ただの石ころに転生した俺が王女に拾われ国宝として祀られるまで
たまには短編書くか! と、長編用に考えたまま放置していたネタを短く纏めてみました。
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気が付いたら、俺は石になっていた。
うん、何を言っているか分からないとは思うが、俺も何が起きてるのかさっぱり分からない。通学中に事故に遭って、気付いたらどことも知れない庭園の片隅で石になってたんだ。
まあ多分、異世界転生って奴なんだろう。空に太陽が二つも浮かんでやがるわ、夜になると月が三つも浮かんでくるわなんて場所、俺の知る世界にはなかったからな。
えっ、なんで昼間なのに夜の空を知ってるんだって?
決まってるだろ? 俺がここに転生して、もう一ヶ月経ってるからだよ。
一ヶ月だぞ、一ヶ月。ただの石ころには動くことも喋ることも出来ないし、こんな庭の片隅じゃ寄って来る人影もありゃしない。
いや本当、退屈だわ寂しいわで死にそうだ。最近はもう、近くを謎の虫が通りがかるだけで嬉しくなっちゃうくらいだぞ。もう、誰でもいいから傍に居てくれよ。俺に話しかけてくれよ。
石に話しかけるような変人、そうそういないだろうけどさ……
「んー、どれがいいかな……」
そんな俺の願いが通じたのかどうか。すぐそこに、見知らぬ女の子が現れた。
まるで絵本の国から現れたような綺麗なドレスに身を包み、さらりと流れる銀色の髪をなびかせた十四歳くらいのその子は、近くの石ころを拾い上げては、あーでもないこーでもないと悩んでいる。理由はよく分からんが、手頃なサイズの石を探しているらしい。
これはひょっとして、チャンスでは? 石集めが趣味とは変わったご令嬢だが、そんな子に拾って貰えれば、毎日美少女にピカピカに磨いて貰える夢のような日々が手に入るかもしれない。
いやいや、そこまで高望みはすまい。この際、漬物石だろうがなんだろうがいいんだ、人肌恋しくて死にそうなこの気持ちを埋めてくれるなら、俺はなんだってするぞ!!
おーーい、そこのお嬢さーーん!! ここに良い感じの石がお一つありますよ、どうですかーー!?
その小さな手にすっぽりと収まるこのサイズ、一人で持ち運ぶにはとっても便利。つるりと光る丸みがとってもチャーミングなイケメン石でございますよ? 可愛らしい貴女様にはまさにぴったり!! 今なら一日一回、ちょっと持ち上げて話しかけてくれるだけで簡単に懐くちょろ可愛さまでついてきます!!
残されたのはたった一点の早い者勝ち、さあ、どうかその手に!!
「ん? 今何か聞こえたような……気のせいかな?」
そんな俺のセールス(?)トークが聞こえたわけじゃないだろうが、女の子がふとこちらを振り向き、俺の元までやって来る。
これはもしや、と期待を抱いていると、少女はその白い手で、そっと俺を持ち上げてくれた。
「あ、良い感じ。これにしよっと!」
うおぉぉぉぉぉ!! やったぁぁぁぁ!!
まさか本当に、本当に拾って貰えるとは思わなかった!!
う、嬉しい……! こんなに嬉しいのは、中学のバレンタインで生まれて初めてのチョコを貰った時以来だ……!! いや、あれはあくまで部活繋がりの義理チョコだったけど。
まあそんな悲しい話はどうでもいいんだ、これでやっと、俺もこんな庭の片隅からオサラバ出来る。今はそれが何より大事だ。
「これなら、魔法の練習台としてちょうどいいね」
だから、その言葉を聞いて、俺の思考はビシリと固まった。
えっ、練習台? それってどんな?
