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踏み出す時

 俺達の暦で言うところの十一月最終の週。俺達がループを繰り返すようになり百十一(111)日。

 俺達にとって日曜日。俺は明日香の所に行き開店準備の手伝いをしていた。

 潤沢な予算がある訳でもないスタート。経費削減の為明日香自身が、手をかけねばならない事も多い。それだけに手伝いのしがいはあった。

 女だてらに電動工具を使いこなし棚を作ったり設置したりしている明日香に最初は驚き! その逞しさに惚れ直した。

 そして同じ設置作業を何度も手伝う事によって慣れて、逆に明日香を驚かす程俺のDIY技術も上がった。より役に立てるようになった事も嬉しい。

 何度も内装を作り上げ、それが無かった事になる。その事は虚しい事にも思えるが、平日の毎日の繰り返しとは異なり俺にはその時間が楽しかった。同じ繰り返しをした訳でもない。より有効な提案も出来、より素敵な出来栄えに進化していくのも楽しい。

「今日は本当に助かった。

 でもヒロくんが器用な事は意外だったな」

 組み立ても終わり。お店らしくなった店内を眺めながら二人で珈琲を飲んでいる。俺が関わってなかった時に比べ、今日はかなり作業は先に進んでいるように見える。俺は四ヶ月前の今日に明日香が送ってきてくれた写真より店が完成に近付いていることが誇らしい。

