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未来が一番必要な人

 

 夕方待ち合わせた高橋は、髪に軽くフワッとしたパーマをあて、ガーリーなワンピース姿で現れた。

「髪型変えたんだ」

「初回に限りお得なクーポンというのを使って見ました」

 

 笑顔で高橋は誇らしげに応える。これが普段の日なら微笑ましくも見えただろう。

 まず会社をズル休みした相手に上司として何か言うべきなのだろうか?

 しかし今日彼女は実行したと思われる事を考えると何も言えない。この可愛い笑顔も気持ち悪く見える。

 いや高橋は罪悪感に苛まれていているからこそのこの躁状態なのかもしれない。姿を変えて罪の意識から逃げようとしているのか?

 そもそも何もなくて、本当に単なる気分転換なのか……?

 俺の手を両手で引っ張り俺を上機嫌で誘う高橋。

「リーズナブルだけど美味しいイタリアンのお店見つけたの!

 予約したので行きましょう!」

 いつになくテンション高くはしゃいでいる。

「高橋、随分ご機嫌だな。何か良いことあったのか?」

 高橋は足を止める。クルっと振り返りニッコリと笑う。

「……今日は何も無かったでしょ?

 ……あと今日という日か最後かもしれないでしょ? ……だから」

 俺は心の何処かで今日でループが最後では無いと察している。

 高橋は、もしかして終わるかも知れないという思いも抱いているようだ。どこか覚悟を決めたように俺を見つめてくる。

 そうだとすると、高橋は今日は何もしておらず、鈴木は一日様子みる為にジッとしているだけ? 

 高橋は明日からの事に悩んでしまい動けず会社を休んだのか? そうにも思えてくる。

 カジュアルだが、明るく感じの良いレストランで二人で向き合う。

 クーポンを使い美容院でイメチェンして買い物を楽しみと今日あった事を嬉しそうに話す高橋。しかし高橋の口から今日の午前中の話は一切出てこない。

 何故会社に来なかったのかも言わない。

 高橋が不自然な程、朝の話題を避ける様子。笑顔の合間に見せる暗さを秘めた瞳も気になる。

 鈴木の話を振ると「もういいじゃない。あの男の事は。もういなかったことにして」といった言葉を返し嫌がる。

 いちいち高橋の言い回しも気になる。

 しかしここで聞けない。『今日鈴木を殺したのか?』とは。

「高橋にとって、この十一日はどういう一日だった?」

 俺が考え抜いた末に出来たのはそんな質問だった。

 高橋には『この今日一日』の事ではなく、『長く過ごし続けた十一日』の事だとは通じたのだろう。真面目な顔に戻し少し悩む仕草をする。

「煩わしい事から全て解放され自由になった時間だった」

 高橋は溜息をつき目を細める。

 意外な言葉が返ってきた事に驚く。記憶の中ではひたすら脱出だけを目指し足掻いていた鈴木。明日を渇望し求めて悩み続け何も出来ていない俺。

 俺達と真逆の印象を、高橋はこの現象にもっていた。

「佐藤さん、自分と向き合ってたといってたよね?

