今日と明日
会社の人を待つ時間、高橋とネットで情報を集める。俺のプライベートのスマフォが震える。テーブルの上を見ると明日香の名前がそこにある。こんな時に何故? そう考えながら出ると振るえた感じで俺を呼ぶ明日香の声。
「どうしたんだ? 明日香、泣いているか?」
『どうしたんだ? じゃないわよ!! 聞きたいのはこちらよ! 無事なの? どうなっているの? テレビで貴方の姿見て……』
俺は先程の部長の話を思い出す。包帯だらけの俺の姿がテレビで流れまくってしまったようだ。
「無事だよ、すこしだけ火傷負っただけだ。泣くなよ。大丈夫だから」
高橋が不思議そうな目で俺を見ている。会社の人の前で彼女との会話を聞かれるのは少し恥ずかしい。俺は高橋に背を向け部屋を出ると廊下でマンションの住民らしき人に奇異の目で見られ部屋に戻る。自分の格好を思い出したから。こういう時に服ってどうすれば良いのだろうか? 結局シアタールームの隅で高橋に背を向けて話を続ける。
『本当に? 今何処? すぐそちら行くから!』
明日香のそんな声に悩む。彼女は今開店準備で忙しい時。そんな時に俺の事情で巻き込めない。
「今お前は大変な時だろ? 俺の事なんて気に」「馬鹿な事言わないで! 仕事? ヒロくん以上に大切なモノでは無いわよ! なんと言おうとそちらにいくから! 今欲しい物とか困っている事とかない?」
そう言いきられてしまう。申し訳ない気持ち以上に嬉しいという邪な感情が俺を支配する。そんな風に言われてしまうと敵わない。俺は情けなく照れてニヤけたとした表情をしてしまっているのだろう。
「明日香……お願いがある。服が使い物にならなくなって……着替えを持ってきてくれると助かる。すまない」
忙しい所なのに迷惑かけているのに明日香は何故かフフっと嬉しそうな声をだす。
『分かった! すぐ行くから他に何かない?』
「他は大丈夫だ」
そう言って通話を終える。振り向くと何か聞きたそうな高橋の顔があった。俺は知り合いからと曖昧な言葉しか返せなかった。
高橋とシアタールームで待つ事三十分。警察官がいるために、高橋と迂闊な会話も出来ず、二人で気になった記事や発言の画面を見せ読ませ合い無言で作業をするというという不思議な行動をしていたのかもしれない。
そんな時間も同僚の清水と総務の人間がやってきて中断される。
二人とも俺の姿を見て目を丸くした。警察官の言葉に納得はするものの痛々しそうな目で見られてしまう。それだけ今の俺の姿は酷いようだ。
業務中に巻き込まれた事故ということで様々な書類を書かされている間に総務の人が病院やドライブレコーダーの提出に関する手続きをやってくれる。
手が痛いのと包帯が邪魔でひどい文字しかかけない。書類と格闘していると、マンションの受付の人がやってきて俺の婚約者が来たと伝えてきた。
俺はその言葉に一瞬固まるが、それが明日香だと察する。我に返り入ってもらう事にした。
明日香の格好はジーンズにTシャツに頭にバンダナを巻いた姿。二回目の今日見たままの姿。
明日香は俺の様子を見て目を見開く。やはり自分が思っている以上に今の俺の状態は悲惨なようだ。抱きついてきて泣かれてしまった。清水は生暖かい目でみつめ、高橋は黙ったまま目を丸くして明日香と俺を見ている。少し恥ずかしいが、それだけ心配をかけてしまったのだろう。俺は痛みに耐えながら明日香を宥めるしかなかった。
「申し訳ありません。大人気なく取り乱して。お恥ずかしいです。佐藤がいつもお世話になっております」
ようやく落ち着き、恥ずかしがりながら同僚と高橋に挨拶する明日香。婚約者と紹介しづらい。
「いえ……私の方がいつも佐藤さんにお世話になっています。
高橋今日子と申します」
怖ず怖ずと答える高橋。しかし何故だろうこの数ヶ月培ってきた笑顔がない。
「初めまして伊藤明日香です。
この人、言葉がキツイから大変ではない?」
「そんなことないです。いつも見守って下さって頼れる上司です」
高橋はいつになく緊張した様子で固くそう答える。その感じだと俺は怖い上司みたいだ。明日香は俺をチラリと見てどういう接し方しているの、咎める視線を向ける。
「コイツコンパに誘っても、全く興味示さず来ないと思ったらこんな美人な婚約者がいるなんて……納得ですよ!
