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11:11:11世界の真ん中で  作者: 白い黒猫
毀れていくモノ
17/27

白昼夢 寝ても覚めても……

 細い路地に停めた狭い車の中。濡れた音とくぐもった人の声が響く。

 必死な様子で俺にキスをしてくる高橋。

 高橋の細く白い手足が、まるで獲物を捉える蛇のように俺にまとわりつき強く抱きしめてくる。俺を離さないと言わんばかりに。

「ひろしさん! ひろしさん」

 絡み繋がりながら頬や耳を愛撫する俺に向かっては苗字ではなく名を呼ぶ高橋。

「たかはし……」

「名前で呼んで! 今日子と呼んで!」

 高橋はそう叫びながら俺を更に強く抱きしめ身体を揺らした………………



 脳天気で前向きな歌詞の歌が聞こえる。優しく頭を撫でる手の心地良さ。

 目を開けるとソファーに寝転んでいる自分に気がつく。

 俺の頭を撫でていたのは、高橋だったようだ。俺が目を開けるのに気がつき手をひっこめる。

 俺はその事に気が付かなかったフリをして起き上がった。何かとんでも無い夢を見ていたようだ。溜まっているという事もないだろう。今晩(昨晩)明日香と抱き合って満たされている。

「悪かった! 俺、寝ていたか?」

 周りを見渡しそこがカラオケルームの一室であることを思い出す。

 BGVとして高橋が聞いていたであろう映像と音が部屋を満たしている。

 また頭痛を起こし少し休ませてもらっていたら寝てしまったようだ。最近頭痛に苛まれる事が多い。それと共に見てしまう夢。いや夢と言うより白昼夢。

 経験していない筈の思い出の数々。頭痛より、何が現実なのかぼやけていきそうなその雰囲気が気持ち悪くて悩ましい。

「気にしないで。

 頭痛の方は大丈夫? 痛くない?」

 俺は気恥しさ、焦り恐怖と複数の意味で胸をドキドキさせながら頷く。あんな夢を見てしまった後で暗い部屋で二人きりというのもなんか居心地が悪い。

 テーブルの上にある氷の溶けたアイスコーヒを一気に飲み干す。

「あぁ少し寝たら良くなった。クスリがきいたみたいだ」

 高橋は嬉しそうに笑う。今日は二人による会議の日。このおかしな状況を分かりやすく把握する為に、二人で独自な暦を作った。

 七日で一週間、四週で一月として考え、時間の経過を表現した。その暦で言うと今日は十月八日。しかし世間は七月のまま。秋の気配どころか夏真っ盛り。

 今日は休息日明けで、俺たちにとっての月曜日。仕事を終え二人で人目を気にせず話せるカラオケボックスで会議をしていた。


 議題は鈴木の動向、この謎のループ現象の解析。なのだがもう改めて語る事もない。新情報がないのだ。

 竜巻に巻き込まれた鈴木の同僚の今後ひよりは零時を越し元通り復活した。そして朝、悪臭に苦しめられる通勤をしたとネットで愚痴る。そのそれに周りは同じ反応を示し、今後ひよりも同じ言葉を返す。

 この様子からも彼女にはモンドで竜巻に巻き込まれた記憶はないのだろう。

 その証拠にその前の十一日同様、次の日も鈴木の誘いにのり竜巻に巻き込まれ死亡する。それを何度も繰り返した。

 鈴木は今後ひよりを乗せ北から南、東から西、西から東と侵入した。しまいには全速力でエレベーターに突撃するという暴挙にでて、そのまま沈黙してしまった。

 鈴木が動かない事で今後ひよりの時間は元通りになった。世間で騒がれている竜巻など興味ないようだ。ランチを楽しみその画像をアップして、帰りに可愛いアクセサリーを買ったとはしゃいでいた。


 鈴木は厳密に言うと完全に沈黙した訳ではない。

 今後ひよりとの無理心中を止めた後、一週間程してから彼女のツィートに【イイネ】を付けるようになった。そしてそれをずっと続けている。

 それで彼はやはりまだいることを察する。彼は儀式のようにそれを繰り返す。

 彼はどういう気持ちで、自分が何度も殺した相手にこのイイネを付け続けているのか分からない。

 鈴木の世間で目立った動きは無くなる。


 試しに客を装い鈴木天史の職場に電話してみたが休んでいるという答えが帰ってきた。何度かかけても同じ状況でもう何ターンも休んでいるようだ。


「アイツすっかり大人しくなったね」

 何故か高橋はそんなに嬉しそうに無邪気に笑っているのだろうか? 


