ペコっとジョンはお辞儀をした。

「は~い。じゃあ、また明日来ます。ありがとうございました。」

階段を上っていく美佳を見守りながら、ジョンとジョージはニヤっと笑った。

「また、新しいお客さんが増えたなぁ。」

「ああ。涼介も喜ぶぞ~。」

そう会話しながら、店の掃除を進めていった。


「さあ、目当てのバーに行くぞ!」

ブラックコーヒーから出た美佳は、パスタ屋に向かっていった。

看板は既に<OPEN>に切り替わっていた。

ドアを押して中に入る。昼間はテーブル席が結構あったが、夜は少し減っていた。

そのかわりに昼間は飾りに見えたグランドピアノがスタンバイ状態になっていた。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

入り口で接客していたウェイトレス-門倉みきが立っていた。

彼女はジョージの彼女で、夜を中心にこの店でアルバイトをしている。

『へぇ~。夜は制服が違うんだ。シックなスーツになるんだ。』

みきの制服は昼間のメイド服とは正反対のスーツになっていた。

「あ、はい。ひとりです。」

「ではカウンターへどうぞ。」

と、昼間と同じカウンターへ案内された。そこにはバーテンの格好をした小次郎が立っていた。

「げっ。美佳…」

「え~?小次郎がバーテン?大丈夫なの?」

顔をしかめながらも、席に座る。

「…何にする?」

メニューをアゴでさしながら美佳に尋ねる。

「それが客に対する態度かコラァ!」

「だって…お前、絶対笑うぞ、普通に接客したら。」

小次郎にそう言われ、美佳は頭の中に?マークが回った。

「?どういうコト?確かにアンタがバーテンってのは笑えるけど…」

「まぁいい。で、何にする?」

今度はずらっと並んだビンを指差してオーダーを待つ。

「ん~。お酒は良く分からない。」

「そんなんでバーに来て大丈夫なのか?お前?」

「うっるさいわねぇ。いいじゃない、お店が素敵だったから来たの!」

テーブルに肘を付いてブゥ、と頬をふくらませてそっぽを向いた。

「そういやオーナーの大下さんは?」

「アイツは厨房にいる。サイドメニューが通ったらアイツしか作れないし。」

「へぇ~。…じゃ小次郎、私が飲めるカクテル作って。」

「…じゃあ、好きな色と好きなジュースとどのくらい酒が飲めるか言いな。」

小次郎はやれやれ、といった感じで両手を横に広げてため息を付いた。

「ん~。好きな色は青で、好きなジュースはももジュース。お酒はそれなりに飲めるわよ。」

「…なんともまぁ、お前らしいというか。まぁいい、ちょっと待ってろ。」

そう言うと、後ろの棚からいくつかのビンを取り出した。リキュール類である。

シェーカーにそのリキュールたちを注ぎ、氷を入れてシェイクする。

カシャカシャ、といい音が店に響き、グラスに注ぐ。

丈が低く、飲み口の広いオールドファッションド・グラスに注がれたのは、淡いブルーのカクテルだった。

「はいよ、お待たせ。」

そのカクテルを美佳の前に置く。

「こ、こじろう?あ、あんた、、、す、すごいのね。」

その手際のよさ、目の前に現れた青いカクテルをまじまじとみつめながらそうつぶやいた。

「まぁ、仕事だからな。プロとして恥ずかしい事はしたく無いし。まだまだだけどな。」

使ったビンを元に戻しながらそう答えた。美佳はほぉ~、とため息をつきながら一口飲む。

「…甘い。けどサラっと飲める。あ、ももの香りがする。」

「ガルフ・ストリームってんだ。フルーツジュースとウオッカ、ピーチリキュールとブルーキュラソーで出来てる。」

「何だかよくわからないけど、ジュースのウオッカ割り、ってわけね。」

「何ともロマンのないヤツだな。普通はウオッカのジュース割りだろ…まぁ、他にも飲むなら声かけろよ。」

そう言って、手を上げていたほかの客の所に小次郎は歩いていった。

カクテルのオーダーが入ったらしく、またリキュールを取り出し、シェーカーを振っている。

「クソっ。カッコイイじゃないか。こりゃあ負けだな。」

そう言うと、フフっと笑って一気に飲み干した。


「ごちそうさま。」

結局、この1杯だけ飲んでさっさと出てきてしまった。

『ま、いい所だからじっくり通わせてもらおう。あのピアノも気になるけど、他にも用があるし』