結構モテている感じなのに、周りに見向きもしないし。理由わかりましたよ!」
明るく余計な話をする清水にも困ったものだ。どうも会社の人に彼女を合わせるというのは恥ずかしい。しかも今のみっともない格好をどうにかしたい。
別室を借りて着替える事にした。同僚は兎も角、流石に女の子である高橋の前でパン一になれない。
「何が軽い火傷よ! 酷い状態じゃない。ラフなズボンにしておいたけど大丈夫?」
買ってきてくれた服のタグを外しながら明日香は俺を叱るように睨む。
「ありがとう大丈夫だ。下半身はそんなに火傷を負ってないから」
そういいつつ、手が水膨れしている火傷状態なので役に立たない。ズボンを履くことから手伝ってもらい紐を結んでもらう。こういう時両手が使えないというのは不便なものあと思い知る。
「いつも私に無理ばかりするって怒るけど、無茶するのはヒロくんのほうじゃない」
今日は逆に明日香に怒られている。
「ゴメン、心配かけて」
俺は宥める為に明日香のおでこにキスをする
「もう、そういうので誤魔化されないんだから! 反省しているの?」
そういって前あきの上着を着せてくれる明日香。何故だろうか? 怒って居ながら明日香はどこか嬉しそうだ。その疑問を口にすると明日香は照れたように笑う。
「酷い状態だっただけに、こうして顔を合わせて普通に会話で来ていることでホッとした……。
それにヒロくん。いつも甘えてくれないから、こういう形でも頼ってくれてお世話出来るのが嬉しくて」
「甘えるって……そんな」
言葉を返そうとしたらノックの音が聞こえる。『はい』と答えただけでドアが開き高橋が顔をだす。そしてコチラを見て目を見開き目をそむける。
近い距離で俺と向かい会ってボタンを留めている姿がなにやらやらしいシーンに見えたのかもしれない。俺の手が彼女の腰に触れているし。
「もう、着替え終わるから大丈夫だ!」
そう声をかけると高橋は遠慮した様子で入ってくる。手際よく明日香が俺のボタンを止めてくれて、高橋に向き合える。
「手続きの方終わったようです。治療費は会社が立て替えてくれるそうですが、お薬は自分で受け取ってほしいとのことです。ここにある薬剤薬局は竜巻の被害で大変そうなので……」
明日香は俺の代わりに処方箋を受け取り、お礼をいう。なんか着替えを手伝って貰いながら連絡事項を聞き、書類も他の人に任せる。何様状態の自分が恥ずかしい。
ニコリと微笑む明日香に、高橋はビクリとして大きくお辞儀を返す。
上司の恋人とどういう距離感で接したらいいのか難しいかも知れない。高橋がいつになく挙動不審である。
「あとタクシーで帰れと指示を頂きました。その領収書も会社に提出すようにとの事です」
何故だろう人懐っこい高橋らしくなく固い表情で動きも固い。
ジッと火災の動画を見つめていた高橋。竜巻の中震えていた高橋。今日の彼女の様子が俺の頭の中でリプレイされる。
「高橋、今日は巻きこんですまなかった。色々辛かったよな」
俺のそんな言葉に高橋はブルブルと顔を横に振る。
「いえ、佐藤さんがいてくれたから今日も乗り越えられた。
ほら! 私は無事で、元気です」
そう言ってニコリと笑うがすぐに目を潤ませる。
「佐藤さんを守れなくて申し訳ないです……部下として。怪我……痛いですよね」
そう言う高橋に、俺はイヤイヤと答える。
「あのな! お前に危険がないように動くのが上司の仕事だ。お前は自分の安全だけを考えろ!」
「女の子の貴方に怪我がなくてよかったわ。貴方も大変だったわよね」
明日香に声をかけられて高橋の笑顔がまた固まる。明日香は当たりは優しい。俺と違って相手をそんなに緊張させるタイプでは無いのに不思議である。
