4話
午前11時。店の入り口には何人かお客さんが並んで待っている。
「うっし!開けるぞぉ!」
<OPEN>と書かれた札を持って、涼介が入り口に向かって歩いていく。
「「は~い」」
バイトのあすかとのぞみが元気良く返事をする。小次郎は長い髪を纏めてオールバックに固めている。
「ちょっと待って~。…いいぞ。」
涼介が表に出て、札をドアにかける。並んでた人々が一斉に店内へなだれ込む。
「いらっしゃいませ、ようこそ『森のパスタ屋さん』へ!」
「ここね、紗希がオススメって言ってたパスタ屋は。」
茶髪の長い髪をツインテールにして、ちょっと濃い化粧をほどこした女の子が店の前に立っている。
右手には情報雑誌、左手には何やらギッシリと文字の書かれたノートを持っている。
彼女は遠藤美佳。紗希の親友で、流行や新スポットには目が無いといういかにもミーハーな性格。
今回は紗希に勧められ、雑誌にも掲載されたここ<森のパスタ屋さん>にやって来た、というわけである。
「ふ~ん、オープンカフェっぽくなってるんだ。あ、花がキレイに飾り付けてある。」
店の周りをジックリと観察しながらノートにメモしていく。
「うん、外観はほぼパーフェクトね。文句のつけようがないわ。では、いざ出陣~」
そう気合いを入れ、店の扉を開ける。カランカラン、とドアに付けられた鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ~」
メイド服のような制服を着た少し背の低いウェイトレスが接客に来た。
『か、カワイイ制服じゃないの!コレはポイント高いよ!』
「あ、あの~。お一人様ですか?」
何も言わずジ~っと制服と顔を見ていたためか、不安げな声でウェイトレスが質問してくる。
「えっ?あ、はい。ひとりです」
「テラスがよろしいですか?それとも店内でしょうか?」
「あ~、じゃあ中でお願いします。」
「はい。ではこちらへどうぞ。」
彼女の後ろについていき、カウンターへ案内された。
『へぇ~。カウンター席もあるんだ。ん?営業時間が別れてる?何コレ?』
メニューの横に書いてあった営業時間を見て疑問に思った。そこには
<営業時間 11:00~14:00&18:00~0:00>
こう書かれていたのだ。そこでウェイトレスに聞いてみる事にした。
「あの~、この営業時間が別れてるのってどういう意味なんですか?」
ウェイトレスはニコっと笑ってこう答えた。
「夜はバーになるんです。だから昼はパスタがメインで、夜はお酒がメインになるんです。」
『へぇ~!コレはいいなぁ。幸い、今日は夜もヒマだし。ココはチェックしなきゃ。』
小さくガッツポーズ。これを見ていたウェイトレスののぞみはこう思った。
『何なのこの人?ミーハー?それともグルメな人?ヘンなのが来たなぁ』
それでも気を取り直し、オーダーを取る。
「御注文はお決まりですか?」
美佳はメニューを取り、中を開く。しばらく悩んだ。
『う~ん、ドレがおいしいのかわかんない。こうなったら…』
「オススメとかあります?」
逆にウェイトレスに聞いてみた。
「そうですね、今日はおっきいアサリが入りましたからボンゴレがオススメですよ。」
「じゃあ、それをひとつ。あ、ランチセットとかもあるんだ。」
「はい。ランチセットはスープとサラダとバケット、食後にコーヒーか紅茶が付きます。」
「へぇ~!それはいいな。それでお願いします。あ、コーヒーで。」
「はい。かしこまりました。ボンゴレのランチセットですね。少々お待ちください。」
一礼してウェイトレスがオーダーを通しに行く。
『店内もキレイね。モダンというか古きよき時代というか。ここのオーナーいい趣味してるわ』
周りを見ると、結構な数のお客さんが会話しながら食事をしている。
『う~ん、さすがは紗希ね。こんないいお店を知ってたなんて。』
そうこう考え事をしていると料理が運ばれて来た。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ。」
目の前に並べられた白い皿に思わず絶句した。シンプルな料理のはずなのに、食材が存在感を示している。
大きなアサリが口を開け、中の身がこはく色の宝石のように輝いている。スパゲッティも
アサリの旨味を十分に吸い込んだのか、あめ色に輝いている。その上に散らされているパセリも
アクセントとして大いに活躍していた。
『う…っわ。す、スゴイじゃん!コレは期待してもよさそう!』
フォークを手に取り、まずはアサリを一口食べる。ジュワ~っとうま味が口の中に広がり、磯の香りがした。
次にスパゲッティをからめ取り、口に運ぶ。アサリのうま味をジックリ吸い込んだ味のしっかりした麺。
濃厚なうま味が口の中いっぱいに広がるが、決してこってりとした味ではないのでドンドン食べる事ができる。
『お、おいしいよぉぉぉぉぉぉぉ。コレは凄いよぉぉぉぉぉ。』