その足で<フラワーショップ ホシノ>に向かう。

「お~い、紗希~。いないの~?」

入り口でこう叫んでいると、中から紗希が出てきた。

「美佳?どうしたの?何かあった?」

「ねえ。明日、休みでしょ?」

「うん、私はお休みだけど。それがどうかした?」

「何か予定ってある?」

「え~っと…特にはないけど?」

そう聞いた時、美佳はニヤ~っと笑った。紗希はイヤな予感がした。

「ねぇ紗希ぃ~。明日私に付き合って~。」

「付き合うって…どこに?」

「新しい服買いたいんだけど、ひとりじゃつまんないから一緒に行かない?」

「あ、それならいいよ。じゃあ迎えに来てね。」

「うん。あ、夜も開けておいてね。」

「夜?うん、いいけど。」

紗希はワケが分からず、とりあえず親友のたのみなので開けておく事にした。

「じゃ、また明日~」

と美佳は帰っていった。紗希も中に入る。

「おかあさん、明日ちょっと出かけるね。」

「はいはい。おとうさん、紗希は明日でかけるそうよ。」

「はいよ。パスタ屋のにいチャンのおもしろい姿が見れないのか。」

新聞を読んでいた紗希の父親が肩で笑った。

「あ、パスタ屋さんは明日はお休みだよ。さくらちゃんが先週言ってたよ。」



翌日の土曜日。もうすぐ昼の12時-

「遅い、遅すぎる。美佳のヤツ!」

紗希は朝からでかける準備をしていた。白いブラウスにワインレッドのフレアスカート、長い髪は

黄色のリボンで右側でまとめた変則ポニーテールにしてあった。

自分の部屋にあるサボテンの<さぼさぼ君>に水を霧吹きでかけながら少し怒っていた。

「ねぇ、さぼさぼ君。美佳ったら来る時間くらい言ってくれればいいのにね。」

紗希には<植物と会話できる>能力がある。もちろん、このさぼさぼ君とも話ができる。

『そうだね。でも美佳なんだし、いつも遅れるんだから大目に見てあげたら?』

「そうだけど。でもいっつも遅れるのってどうかと思うよ?せめて電話ぐらいしてくれても…」

だんだんと愚痴っぽくなってきていた頃に、下のインターホンが鳴った。

「ごっめーん、紗希。寝坊しちゃって。」

「で、何時に来る予定だったの?」

「えっ?11時だけど?」

「…ま、まぁいいよ。で、どこに行くの?」

「まずは服だっ!さあ、行くよ!」

と2人は商店街に出かけていった。


まず2人はチェック柄で有名なブランドに入っていった。

チェックのスカートが一番人気のこの店の新作のスカートを片っ端から試着していく美佳。

「服を買いにきたのにいきなりスカートからなの?」

と疑問に思いながらも、紗希もスカートを物色していた。しばらく店を見て回っていると

ひとつのワンピースに目が止まった。白のワンピースだった。このブランドの特徴である大きなチェックは

フチや襟にしか付いていなかったが、何故かそれがず~っと気になった。

しばらく見ていると、店員から声をかけられた。

「すいません、コレ、売り物じゃないんです。…あら?あなた、星野紗希さん?」

突然店員から名前が出てきたのでびっくりしたが、はい、と答えた。

「…ねぇ、コレ、着てみない?」

「いいんですか?」

ぱあっと顔を明るくして喜んだ。

「いいですよ。きっと似合うと思いますよ。」

店員はマネキンに着せてあったワンピースを紗希に渡した。

「じゃあ、着てみます。」

と試着室に入った。ゴソゴソ、と着替えていると、カーテンの向こうから美佳の声が聞こえた。

「紗希~。着替えた~?」

「もうちょっと~。」

ようやく着替え終え、カーテンを開けた。そこには美佳とさっきの店員が立っていた。

「はぁ…やっぱアンタ、ずるいわ。」

一目見て、美佳はため息をついた。

「えっ?に、似合ってない?」

不安げな表情で首を左右に振って自分の姿をカガミで見る。

「逆よ、逆!」

「とっっっっっっってもお似合いです!」

店員はやっぱり、というような顔をして声を上げた。

「ほ、ホント?でも、コレ、売り物じゃないんだって。残念だなぁ。」

名残惜しそうにワンピースに身を包んだ自分を見ている紗希。その姿を見た美佳は、店長に相談しに行った。

「店長さんですか?アレ、見てくださいよ!」

身を乗り出し、熱弁を振るう。

