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11:11:11世界の真ん中で  作者: 白い黒猫
毀れていくモノ
14/27

転寝

 パソコンに向かい仕事をする高橋を横目で見る。

 普通の人にはただ当たり前に通過する七月十日から十一日の時間。

 しかし高橋にとっては三ヶ月程余計に社会人生活をしてきたに等しい。その為か仕事のスキルはかなり上がっている。

 彼女なりの調査の一つかもしれないが会社でも様々な人に話しかけてその反応を確かめている。それも彼女の学びとなっているようだ。より周りの人を上手く動かす術を覚えてきた。

 また毎朝の警察への通報も、より理論的でかつ相手に響く内容へと昇華しておりプレゼン能力も高められたようだ。


 高橋が他者から分かりやすく変わったのは化粧の仕方かもしれない。今までも手を抜いたメイクをしていた訳ではない。所謂リクルートメイクでどちらかというと個性を消す堅く青い印象だった。それがより自然で彼女の良さを引き出す大人な雰囲気になった。毎回少しずつ変わっていく高橋を見ている俺には僅かな違いかも知れないが、普通の時間を生きている人には小さくは無いようだ。

 その事を指摘すると嬉しそうに笑った。

 同じ毎日を繰り返す事に飽きたのでメイクで気分を変えたいからなようた。しかし新しいメイクチャレンジするにしてもコンビニや二十四時間営業の薬局で手に入るモノで対応するしか出来ないのが悩みと愚痴っていた。

 仕事帰りに買ったとしてもそれを次の日に使えない。

「高橋ちゃん、なんか今日色っぽくない?

 彼氏出来たとか?」

 営業で俺の同期の清水がその変化に目敏く気付いたようで、そんな言葉をかけるようになった。

 高橋は最初は眉を寄せ嫌そうにしていたが、最近ではチラリと御局様である田中さんと視線を合わせてからニッコリと笑い返し「何がおっしゃいました? 聞こえなかったのですが」と返す。

 すると高橋が余計な事を言わなくても田中さんが清水を叱ってくれる。

 以前俺が注意に入ったら、清水は「もしかして相手は佐藤か?」と余計なはしゃぎをみせて面倒だった。

 お調子者の清水の変な好奇心を霧散してくれるのは、怖い存在である田中女史。この方法が一番なのだ。

 気になるのは、高橋は俺に対しては人間らしい表情を見せるが、他の人と話している時の表情が事務的に見える事。笑顔で動いているのだが、サービス業の客への対応に近いものがある。

 人へ向ける表情に以前のような無邪気さはない。関係をその後築き発展できないとなると機械的になってしまうのも仕方がないだろう。

 俺も清水に「なんか今日のお前機嫌悪い? なんか冷たい」と言われていることから人への対応が冷淡になってしまっているのだろう。

 とはいえ毎回同じギャグを聞かされるのそうなってしまうのも仕方がない。正直この環境にうんざりしてくる。


「高橋! そろそろ出るぞ」

 そう声をかけ、俺は高橋と外出をする。

「鈴木のネットの動き、まだありません」

 エレベーターでスマフォをチェックした高橋がそう報告する。俺もその事を調べていて知っていたが頷く。念のために早めにモンドの近くを通って見るが何やら事件があった様子もない。

 ここ六回の繰り返しの日々、鈴木天史の動きはない。モンド周辺での事件も起こっていない。Twitterのアカウントが消えることも、新たなる書き込みもされない。

 馬鹿な事をするのを諦めてくれたなら良いが……。祈りに似た気持ちでそう想う。


 メビウスライフさんに高橋と向かいながらカーナビのディスプレイに表示された時計を確認する。もうすぐ十一時になるが今日も鈴木天史の動きはなかったようだ。

 今までの経験上十一時十一分を越えて何かを仕出かした事は無い。

 俺はフーと息を吐く。高橋と顔を見合わせ頷き俺はメビウスライフさんのあるビルの一階にある喫茶店に入る。約束までの時間調整とモンドで竜巻についてのネットでの情報収集の為である。

 六分になり外が突然暗くなり、プールの底が抜けたような雨が降り雷が鳴り響く。いつもと全く同じ。

 高橋はTwitter等のSNSの情報チェックをし、俺はニュースサイトを開き待機する。

「Twitterでゲリラ豪雨についてのコメントが増えました」

 そうシンプルに報告してくる所から、今日ならではのイレギュラーな現象は起きてないようだ。

 そして時間は十一分に向かう。

 空気が震えてビルが少し前に揺れる。喫茶店の中が少しザワいた。地震の予兆と勘違いしたからだろう。しかし、皆が覚悟したような揺れは来ない。代わりに窓が暫く振動する音だけが響く。

