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9.優しい

 休憩を取って行きよりも元気になったリューを先頭に、町を出て森へ向かう。まだ太陽の位置は高いが、行きよりも時間がかかると思えば、帰るのにはちょうど良いくらいだろう。


「ミラさん、綺麗な方ですよね。」


 帰路の途中、エスターが呟いた。


「まぁ、確かに。」

「素敵な方です。私も流石に毎日はお買い物に行けませんし、代わりに必要なものをお願いして買っておいて頂いてるんです。町へ来た日に店が開いていないこともありますから。」

「なるほど。」


 話半分にエスターの顔を見ながら適当な返事を返す。俺はエスターの方が可愛いと思うけど。



「町の皆さん良い人ばかりで……」

「ふーん」

「特に布屋さんはきまぐれで……」

「へー」

「酒屋さんはいつもおまけしてくれて……」

「ほーん」


 俺はへーとかふーんとか適当な相槌を返しているだけだが、身振り手振りを交えながら本当に楽しそうに話すエスターの姿は、見ているだけでこちらも楽しくなってくる。


「そうだ、服、本当にありがとうございました。あの人は何であんなにたくさん服持ってるんです?」


 エスターがミラにお願いして、俺用の服まで用意してもらってくれた。新しい服を用意してくれただけでもありがたいのに、着替えにまで気を使ってくれるなんて。

 ミラが箱を開けても開けても服が出てきたときは、これはやっぱり夢なんじゃないかとも思ったけど。


「ミラさんとあの家に住んでいらっしゃるニールさんは、収集癖があるそうなんです。でも、集めたら飽きてしまうので倉庫があんな量の荷物で埋まっているそうです。」


「ミラさんとニールさんはいとこなんです。どちらもちょっと変わった方ですけど。」


 苦笑いしながらエスターは語る。ミラとニールは従兄弟同士だったらしい。ミラはそういうことは何も教えてくれなかった。

 ニールと会ったこともないが、興味を失ったものへの扱いが適当、という部分にミラとの繋がりを感じる。


「また今度、一緒に話を聞きに行きましょうね。初対面で、聞きたいこと全部は聞けなかったでしょう?」


 エスターが俺の消化不良さを感じ取ったように、柔らかく微笑む。

 その笑顔を見ていると、疑問が湧いてくる。なんでこんなにエスターは優しくしてくれるんだろう。いくら俺が森から連れて帰ってきたと言っても、ここまで親切にされるようなことをしたつもりはない。

 今日の朝、エスターが部屋に入ってきた時から感じていた。どうして出会ったばかりなのにこんなに優しいんだろう、とずっと考えていた。


「なんでそんなに優しいんですか?」

「え?」


 思わず声に出てしまった。

 でも知りたい。なんでこんなに親切なのか。


「ええと……その……」


 エスターは言い淀む。ノアの言語は神様が作ったという発言から、この世界の宗教上の理由が絡んでいるのかとか、漠然と想像していたが違うらしい。


「えっと……。」


 そこまで言いづらいなら別に言わなくても良いよ、と言おうとした瞬間エスターが口を開く。



「その、私の兄も、あの森からほかの世界へ飛ばされていってしまったんです。それで、森へ飛ばされてきたミタカさんと一緒にいれば、どこに行ってしまったのか、どうやって“飛ぶ”のか知ることが出来るんじゃないかと思っ……て……。」



 エスターが今日初めて話しながら目を逸らした。


 どうやらエスターは、俺に利用価値を見出して優しくしていたことに、後ろめたさを感じていたらしい。肩を落として小さくなるエスターに、なんだかこっちが申し訳ない気持ちになる。


「そっか」


 でも俺は正直安心していた。出会ったばかりなのに異常にも思えるほど優しいエスターが、本当は何を考えているのか心配だったから。理由が一つもないのに優しくされるほど俺は偉い人間じゃない。


「それにごめんなさい!あの時どうしても死んでほしくなくて、あんな、思いっきり頭突きなんて……。それに宿までずっと背負ってくださったのでしょう?リューさんからお聞きした時はもう、恥ずかしくて、本当に……。」


 目をきゅっと閉じて謝るエスター。

 そんなことを気にするなんて、むしろ助けてもらったのは俺の方なのに


「そんなことない、ありがとう。あのまま死んでもおかしくなかったのに、エスターさんが助けてくれたから今日は美味しいご飯が食べられたし、仕事も見つかった。俺はむしろお礼がしたいと思ってます。一緒に、隣の世界へ飛ぶ方法を探しましょう。そうしたらきっとお兄さんがどこへ行ったかもきっと分かる。」


 全て本心だった。確かに森で野宿は死んでも嫌だったが、エスターが悪人だと感じていたら、あの宿屋で働くなんて絶対言わなかった。


「だから、これからよろしくお願いします。」

「はい、よろしくお願いしますっ!」


 エスターは今日一番の輝く笑顔を見せる。頰が薄くピンクに染まって、花が咲いたように可愛らしい。


「ところで、お兄さんって池とか……」

「ちょっと行ってくる。」


 俺の言葉を遮るように突然顔だけ振り返ったリューは、引き止める間もなく走り出した。


「どこへ?!危ないよ!!」


 遠ざかる背中に大声で声を掛けるが、リューは完全無視で走って行ってしまった。彼女が森に詳しいというのはなんとなく察していたが、それにしたって一人で走っていってしまうなんて。


「リューさんは絶対迷子になりませんから、安心して下さい。」


 パニックになりかける俺を宥めるようにエスターが言う。


 絶対迷子にならない……?

