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40.好きなように

 日記には、飛ばされる前日までのことがびっしりと書いてあった。とてもじゃないがここで全てを読むのは無理だ。そもそも日記だから、今日は何を食べただとか、今日はどんなお客さんが来ていただとか、世界を飛ぶ方法とは関係ないことも山ほど書かれている。


 本棚の一番端、一番新しいと思われる日記を開いたとき気になる記述を見つけた。


『ニールのところの飛んできたおっさんが言うには、ここの世界と向こうの世界は、時間の進み方が多分同じらしい。』


 4年前に飛んで行ったという噂のおっさんだ。その人が作ったという建物やミラの反応を見る限り、恐らく俺と同じ世界から飛ばされてきている。ミラが三鷹という単語に反応したのだから、きっと同じ経緯で来たんだろう。


 そして、俺もそのおっさんと同じことを感じていた。この世界の時間の進み方は向こうと変わらない。

 この世界へ来ても時間感覚の狂いで眠くなったりすることがなかった。時差ボケにならないのだ。だから俺もすぐに馴染む事ができた。


しかし、時間の進み方が同じということはつまり、向こうでも同じように時間が進んでいる可能性があるということである。


 あまり考えないようにしていたが、向こうに戻ったら浦島太郎になってしまうことは間違いない。今は1週間スマホから引き離されただけで世界から置いていかれてしまう。向こうの世界では、俺はもう1ヶ月前の人間だ。1ヶ月ならまだしも、1年、2年と時間が重なれば、もう向こうに俺の居場所はないかもしれない。


「お兄様、いろいろ調べてらっしゃったのですね……」

「そ、そうですね……。」

「……大丈夫ですか?」


 家がなくなってしまったような不安を覚え、早足で部屋から出る。俺は、こんなところでのんびりしている場合ではななかったのではないか?


 それまで考えていたことが吹っ飛んでいく。

 次に誰を雇おうとか、ダリアに元気になって欲しいとか、これからもっとここを盛り上げようとか考えていた自分と過去の自分が乖離していくようだ。


「ちょ、ちょっとすみません……」

「ミタカさん?」


 廊下に無残な姿で放置されたサヴィを横目に、ふらふらと外へ向かった。


-


 頭を冷やしたくて外へ出ると、リューがいた。

 最近は積極的にお客さん探しという名の散歩に出ていたから、日中に会うのは久しぶりな気がする。


 近くにテルトリが居るのか、ククとじゃれている。美少女と羽の生えたポメラニアンの組み合わせは現実離れしていて、ついぼーっと眺めてしまう。ここはやっぱり夢なのかもしれない。


「ミタカ!ククは可愛い、見て。」

「ああうん、可愛いね。」


 俺を見つけると、ククを抱えてわざわざ掲げてくれる。最近のリューは、なんだか前よりも無邪気になったような気がする。

 リューはかなり宿に貢献してくれている。これくらい遊んでいても、エスターだって文句は言わないだろう。お客さんをちゃんと連れてくるし、案内役として、営業として超優秀だ。


「……」

「どうしたの?」

「帰る方法?」


 まさかそんなピンポイントに核心を突いてくるとは思わなかったから、一瞬ドキリとする。


「まぁ、そうだよ。」

「いつでも帰れる?」

「それは無理かも……」


 いつでも帰れるわけじゃなさそうだった。きっと今あの湖に飛び込んでも向こうへは戻れないのだと思う。


「帰りたい?」

「帰り……帰らなきゃいけないかなって思ったんだよ。」


 リューは眉を寄せて、むっとした顔をする。何か間違ったことを言ってしまったかもしれない。


「う、違う。だって、最初に会った時、死にそうな顔だった。だから、戻ったらまたなる。」

「それは、確かにそうかもしれないけど……」


 よっこいしょ、と外に放置された木箱に腰掛けると、リューもククを抱えたまま隣にちょこんと座る。隣に並ぶと、いつにも増してとても小さく感じる。


「帰りたいと思ってない。」

「いやそういうわけじゃ」


 俺が社畜をやっていたのは、俺が全く仕事が出来ない無能だからでも、有能過ぎるからでもない。断れなかったからだ。

 頼むよ!と言われると断りづらい。向こうの世界に戻っても、あの職場から離れても、同じようなことを繰り返すだろうと容易に想像できる。きっとまた頭がおかしくなって池に飛び込むような事になるだろう。


「本当に、帰りたいと思う?」

「帰りたく、なくは、ない。」


 そう繰り返し言われると自信がなくなってくる。同じように答えればいいはずなのに、答えられなくなる。帰らないと、向こうの世界へ戻れなくなるかもしれないのに。


「じゃあまだ居ればいい。」


 リューはサラッとまだここに居ろと言う。


「もうどうしようもないくらい、帰りたくなるまで帰らなくていい。」

「帰りたくなったら……。」

「ここはそういう場所。好きなだけ居て良い。」


 そういう場所、帰りたいと思うまで帰らなくていい。迷いがあるならここに居ていい。


「ミタカが帰ることは義務じゃない。だけど、ここに居ることも。」

「義務」

「誰にも強制されてない。」


 俺はどうして帰りたいと思ったんだろう。


 今すぐにこたろうに会いたいとは思う。けれど、別にこたろうに会えないのは今に始まったことじゃない。きっと向こうの世界で仕事を続けていたら、数年なんて普通に会えないまま過ぎていっただろう。

 それなのに、帰る方法に触れた途端、帰らなくちゃいけないのだと思い込んでいた。


「……なんでだろうね。」

「謎。」


 どうして強く帰らなくちゃいけないと思っていたんだっけ。帰りたい気持ちは嘘じゃないけど、帰りたくない気持ちがあることを認められていなかった。


「帰っても、帰らなくてもいいと思う。」

「そっか……。」

「自分の好きなようにすればいい。」

「うん。」


 リューと話せて良かった。エスターにあんまり弱音は吐きたくないから、こうして聞いてくれる人がいるのは安心できる。


「エスターのために、探してる、でしょ?」

「そうだったね……」


 年下(推測)だけど。大切な事を思い出させてくれる。でもこの話リューにしたっけ?


「好きなように、頑張れ」


 手を掴んで上下に振る。なんだかおばあちゃんに励まされているみたいだ。こんなにしっかりしているリューって一体何歳なんだろう。無いとは思うけど、まさか年上なんてことは……。


「あのさ、リューって何歳?」

「え」

「今のやっぱなし。」


 冷静になると、この流れで年齢を聞くのはあまりにも空気を読めてなかった。あまり表情を動かさないリューが何と反応したらいいか、という顔をしているのを見ると申し訳なくなってくる。


「それ聞いて、どうする。」

「いや、ただ気になっただけで……」


 疑わしいと言わんばかりの表情でこちらを見てくる。話題を変えなきゃ!俺が知らないこと……


「この世界って、何歳からが大人?」

「ミタカ……」


 違う!俺はロリコンじゃない!そんな目で見るな!!


「大人は15歳。だけどミタカ、あまり子供相手は……好きなようにしない方がいい……。」

「違う!冤罪だ!」


 余計な発言であらぬ誤解を生んでしまったかもしれない。

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