「前に使ってた石、すぐに壊れちゃったから丈夫そうな石が欲しかったんだよね。よーし、お母様の言う通り、これが擦りきれてなくなるまでやり続ければ、きっと魔法も上達するはず……! がんばらないと!」
ぐっ! と拳を握り締め、決意を秘めた瞳で告げる少女を見て、俺は心から思った。
うん、是非とも頑張ってくれ。応援するぞ。
ただ……俺が砕けない程度に、お願いします……。
俺を拾った少女の名前は、シリル・ナトリウス・ヴィルヘミア。なんと、ヴィルヘミア王国とやらの第二王女だったらしい。
ドレス着てるしご令嬢なんだろうなとは思ったけど、まさか王女様とはびっくりだ。
そんなシリルに拾われて、早三か月。俺は来る日も来る日も、彼女の魔法の練習台にされる日々を送っていた。
練習内容は至ってシンプル。風の魔法で俺を持ち上げ、的に向かって発射。その後、同じように風の魔法で回収して、手元に持って来る。その繰り返しだ。
子供の一人遊びにもちょうど良さそうな、いい練習方法だと思ったんだけど……この子、困ったことに凄まじいノーコンなんだよな。的を外して壁にめり込まされた時はびびったよ。そりゃあ俺の前任の小石君も砕けるだろうさ。
まあ、俺としては練習が終わった後も部屋まで持ち帰ってくれるから別にいいんだけどな。こんな可愛い子と一緒に居れるだけでも、最初の一か月からすれば断然天国だ。
いつ砕け散るか分からない恐怖だけは悩みどころだけど。
「んー……えいっ!」
どひゅん! めぎょっ!!
そして今日も今日とて、可愛らしい掛け声と共に発射された俺は壁にめり込む。
庭園の片隅、俺が落ちていた場所から少し離れたところがシリルの定位置なんだが、その対面に位置する壁は見事にボコボコと穴だらけになっていて、無事な箇所がどこにもない。
なお、残念なことに的はほぼ無傷だ。正直、的の方が壁よりも大分柔らかそうだし、手加減も含めて早く覚えて貰いたい。
いやでも、そこまで完璧に習得されると俺、用済みになって捨てられるんじゃ? うーん、悩みどころだ……
「うー……どうして……」
そんな俺の悩みとは関係なく、シリルは中々上手く行かない現状にしょんぼりと肩を落とす。
……俺の困った葛藤を別にすれば、シリルのことは個人的に応援したい。
いつもいつも、疲れ果てて動けなくなるほど頑張って、ちょっとずつでも日々上達していくこの子の姿は、ただの石ころでしかない今の俺にとってこの上なく眩しいものだ。
(頑張れ、シリル)
そんなシリルに心からのエールを送ると、彼女ははっとなってきょろきょろと辺りを見渡す。
「今、声が……?」
「あらシリル、どうかしたのかしら?」
「っ!? ユリア、姉様……」
すると、シリルの後ろからもう一人の少女が現れた。
姉様、という言葉通り、彼女はシリルの姉にして、第一王女。ユリア・ナトリウス・ヴィルヘミア。
女王制のこの国では、第一王位継承権を持つ少女である。
「こんなところで、また魔法の練習ですか? 才能もないくせにみっともないですね」
「っ……」
ただこいつ、健気で頑張り屋なシリルとは似ても似つかず、やたらと高飛車な上に実の妹を平然と見下す性悪なんだよな。
今も、頑張ってる人間に対して向けるにはあまりにも冷淡過ぎる口調で吐き捨てやがった。
「いくらやったところで無駄ですよ。母上はもう、あなたのことなど眼中にありませんわ」
「っ……!!」
ぐっと拳を握り締め、黙り込むシリル。
そう、この子は元々、母親の言いつけを守って必死に魔法を練習していたけど、俺は未だにその母親とやらを見たことがない。
まあ、女王だっていうなら忙しいんだとは思うけど……ここまで見る機会がないとなると少し、な。
「それでも、まだ浅ましくも女王の座を狙うつもりですか? 見苦しい」
「私は、女王になりたくて魔法を練習しているわけではありません!」
「ふんっ、どうだか」
あくまでも嫌味ったらしくそう言ったユリアは、ふと、何か良からぬことを思いついた者特有のいやらしい笑みを浮かべた。
「ふふ、そうだわ、そんなに魔法が覚えたいと言うのなら、私が今ここで教えてあげましょう」
「え……?」
「《エアショット》」
掌を掲げ、短く詠唱。途端、ユリアの眼前で大気が凝縮し、弾丸となってシリルへと襲い掛かる。
こいつ、妹に向かって攻撃しやがった……!!
(させるかよ!!)