 同じメンバーがTwitter上で竜巻の存在を伝え始め、しばらくして写真や動画がSNSに現れ始める。そこまでは同じ

「あら?」

 高橋が声を上げ俺に自分が見ていたタブレット画面を見せてくる。

 竜巻を遠方から映した変わらない写真のようだが、その違いに俺はすぐ気が付いた。青い何かが竜巻の中で舞っている。


『竜巻の中に飛んでいるのはまさか車?』

 写真にそんなコメントがついている。

 写真を引き伸ばしてみると、確かに車っぽいものが映っている。

 コメントにも、そのような発言が目立ち始める。車が一台竜巻に巻き込まれ飛んでいると。

 ニュースの方も遅れて【都内で竜巻発生。乗用車一台が巻き込まれた模様。周囲の状況は不明】そんな内容の情報を流してきた。高橋は不安げに俺を見つめてくる。

 ネットに流れてきている動画をチェックする。一番現場を大きめに映したものを見ていると座っているのに目眩を覚える。同時に激しい痛みが頭部を襲う。痛みがそのまま擬音となって脳内に響いてくる。そんな感じだ。


 竜巻の中で舞う雷のイラストにThunderboltのロゴの入った車。鈴木天史が乗っていた車。それだけでは無い何か重要な事が、あったような気がする。痛みに襲われながら俺は必死に何かを思い出そうとする。

「佐藤さん大丈夫ですか?」

 頭を抑える俺に高橋が心配そうに話しかけてくる。

 

 通信会社【Thunderbolt】の営業車、竜巻、男……。


 冷たい水を飲んで落ちついてくると頭痛も少し和らぐ。それ以上に気持ち悪いのは胸のモヤモヤ。何か大切なことを思い出せないあの気持ちわるさ。

「大丈夫だ」

 そう返す俺に高橋は安堵する様子もなく、眉を寄せ悲しそうな顔をする。その表情は明日香がよく俺にする表情に似ていた。何か言いたげな表情。

「それより高橋は、この光景に何か違和感を覚えないか?」

 青い車が竜巻の中で舞い、竜巻の浮力が失われる事で下方に堕ちていく動画を示しそう尋ねる。遠方から撮影したもののようで、堕ちた瞬間の様子はビルに隠れ伺う事は出来ないが想像はつく。

 高橋は顔を横に振る。

「この車、鈴木の会社のモノですよね。

 知り合いを此処にこの時間来るように誘導したのか……はたまた本人が乗っているのか」

 当然今の俺たちがもつ情報から導き出されるであろう見解を高橋は述べる。それを聞きながら俺は今回のこの鈴木の行動の本当の意図を予測出来ている自分を感じる。しかし俺はただ高橋の言葉に「そうだろうな」と答え頷いただけだった。