思わず、感動して涙を流してしまった。それを見たウェイトレスたちは
「ねぇ、あの人危ないんじゃない?泣きながら食べてるよ?」
「きっとおいしいから涙が出てるんだよ。涼介さんに教えてあげようよ。」
などと会話し、涼介のいる厨房に入った。
「あの、涼介さん。」
「ん?オーダーか?」
涼介は新しいメーカーのパスタを茹でて試食していた。
「いえ、その。お客さんの中に感動されたのか、泣きながら食べてる方が…」
「えっ?もしそうなら嬉しいけど、違うのならちょっと困るな。」
新しい麺はハズレらしく、すぐに食べるのをやめた。
「じゃ、ちょっと見てくるよ。」
そう告げると、フロアに向かっていく。
「あ…涼介さん。…行っちゃった。」
「涼介さんが出ていくとフロアがパニックになるの、いい加減覚えて欲しいよね。」
ウェイトレスのあすかとのぞみは大きくはぁ、とため息をついた。
涼介がフロアに出てくると、女性客がどよめきはじめる。
『きゃっ、涼介さんよ!』
『あー、今日もかっこいい…』
などといった会話が起こる中、涼介は泣きながら食べているという客を探しはじめた。
「え~っと。泣いてる人は…っと。ああ、いたいた。」
美佳は、まだしゃくりながら食べていた。
『うぇぇぇ。美味しいよぉ。こんなおいしいもの作ってる人ってどんな人なんだろう?』
全ての料理を平らげて、コーヒーを飲んでいると背後から声をかけられた。
「あの、お客さま。泣きながら食べてる、と従業員から報告がありまして。」
「えっ?あ、あの。その、おいしくて…」
突然声をかけられたので、涙をぬぐいながら振り返った。
「そ、そうですか。あ、ありがとう…ございます。」
涼介も号泣している美佳を見て少したじろいだ。
『う、うわぁ。コレはまた思いっきり泣いてるなぁ。どうしよう。』
『わっ!お、男前~。ま、まさかこの人がオーナー?か、かっこいい…』
涼介は戸惑いながら、美佳はときめきながらこう考えていた。そこに
「おーい、涼介~。新しいワインが届いたけど、どこに置いておこうか?」
小次郎が段ボール箱を担いで店に入ってきた。
「あ、小次郎。とりあえず厨房に運んでおいてくれ。」
小次郎にそう指示する。すると突然
「小次郎?…あぁ~~~っ!!!」
美佳が大きな声を上げた。小次郎も驚いて振り返ると
「ん?…あぁ~~っ!!美佳じゃねぇか!」
美佳を指差してワナワナと震えながら驚く小次郎。
「小次郎?知り合いなのか?」
涼介が2人の顔を交互に見比べながら尋ねる。
「知り合いというか、腐れ縁というか。何でお前がここにいる?」
「それは私のセリフよ!何で小次郎がここにいるのよ?」
目線で火花を散らすようにすごい剣幕で叫ぶ美佳。
「俺はここの従業員だ!お前こそ、遠くに引っ越したんじゃなかったのか?」
「私はこっちの大学に通うために学校の寮にいるの!」
うぬぬぬぬぬ…と両者がいがみあっていると、カランカラン、と入り口のベルが鳴った。
「あっ、いらっしゃい…ませっ!?」
接客しようと涼介がふたりを置いてドアに近付くが、思わぬ来客に声が裏返ってしまった。
「あ、どうも。」
ドアの前には、長い髪をそのままストレートに降ろした紗希が立っていた。
「よ、よよ、ようこそ。ほ、星野さん。お、おぉ、お、お食事ですか?そ、それともごはんですか?」
体をガッチガチに硬直させ、口だけをパクパク動かしながら話す。
「ご、ごはんも食事も同じですよ。」
ロボットのうようになった涼介を見てクスっと笑いながら紗希は話す。
「紗希?」
小次郎とケンカしていた美佳が突然こっちに来る。
「あっ、美佳。来てたんだ。どう?ここのパスタ美味しいでしょ?」
「き、来てたけど。イヤなヤツがいたからねぇ。」
小次郎のほうをギロっと睨んで答える。
「あ、あぁぁの。星野さん、お知り合いですか?」
涼介は気になったので尋ねた。すると…
「ど、どうもはじめまして!紗希の親友の遠藤美佳です!今日はおいしかったです!」
と自己紹介をする。小次郎は涼介の後ろで
「けっ!な~にが『おいしかったです』だ?ネコかぶりやがって…」
とブツブツ言っていた。
「あ、そ、そうですか。どうも、はじめまして。当店オーナーの大下涼介です。」
ペコっと頭を下げる。
「じゃあ、私そろそろ学校だから行くね。あ、コレお代。紗希、払っておいて。」
「わかった。」
紗希にお金を渡し、足早に店を出る。
「じゃあ、私もおなかすいたからごはん食べます。」
ドアを出る美佳を見送った後、振り向いて涼介に告げる。
「は、はい。ど、どうぞ。…えっと。窓際がいいですか?それともカウンターがいいですか?」
「じゃあ…厨房が見えるカウンターで食べます。」
「わ、わかりましたっ。ど、どうぞこちらへ」
両手と両足が一緒に出ながらも、涼介は紗希をカウンターへ案内していく。
その姿を後ろから見て、紗希はニコっと笑いながらついていった。