しかし今日あった衝撃的な出来事が、彼女の心の余裕を失わせているのかもしれない。極度の人見知りになってしまっているのだろうか。
今日体験した様々な事はどれも普通じゃない事ばかり。精神が不安定になって当然だ。
「高橋大丈夫か?」
俺の言葉に高橋はコクリと頷く。いつも以上に幼く弱く見えた。
そうしていると総務の人も戻ってきた。二人はこのまま会社に戻るという。
色々世話をかけてしまった同僚と総務の人に挨拶をしている時も高橋の顔はどこか虚ろなままだった。
マンションの警備員の案内でマンション住民しか使わない自転車置き場の方から裏道に出て大通りに出る。荷物を全て明日香に持たせた状態でなんとも情けない俺。
案内してくれた人に挨拶してから別れ、大通りへと出る。モンドの交差点の方をみると、人が多く集まり大騒ぎとなっている。
事故の処理だけでなくマスコミも集まり賑やかになっているようだ。
その様子に明日香は眉を寄せ、高橋は大きくため息をつく。明日香は閉鎖されていない大通りに向かいタクシーを止めようとしているようだ。高橋の視線はモンドの歩道橋に向けられ、思い詰めたような表情である。
竜巻を再び近くで感じた事もショックだっただろうに。それに加え放火爆発事件。
高橋の心は今日かなり疲弊し傷ついているように見えた。
明日香がタクシーを捕まえたと呼ぶ声がして振り返る。高橋と俺の部屋は真逆方面だったので先に高橋を乗せる。
高橋がコチラを見上げる、縋るような視線に戸惑う。高橋は親元離れて暮らしているために一人暮らしだった筈。
「高橋一人で大丈夫か? 一人でいるのが怖いなら俺の部屋に一緒にくるか? 今日はコイツもいるし」
明日香に視線チラリとみて、そう聞くが高橋は顔を激しく横に振る。
「そ、そんな婚約者さんもいるような所、お邪魔出来ませんよ! う、馬に蹴られます!
大丈夫ですよ! 寝たら治ります! 明日には元気になりますから!」
そう言ってニカッとしと笑顔を作りタクシーの運転主に発進を促し去っていった。
「女の子は繊細なんだから、コレからフォローしてあげてよ。かなり参っていたみたいだから」
明日香の言葉に俺は頷く。
「今は女性の明日香もいるから、今日だけでも一緒にいた方が落ち着けると思ったんだが」
「逆に気を使わせてしまったみたいね」
明日香の言葉に顔を見合わせ苦笑する。
「ところで婚約者って?」
「単なる恋人では入れて貰えないかもと思ったから……」
明日香らプイっと顔を背ける。
「嬉しかったよ。
でも情けないな。俺。逆プロポーズさせるなんて」
「そういう訳ではないわよ!」
口を尖らせいつになく可愛い雰囲気になっている明日香にニヤついてしまう。そうする事で火傷の頬が痛むが止められない。
「あれ? 違うの」
「全く違う訳ではないけど……」
明日香は赤くした顔で俯く。
「まぁ、今俺はこんな状態だから。
全てが解決したら、俺からプロポーズの言葉言わせて」
「解決?」
共に未来に進めるようになったら、明日香に求婚する。その誓いを心に改めて刻む。
俺は手を広げ自分の今の姿を見せる。
「こんな半ミイラ男が相手では嫌だろ?」
明日香はフフッと笑う。
「私はミイラ男でも狼男でも構わないわよ! ヒロくんなら」
俺はその言葉に喜びを感じながらも、違った意味厄介な状況になっている自分に苦笑するしかない。
目のはしでタクシーが走ってくるのが見えたので手を上げ止める。その開いたドアに明日香を誘なう。本当はこのまま明日という時間に彼女と向かいたい。それが本音だった。俺は自分の部屋に向かう指示を運転手し出す。
車はスムーズに走り出した。