新しい午後
「どう、今の状況を判断すれば良いのでしょうね」
高橋の言葉に俺は悩み、コーヒーを一口飲む。
「俺達は無事で竜巻に巻き込まれる事もなく生きている。
それだけは変えようもない現実」
高橋は真面目な顔で頷く。
「つまりはあの夢。最悪な未来を回避するために見たと言うことでしょうか?」
二人の夢は、あの交差点で終わっている。交差点に向かう未来を選んでいたら俺達は生きているのか? 重体状態で病院に運ばれているのかも分からない。
俺は自分の身体が潰れ、首の骨が折れ、頭外骨がひしゃげる嫌な感覚を思い出す。あの状態で人間って生き残れるのだろうか? 多分無理な気がする。
「私達……今生きているんですよね」
高橋がアイスコーヒーに刺したストローを見つめながらしみじみとそんな事を言ってきた。その言葉は俺の心に染みこんでくる。
「ああ。生きている」
二人で見つめ合い、ホッとした気持ちから微笑み合う。俺を見つめる高橋の目から涙がホロリと流れた。
「ごめんなさい。なんか安心したので……。良かった」
俺はハンカチを差し出すと小さい声でお礼を言って高橋が涙を拭く。
あの夢は男の俺だってかなりの衝撃で恐怖だった。女の子の高橋にとってはもっとキツイものだったに違いない。
「怖かったよな。もう大丈夫だ」
俺は泣きじゃくる高橋の頭を撫でてやる。こういう行為もセクハラになる事を思い出す。高橋は気にする様子はなく俺の前で泣き続けた。一度感情を表に思いっきり出したことでスッキリしたのかすぐに本来の高橋が戻ってくる。
俺の視線に恥ずかしそうに俯く。
「すいません。私泣いちゃって。
あっハンカチ……洗濯して返しますから」
「いいよ、気にしなくて。それより化粧直すように。思いっきり泣いた顔になっているぞ!」
俺の言葉にますます恐縮する高橋!
「いえ! こういう事はキチンとさせてください。ファンデーション付けちゃったし!
ちゃんと洗って明日もってきますので!
あ、ハンカチなくて大丈夫ですか? 今日」
「この季節だけに、二枚もっているから大丈夫だ」
高橋は俺の言葉を聞いて安心したのかフフフと笑う。なんかこうして二人で笑いあうことでより生きている事を実感できて嬉しくなってくる。
「良かった。お前がいて。
こうして共に悩み行動できる人がいたから」
高橋は俺の言葉にまた瞳を潤ませる。
「私もです! 一人だったらどうしたら良かったのか……佐藤さんがいて良かった……」
そういって手を差し出してきたから、俺はその手を握り握手をする。
こんなファミレスで何しているのかと思うが二人ともそういう気分だった。おそらくこの気持ちを共有できるのはここにいる二人だけ。
「これで、もう悩む必要もなくなった! そして昼休みも終わりだ!
午後から頑張るぞ! 化粧をなおして気合い入れなおしてこい!」
「はい! 化粧室いってきます!」
高橋を送り出している間に支払いをすましておくことにした。何だろう昨日と今日何が変わったわけではないが、生まれ変わったような心地よさがある。
一度死んで生まれ変わったようなものなのかもしれない。バッチリ化粧を直してきた高橋と俺は笑顔でファミレスを出て次のお客様の所に戻る事にした。
俺達が午後の仕事をしている間にも、竜巻の事件はマスコミやネットの間で騒がれていた。
動画もいくつもアップされたり、専門家や専門家でもない人らが様々な事を論じたりしている。それでも何故突然あんなところに竜巻が発生したのか分からないままだった。これから日が進むと色々解明されてくのだろう。
あれ程強烈な竜巻が発生したのに関わらず死者は奇跡的に出ていない。破片が飛び割れたガラスで怪我した人のみで済んで本当に良かったとも思う。
ニュース番組を流すカーナビのディスプレイでまたタクシー運転手の映像が流れいた。
交差点近くのを駐車スペースで休憩したらしい。フロントガラスは激しく割れてしまったが運良く怪我もなく生き残れたと笑顔で話す。
