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一の膳「水戸藩ラーメンと校門様」前半

「水戸光圀のラーメン!?」

「国領さんに水戸光圀のラーメンを再現してほしいんです!」


テレビ局の会議室でそんなやりとりが響いていた。

こういう無理難題はしょっちゅうだ。

初めてラーメンを食べた日本人が水戸光圀だという話はよく聞く。

しかしそれを再現しろだなんて。


国領一平、齢58歳。

老眼もとっくに始まり、白髪を染めるのも面倒になりはじめた

世間では定年まじかの男だ。


なぜこんなことを頼まれるかといえば、

それは私がテレビや映画の中に出てくる食べ物を作っている人間だから。

テレビ局の食堂の人?いいや

近くの店の料理人?いいえ

私はテレビ局で放送される食べ物を作ることで仕事をしている。

俗に言う「きえもの」と呼ばれる仕事をしているのだ。


「きえもの」とはまさしく「消えもの」

演劇の世界で使われている用語で、

ドラマなどで登場人物が口にしては、消えていく物。

本来は食べ物のことだけではなく小道具のことを指すことも多いが、

今は「食べ物」を示すことが多くなってきた。


もうこの仕事をして何年になるだろう……

こんなに仕事をするとは思わなかった。

あとどれくらいやれるかわからないが、それでもこの現場が好きで仕事を続けていたのだ。

いろんなことがあった……

まぁそれはともかく、今でもいろんなドラマの現場に携わっている。


今回頼んできた相手は、「水戸の校門様!」という

時代劇ドラマの女性演出家・貝塚ふく子。

その昔、似たようなタイトルの時代劇がテレビで流れていたが

時代のせいか、現在はもう放送されていなかった。


けれど時代劇が好きだという、とある新進気鋭の舞台作家が

水戸光圀という人物を使った、コメディ時代劇ドラマを作っていた。

彼の作品は、視聴率は今ひとつだが、若者には受けており、

ネットでは超がつくほどの人気作家。

そこでアイテムとして登場するのがラーメンなのだという。


「調べたんだけど、水戸光圀より前にラーメンを食べた日本人がいるって話もあるけど……」

脚本に書いてある内容なので、私も事前にリサーチはしていた。

「いいんですよそんなの! 歴史なんてあってないようなものですから!」


いいのかそれで。とも思ったが、コメディ時代劇

なんでもありといえばありなのかもしれない。

暴走が激しいほどこのドラマはその熱を帯びてゆくのだから。


さっそく私は、テレビ局の調理場にこもり、用意していた具材を広げ始める。

麺を作るための小麦粉と、藕紛(ぐうふん)と呼ばれるレンコン粉。

「五辛」という香辛料である、ニラ、ラッキョウ、ネギ、ニンニク、ショウガ。

具材の叉焼(チャーシュー)、椎茸、青梗菜(ちんげんさい)、クコの実、松の実など。

それにスープの出汁につかう、鶏や豚などだ。


小麦とレンコンの粉をまぜると、こげ茶っぽく少し黒い点が混じる。

普通の中華麺とは違う様相だ。


「国領さん、これくらいの幅でいいですか?」


隣で『五辛』の具材を切っている助手の布田調(しらべ)君が声をかけてくる。


「OK。そのくらいで丁度いい」

「これだけ匂いが強いもの切ってると。目と鼻やられますね」

「それがだいご味だから」


調(しらべ)君は、28歳。

去年から私の手伝いをするようになった眼鏡のすらりとした青年だ。

彼は数年前まで食品関係の商社で営業をしていた。

けれど“何か”があり、2年ほど前に仕事を辞め、しばらく家で過ごしていたという。

彼とは、1年ほど前、私がその頃手伝った友人の料理教室で知り合った。

料理の工程を熱心にメモに取り、真摯に向き合う姿にいたく感心したものだった。

それからしばらくして私の助手として手伝ってくれるようになった。


「国領さんは、ねぎ系の匂い対策どうしてますか?」

「そんなことしないよ」

「ゴーグルすると涙が抑えられるって試してみたのに無駄らしいです……」

「鼻からの刺激も関係しているからね」

「ゴーグルとマスクなら大丈夫ってことですね!」