 私にもそう言う時間だった。

 そして分かったの。私はずっとあらゆることをただただ我慢して耐えているだけの生き方してきたんだと。自分を殺して……」

 高橋は俺ではなくジッとワイングラスを見つめ話し出す。

「ウチは大黒柱である父を亡くし我儘も言っている状況ではなかったのは分かる。

 母親は助け合って家族三人で一緒に頑張っていかないといけない! と言ってたのよね。

 だから行きたかった学校も夢も諦めて我慢した。

 それなのに母は弟が医学部を受けることは受け入れ全面的に応援する。

 その為の苦労はまったく厭わない。もう三浪もしているのにバイトもさせず支えている。

 私にも無条件で金銭的に支えるように強要しつづけてきたのよね。

 学生時代も弟の為にバイトしたお金も全て使われて、家の事も全て丸投げされ……。

 今も週末には家に帰り掃除洗濯炊事をさせられている。

 それが当たり前で、母は私の事なんて全く気にしなかった。私の幸せなんて母にはどうでも良いんだと……。この時間の中で気がついた。

 母と弟には私は便利な奴隷でしかなかった」

 そんな事は無い、お母さんは君の事も愛している。そう言ってあげることは簡単だが、そんな無責任な事は言えない。

 子供を愛せない親もいるし、同じ自分の子供でも平等に愛せるものでも無い。

 我が家もそうだからだ。

 俺の家は逆で母親は俺を溺愛している。弟のことを愛してないわけではないが、明らかにその熱量が違う。

 何から何まで干渉してくるのがたまらなくウザかった。俺はその母親の構いが嫌でたまらなかった。頼るとか甘えるといった事もそんな状況だと出来る筈もない。だから家を早くに飛び出し東京に来た。

「この繰り返しの中で、母親にその事ぶちまけた事があるの。

 それは気持ちよかった~!

 いつもね母は最初はキレてくるの。

 姉だから弟の為に家族の為に苦労して耐えて頑張るのは当然でしょ! 弟が可愛くないの? って。

 だから言ってやったの。

 お金の無心しかしなくて、機嫌悪いと暴力をふるってくる弟が可愛い訳ない……。

 殺してやりたいくらい憎い。今は母さんの事も同じくらい憎んでいる……。

 もしこれ以上私に何か強要するようなら二人とも殺してやる。だからもう関わらないで!

 母さん絶句していた。

 私が本気だと分かって慌ててもいた。

 もう……どうでもいい。でしょ? だって……」

 ケラケラと笑い家族への憎しみに昇華した怒りを語る高橋。

 以前はモンドで自分が死亡した事で母親が悲しむ事がなくて良かったと語っていたというのに。もう家族への愛情はすっかり失っているように感じた。

 恐らく高橋の母親は、息子を医者にする事で自分の将来の安定を求めた。高橋の弟も本当に医者になりたいのかも分からない。

 それか夢が本当だったとしても思い通りにならない現実に焦れて来たのか……。母親はそれでも応援と援助を続ける。

 弟がだんだん荒れて暴力的になってきていることから、精神的に問題を抱えてきているのだろう。

 高橋の母親は子供二人に別の意味で無理を強いてその綻びが出てきている。

 そういう事が話を聞いているうちに見えてくる。

 現実から離れるという事が救いの場合もある。高橋にとってこのループ現象は逃避と癒しの時間だった。

 俺もこのループの時間の中で母親に本音をぶちまけたさせた事はした。しかしそれは関係を健全にするためのシミュレーション。未来で向き合う為のものだった。結果母親とは、ベターなやり取りも出来るような状況も作り出せている。

 高橋のようにただ感情をぶつけるだけのものとは意味が違う。

「高橋は、ループが終わったら家族との関係どうするつもり? どうしたい?」

 高橋はおかしな事を聞くという感じで俺の顔を見上げ首を傾げる。

「もう絶縁するつもり。

 その方が互いに平和だから。その為に色々調べたの。

 引っ越して戸籍を分離する。そして自由になる。私の人生に関わらせないもう二度と」

 高橋の視線はグラスの中で揺れる赤ワインへと戻る。

「そうか……」

 それ以上の言葉をかけてやれなかった。

 高橋の選択は悪くないとは思う。下手にぶつかるより距離取った方が良いのかもしれない。しかしその事が高橋の家族にとって正解かどうかを判断できるはずもない。その答えが出るのは未来の話だから。