その瞬間、俺は意識を拡張させ、飛んで来る魔法に向けて干渉した。
これは、三か月もの間シリルの魔法を浴び続けるうちに習得出来た、俺のたった一つの能力だ。
周囲の魔力に干渉し、制御を奪う。その力を使って、飛んで来る魔法の弾丸の軌道を無理矢理変更し、明後日の方向へ受け流す。
何もない宙空を貫いた疾風は、後ろにあった木にぶち当たると、幹からボキリとへし折ってしまった。
こいつ……妹に向かってなんて魔法を……殺す気かよ……!?
怒りの感情で頭がおかしくなりそうだけど、そんな気持ちを言葉にする術が俺にはない。
案の定、ユリアは自分の意志に関わりなく魔法が外れたことを少しばかり訝しむも、すぐに何事もなかったかのように嗜虐的な表情へと戻った。
「ふふ、私としたことが、外してしまうとはうっかりしていましたわね。ですが、分かったでしょう? この国を背負って立つ人間には、これくらいのことを生まれつき行える才能が必要なのです。まあ……あなたには無理でしょうけどね」
そう言って、くるりと踵を返す。
立ち去り際、「ああそうだ」と思い出したように一度だけ振り返った。
「来年には、あなたも魔導祭に参加する年齢ですわね。王族は必ず魔法を披露するのが習わしですが、精々恥をかかないようになさい。いくら政略結婚の駒くらいにしか使い道のないあなたでも、それくらいは出来ますわよね?」
アハハハハ、と哄笑を上げ、今度こそ去っていくユリア。
嫌な奴、と内心で唾を吐きかけながら、そういえばシリルが一言も発していなかったことを思い出す。
姉にいきなり魔法を撃ち込まれて、さぞ怖かったんだろうとそちらに意識を向ければ……シリルはユリアなど関係なく、ただ俺をじっと見つめていた。
「今の声……あなたが……?」
「そっか、じゃああなた、“魔石”だったんだね……意志を持った魔石なんて初めて聞いたわ」
部屋に戻ったシリルは、俺の正体についてそう結論付けた。
よく分からないが、俺はいつの間にやらシリル限定で会話……念話? が出来るようになっていたらしい。
(あまり驚いてないところを見ると、魔石以外なら無機物が意志を持つことは割とあるのか?)
「ゴーレムとか、アンデッドも一応それかな?」
(へえ、詳しいな)
「たくさん勉強したからね」
えへん、と胸を張るシリルの姿に、思わずほっこり。可愛いなぁ。
まあ、いくら意思疎通ができるようになったと言っても、俺は相変わらず石のままだから、この感覚は伝わらないだろうけどな。
「でもまあ、いくら頑張っても、ユリア姉様には全然敵わないんだけどね……」
たはは、と、一転して悲しげな顔を浮かべる。
さっきは俺の声に驚いてたけど、やっぱり気にしてたらしい。
(あまり気にするな、お前の方がずっとすげーよ。俺が保証する)
「でも私、ユリア姉様みたいにちゃんと魔法を制御出来ないし……」
(今だけだ。少なくとも、魔力だけならお前の方がもうすげえし)
これは嘘じゃない。いつもシリルの魔法を直に受けている俺が、ユリアの魔法に干渉して実際に比べた結果だ。
毎日毎日、諦めずに訓練を続けた結果は、確かにシリルの中に根付いてる。才能だけに胡坐をかいて他人の努力を否定するような奴に、いつまでも負けっ放しでいる道理はない。
(大丈夫、魔力の制御なら俺だって手伝える。二人であいつを見返そうぜ!)
このまま上手く行ったら捨てられるかもとか、この際どうでもいい。そうなったらその時また考える。
今はとにかく、シリルの努力をあの性悪女に認めさせてやる!
「うん……分かった。ありがとう、先生!」
(せ、先生か……まあいいや、目標は来年あるって言ってた魔導祭だ。そこで一発ぶちかますぞ!)