「俺そんなに不器用に見える?」

 明日香は顔を横に振った。

 元々はラジオを流していたのだが、余計な情報を入れたくなくて、音楽だけを流している。

 BGMとして流れる軽快なポップスの音楽も心地よい。

 業者の人は出入りしているが、基本俺と明日香の二人の世界。

 さっきスマフォでチェックしたがモンドの方はいつもの通りの展開。竜巻がきた以外は平穏。

 世界は平和なものである。

 午前中に高橋とLINEでやり取りを終え外の情報を遮断していた。

「ううん。でも実際身体動かすより考える事の方が得意そうだから」

 それは間違えてはない。

「部屋の家具とかの組み立てで、手こずった事はないぞ」

 明日香はフフと笑う。

「イケヤの家具の時は手伝ったわよね」

「アレは確かに手間取った。しかし実際あれは大変で殆どの人が手こずるだろ?」

 明日香は、『そうよね~確かに』と言って笑う。

「でも、楽しかった。そして今日も。

 一緒に作業するってなんか楽しいよね」

「二人での共同作業を充分やったから。結婚しちゃう? このまま。

 順序は逆になったけど」

 俺の言葉に顔を上げ首を傾げる。普段が落ち着いて大人な雰囲気だけにこういう子供っぽい仕草をすると可愛くなる。

「俺はこれからも明日香と様々な事を共にして行きたい。

 一緒に洋服を選んだり、部屋を飾り付けたり、食事を作ったり。

 結婚しよう」

 明日香は最初冗談かと思って笑っていたが、俺の本気に気がついたのだろう。持っていたカップを置いて俺にシッカリ向き合う姿勢をとった。

 その頬が赤らみ目が少し潤んでくる。

「私も同じ気持ち。ヒロくんと共に色んな事を乗り越えて行きたい。家庭を作って育てて……」

 俺は明日香を、抱きしめる。

「じゃあ結婚するか! ても俺はダメだな。

 プロポーズって指輪をちゃんと用意してひざまずいてするものなのだろうに……」

 胸の中の明日香が笑っているのか。胸が擽ったい。

「そんなキザなことしてきたらひくよ。

 ヒロくんの想いを心に強く感じた。最高のプロポーズよ!」

 この言葉は明日香の本音の言葉だろう。だが彼女は指輪を用意してキザにプロポーズしても喜んでくれた。


「ニヒルなヒロくんが、こんな事してくれるなんて信じられない。

 なんか素敵なラブストーリーのヒロインになれたみたいで嬉しい」

 そう言って泣いて喜んでくれた。


 最高な瞬間に喜びの涙を流して微笑む明日香を、何度も楽しめる。それはこの生活の中で唯一の喜びなのかもしれない。

 キスを交わし抱きあっていると、俺のスマフォが震え出す。嫌な予感しかしない。

 俺が躊躇っているうちに明日香が離れスマフォを手に俺に取り渡す。

 ディスプレイを見るとやはり高橋の名前。こういうイレギュラーな連絡をよこせるのは彼女しかいない。

「どうした? 何かあったか?」

『……佐藤さん、まだ気が付かれてなかったんですね。

 実はさっきモンドで……』

 俺はバックからタブレットを取りだしニュースサイトを見る。

 ニュースの見出しを見て『とうとう、やりやがった』とそう思う。

【モンド竜巻被災現場で放火】

 竜巻で混乱している現場に怪我人として運び込まれていた男がガソリンをそこで撒き大火災を引き起こした。

「鈴木の仕業か?」

『そのようです。マスコミに犯人として公開した防犯カメラに写った男の映像が鈴木でした』

 俺は天井を仰ぎ息を吐く。いつかやるだろうと予測していた事が起こった。それを、止めるにはどうすれは良いのか? 最も確実で有効的な手はある。しかし……。それを行う事に躊躇っていた。

「大丈夫? 何か問題があったの?

 それだったらコチラは大丈夫だから。行って!」

 心配そうに声をかけてくる明日香に俺は安心させるように笑顔を返す。しかし心の中は怒り、悔しさ、恐怖、動揺といった感情がドロドロと粘度をもって渦巻いていた。

「取り敢えず会って話し合おう」

 スマフォを握りそう言葉をなんとかひねり出す。

「……はい……でも……今……彼じ……。

 なんでもありません

 分かりました。(カラオケ)キングで待ってます。部屋をとったらまた連絡します」

 高橋はそう言って電話を切った。


 俺は待ち合わせに向かいながらネットの情報をチェックする。

 竜巻が起こり怪我をしてモンド内のクリニックで治療を受けていた男が突然、凶行に走った。診察室、待合室そしてエントランスにもガソリンと思われる液体を撒き火を付けた。

 男は自殺のつもりか、逃げ遅れた為だけなのか不明だが現場で火に巻かれて死亡。リュックにはガスのスプレー缶等の爆発物が入っていたようで自殺であろうという見解が大半。


 死亡者の中には一度世話になった医師らの名前があり俺は目を瞑る。

 脳内にあの時の医師や看護婦の顔が蘇る。あの人達が今日亡くなった。それも無惨な形で。


 スズタンのTwitterアカウントは消えていた。 

 朝と昼にチェックした時はまだあったはず。そして最近は今後ひよりへイイネはしていなかったのを思い出す。

 犯人は遺体の損傷も激しく身元を示すものどころが所持品も全て燃えてしまった事で特定は不明。近くを通ったときに映りこんだ防犯カメラの映像を公開し情報を募っている状態のようだ。


 待ち合わせのカラオケBOXにいくと高橋が迷子の子供のような不安げな様子で待っていた。

「佐藤さん……」

 そう言って抱きついてきたが、何故か飛び込んだ瞬間身体を強張らせ離れる。

「来る途中、ニュースを確認はしていた。

 まだ鈴木だと特定はされていないようだな」

 俺の言葉に高橋は頷く。

「申し訳ありません……お休みの所」

「それはお前もだろ。事態に気が付くのが遅くて悪かった」

 高橋はブルブルと顔を横にふる。

「いえ、日曜日の異変チェックは私の担当ですので…………」

 何か言いたげな高橋の顔。事態が深刻な為か、口調が上司部下の時の言葉使いに戻っている。その方が接しやすそうでホッとする。

「どうした?」

「……彼女さん……良かったですか? 佐藤さん……そちらに……いたかった……よね……?」

 気を使っているようで、何故か責めているような高橋の表情。呆れるのと同時にゾッと背筋が寒くなる。怒鳴りたくなるのを堪える。

「そんな事言っている状況じゃないだろ」

 高橋は何故か俺を睨んでくる。

「なんで……休日にわざわざ……。

 カラクリ人形のように同じ言葉しか話せない相手と過ごしても意味ないじゃない。そんなの楽しくもなんともないよね?」

 俺の方に高橋は手を伸ばしそんなことを言ってくる。高橋は何を言っているのか? 

「彼女は生きているし、心もある……だから俺の言葉に様々な表情や言葉を返してくる……」

 高橋の目に何か暗いモノが宿るのを感じ焦る。何とか高橋を明日香から意識を逸らせないと不味い!