 キミハ優シイ。デモ非情ニナルコトモ必要ダヨ。デナイト君モ壊レルヨ。

 

 そんな言葉が意味もなく浮かんでくきた。高めだが落ち着いていて優しい声。


「そう言えば、佐藤さん」


 笑っていた高橋がスっと笑みを引き俺をジッと見上げてくる。

「ん?なんだ?」

「休日はどう過ごしたの?」

 首を横に傾けてそんな事を聞いてくる。

「え? まぁ色々と……美術館行ったり。知り合いに会ったり……」

 俺はそんなぼやかした言葉で答えたら、やはり満足していないのかジッとコチラを見ている。

 日廻作品を見回っている事、明日香と過ごしている事。それを高橋には極力言わないようにしている。

 何故かと言われると困る。そうした方が良い。そういう気持ちが強くそれに従っている。

 

「美術館! 素敵!! いいな!」

「いや、何となく勢いでいっただけで」

「楽しそう。一緒に行きたかったな~」

 すっと一緒に行動しているだけに、俺と一緒にいるのも飽きているだろうに。

 しかし高橋はそんな事を言ってくる。いやずっと休日も会って一緒に出かけたいといった事を言い続けていて、俺はスルーをしていた。

「浮世絵で、夏らしく怪奇をテーマにしたモノで面白かったよ」

 展示会は面白かった。また平日なためか人も多すぎず見やすいのもある。

 あれから俺は日廻永遠の建造物を土曜日(七月十一日)は巡っている。ついでに様々な展示会を楽しむ、そして日曜日(七月十一日)は明日香と過ごすようにしていた。

 人事から有給消化を強制されて仕方がなく休んだと説明し明日香の店に行く。そこで棚の設置作業などを手伝い、一緒に夕飯を食べて愛し合い……。

 同じ言葉、同じ反応を返してきても明日香との時間は俺にとって何よりもの癒しだった。

 その行動や表情の一つ一つに明日香の心を感じる。俺はそれで自分の居場所はここだと再確認した。明日香といると自分自身を取り戻せる気がした。

「高橋は?」

 高橋はンーと唇を突き出し悩む顔をする。

「一日目は渋谷をブラブラして……。二日目は家で映画を観ていました」

 高橋も疲れているのだろう。最近一日は家で映画を観ている事が多い。

「楽しそうだな。高橋はやはり若いな。渋谷なんか俺はあまり最近行ってない」

 高橋は困った顔をする。

「なんか今の私の状況ヤバいですよね。倹約生活忘れそうで。

 今どきな流行りの物食べまくったり、いつもなら買わないような服を買って楽しんだり」

 高橋なりにこうしてハジけて発散しているのだろう。女の子らしいといったら女の子らしい。

 俺はと言うとこのどう表現して良いのかわからないモヤモヤの発散は出来ずにいる。

 明日香にも心配させてしまっている。何でもない振りして明るく振舞っているのに勘づかれているようだ。

 ジッと見詰めてきて『話したくなったら教えてね』とそんな感じの事を言ってくる。そして俺を抱きしめたりキスして慰めてくれる。

 こんなことになる前なら、弱さを見せた自分が情けなく感じ素直にその好意を受け入れられなかった。

 今の俺はそんな明日香に少し救われ癒されている。明日香の優しさと温もりが今の俺の生きる糧。

「それはそれで楽しそうだな」

 高橋はフーと息を吐く。

今日(一昨日)のイケてる私を佐藤さんに見せたかった! 今日あの服を着てこれないのが悔しい……」

 買い物自体が無かったことになる。高橋のような豪遊するという楽しみ方も確かにありかもしれない。

「俺なんかに見せても仕方がないだろ」

「他の人だと意味ないよ。日が変われば忘れてしまう人に見せても」

 高橋はむくれた顔をして俺の方を甘えるような目で見上げてくる。

「俺はオジサンだから、女の子のオシャレとかに疎いからな」

 『お洒落に決めた高橋というのも見てみるのは面白そうだな』そういう事は簡単なのだろう。しかし俺はあえてそう返していた。

「全然佐藤さんはオジサンではない! カッコイイですし、頼りがいあるし! 素敵です♪ だから大好き」

 可愛くそんな事を言ってくる高橋を何故か俺は冷めた心で見下ろしていた。嬉しいというより何故か気持ち悪さを覚える。先程見た夢のインパクトが強すぎたのかもしれない。