「ん?…あ…」

「あんなにワンピースの似合う子はそうそういませんよ!」

「か、かわいい。というか、綺麗だ。」

「でしょ?あの子にあのワンピース、売ってあげてよ!いや、むしろ私が買ってあげたいの!だから売って!」

「よし、売った!5000円でいい!!」

美佳は思わずこけそうになった。

「ご、5000円?いいの?」

「いいよ。あの服は恐らく、彼女に着てもらうためにあるんだ。」

「またクサイセリフを。とにかく、ありがとう!」

と5000円を渡し、紗希の元に駆け出した。紗希に店長とのいきさつを話す。

紗希は驚き、顔を少し赤くして照れた後、店長にお礼を言いに行った。

「ああのっ!ありがとうございます!」

「いいよいいよ。」

と店長も紗希の顔を直視できなかった。


店を出た後、2人は商店街でタコヤキをほおばりながら午後の予定を話していた。

「ねぇ美佳、この後どうするの?はふっ…」

「ん~、アクセサリーとか見に行こうよ。はぐはぐ…」

「そうだね、そうしよう。ぱくっ…」

「そうと決まれば!いざ突撃~っ!!がつがつ…」

「あ~っ!!わたしのえびタコヤキ…」


アクセサリーショップに向かったが、特にめぼしいものはなかったので一旦紗希の部屋に戻った。

「で、夜はどうするの?開けておけ、って?」

「うん、実は、コレに行こうと思って。」

と美佳はチケットを取り出し、紗希に渡した。もちろん、黄色の紙も。

「ブラックコーヒー?ああ、パスタ屋の前の。」

「うん。そこで人気が一番あるバンドのライブが今日あるんだって。」

「HIGHWIND?聞いた事ないけど、どんな曲目なんだろ?それに、この黄色い紙は?」

渡された黄色の紙には数字が書かれていた。

「曲目とかはわかんない。で、コレはライブで使うんだって。」

「ふ~ん。何かビンゴゲームみたいだね。面白そう。うん、行こうよ。」

「開演は…6時だね。今は5時30分だから…そろそろ行こうよ。」

「うん。あ、せっかくだからさっきのワンピース着ていこうかな。」

と今日美佳に買ってもらったワンピースに着替えた。

「じゃあ、行こう。」

「うん。おかあさーん!出かけてくるよ~!」

と母親に声をかけ、家を出た。


ブラックコーヒーの前は人であふれていた。その様子を見た紗希は少し戸惑った。

「わっ…美佳、すごいよ、この人。」

美佳もここまでとは思わなかったのか、驚いている。

「す、すごいね、これは。ん?黒いマントとかサングラスしてる人が結構いるね。」

よく見ると、サングラスに黒いマント、金色の髪を逆立てた人がたくさんいた。

「メンバーにあんな人がいるのかな?」

「そうかもしれないね。…あ、人が中に入っていく。開場したみたい。」

人の流れに乗って、美佳と紗希も中に入っていった。席はちょうど中ほどにあった。

中は超満員。ステージにはドラムと何種類かのキーボード、その横に黒い箱があった。

『ん?あの箱、何だろう?楽譜とか置いてあるのかな?』

その箱が気になった紗希はそんなことを考えていた。そうしていると、アナウンスがあった。

「本日は御来場いただきありがとうございます。前売り券に付属していました紙はなくさぬよう手元にお持ちください。」

黄色の紙をポケットから取り出す。そこには<77>と書いてある。

『う~ん、何だろう?77番?う~ん、わからない』

と考え事をしていると、照明がだんだんと暗くなってきた。観客たちは一斉に声をあげる。

その後、水を打ったように静まり返る。

ジャン、ジャン、ジャン、ジャン…とアコースティックギターの音が鳴り響いた。

「数多のバンドの中から見事に選び抜かれ、今、ここに現れて人々を熱狂させる者、あり…」

どこからともなくこんな声が聞こえてきた。

『えっ?な、なに?何なの?』

紗希は声を聞く余裕もなく、ただまわりをキョロキョロと見渡していた。

「人、それを…HIGHWINDという!」

そう声が聞こえると、観客は一斉に叫び、もう1人の男の入場を待った。

奥からマントにサングラス、金色の髪をツンツンに逆立てた男が出てきた。

そう、HIGHWINDのキーボード、リョウになった涼介である。

涼介-リョウは手を観客に向けて上げ、いつものオルガンの前に座った。