 謎の頭痛を抱えながらもメビウスライフでの打ち合わせは問題なく終えることが出来た。

 車の所に戻りポケットから出した営業車のキーを高橋に奪われる。

「そんな佐藤さんに運転なんてさせられません。佐藤さんは助手席で少し休んで下さい」

 高橋はキッと俺を見上げてサッサと運転席に乗り込んでしまった。

「初心者マークはいらないのか?」

 俺がそう言うと高橋は頬を膨らませる。

「もうとっくに取れていますよ! 千葉の実家いた時はバリバリ運転していましたから、結構な腕もっているんですよ! 私」

「頼もしいな!」

 そう返し素直に助手席に移動することにする。

 俺を見て高橋は少し嬉しそうだ。そんな高橋の以前のような明るく可愛い様子にも少し癒される。

 彼女はこの訳分からない状況に心はまだ疲弊していないと……。

 助手席につき、シートベルトをつけタブレットを手に取る。

 頭痛と胸のモヤモヤが治らないので、振り払うようにアタマを横にふる。

「薬局によります? 頭痛薬とかいりませんか?」

「大丈夫だ。それより昼飯を食おう」

 俺はそう言って発進を促す。

 高橋の代わりに助手席でニュースを調べてる事にする。    

 Thunderboltの営業車を運転していたのは、やはり鈴木天史だった。

「今日は何食べます? サッパリしたものの方が良いですよね? 葵屋にしますか?」

 高橋が和風ファミレスの名前を出し聞いて来たので俺は頷く。そこが良かったと言うよりどこでも良かったから。

 高橋は和食ファミレス葵屋の駐車場に車を滑り込ませる。

 確かに自慢しただけあり高橋は運転は上手いようだ。動きに迷いもなく車庫入れもスムーズだった。

 二人でお店に入り注文を終わると、高橋はすぐに立ちドリンクバーに飲み物を取りに行く。何故か今日の高橋は楽しそうだ。モンドであんな事あったというのに……。

 俺にはコーヒーではなくアイス烏龍を持ってきた。

「私の持っている頭痛薬で良ければのみますか?」

「いや、君の利用している薬を飲むわけには」 

 高橋は頭を横に振る。

「普通の市販薬ですよ。女性ならではの問題で痛む時の為に携帯しているだけなので。今の私は元気です。

 まだ辛そうですよ! 飲んでください! 辛いようでしたら病院に行った方が……」

「病院行っても、十二時超えたら無駄になるだろう」

「だったら薬を飲んでください!」

 高橋は大真面目な顔で俺に訴えてきた。

「飲むと車の運転に支障をきたす」

 差し出された薬を受け取るか悩ましい。

「車の運転しても大丈夫な薬です。

 それに今日は私が運転担当しますから佐藤さんは運転の事は気にされないで下さい」

 実際頭痛は辛いし、高橋もその方が安心してくれそうなので有難く使わせてもらうことにした。料理が運ばれてきて店員が離れた所で、モンドについての話をすることにする。

「そう言えば、あの竜巻に巻き込まれた車。乗っていたのは鈴木だった」

 高橋はならば良かったという顔をする。

「このまま、アイツ世界から消えてくれたらいいのに」

 高橋は剣呑な言葉を漏らしてきたが聞かなかった事にした。


 薬のお陰か次の客先に着いた時には頭痛はかなり楽にはなっていた。

 ニュースではタイミング悪く竜巻に巻き込まれたとされていた。本当の所な謎のまま。

 仕事も終わり今日は高橋と二人でネット環境の整ったバーにいく。今日の事態を検証する為に。

 時間と共に鈴木天史の情報がニュースやネットに晒されていた。

 今度は被害者の為だろう。鈴木は心優しい皆から愛されている男となっている。仕事も丁寧で誠実。信頼の厚い人物。

 鈴木は犯罪者の時は「大人しい何を考えているか分からない人だった」「普段からどこか怪しかった」「危ない感じでいつも歩いていた」と散々な事を言われていたというのに。立場変わると真逆の人物像となるようだ。

 考えてみたら、他の人の事なんて人はどれくらい理解出来ているのか? 共に働く会社の仲間の事など表面的な事しか知らない。横にいる高橋の事もそうだ。明るく元気で仕事も真面目でひたむきな女の子。千葉に実家があり事故で父親を亡くし母子家庭とかで弟が一人いる。知っているのはそれだけだ。


 鈴木のSNSアカウントも晒され同情という名の晒しにあっている。

 彼が好きだという未来というアイドルも、ファンの一人だった鈴木の死を哀しみ冥福を祈るというコメントを出していた。


 ここで残る疑問は一つ。鈴木は先月死んだ俺のように復活できるのか?


 テレビ局による事故の再現VTRや模型による説明映像見ていると、俺は頭痛とモヤモヤを思い出す。


 ありえない方向に動き出す車。叫びを上げながら浮かび回っていく俺達の乗っている車……そして視線の先にあるもう一台の車。青い車体に雷のマークのついたThunderbolt社の車。その運転席に座る男と目が会い、その男の唇が俺に何が言葉を発しているが聞こえるわけもない。


 脳裏に突如浮かんできた光景俺は声をあげないように唇を抑える。


「佐藤さん? 大丈夫ですか?」

「……思い出したんだ……鈴木の事を」

 俺の言葉に高橋は顔を上げる。

「俺達が竜巻に巻き込まれた時に……反対車線から走ってきた車があったの覚えていないか?」

 高橋は首を傾げた。

 交差点に入る前に俺の話を聞きながらメモをとっていたのを思い出す。だから見ていなかったのだろう。竜巻に巻き込まれた時も目を瞑り叫び続けていた気がする。

「鈴木は俺達と同じだったんだ。だからあの問題の起こったモンドに執着してあそこを壊そうとした」

「じゃあ今回の事は……? 同じように巻き込まれたら元に戻れるとおもったとか?」

 俺は痛む頭を抑える。

「佐藤さん、楽な体勢にして、目を瞑ってください」

 高橋の言葉に従い俺はソファに身を預け目を閉じる事にする。目を瞑ると確かに心地よい。

 考えてみたら、ここずっとまともに眠っていない。零時を越すと飛んで朝の六時になるので睡眠をとったという認識がない。思いのほか身体と言うより心が疲れていたのかもしれない。

