7.買出し
朝陽を浴びて目を覚ます。焦らなくていい朝は最高だ。
「エスターさん、おはようございま……すっ?!」
前日に渡されていた新しい服に着替えてロビーへ向かうと、杖をついたエスターが森で出会った小さな少女と楽しそうに談笑していた。
「お待ちしてました!」
こっちに気がつくと、にっこりと笑って迎えてくれる。エスターの笑顔は朝から満開だ。だけど、俺の関心は、唐突に現れたグレーの少女に向いていた。
「そ、そちらは……。」
「こちらリューさんです。」
「飛んできた人、よろしく。」
「は、はい!よろしくお願いします!この間は本当にありがとう!!」
挨拶と同時に思いっきり頭を下げた。あの森から脱出できたのは実質この少女のおかげだ。この子にお礼をしないで誰にするというのか。正直、朝起きたら影も形もなかったから、夢だと思だと思い始めてたけど……。
「ミタカと申します!」
「ミタカ、今日はリューがいる、心配いらない。それに、話す時間があれば、仲良くなれる。きっと。」
「はい!」
俺の返事を聞いたリューは少しだけ目を細める。エスターとは対照的に全く笑う素振りすら見せない少女だが、悪い印象は受けない。きっと思ったことを声に出していると感じるタイプだからだろう。
初めて森で出会ったときは、本当に幽霊かと思うような雰囲気だったが、朝陽の差し込む部屋だとグレーの髪が透けてとても綺麗だ。
じゃあ早速行きましょう!エスターはいつの間にか入り口の扉を開けて待っていた。
外へ出ると清々しい空気で満ちている。ここへ来た時以来森へは入っていないから、正直かなり緊張する。
「大丈夫ですよ。」
エスターは俺が不安を察したのか、軽く背中に触れて励ましてくれた。
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「でもやっぱこの森に入るのはやっぱり怖いな……。」
先導するリューについて歩く。鳥がいるとかいないとか、あの虫が怖いとか、休み時間の小学生みたいな会話をしながら森の中を進む。こんな話したのいつ以来だろう。
最近は歩き回って集めるアプリとかあったけど、リアルな生き物を集めるなんて、もう何年もやっていないな……。そう思うとつい、目の前に生えている草や木に触ってしまう。退職者への花束以外で植物に触れることなんてなかった。
「ミタカさんは、お花がお好きなんですか?」
「へっ?いや……。」
目の前に咲いていた花を無意識に千切り、手で遊んでいるところをエスターに見つかる。
「楽しそうにお花持っていらっしゃるのでてっきり……。」
「嫌いじゃないけど、別に詳しくはないな。」
「私はお花はさっぱりで……もしこの世界に咲いているお花のことでご存知のことがあれば、教えてくださいね。」
宿屋の花壇に何も咲いていなかったのにはそういう理由があったようだ。せっかくだから何か植えてもいいと思う。俺が学校で習ったレベルのものなら育てられると思うが……。
「エスター、花壇はもうやらない?」
「あれは私がやっていたものではないので……。」
後でノアに、ここの世界の花が載っている図鑑のようなものがないか聞いてみよう。
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雑談をしながら歩く中でもリューは一度も立ち止まらない。最初に出口を教えてもらった時から気になってはいたが、この辺りに詳しいんだろうか。
「この森ってやっぱすごく広いんですか?」
「はい、なかなか広いですから、一人で入るのはお止めになった方がよろしいかと思います。」
「リューには、関係ないこと。」
「そうでしたね。」
リューには関係ないって、それだけ慣れているってことだろうか、凄いな。ノアもリューを連れて行けって言ってたしそれだけ詳しいってことなんだろうか。
「ていうかそもそも、あんなところに宿屋を?」
今歩いている道も何も知らない俺からしたら、道っぽい……?と言うレベルでしかない。こんな状態で目的地へ辿り着ける人はいるんだろうか。
「私も理屈は分からないのですが……。あの宿はこの森の中で唯一、動かない位置に建てられているそうです。」
エスターの言うことをいまいち理解できない。土地が移動するというのがそもそも俺の常識を超えている。そこを一旦置いておいたとしても、なぜあんなところに宿屋を建てたのか理由がまるで分からない。
「なぜ建てたか、でしょうか?」
腑に落ちないという態度が伝わったのか、エスターが子供のように首を傾げながら困ったように笑う。
「ごめんなさい。それは私もよくは知らないんです。父が突然あの森に宿を建てるぞー!と言って建てたそうで……。でも、一応町と町との間にありますから、お客様はそれなりにいらっしゃいます。」
分からないのか、と少しだけ肩を落とす。俺が飛ばされて来たあんな近くにあるんだから、“飛ばされる”ことに何かしら関係があると思ったのだが……。
「ミタカ、疲れてきてる?」
肩を落としてあからさまに落ち込んだ俺が、疲れていると思ったらしい。確かに疲れを感じてきている。結構歩いている気がする。間違いなく1時間、いや2時間くらいは歩いている。運動不足のサラリーマンにはもう辛い、都内をスーツで歩くのとは大分違うし、足が痛くなってきた。
町までまだある、と呟くリューは休む気はあまりなさそうだ。リューの言葉を聞いて死にそうな顔をした俺を見て、エスター休憩を提案してくれた。やさしい……。
その後も何度か休憩を取りつつ森を歩いていると、先を歩くリューの歩みが突然止まる。
「着いた。」
まるで疲れを感じさせない顔で振り返ったリューが指し示した先は、木がまばらになりファンタジー映画かテーマパークで見るような、十字の窓枠が嵌められた窓のついた壁が立ち並んでいるのが見えた。