「サンキュー。褒めても何も出ないぞ。まぁここのメニューにあるものくらいなら奢ってあげれるけど」

 高橋と少し距離をとり、ニヤリと笑みを作りメニューを振る。

「やった~! じゃあ一番高いものたのも♪」

 そう言って俺から視線を外しメニューを見ている高橋にホッとする。

 高いと言っても大したものはない。高橋はパフェと烏龍茶、そして俺用に新しいアイスコーヒーを注文した。

 大きなパフェを前に嬉しそうに笑っている高橋。こんな時間にこんな大きな甘いものをよく食べられるなと思う。

 高橋が食べる量が明らかに以前より増えてきている事に気がついていた。俺といる時常にテンションが異様に高くスキンシップも多くなっている。

 衣類の爆買い……高級レストランでの豪遊……。コレは楽しんでいるのではなく、かなりストレスが溜まっているからだ。

「ダイエットの心配は無いのは分かるが、程々にしろよ。腹痛くなるぞ」

 俺の言葉に気を悪くするかと思ったが、高橋は嬉しそうに笑った。

「佐藤さんの前だから、タガ外せる。

 こんな馬鹿な事も出来る」

 高橋はそう言って俺を見上げてきて抱きついてくる。お酒も呑んでいないのに。

「このくらいの可愛い馬鹿で頼むよ。

 俺がツッコめたり、フォロー出来る範囲の馬鹿なら許してあげよう」

 高橋にははにかむように下を向き、俺に視線を戻し可愛らしく笑った。こういう事に鈍感な俺でも分かる。高橋の俺への感情は察することは出来た。


 ソノ子ハ、母子家庭デ頑張ッテキタコトモアリ、父性ニ飢エテイル。ダカラ見守ッテ頼レル君二惹カレルノハ自然ナコト。


 頭の中でまた声が聞こえる。日廻永遠の声。こんな声に指摘して貰わなくても何となく気がついていた。

 高橋が可愛い女の子から女になってきていることを。愛を求め請い誘う。そういう女の顔でいる事が多くなっている。


 君ハ選バナケレバナラナカッタ。ソノ子ヲ突ヲ放シ離レテオクカ、更二依存サセテ完全二支配スルカ……


『トワ、どうすれば良い? これから俺は』


 そう聞く俺に、眉を寄せ困ったような顔をする日廻永遠。


 最近沸き起こるこの記憶は何なのか?


「佐藤さん! 大丈夫?」

 高橋の声で我にかえる。俺の胸に縋るようにいる為に異様に近い距離にいる高橋に俺は内心ギョッとする。

 やんわりと離れ、安心させるように肩をポンポンと叩き笑みを作る。

「頭痛いの? 気分悪いの?」

「そうじゃない……少し考え事をしていた。今の状況をどうすべきなのかと」

 高橋は心配そうに俺を見ている。

「佐藤さん、無理しないで!

 私はこの生活をそれなりに楽しんでいるから。

 のんびり解決策見つけていこう(この世界で本当の意味で生きているのは私達だけ!)佐藤さんと一緒なら私は怖くないし(私はそれでいいヒロシさんだけがいればいい)!」


 無邪気に笑いそんな健気な事を言ってくる高橋の言葉に被さって記憶の中の高橋の別の言葉が聞こえる。


「楽しんでいるか……。

 そう言えばお前、映画が好きなんだな。なんか休みにいつも映画を観ているよな。

 何かお勧めはあるか」


 強引に話を変えることにする。高橋は気にする様子はなくニコニコしている。俺と一緒にいるのが嬉しくてたまらないと言わんばかりに。

「実はね、時間がループするという内容の映画ばっかり観ているの!

 なんか解決の糸口があるのではないかと思って……」

「へぇ、何か参考になったか?」

 高橋はンーと声を出し悩む。

「映画におけるリピート現象の原因は大きく分けて三つ」

 俺は頷き真面目に聞くスタンスで正面を向くふりをして、距離を開ける。

「一つは精神疾患で世界の時間は流れているのにある人物の記憶だけが同じ日を繰り返しているというもの。

 二つ目は主人公の特殊能力によりその現象を引き起こすというもの。

 三つ目は何かの科学実験の事故などにより引き起こされてしまうというもの」


 前にもしたような記憶のある会話だが、俺は頷き先を聴く。


 俺タチノ状況ハ恐ラク外的要因ダロウ。何ダカノ事故ガアリ、ソレガ原因デ時間ガ巻キ戻ルヨウニナッタ。

 オソラク世界デ俺達ダケガソノコトヲ認識シテイル。

 ダッテソウダロ? 