 何がどう不味いか分からないが、そう俺は感じた。


 脳裏に浮かぶ謎の記憶……。


 血に濡れたナイフを手に俺に微笑む高橋。


 大丈夫ダヨ。少シ死ンデイルダケ。スグ元通リニナルシ。怒ラナイデ。デモ佐藤サンヲ惑ワスカライケナイノ


 高橋の足元で倒れている………俺は記憶を振り払う為に顔を横に振る。


「彼女だけでない。

 こうなってから俺は、家族、友人と積極的に話すようになった。母親とも今まで面倒臭くなるからあえて避けていた話をして、思いっきりぶつかってホンネで語ったりもした。

 自分が今まで疎かにしてきた分、積極的に人と向き合うことにしている」

 そう話しているうちに高橋の表情はあどけないモノにもどっていく。その瞳は俺を求め縋っている目。しかし俺の今の言葉を聞いてないようにも見える表情。

「流石佐藤さんです! そのように自分と向き合われているなんて。尊敬しちゃいます!

 私は?

 佐藤さんにとって。私は? どんな存在ですか?」

 俺は高橋に微笑む。説得する為ではなく、誤魔化しの表情。

「こうなってから一番一緒に過ごしたのは誰だ? もう単なる会社の上司部下では無いだろ? かけがえのない仲間だと思っている。

 この状況で一番、頼れる相手。

 俺はそう思っているけど。お前は違うのか?」

 以前、高橋は他の人とのやり取りはまるで芝居の台詞を話しているようで虚しいと言っていた。

 しかし俺は高橋と話している時のほうが、偽りの心を演じなければならなくて疲れている自分を感じる。

「私もです! 佐藤さんだけ! 今の私に必要なのは!」

 ズレて噛み合ってない会話が気持ち悪い。こんなに話が噛み合わない相手だったのだろうか?

 前は無邪気で素直で可愛かった。この異常な事態が少しずつ高橋を狂わせていっている。


 自分の感情を隠し俺は微笑み頷き、高橋の頭を撫でる。機嫌の悪い猫を宥めるように。

「今日も助かった。モンドの事を、気がついて知らせてくれて」

 高橋の機嫌を戻しつつ、本来俺たちが話し合うべき話題へと誘導することにする。

 これ以上高橋のズレた感情を受けたくなかった。彼女の俺に向けるのは愛情では無い。執着だ。

「いえ、しかしアイツは何故こんな事を……」

「モンドを、破壊するためだ」

 俺は憶測ではなく断言して話している自分に気が付いていた。

「でも、竜巻が起こった後に破壊しても……」

 高橋は子供っぽく首を傾げる。


 どのタイミングでループが起こる要因が生まれたのか不明。

 モンドが原因かも謎のままなのだが、鈴木はモンドに固執していた。

 そしてだんだん壊す事だけが目的となっていき、それが過ぎると殺戮が目的となっていく。

 ゲームのようにどうやったらより多くの人を殺せるか……。

 何故予測としてでなく、俺はそんな未来を確信しているのか……。


「今日中に破壊すれば次のループで正常に戻ると考えたのかもしれない。

 だから自分の生命も顧みず犯行を行った」

 高橋の顔が歪み不快そうな顔になる。

「ということは、ループ現象はもう終わっちゃうの?」

 高橋はおかしな言い方をしてくる。

 まるでループ現象が終わることを歓迎してないかのように。

「いや、それは分からない。ただあいつの目的はモンドの破壊によりこの現象を止める事。

 しかし、あの建物は耐震・防風対策も万全で素人が簡単に壊せるものではない。

 現に今回の火災も内部でガスボンベも持ち込み爆発をおこしたようだが、ワンフロアを滅茶苦茶にしたに過ぎない。建物そのものは無事だ。

 そもそもモンドを壊せたとしても、今の状況が変わる保証も全くない」

 高橋は何かを考え込んでいるようで、何も答えずに黙り込む。その様子を俺はジッと黙って見つめる。

「アイツはダメ……。危険……。

 ホント余計な事ばかりする」

 高橋が何か呟いている。

今日(明日)鈴木と接触するか」

 俺がそう呟いてみせると、高橋は顔を上げ首をブルブルと横に振る。

「ダメ! 危ないよ! やめて!

 アイツと関わらないで! アイツなんてもう気にしないで!

