終わりゆくパラダイス
鬱蒼と生い茂る原生の熱帯雨林。
人知より、なお深き秘密と活力を湛えたジャングル。
その一角を切り開き、
庭園を備えた館が立てられていた。
クザッツの首都にある王宮や、
最高級ホテルと比べれば
ほんのこじんまりとした建物に過ぎない。
だが、それでも、
この辺りの森では最も大きな人家だ。
「~♪」
館の一室。
クザッツの王女リウメロエは
鼻歌を歌いながら手を動かす。
金糸を通した刺繍針を巧みに操り、
きらびやかな軍服の刺繍のほつれを直している。
王室費は、
クザッツ国王ベワマゲイの一存によって配分される。
結果、
国王その人と、
二人の王子、
フローショトクとジャブジャーブに大半が配当される。
リウメロエは王女とはいえ、現国王の子ではない。
それゆえ、並外れた豊かさに
浸っているわけではなかった。
暮らしには困らずとも、
王族としての品位を保とうとすれば、
多少の工夫が必要になる程度だ。
540年に一度の歴史的な大祭に向けて
衣装を新調することは
貯蓄を多少削ることで可能だが、
納品された衣装に小さなほころびを見つけても、
急遽仕立て職人を呼びつけて、
やりなおさせるわけにはいかないのだ。
より正確に言えば、
そうすることは不可能ではない。
しかし、
リウメロエは余計な出費を増やすよりも、
自らの手を動かしたかった。
このきらびやかで小さな軍服は、
リウメロエがまことの王と信じる、
最愛の相手の晴れ着なのだから。
「リウメロエ、たいへんです」
不意に扉が開き、
ちいさな子供の天使のような声が響く。
声の主――玉のように美しい幼児は、
使用人を連れてやってきた。
「あら。
いかがなさいましたか、ルナアイナニ殿下?」
リウメロエは刺繍を止め、
立ち上がって幼児のそばへ。
「ヒクイドリの家族でも来ましたか?
そうだとしても、他者の部屋に入るときは
ノックをするものですよ、殿下。
あなたが王であったとしても、
先ぶれの者をやらなくてはいけません」
リウメロエは最愛の弟を抱き上げ、額をつき合わせて言う。
「いいえ、姫殿下。
首都で政変です」
姉弟の調和を、使用人の声が破る。
「フローショトク、
ジャブジャーブ両殿下が暗殺され、
下手人として王室警察に出向していた外人と、
その手勢が逮捕――」
BRAAAAAAAAAAAAAAT!
銃声! すさまじき連射速度!
対陣地用の機関砲で掃射を行い!
館の戸と窓を破砕した音だ!
衛兵・使用人の命もろともに!
掃射の後! 荒々しき足音!
館内部への敵の侵入だ!
「お伏せなさい! ルナアイナニ!」
リウメロエは叫び、弟を床に座らせると、
窓際の机に向かって走る。
刺繍途中の軍服の置かれた机。
その引き出しには、拳銃が入っている。
敵の重火力とは比べるべくもないが、
こうした非常時のために用意していたものだ。
ないよりましだ。
「……ぇ……リウメロエ!」
CRAASH! 窓が破砕!
ルナアイナニが叫ぶ!
「――!」
リウメロエはとっさに身をよじり、
ガラス片の直撃から顔を守る。
急な動きに、豊かな乳房が躍った。
砕かれた窓から、
クザッツ国王親衛隊の制服をまとった男たちが侵入する。
「Sio tio!」
「Geh-yai-geh!」
BANG! 銃声!
命令を受け、
親衛隊員は使用人を射殺!
「……うぇ……ああああああん――!」
掃射の轟音、
窓の破砕、
良き遊び相手であった使用人の射殺!
耐えられなくなったルナアイナニは泣き出し、
部屋の入口にまろびゆく。
「――そこまでです、殿下」
階下より侵入せし親衛隊員!
ルナアイナニの道をふさぐ!
「――ルナアイナニ殿下、
リウメロエ姫殿下。
王勅により、あなた方を逮捕します。
フローショトク、
ジャブジャーブ両殿下の暗殺の指示、
および国家転覆の策謀をめぐらした疑いで」
「そんな!
首都でのことは私たちも今知ったばかりです!
とんだ濡れ衣です!」
「私は、
反逆者の言い分を聴取せよとは命令されておりません」
その言葉を最後に、
親衛隊員は全員一言も口をきかなくなる。
彼らはリウメロエとルナアイナニを拘束。連行する。
†
奇妙な振動が、ダナの意識を呼び起こす。
「……っ……ん? ここどこ?」
何故か、刺身のさくを一つ独占して食べたい欲求が起こってきました。
これを書いていたときのことです。