ドラムのカウント-曲が始まった。ジョンのベース、ジョージのドラム、リョウのオルガン。

涼しい顔をしながらも、プログレの難解なカウントを確実に確実に刻むジョージのドラム。

ジョージと共に難しいリズムをキープしたまま、低音を支え続けるジョンのベース。

そして、そのふたりのつくり出したリズムの上で超絶的な手の動きでオルガンの鍵盤の上を踊るリョウの手。

そんな曲をはじめて聞いた紗希は-

『す、凄い…ど、どんな手してるんだろう?か、かっこいい…』

と、見とれていた。そうしているうちに次の曲が始まった。


3曲演奏した後、一旦MCがあった。

「今日はみんなありがとう!」

ジョンがマイクでそう観客にお礼を言う。

「まだまだガンガン行くぜ~。」

ジョージはマイクなしで叫ぶ。

リョウは少し疲れたのか、水を飲んでいた。

「さて、今日は前売りで黄色い紙が渡されたと思うけど、みんな持ってるかい?」

観客は各々渡された紙を取り出した。

「その紙に番号が書かれてると思うけど、今からこの<ガラガラくん>を回して、出た番号の人をステージに御招待~」

ジョンが<ガラガラくん>シールを貼った福引きマシーンを持ってそう告げると、観客は一斉に喜んだ。

「ただ~し!1人だけ~。さらに演奏に参加してもらいま~す。」

と言うと、観客は大いに喜んだ。

「じゃあ、回すぜぇ~。おい、リョウ。お前が回せよ。」

「おし。じゃあ、いくぜ!」

リョウがハンドルを持ってガラガラ回した。コトン、とひとつのボールが出てきた。

リョウがそのボールを取り上げ、そこに書かれてある文字を読む。

「ん~?<もう一度回せ>?…ってハズレかよ!」

出てきたボールを投げ捨てる。カンカンカン…とどこかに転がっていった。

これには観客もジョン、ジョージも爆笑。気を取り直してもう一回回した。

「おっ。今度は番号だ。え~っと…」

紗希はその様子をクスっと笑いながら見ていた。

『おもしろ~い。こんなライブもあるんだ。』

リョウは観客をぐるりと見渡した後、番号を読み上げた。

「77ばん!77ばんだ!」

「77番の紙を持ってる人~!ステージに来て~!」

ジョンがマイクでこう呼び掛けた。

「ええっ!!77番?」

紗希は思わずおおきな声を上げた。紗希の番号が読み上げられたのだ。

「おっ?その辺から声が聞こえたぜ。ささ、どうぞステージへ。」

ジョンが手招きをしていた。ジョージもニコニコと笑っている。リョウもサングラスの下で笑っていた。

紗希はおずおずとステージに向かって歩いていった。

「おやおや~?…おい、リョウ。」

ジョンはマイクを置き、涼介を呼んだ。

「何だ?」

「お前、今日紗希ちゃん呼んだのか?」

突然紗希の名前が出てきたのでちょっとびっくりした。

「へっ?いや、そんな、呼ぶなんて…彼女は今日は休みで出かけてる、っておばさんが言ってた。」

「何でそこまで詳しいんだ?じゃああれは別人か。でも、似てるなぁ。」

「へぃへぃ。俺はサングラスで良く見えないけど、かわいいんだろうなぁ。」

と言った後、オルガンのセッティングをするために2人から離れ、ヘッドフォンで音の確認をしに行く。

「さあ、どうぞ~。本日のラッキーガール。お?美人じゃないですか!」

ジョージにそう呼ばれ、紗希はゆっくりとステージの上に立った。

「あ…えっと。…マジ?」

ジョージも紗希であることに気付いたらしく、言葉に詰まる。

「あ~。ん、んっ。お、お名前は?」

気を取り直し、名前を聞く。

「え、えっと。ほ、星野紗希です。」

観客からもどよめきが起こった。あの商店街のアイドルが目の前にいるのである。

涼介はヘッドフォンをしていたのでこの会話は聞こえて無かった。

「じゃあ、星野さん。リョウの所で説明を受けて。あとは好きな所で見てていいよ。」

とリョウの所へ案内する。セッティングが終わったのか、リョウはヘッドフォンを外していた。

「じゃあ、ここのスライダーをゆっくりと赤い印の所まで上げていってくれるかな?」

と説明した。目の前にいるのが紗希とも知らずに。

「は、はいっ。」

と緊張して返事をする。

「そんなに緊張しない。ほら、肩の力抜いて。」

と肩をグルグル回した。