「まぁ、それも明日が来たらなのですがね……。

 佐藤さんは来ると思いますか? ア・シ・タ」

 俺はその質問に対する答えに悩む。苦笑して顔を横に振る。高橋はフフっと嬉しそうに笑う。

「私もね、なんかダメな気がします。何となくだけど」

 高橋そう言って少し困った顔をして肩を竦める。

「ここは良い区切りなので言わせて下さい。

 私、佐藤さんに本当に感謝しているんです。こういう事になる前から尊敬していましたし。

 未熟な私をずっと見守り導いてくれた。

 笑えないような大失敗した時。周りは呆れたり怒っていたのに佐藤さんだけは責めずフォローして守ってくれた」

 俺は苦笑し顔を横に振る。 

「それはお前の教育係としての仕事だ。

 それにお前があのミス。俺が事前にフォローしてやれることだった。俺も悪かったからだ」

 高橋は顔を横に振る。

「他の教育係は、一緒になって責める人ばかりですよ。清水さんとか佐々木さんとか。清水さんは真っ先に責任から逃げるし、佐々木さんはキレて怒鳴り散らすだけ。そのフォローしたのも佐藤さんですよね」

 俺は苦笑するしかない。佐々木の下にいた新人はストレスにより会社に来なくなり、今は別の部署にいる。

 清水の下にいた新人は清水と距離をおいている。信頼もしてないようで俺や他の人の仕事について質問や確認を行うようになっている。そういった事で佐々木と清水は社内での評価を下げてしまった。

 新人が使えるかチェックさせられているだけでなく、教育係の俺達も会社から見定められている。そういう所だ。

「口先だけの大人って多いですから。

 社会人になってから佐藤さんという人に出会ってラッキーでした」

「そんな大袈裟な……俺はそんな出来た人間では無いよ」

 俺は思わずそう返していた。このままほっとくとどんな恥ずかしい言葉が出てくるか分からない。

 高橋から見えている俺という人物像が俺からかけ離れている事が怖い。

「それにな、俺だけではないよお前を見守っていたのは。

 部長もお前が頑張っている事をちゃんと見ていて評価している。

 田中さんも同じ。営業で頑張るお前を気にして色々助けているだろ? お前のあのミスの時も一緒に残業までして助けてくれたし。それに今日も休んだお前を心配していたぞ」 

 高橋は『あ~』と言って頷き、ニコリと笑い返してくる。なんか嫌な笑みだ。

「損得感情とか下心とか無しに人を助けようとするのは佐藤さんだけですよ」

 高橋には会社の人や俺がどう見えているというのか?

 俺は特別善良であるとは思わないし、周りも高橋の言うような悪人であるとも思わない。俺も会社の人も無邪気さ狡さをも持った良くも悪くも人間らしい人間。

 そんな俺の前で高橋はワインを一口飲んで笑う。

「田中さんも可愛そう。私の面倒みているふりして優しく気遣い出来る良い女を気取っているのに。全く気付かれていない。

 佐藤さんって頭も良く周りも良く見えて行動されているのに、そういう所には鈍感ですよね」

 少し考え事していたので高橋の言葉の最初の方が聞こえなかった。

「鈍感って何に?」

 ハッとした顔をして高橋は少し慌てる。

「いえ、そこが佐藤さんの素敵な所の一つですから。

 軽薄でチャラい清水さんと大違いで!」

 最近分かってきた事だが、高橋は清水が大嫌いなようだ。まぁお調子者で無神経でウザい所があり、女の子にはモテないのは分かる。俺も職場以外で付き合いたくはない。

「佐藤さんは、私を誰よりもちゃんと見てくれた。だから強くなれたんです。それがこのループの時間の中でよく分かりました。

 私。だから何でもやりますよ! 佐藤さんの為なら。どこまでもついて行きます!」

 高橋は俺を真っ直ぐ見てそんな事を言ってくる。この盲目的な感情は何なのか?

 高橋を救うことも導くことも全く出来てない。それなのにこんなに慕ってくるのは何故なのか?

 同時にそんな高橋に罪を犯させるように唆した事の罪悪感に苛まれる。俺は苦く笑い顔を横に降る。

「俺がしたことは当たり前で、ごくごく普通の事だ。そんなことに必要以上感謝する必要はまったく無い!