 どういうことなんだろうか、と首を捻る。地形変動に対応した地図を持っているとかそういうことなのか?最初に出会った時、確かにあの時も道を把握していたが、どういうことなんだ?


「私も、いつもリューさんお手製の地図を使わせて頂いていますから。」


 そう言いながらエスターは俺が背負っていたリュックを漁って、取り出した地図を開く。


「ほら!素敵でしょう!」


 それはとても詳細な地図だった。分かるのは帰りの今ここまでの道だけだが、それでも道の幅から大きな木の位置まで忠実に描かれている。エスターはお手製と言ったが、まさかあの小さな少女が作っているとは思えないほどの出来だ。


「リューさんはこれを一人で?」

「そうです!趣味だそうで、森が動いた時にはすぐに森に飛び込んで行かれます。」

「すごい……」


 感嘆の声が漏れる。地図を作っているというだけも凄いのに、一人で走り回って作っているなんて普通の人間には不可能だ。


「森のことは木の本数から小さな花まで完璧に記憶していると、そうおっしゃってました。」


 行きの道でのリューの発言を思い出す。


リューには関係ないこと


それはつまりこういう意味だったのか。


「恐らくまだ新しい地図が完成していないのではないでしょうか……。」


-


 10分ほどすると、息を切らせたリューが戻ってきた。目が爛々と輝かせながらその場で、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「待たせた。もう大丈夫。」


 肩で息をしながらも、地面に座り込んでいたエスターと俺の手を掴んで引っ張り起こす。


「いこ、いこ!」


 リューが本当の子供のように見える。さっきまでは何歳だか分からないなんて感じていたのに……。腕を引っ張られながらリューのあとを着いて森の中を進む。


 しばらく歩いていると、また動いてるかも知れないから、と言い残してまたリューは消えていった。


「リューさんは森が好きなんだな。」

「パズルみたいで楽しいっておっしゃってました。知っている情報と知らない情報を組み合わせて、どこが繋がっているのか探るのが楽しいと。」


 すごい。それを森でやっているのが信じられない。まさか森の中の木の位置や細かな獣道まで全て把握しているのか?森を見回しても木の違いなんてまるで分からない。リューには何が見えているのだろうか。


「少し座って待ちましょう。」


 エスターの意見に賛成して、再び静かにリューを待つことにした。


-


 その後、進んでは止まり進んでは止まりを繰り返して、やっと宿屋へと帰ってくることができた。喜びのあまり思わずエスターの腕を掴む。


「ちゃんと帰ってこれましたね!」

「やったな!!」


 家へ帰ってこれただけでこんな嬉しいのは、終電を逃して歩いて帰った時以来だ。


もうすっかり夜になっている。陽沈むのは一瞬だった。そして、この世界の太陽も向こうと同じように沈むらしい。


「今日は泊まらせてほしい……。」


 森を走り回っていたリューは、ふらふらと扉を開くと、早くしろと言わんばかりにこちらを振り返る。


「リューさん!どこでもお好きな部屋を使って頂いて大丈夫です!」

「あーりーがーとー……」


 エスターの言葉が終わらないうちに、リューは間延びした声と共に、2階へ続く暗い階段を1段づつ上がっていった。


「ミタカさんもお疲れ様でした。夕飯を召し上がる元気は残っていますか?」


 どうやら気を使われるほど疲れきった顔をしていたらしい。正直エスターの言う通り今すぐ眠ってしまいたい。


「あはは……残ってないかも。今日はもう寝させてもらいます。」

「それでしたらお風呂が1階の奥にございますので、そちらもどうぞ。申し訳ありませんが、私も先に休ませていただきますね……。」


 弱々しくへらっと笑い、エスターはリューのようにふらふらとしながら暗い廊下の奥へ消えた。一人で走り回っていたリューはもちろん、ここ2日俺の面倒まで見させられてエスターは大変だっただろう。自分の疲れなんて比べ物にならないくらい疲れているはずだ。



「それに杖だしな……。」



 エスターが玄関に置いていった杖を手にとって呟く。木製で軽い作りになっているが、これがあるからといって楽にはならないだろうな、と一人で勝手に推測する。杖を使って歩くエスターを見ていると、どちらかというと転ばないための保険として持っているのだろうと感じた。


 ついこの間出会ったばかりなのに、エスターの足をどうにかしてあげたいと勝手なことを考える。足を支えるものがあればきっと、リューのように自由に走れるのに。



 エスターが走っている様子を想像する。



 笑顔で走ってきて、楽しそうに飛び跳ねる。ガバッと俺に抱きついてくる。



「俺きっも」


 そこまで考えて頭を抱える。おじさんの妄想はキツい。でもつい頰が緩んでしまう、エスターは可愛らしいから仕方がない、俺は悪くない。


 そう自分に言い聞かせながら今日一日の疲れを洗い流すため、風呂へと向かった。


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