「さあ、始めるぞ~。こいつはカバー曲だ。Niacinの<Mean Streets>!」

とリョウはオルガンをこれまで以上の早さで叩いていく。ただ、音は聞こえてこない。

紗希はさっきの言葉を思い出し、スライダーを少しずつあげていく。そのスライダーは

オルガンのボリュームで、上げていくと少しずつオルガンの音が聞こえてきた。

赤い印までスライダーを上げると、ジョン、ジョージの2人も参加してきた。

ジョンはギターのようにベースを弾いていく。

ジョージは欲しい所で絶妙なフィルインを入れていく。

リョウはメロディーをガンガン弾いていく。

仕事を終えた紗希は、ただリョウのオルガンをじっとみつめていた。

『か、かっこいい。オルガンってこんな弾きかたするんだぁ。す、すごい。』

そんな紗希の視線を感じたのか、リョウも彼女のほうを向いてニコっと笑った。

ドキンー

その時、紗希は胸を締め付けられるように息が苦しくなった。脈拍もどんどん早くなっていく-

『な、なにこの気持ちーこれが、ひとめぼれ?でも、この人は手の届かない人-でも…』

と考えていると、演奏が終わった。

「じゃあ、あとはどこでも好きな所で見てくれていいですよ。」

と紗希に声をかけた。

「へっ?は、はいっ。じゃ、じゃ、じゃあ、ここでいいです。」

と即答した。

「そんな見にくい所じゃなくてここにおいでよ。」

と、ミキサーの後ろに置いてあったゲスト用の椅子をリョウのオルガンの椅子の隣にくっつけた。紗希は

「ぴっ!?い、う、ぁ…」

と変な声を上げながらもどうにか椅子に座った。

「じゃ、次の曲いくぜぇ~!」

と、ジョンが観客に向かって叫んだ。観客もノリノリになってきた。

ただ、紗希だけはもう顔を真っ赤にしてずっとドキドキしっぱなしだった。

『こ、これ以上見てたら…本気で好きになっちゃう…でも…』

チラっと横を見るとリョウが真剣な表情でオルガンを弾いている。時々弾いてみる?って聞いてきたり。

そんな超絶演奏と気さくな人柄にどんどんと引き込まれていった。

『わ、わたし…このひとのこと…す、すきになっちゃった…』



「わたしの事はほったらかしですか…」

観客の中、美佳はひとりで不機嫌になっていた。



「はぁ~。」

ライブが終わり、紗希は帰りにず~っとため息をついていた。

「…あ~ぁ。」

美佳もため息をついていた。

『ど、どうしよう。まだドキドキが止まらない…』

『あ~あ、なんでこうもついてないのかな?』

ふたりはそれぞれ別の事を考えていた。

紗希の家の前でふたりは別れ、帰っていった。

「ただいまぁ。」

「お帰り。…どうしたの?顔が赤いよ?」

紗希の顔を見た母親が心配して尋ねる。

「お、おかあさん。ひ、ひとめぼれってあるんだね。」

そう言い残して、部屋にこもってしまう。

「そうか、そうか。うんうん。ついに好きな人ができたか。…でも、ひとめぼれって。大丈夫かな?」

母親は少し心配したが、すぐに笑った。

「おとうさ~ん。紗希にね、好きな人ができたみたいですよ~。」

と、父親に告げた。父親も喜んだが、複雑な気分だった。


「はぁ~。さぼさぼく~ん。」

『どうしたの紗希?』

部屋では、着替えずにベッドに座り、クッションを抱きかかえながらさぼさぼ君に話しかける。

「今日、ライブに行ってきたんだけど、プレイヤーにかっこいい人がいたの。」

『へぇ~。』

いくら会話ができるとはいえ相手はサボテン。動きはない。

「で、ステージに招待されたんだけど、まっすぐ見ていられなかった。」

『それって、ひとめぼれした、ってヤツだね。』

「う、うん。で、でも。手の届かない人だから…」

顔をクッションにうずめて下を向く。

『がんばろうよ~。ちょっとずつ近くにいけるようにさ。』

「う~ん。…そうだ!ライブに毎回行こう!で、花束とか持っていこう。うち、花屋さんなんだから!」

ベッドの上に立ち上がり、何かを確信したかのように右手を握る。

『それがいいよ。がんばれ~』

と、さぼさぼ君も応援した。心無しか、さぼさぼ君の右手のように伸びている枝が手を振っているように見えた。

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