 戻った世界に他の人が存在する事が世界全体がリピートしている証明だと鈴木は力説している。そのどこがその証明になるというのか俺には理解出来なかった。

 意識だけが過去の自分に飛んでいるとしたら? 

 そうなると異なる選択により別方向に進んだ未来はどうなるのか? 複数分岐した未来に繋がっていくのか? 消えて無かったことになっているのか……。まるでわからない。


 …………オレモソコハイロイロ考エタヨ。ソシテデタ結論ハ……


 そこで割り込んできた日廻永遠の言葉、最後まで再生される前に俺は記憶を鈴木とのものに戻す。


 記憶の中で俺たちの今の現象を鈴木も交えて話し合っている風景。いるのは俺と高橋と鈴木の三人。

 熱く語る鈴木。それを少しひいた表情で眺めている高橋。

 モンドの構造こそが怪しい。この現象というより今の状況に俺たちを縛りつけているのが、モンドだという。だからあそこを壊せば元に戻ると俺達に訴えていた。


 今、目の前では高橋が俺にループ現象について語る。高橋はテンションが酒が入っているかのように高いのは同じだが、鈴木と違って上機嫌に見える。


「こういう映画だと、大抵近くに高分子学に詳しい人物がいて、よく分からない数式で計算して何だかの結論見つけてくれるのですが……」

 高橋はハァとため息をつき、俺を見上げる。

「佐藤さんは高分子学とか物理学とか相対性理論とか詳しいですか。工学部出身ですよね?」

 俺は苦笑して頭を横に振る。

「電子の方だから。そちらはサッパリだよ。

 俺は平凡なSEでしかない。

 だからハッキングとかトラッキングとかの腕も期待しないでくれ。そんな能力もない」

 コレは映画とかSF小説の中の世界ではない。紛れもない現実の話。

 俺たちはそんな特殊能力や、特技もない普通の人間。そんな人間にこのような状況で何が出来るというのだろうか?

 単なる電気技師でしかない鈴木も同様だった。どんなに足掻いてもあの堅強なモンドを短時間の準備で破壊するなんて事は出来なかった。

 爆弾なんて素人が作れる筈もない。しかも使える時間が短すぎる。ネットで爆弾の作り方を調べるのにも限界がある。そういった情報はすぐチェックされて消されてしまうから。まず見つからない。


「この現象止められるのかな~? 

 あの鈴木がもうモンドですることはやりつくしちゃったし。

 佐藤さんはどう思う?」

 ループについて、映画の感想のように明るく語る高橋。鈴木と高橋の違いは、この現象についてどこか他人事で真剣味に欠けている。

 どうでも良い意見を言って俺に甘えるように俺に意見を求める。既にもう何も展開もない意味がないこの時間が俺にはもう苦痛でしかない。


 モンドで試しておらず鈴木にできる事はある。次に鈴木が考えやりそうな事は読める。読めるというのは語弊がある。俺は奴が仕出かした事がいくつか浮かぶ。


 それが見えたからといって、俺の気持ちはスッキリする事はなく、悩みを深めるだけだった。

 どう止める? その部分が大きな問題だった。


「鈴木が心配だ。馬鹿な事をしそうで。アイツと早い目に接触するべきだったのか……しかし」

「ダメですよ! あんなトチ狂った男……佐藤さんが危険です。

 ……実際一度アイツに佐藤さん殺されたんですよ! もうあんな事こりごり!」

 

 最初から鈴木という存在を毛嫌いしていた高橋。俺以上に接触を拒んでいた。

 高橋に探りを入れて見たが、俺のように何だかの記憶が見えているわけでもなさそうだ。

 思いっ切り顔を顰め、『なんか生理的に無理』と答えだだけ。

「それに邪魔!」

 高橋はそう言ってニッコリと笑った。

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[一言] ひろしが高橋に抱くゾワっと感、かわいそうだけどわかる気がするな。 高橋にはもう他に何も見えないんだろうけれど……
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