「うん!!」
(いよいよだな)
「うん」
シリルと意志疎通出来るようになって一年。ついに、魔導祭の日がやって来た。
この一年の間に、ただの石ころから石ころネックレスへと華麗なるジョブチェンジを果たした俺は、今シリルの首にかけられ、周りから見えないように胸元へと隠されている。
……何とは言わないけど、柔らかいものとゼロ距離で密着している事実からは全力で思考を逸らす。じゃなきゃ、下手すればシリルにそれが筒抜けになるからな。これまでそれで何度やらかしたことか……。
「よし、行くよ!」
そんな俺の葛藤とは裏腹に、シリルは意を決して控え室から外へと歩を進める。
魔導祭は、三日間にも渡る大きな催し。その開幕を告げるパフォーマンスとして、十五歳の成人を迎えたシリルが、集まった民の前で魔法を披露するのだ。
大臣による大仰な紹介と共に通された、城のバルコニー。
大勢の観衆が見守る中、シリルは緊張の面持ちでそこに立つ。
「すぅー……」
観衆の前で、一度深呼吸するシリル。
そんな彼女のすぐ傍には、性悪な姉のユリアや、これまで一度も会ったことのなかった女王もいた。
女王の方は、何の感情も窺い知れない、凛とした表情を保っているが……姉の方は、シリルが失敗することでも期待してるのか、ニヤニヤとこれまた嫌味ったらしい笑みを浮かべてやがる。
でも、残念だったな。シリルはもう、お前の知ってる無能なんかじゃない。
(シリル、あれやるぞ。いつも通り、制御は俺が手伝う、思いっきりぶちかましてやれ!)
「うん!」
人々に分からない程度に小さく頷いたシリルが、胸に手を当て口を開く。
零れ出るのは、朗々と紡がれる魔法詠唱。
さながら教会で謡われる聖句のように、厳かな音色で紡がれる長大な詠唱文に、集まった民衆からどよめきが生まれる。
「一体、何の魔法を……!?」
「《エレメンタルバースト》!!」
目を見開くユリアの呟きを余所に、シリルが魔法を発動する。
魔力を持たない俺の体を媒介に、お互いの制御能力を騒動員して空へと放たれた魔法は、空に無数の華を咲かせた。
炎、雷、氷、風、闇、地――多種多様な属性が、それぞれを象徴する色となって弾け、地上へ光の雨を降らす。
あまりにも規格外の魔法行使に、誰もが言葉を失う。
そして間もなく、会場はシリルを称える歓声の嵐に包まれるのだった。
「まずは、よくやったと褒めてあげましょうか、我が娘よ」
魔導祭の開会が大成功の内に終わり、民衆が興奮の中で祭りを楽しんでいる中。シリルは姉ユリアと共に、女王たる母親に玉座の間へと呼び出された。
そこで、王座に座る母からシリルに対して投げかけられたのは、為した行為に対してあまりにも軽い労いの言葉。
俺が知る限りでも丸一年、実際にはそれ以上頑張り続けた娘に対してその態度か? と、どうにも苛立ちが湧いて来るが、当のシリルが黙っている以上、俺にはどうすることも出来ない。
そんな時、女王はふととんでもないことを言い出した。
「まあ、せっかくです。何か望みがあれば、なんでも一つだけ叶えてあげますよ」
「なんでも……ですか?」
「ええ、たとえば、次期女王の座、とか」
思わぬ提案に、シリルがきょとんと眼を見開く。
その間に、真っ先に反応を示したのは姉のユリアだった。
「っ、お母様!? 一体何を……!! こんな子に女王など……!」
「お黙りなさい、ユリア」
「っ!!」
一喝され、ユリアが押し黙る。
そして、その視線は再びシリルへと移された。
「それで、どうしますか?」
どこか試すような、その問いかけ。
俺としてはどうも気に食わないが、シリルにとっては大事な母親だ。
一体どんな答えを返すのかと、固唾を飲んで見守っていると……
「では、お母様。私に城を出る許可をいただけませんでしょうか」
シリルは、強い意志の籠った瞳で、そう言った。
はっ、え……? 城を出る? なんで急に、そんな……
これには、流石の女王も予想外だったのか、その鉄面皮が僅かに揺らぐ。
「それは、王族であることを捨てるということですか?」
「そう受け取っていただいても構いません。私はまだ、未熟な身の上。努力の末にここまで至りましたが、まだまだです。女王のお役目は、無能な私などよりよほど才能のある姉上が、立派に務め上げてくださるでしょう」
「っ……!!」
多分に含みを持たせた言葉に、ユリアがサッと青褪める。
まあ、そういう反応になるよな。