windlessという喫茶店の前で壊れた自分の車の前でご機嫌な様子。やけに嬉しそうで誇らしげなのが印象的だった。
俺達はそういった情報を気にしつつも仕事をして定時を迎えた。今日は疲れただろう高橋を帰らせる。俺は一時間程残業して会社を出て、大きく深呼吸する。
いつも以上の解放感があった。
九死に一生を得た人間が考える事って何だろう。今の俺が一番会いたいと思ったのは明日香。
頭の中で彼女が柔らかい笑顔で俺の名前を呼ぶ姿が浮かんでくる。
俺は鞄の中に忘れる事なく入れていた誕生日プレゼントの紙袋を確認する。スマフォのGoogleMapで明日香のいる場所を探るとお店でまだ仕事しているようだ。
俺はケーキ屋でフルーツのタップリ乗った美味しそうなケーキを買った。明日香が現在世田谷で開店準備を進めているお店アヴニールへと向かった。
まだ看板はついていないが、チラリと見える店内の壁の色も変わり店っぽくなっている。今月末にはアート雑貨屋店としてオープンする予定である。
光が煌々と灯る店内。ショーウィンドウから覗くと一人ジーパンにTシャツ姿で頭にバンダナを巻いた女性の姿が見えた。真剣な表情でパソコンに向かっている。
開店準備のため力仕事が多いためかラフな格好でスッピンに近い状態。しかし俺にはそんな彼女の姿がとてつもなく美しく清らかで尊いものに感じた。
その姿が愛しくて暫く見つめてしまう。
外から覗き込む俺の気配に流石に気が付いたようだ。明日香の顔に弾けるような笑顔が宿りコチラに近付いてくる。ドアを開け俺を中に引き入れる。
「ヒロくん、どうしたの?」
「明日香に見蕩れていた」
フフッと笑い明日香は俺を叩く。
「何、バカな事言っているのよ。暑さでボケちゃった?」
「ひどいな。
真剣な顔の仕事をしている君も素敵だよ」
「ハイハイ! しかし、どうしたの? そんなモノまで持ってきて」
明日香は俺の手に下がったケーキ入った手提げ袋にチラリと視線を向ける。
「君の誕生日のイブだから」
「イブって……」
俺はケーキを横の棚に置いて明日香にキスをする。
「イブはイブでお祝いして二人で楽しみ。
明日は明日でまたお祝いしよう。
君が二十九になる瞬間を共に過ごしていいか?」
明日香はクスクス笑い出す。
「平日に何を言ってるの!」
もう付き合いも長い分、互いの部屋に泊まっても困らない。それが平日であろうと。俺を叱るようでいて彼女はパソコンに戻り「少し待っていて! すぐ終わらせるから」と言いながら一緒に帰る準備を初めている。
二人で手を繋ぎながら夜道を歩く。こんな熱い夜でもそうしていたかった。明日香の部屋に行き二人で晩御飯を作って食べて、ケーキを食べながらイチャイチャとした時間を楽しむ。
明日香が新しく始めるお店の事、お店に置く雑貨の作者である職人やアーチストの事。そんな話を楽しそうにする明日香が眩しくて俺は少年のようにドキドキしながら聞き見つめている。
明日香と共に過ごす未来はどれほど素敵な刺激に満ちていて楽しいモノなのだろうか? 明日香の人生を誰よりも近くでそして長く見守りたい。
「ヒロくん?」
「いや、もうすぐ十二時だなと思って……
明日香とはもう十年以上の付き合いになる……」
高校時に知り合い、付き合うようになった。別々の大学に行き、社会人となっても離れることなくずっとこうして恋人としての関係を続けている。
「考えてみたら、長いわよね~」
明日香はのんびりと答える。彼女の後ろで時計が十一時五十八分を過ぎる。
「不思議だな。明日香と時間をそんなに過ごしているのに、飽きるどころか更に好きになっていく」
「私も……ヒロくんはどんどん大人な男になって格好よくなるから。私はいつもドキドキさせられているのよ。
大好き!」
明日香はそう言いながら俺に抱きついてくる。二人のおでこがつくような位置で視線を合わせ微笑みあう。
俺は日付が変わったら、明日香に誕生日のお祝いの言葉と共にプロポーズしよう……。そう思いながら俺は明日香にキスして抱きしめた。