 好きにさせたらいいじゃない!」

 高橋は必死に俺に縋ってくる。やめて欲しいと。

 鈴木がまた凶行を始めたというのに、高橋は俺が鈴木への働きかけをすることを拒否する。


 ヘイ! ヒロシ。

 オ前ノ憂イヲ解決スル良イ方法アルヨ。マサ二一石二鳥ナ最高ノプラン。聞キタイカ?


 記憶から沸き起こる声。誰だか分からない。言語は英語のようだ。


 ソノ子ノ攻撃対象ヲ、ヒロシガ定メテヤレバ良イ。


 高橋の足元で血に塗れ倒れている…………明日香。

 そんな光景が脳裏に浮かんでくる。それを思い出し背筋が凍る。明日香の存在を高橋に意識させてはいけない。


 俺はあえて鈴木についての話題ばかりする事にする。


「そもそもアイツは何処に住んでいるんだろう?

 高橋覚えているか?」

 高橋は顔を弾かれたようにあげる。しかし何も答えず黙ったまま。

「……いえ、忘れ……。知らない」

 そして目を泳がし。その視線は一瞬テーブルの上に置かれた高橋の手帳に止まるのを俺は見逃していなかった。

 俺は自分でも驚くほど冷静に高橋の様子を観察している。彼女の心の動きを少しでも見逃さないために。

 彼女の手帳には鈴木天史の住所が書いてあったのを俺は覚えている。

 彼女は起きて一番にそれを書き直す事をしているようで、毎回ページの最初にそれは書かれていた。俺が死んだ時にネットに鈴木の個人情報が晒され出回りそれで覚えたようだ。

 休みの日、荒川区を散歩したとか言ってた事も何度かある。高橋はそれでシッカリ鈴木の家を把握しているのは間違いない。


 テレビモードにしていたカラオケのディスプレイにニュース速報が流れる。

「あっ、鈴木が特定されたみたいだな」

 何度も流れている防犯カメラの映像に【荒川区在住 会社員 鈴木天史】とテロップがついている。


「荒川区か……。

 また何かしでかすのならなんとかして止めないと……」

 ニュースサイトを見ながら俺はそう呟く。

 呟くだけでいい……。

 高橋はそんな俺を思い詰めたような表情で見つめている。高橋は見つめたまま固まったように動かない。

 俺はため息を一回つき、そんな高橋に視線を向け笑いかける。気遣っているかのように。

「明日はどうするか……悩ましいな」

 高橋はゆっくりと口を開く。

「あ……明日は……様子見で良いのではないですか?

 恐らくはアイツも結果を見るためにそうする筈ですし」

「……そうかもな……」

 俺は高橋に笑いかけると、高橋は笑った。必死に作ったと分かる不自然な笑顔で。高橋は震える手で俺の手からタブレットを取り上げテーブルに置く。

 そして唐突に抱きついてきた。

「高橋? どうしたんだ?」

「怖いの。この世界がどうなるか。だからお願い。こうさせて。震えが止まらない」

 俺は高橋の背中を優しく撫でる。親が子供にするように。

「怖がる事は何も無いよ。明日が普通に来たら来たでそれは嬉しいし、ダメだったらまた一緒に考えて、悩めば良いだけ。

 何も怖がることは無いよな。

 どちらにしても君が困る事にはならない」

 高橋は俺に抱きついているのでどんな表情をしているのか見えない。身体を震わせているのだけは分かった。

「もし……今回の事で本当に明日が来たら……佐藤さんはどうしたい?」

 高橋が涙を溜めた目で見上げそんなことを聞いてくる。本音を言うと明日香に会って抱きしめたい。そして未来の話をいっぱいしたい。

「まずはお前と会って喜び会って……そしてレストランとかで派手にお祝いするのもいいな。その時だけは良いワインとか飲んで」

 高橋の顔が少しだけ笑う。

「私、そんな余裕ないですよ」

「それくらいは俺に奢らせてくれ、ボーナス出た後だし」

 高橋はもう一度、俺に抱きつき顔をすり寄せる。

「それも楽しそう……。

 お願い。佐藤さん、今日はこのままここで一緒に最後まで居させて」

「今日の高橋は変だぞ。

 まぁ、今日色々あったから……不安にもなるか」

 そう優しく聞こえる声をだして高橋を抱きしめる。そうしなかもらも俺の心臓は色っぽい意味ではなくドキドキしていた。

 自分も超えてはならない領域に踏み出そうとしている事で、心はどうしようもなく緊張し動揺していた。


 

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