 それに、高橋お前がすべき事は違うよ。

 俺の為や、誰かの為にではない。今度は高橋お前自身の幸せのために頑張るべきだ」

 高橋は眩しいものをみてるかのように目を細め俺を見つめてくる。

「高橋、お前はここで偽りのではなく、明日に行き本当の意味で自由に生きるべきだよ」

 俺の為よりも高橋の為にこのループから抜け出さないといけない。そう心に強く思う。このままここに彼女を居続けさせてはいけない。

 高橋はあどけない子供のように目をキラキラさせて俺を見上げてきた。

「はい!

 頑張りますから、佐藤さん。私を見守って下さいね」

「あぁ、だから自分を傷付けるような事はするな。

 このループは何度もやり直しきくように思っているかもしれないが、記憶や心にはしでかした事は残る。だから後悔するような事、不必要に愚かな事はするなよ」

 暗に訴えた言葉は高橋には通じたのだろうか? 実感がまるでない。

 ワインを飲んでいた事もあるのだろう。高橋は素直に俺の言葉を聞き頷いているが、まるでお伽噺を楽しく聞いている子供のようだ。何処かフワフワしていて真剣味に欠ける。

 

 熱いシャワーが俺の身体を滑っていく。汗も心の中で広がるドロドロした感情も溶けていくような気がした。

 シャワー室を出ると何ともわざとらしいお姫様な雰囲気のピンク色内装の部屋が広がっている。

 中央でやたら目立つのはキングサイズのベッド。それがここの部屋がラブホテルの一室というのを視覚的にも訴えてくる。

 俺は冷めた表情でそのベッドの上に視線を向ける。そこには全裸の高橋今日子が膝を立てておっぴろげたというはしたない格好で寝そべっている。いや正確に言うと高橋であったモノがそこにはある。

 部屋に感じるのは高橋が今日付けてきていた香水の香り。その香りがどうしようもなく不快に感じる。明日香が使っているモノと同じ香りだと言うのに。

 顔にはタオルがかけられているが、それの下には頭を仰け反らせ、目をむきだし口を開き、全体として苦悶の表情のまま固まっている。首を絞められその状態で事切れたからだ。

 俺はベッドに近づく事もなく衣類を身につけ、この部屋からさっさと出ることにした。どうせ今日が終わればここで犯罪などなかった事になる。今の時間は二十三時二十分過ぎ。俺は外の空気が吸いたくて部屋から出ることにした。



 俺は浮かび上がってきた白昼夢を振り払うように横に振る。

「佐藤さんどうしましたか?」

「悪い、また頭痛が来たようだ。今日はこの辺で帰ろう」

 俺はそう言って、このよく分からない会合を終わらせる事にした。

 店をでると高橋はご機嫌で、フラつくという事で俺に縋るようにまとわりつき歩いている。

「大丈夫か? シッカリしろ」

 そう声をかけて少し距離とろうとするが腕にまとわりついた手が離れない

 もう一軒飲みに行こうとしつこく誘ってくる。

俺はそれをヤンワリ断りタクシーに高橋を乗せて帰らせた。

 ずっとタクシーから可愛く手を振り続ける高橋を見送ってから、俺はフーと息を吐く。時間をみると十時半過ぎ。

 明日は来るのか? 来なかったとしてどんな今日がくるのか……。どちらにしても不安しか無かった。

 帰る気にもなれずに深夜までやって居る喫茶店に入る。

 思考もまとまる事はなく、追憶と白昼夢の狭間で俺は漂う事しか出来ない。

 この悍ましい白昼夢は何なのか? 高橋、鈴木、オレの三人でひたすら殺し合っている記憶。

 十二時を超えると生き返る世界で、無意味な殺戮を繰り返す三人。何がしたいのか……。

 何度目の溜息をここで着いたのだろうか? 視界が暗転して自室のベッドにいた。


 

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