「高橋は大丈夫なのか? 考えて見たら睡眠あまりとってないだろ? 俺達」

「私は大丈夫です。疲れた日は部屋で早めに寝てたりしているからかもしれませんが」

 額に冷たい何かが当てられる感触がする。とてもその感触が優しくて心地よい。

「熱はないみたいですね」

「お前の手は冷たくて気持ち良いな」

「冷たい飲み物を飲んでいたせいでしょうか?」

 フフと笑う高橋の声。気がつくと眠りにそのまま落ちていたようだ。


 夢を久しぶりに見た。


 高橋と二人で俺は何処か海辺を走っている。甘えるような顔で俺に楽しそうに話しかけている高橋。はしゃいでいて楽しそうだ。


 ワタシダケダヨネ。イマノサトウサンヲササエラレルノハ


 サトウサンガスキナノ


 サトウサンノタメナラワタシナンデモスル


 ドンナコトダッテ


 ナニガワルイノ? ドウセマタイキカエルノニ……


 高橋の声がボワンボワンとくぐもった音でが浮かんでは消える。


 衣類を赤く染めた高橋がそう言って俺に微笑む。その足元にいるのは……。

 その光景を振り払う為に頭を激しく振る。


 今度は何故か鈴木の姿が現れる。俺と公園のような所で向き合っている。


 オワラセタカッタカラ


 オマエハナニモシナイコトニ、イイワケバカリシテイルオクビョウモノノギゼンシャダ


 音楽が聞こえる。人の騒めき。俺はゆっくりと目を開ける。見えるのは高橋の顔と、コンクリート打ちっ放しの天井。俺と視線があい高橋が微笑んでくる。

「体調はどうですか?」

 もう頭痛はなく、身体も少しスッキリしていた。なんか夢を見ていたようだが内容はぼんやりてしか思い出せない。

「俺、眠っていた?」

「一時間くらいです。なんか顔色良くなりましたね」

 高橋はニッコリ答える。

「やっぱり疲れていたのかな? 少し前に寝たらサッパリした。それに目を開けた時に自分の部屋以外である事も久しぶりで新鮮だ」

 高橋は俺の言葉に笑う。

「何か新しい展開とかあったか?」

 高橋は肩を竦める。

「悪魔のような男が、被害者になると善良なる心優しき人格者となっただけですかね。

 あっ変わったといえば竜巻のスケールが上がりF3と認定されました。被害の状況から上方修正されたのでしょう」

 俺は頷き水を飲む。

「高橋はどう見る? 鈴木の行動」

「ヤツは私達と同じように十一日を繰り返しているとすると……同じ状況を再現する事で打開を目差したという感じでしょうか……」

 そこで言葉を濁す高橋。

「鈴木は次回どうなっているかな……生き返るのか……消えるのか」


 もし鈴木が消えたなら何だかの解決の糸口も見えるかもしれない。


「改めて考えると鈴木も色々役に立ってくれたと言うべきでしょうか? 良くぞ色々危険を冒して試して実験してくれた。という感じではありますよね」

 高橋は冷たい表情でそんな非情な言葉をつぶやく。俺の顰めた表情を見たのだろう。少し気まずそうな顔をして目を逸らした。しかしすぐに真面目な顔をして俺をまっすぐ見つめてくる。

「こんな状況になった時に傍にいてくれたのが佐藤さんで良かったです。

 どれだけ佐藤さんという存在に救われたか」

 俺は顔を横に振る。

「それは、俺の言葉だよ。高橋お前が居てくれて良かった」

 そう返事をすると、高橋は無邪気に嬉しそうな顔で微笑む。その顔に俺もつい釣られて笑い返す。

「佐藤さんとなら一緒に歩ける。共に歩けます。

 佐藤さんにとっても私はそう言う存在でありたいです。

 だから私をもっと頼って、そして色々任せて下さい! 私頑張りますから!」

 健気と思えるその言葉。高橋を可愛いいと感じる反面、ゾッとするような冷たい恐怖を何故か感じた。

 その言葉が先程夢の中で響いていた音に重なって聞こえたから。可愛い部下で今の俺にとって大事なそして唯一の仲間であるというのに……。

「頼りにしているよ!」

 俺を真っ直ぐ見つめ笑いかけてくる高橋に俺は何とか笑みを返しそんな言葉を返した。

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