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38.成功した!

「リュー!どこに行ってたんだ?!」

「問題ない。」


 いつものように「ちょっと行ってくる」の一言で出て行ってしまったリューは何食わぬ顔で帰ってきた。一体どこに行っていたというのか、頭や服に葉や草をつけて、あからさまに大変な所を通ってきました、という雰囲気だ。


「わぁ!どうしてそんなにボロボロなのですか?」

「冒険した。」


 エスターがあわあわと裾や頭についた埃を払う。本当に一体何をしてきたんだか。


「どこまで行ってきたの?」

「案内」


 俺の問いに反応し、一瞬するどい目つきをすると、窓と扉の間の壁を指差した。誰を案内するんだ?と考えてからその条件に該当する人間は一人しかいないことを思い出す。あのクレーマー……あいつの案内をして来たのか。


「大丈夫?何か変なことされてない?」

「リューは先輩、だから大丈夫。」

「そう……。」


 いまいち会話が噛み合っていない気もするが、本人が大丈夫だと言うのだから深く追求せず今はそれを信じよう。

 しかし、単に案内しただけならなぜそんなボロボロに……。


「それにしてもボロボロ過ぎじゃないか?」

「最短。要望通り。」


 リューは得意げに口角を上げる。


「最短?」

「迂回はしない。」

「わお」


 あの複雑怪奇な森の中を、一度も迂回せずに案内してきたらしい。ご愁傷様、リューを怒らせるとこんなことになるのか。


「ちょっと大変なだけ。」

「ちょっとて」


 あの森は山ではないから、超巨大な崖もないし、洞窟もほとんどない。しかし、通るか?と言われれば迂回しますと答えるような場所は決して少なくない。先がどうなっているのか分からない草むらに足を突っ込むのだって、俺からしたらかなり怖いし出来るだけ避けたい。

 最初は森を歩くだけですごく体力を使ってたけど、あれでも優しい配慮があったんだな。普段俺達やお客さんを案内するときは、少なくとも安全で易しいルートを選んでくれているようだ。


「危ないからなるべくやらないでね……」

「滅多にやらない。」


 なるべくどころか、本当は絶対にやって欲しくないが、リューが俺より森を理解しているのは確かだ。俺今ここでが余計なことを言って、今後いざという時に危険を避けられなくなっても困る。


「大丈夫、皆を置いていったりしない。」


 少なくとも森の中ではリューを怒らせないようにしよう。


「リューちゃん!大丈夫だったぁ?」

「平気。」

「本当かしら?足から血が出ているように見えるけれど。」

「あ」

「ノアに診せよぉ。」


 どこかで擦ったのだろう足の傷を見るなり、ネリネはリューをひょいっと抱え上げる。お姫様抱っこにしてそのまま部屋から出て行こうと歩き出す。普段あまり驚きを表面に出さないリューも、突然のことに目を丸くしている。


「……あいつかっこいいな。」

「でしょう?私の姉だもの。」


 ダリアは得意げに胸を張る。


「ネリネがお姉ちゃんなんだ。」

「ええ、私の方がしっかりしてるけれどね!」


 先日の夫婦が言っていた泣き虫の妹っていうのは、やはりダリアだったみたいだ。


「もしかして!今ネリネちゃん褒められたぁー?」

「ああ!かっこいいなって!」

「んふふ!でっしょぉー?」

「ネリネはいつもかっこいいのよ……。私と違……似てね!」

「頼りになるなあいつ。」


 ネリネが廊下の向こうからちらりと顔を覗かせる。ニコニコしながら廊下に響き渡るような大声で、もっと褒めろぉ!と主張してくる。

 頼りになる、という言葉を聞いてネリネの笑顔と反比例するように、ダリアが萎んでいく。自分で言っておいてダメージを受けたみたいだ。


「ダリアだっていつもかっこいいよ。」

「そんっ……でしょうね!あなたは不甲斐ないから!」

「落ち込むなって。」

「落ち込んでないわ。」


 笑顔ではあるが、声に元気が無い。少なくとも、あの男が出て行く前より元気は無い。俺でもダリアが虚勢を張っているのが分かる。あの男のタイミングはこの上なく悪過ぎた。


「……ダリアはいつも頑張ってるよ。」

「別に慰めて欲しいわけじゃないわ……ただやっぱりそう思うんだって思っただけだから。」


 ふいっとそっぽを向くダリアに、やってしまったと思う。上手くフォロー出来なかった。ギクシャクした態度を取っている俺が、逆にフォローされてしまった。


「お嬢ー!お嬢が呼んでまーす!!」


 サヴィが半開きだったドアをバーンと開けて現れる。ドアノブになるべく触りたくないらしく、ドアにタックルをかましている。


「ええ!今行くわ。」

 

 何事も無かったように復活するダリア。割り込んできたサヴィに助けられてしまった。

 俺一人じゃ無理か……。ダリアの悩みは今までよりも問題が明確過ぎて、逆に解決策がない。


 俺を心配させないようにという気遣いからか、ダリアはにこっと笑顔を見せてから部屋を出て行く。俺よりなんかより全然強いな。


「ううん……。」


 ぼうっと宙を眺めながら解決策はないかと考える。もしかしたらないのかもしれないけど、それでもどうにか元気になって欲しい。


「はぁ……。」

「ミタカさん」

「はぁ……あ?!」


 ため息をついて下がっていた視界に、エスターがドアップで写り込んで来る。この子は時々こういう事をするから、心臓にすごく悪い。


「びっくりした……。」

「ダリアさん、どうかなさったんですか?」

「……悩みがあるんだってさ。」


 エスターがダリアの悩みに気がついているかどうかは分からない。しかし、無闇やたらに人の悩みの内容まで話すのはよくないだろう。核心には触れないように、適当に誤魔化そう。


「ダリアにもいろいろあるんだって。」


 俺の言葉を聞いたエスターがピクッと反応した。


「そうですね、あまり踏み込むのも失礼ですし……。」


 エスターは、俺の目を見ては視線を逸らす。この空気は一体なんだ?何だかそわそわと妙な態度を取るエスターに、居心地が悪くなって来る。


「エスターさんなんかあった?ダリアは……」

「う」

「?」


「あのっ!」


 珍しく俺の言葉を遮って喋り出す。エスターは普段あまり人の発言に、意図的に被せて発言するようなことは無い。


「そのっ……名前……。」

「名前?」

「名前……。」


 名前……名前……と一人で繰り返している姿は壊れちゃったみたいでちょっと怖い。


「名前がどうしたんですか?」

「ど、どうして私だけ名前……。」

「名前?」


「呼び捨てじゃないんでしょうか……。」


 呼び捨てって


 そりゃあ一応上司だし、なんだかもう敬称がないと逆に違和感を感じるというか……。と心の中では呼び捨てにしている事をなかったことにして、白々しく説明する。


「で、でもっ!私だけ……さ……」

「さ?」


 半開きになった唇がふるふると震える。


「さみしい……」


 自分で言っておきながら顔を赤くして縮こまるエスターに、ひゅっと息を飲んだ。寂しいと言われて、嬉しくなってしまった。寂しい、寂しいのか。


「それなら、しょうがない、ですね!」

「!」


 ぱぁっと表情を輝かせるエスターの後ろに、揺れる尻尾が見えてきそうだ。


「え、エスター」

「はい!」


「エスター?」

「はい?」


 にっこにこのエスターに釣られて俺まで笑顔になってしまう。なんだろうこの空間……


「俺の事は呼び捨てには……」

「それはまだ無理です!!」


 気長に待つことにしよう。

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