なまじ、シリルが大勢の前であんな芸当を披露してしまった以上、ユリアが女王になろうと思ったら、最低限それ以上の力を見せなきゃ誰も納得しない。女王にも魔法の力が必要だって説いたのは、他ならぬこいつなんだから。今後は、自分がシリルにしていたのと同じように、周りから冷たく当たられる日々が待ってるだろう。いやはや、シリルも中々やるな。
「ですのでその分、私は城下に降りて、見分を広めたく思います。そして……」
俺が感心している間にも、母娘の会話は続く。
シリルはこれまでいつも見せていた温和な表情を引っ込め、凛と引き締まった目で女王を見据える。
「魔法の才能だけで人の価値を判断する、この国の在り方を変えてみせます!!」
「……この国を変えたいのならば、女王になる方がよほど良いと思いますが?」
「それでは何も変わりません。この国の民一人一人の意識を変えるためにも、私はもっと世界のことを知らなければならないのです!!」
一歩も譲ることなく、シリルは言い切る。
それは、ある意味では現在の国そのもの、女王への否定だ。娘とはいえ、どんな処罰が下ってもおかしくない。
それを、他ならぬシリル自身も分かっていたんだろう。冷や汗を流し、ただひたすら審判の時を待つように母の言葉を待っている。
「……まあ、いいでしょう。どうせ次の代へ引き継ぐには、まだ時間があることですし」
果たして、女王はシリルの言葉をどう受け止めたのか。そう言って、椅子に深く腰掛け直す。
「好きになさい。ただし、途中で野垂れ死のうと、私は関与しませんわよ」
「構いません。ありがとうございます、お母様。……それでは」
くるりと踵を返し、シリルは玉座の間を後にする。
去り際、姉のユリアとすれ違った時、彼女はどこか縋るような目を向けていたが、シリルがそれに構うことはなく……そのまま、城を後にするのだった。
(なあ、本当にこれで良かったのか?)
「え、何が?」
(いや……女王にならないにしても、城を出るなんて言ってさ。お前、お母さんに認めて貰いたかったんじゃなかったのか?)
これまで特に言及したことはなかったけど、この子が魔法を覚えたかったのは、姉や母親から認められたかったからだと思っていた。
でも、その機会を自ら蹴って、まさか城を飛び出すとは。
どうしてそんなことを、という俺の問いに、シリルは少しだけ考えるような素振りを見せる。
「んー……少し寂しい気もするけど、でもいいの。私を認めてくれる人なら、もういるから」
(え? 誰が)
「先生が。ずっと私の傍にいて、誰も認めてくれなかった私の努力を、初めて認めてくれたでしょ?」
俺の本体を撫でながら微笑むシリルの姿に、失ったはずの心臓がドキリと跳ねたかのような錯覚を覚える。
いや、うん、確かにシリルの努力はずっと認めてたけど……改めてそう言われると、照れるな……。
「だからね、先生が色々と助けてくれた分、私も誰かを助けられるような人になりたい。ああ、私がまだまだだって言うのは本当だよ? 先生のサポートがなきゃ、魔導祭の魔法は使えないしね。ユリア姉様の方が才能あるのは確かだと思う」
(サポートがなくたって、今はもうあいつより魔法の腕は上だろうに……)
「ふふ、細かいことは気にしないの。それにほらっ、今はお祭りで、町がすっごく賑やかでしょ? 一度行ってみたかったんだよねー!」
きゃっきゃとはしゃぐシリルの姿に、俺はやれやれと内心で嘆息する。
魔法がどれだけ強くなっても、まだまだ子供だな、なんて。
……いや、それは俺もか。
「そういうわけだから。これからも、ずっと一緒にいてね、先生」
(ああ、もちろん。お前に捨てられる日まで、俺はずっとお前の味方だよ)
ただの石ころに転生して、俺は何もかも失った。
自分一人では何も出来なくて、何の目的も持ちようがなかった。
でも、今は違う。俺には、俺を必要としてくれる人がいる。力を尽くして、その道を助けてやりたいと思う人が。
だから、これからも許される限り、俺はこの子の傍にいたい。
世界でただ一人、俺の存在を認識してくれるこの子のために、今ある俺の全てを賭けて、その未来を切り開いてやりたい。
この石の体が、砕け散るまで。
「さあ、行こう!」
こうして、シリルは俺と共に城から外の世界へと飛び出し、各地を放浪する旅に出た。
これは後に、救国の聖女と称えられることになる、一人の少女の物語。
そんな聖女の力がこもった守り石として、俺が国宝として祀られることになるまでの物語である。