「そんな格好してまで料理したいかい?」

「……嫌ですね」


ふたり、クスっと笑い声が漏れる。

私の問いかけに一間空いた彼は、その恰好をした自分を思い浮かべでもしたのだろう。

調(しらべ)君とたわいもない話しながら作業していると、大変な作業も楽しく思えた。

30歳の年の差を感じることもない。波長が合うとはよく言ったものだ。


捏ね合わせた麺を寝かせる間に、スープの作業に移る。

はじめのうちに煮込んでいた鶏や豚、ネギなど鍋に浮かび上がってくる灰汁を

丁寧に取ってゆくと、煌びやかな出汁だけが現れてくる。


調(しらべ)君もその品矢かな手つきで叉焼や椎茸、青梗菜の下ごしらえをしてゆく。


お次は寝かせた麺を切る手順だ。

資料によるとうどんのような麺という記載もあるようなので、

細すぎずある程度の太さで慎重に包丁を入れていく。

出来るだけ同じミリ間隔で……間隔がバラバラでは食感すらバラバラになってしまう。

それでは食べるときに違和感が残ってしまう。


麺を切り終え、馴染ませれば茹でる手順だ。

家ではできないような大きな鍋にたっぷりのお湯を沸かす。

鍋にセットした『テボ』という道具の中に、麺を投入する。

湯の中で踊る麺を、弄り過ぎぬような程度で箸を入れ、ほぐしてゆく。

ある程度になったら『テボ』ごと麺を湯から取り出し、しっかりと湯きりする。


調(しらべ)君が、丁度良い具合に器の中に出汁を注いでいる。

湯きりした麺を出汁の中に投入すると、

今度はできるだけ早く箸を入れ解してあげる。

そうすることで麺と出汁が違和感なく融合され、互いを結びつけるのだ。

そこに叉焼などの具材を盛り、クコの実や松の実で彩をつける。

調(しらべ)君の刻んだ『五辛』たちは、それぞれ小さな別皿に盛り、

ラーメンの器と共に、御盆に載せられる。


「水戸藩ラーメンのできあがり」


私は息を吐くように、調(しらべ)君にそうつぶやく。

調(しらべ)君もまたそれを見て微笑みを浮かべる。

するとグーっと彼のおなかが鳴った。


「味見しないとね」

小さな皿に、私と調(しらべ)君用に

それぞれの水戸藩ラーメンを盛りつけ、食してみる。


「なんていうか……おいしくないですね」

「これじゃダメだ」

「どうするんですか?」

「きえものは本物じゃない。役者においしく食べてもらわないとね」


きえものは、見た目は実物を再現したとしても

役者においしく食べてもらわなければ意味がない。

役者の演技を邪魔してはいけないのだ……。


そこで隠し味として、薄口醬油などを足してみる。


「これならイケます!」

「現場に運ぼう」


こうして私たちは、ようやくドラマの撮影セットに「きえもの」という

撮影のための小道具を運ぶのだ。


きえものを現場に持っていくと、スタジオは撮影スタッフであわただしい。

このドラマのために造られた時代劇セットの中で、

役者はセリフや演技だけでなく、カツラや衣装をつけては

所作などの練習もしていく。

カメラの外側には、洋服のスタッフがその様子を見ているのだから

端から見ればこの光景は滑稽に映るかもしれない。

だが、ここは真剣勝負な場。

物音ひとつ、映るすべてをドラマ作りのスペシャリストが見守っている。


セットの中には、メインの出演者が演出家から指示を受けていた。


水戸光圀を演じるお調子者な役者、阿部野ハルアキ、44歳。

格さん役の生真面目そうで堅物な役者、星野元気、39歳。

助さん役のクールで二枚目な役者、西都拓、38歳。


彼らの前に、ADが運んだ「水戸藩ラーメン」が置かれると、

物珍しい様子でのぞき込んでいる。

興味を持ってくれるだけでも、作り手としてはうれしいものだ。


その時だ、後ろからADの声が聞こえた。

「脚本の富士宮(ふじのみや)勘三郎さんです!」


振り返ると、スタジオの開いた扉から、後光と共にひょろ長い男が現れた!!

いったんCMです(笑)

(一話の前半です。後半はのちほど)


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