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37.余談 -迷子-

Side:なし


 店から追い出された男はしばらくの間、未練がましく宿屋の明かりを睨みつけていた。


「クソっ最悪だ。」


 ふざけんな、ありえねぇ、と一歩進むごとに悪態をつく。渡された酒を捨てることもできず、握りしめたままだ。

 男はまさか追い出されるなんて夢にも思っていなかった。こんな危険な森で、一人放り出されるなんてありえないと思っていた。なぜそう確信していたかと言えば、自分がそうできないからというなんとも甘い理由で、だからといってまさか、今更追い出さないでくださいなんて死んでも言えるはずもない。一度遭難した森へ、一人で足を踏み入れる。ざわざわと揺れる木を見るだけで悪寒がする。一歩間違えれば死ぬかもしれないということを、頭の隅の隅ですら考えないようにしていた。


 本当は、仲間とはぐれたわけではなかった。仲間と些細な事で仲違いし、もう放っておいてくれと一人で離れてきてしまったのだ。今思えばあれは愚策中の愚策だった。地図が役に立たないなんて思いもしなかったし、やっとの思いでたどり着いた宿から追い出されるなんて、考えもしていなかった。

 宿屋の人間達に暴言を吐いた時も、まさかそんなに怒りを買うなんて想像することができていなかった。男は言ってしまえば詰めが甘い性格だった。


 あてもなく歩きながら、俺はどうやってあの宿屋へたどり着いたんだったか、と考える。そして、小さな少女に出会ったことを思い出した。あのグレーの髪の小さな少女に連れられて宿屋へたどり着いたんだ。

 また現れてくれないか、と都合の良いことを考える。自分がさっき散々人を馬鹿にしたことも忘れ、便利な少女が現れないかと期待する。


「なんだよこの森っ!なんで道が続いてねぇんだよ!」


 目の前の石を蹴り上げるが、石は草むらに吸い込まれる。目の前は辛うじてあった道がぱったりとなくなっていて草むらが広がっている。それもそのはず、森は動いたばかりで道が繋がっていない場所も多かった。律儀にここまで持ってきた酒瓶を、地面へ投げつける。しかし、運よく瓶は割れず、ゴッと鈍い音を立てるだけだった。割るつもりで投げ捨てた酒瓶が、期待外れに割れなかったことで男は更に苛立ちを増していく。


「ああああ出口どこだよ!!!」

「出口はあっち。」


 木の陰からリューが現れる。宿屋を出てからずっと後を追っていたのだ。


「お前っ……!」

「迷子?」


 うろたえる男に、わざと分かり切ったことを聞く。なぜなら、リューは普段から初めてあった人には迷っているかどうか聞いてからここへ案内してね、と強く言い含められているからだ。今回はわざとであったことには変わりないのだが。


「はぁ?!ああ!そうだよ!!お前らのせいだよ!!ふざけんな!!!」

「じゃあ、案内する。」


 男は思っていたよりも簡単の案内を承諾した少女に、訝しげな顔をする。しかし、正直なことを言えば、都合よく表れてくれた少女に喜んでいた。これで少なくとも死ぬことはないと、安堵した。


「最短ルートで行けよ。迂回なんてしたら殺すぞ。」

「最短、分かった。」


 噛みつかんばかりの剣幕で怒鳴り散らす男にも、リューは一切動じない。冷めた目で、出口だと指差した方向へ歩き出す。


「おい、」

「こっち。」


 男は慌ててリューの後を追った。

-


「おいっ!そこ道じゃねーよ!」

「歩けば道になる。」


 リューはまるで男のことなど気にせず、ずんずんと先に進んでいく。草むらを突っ切り、30cm程しかない木の隙間を通り抜け、一度も曲がらずに進んでいく。


「ま、待て!待ってくれ!お前っ!頼む!!」


 木を登って段差を乗り越えた時、ついに男が音を上げた。


「お前じゃない、リュー。」

「分かった!リュー!もう少しゆっくり!」


 両膝に手をついて項垂れながら、少女へ懇願する。このままじゃ無理だ。とてもじゃないがついていけない。


「……。」


 リューは品定めをするように、じっくりと男を眺める。2メートル程上から注がれるその視線に男は居心地が悪くなり、思わず目を逸らす。


「リュー“さん”」

「なぁっ」


 リューはいつもより尖った口調で敬称をつけることを促す。


「サヴィはリューさんって言う。後輩。」


 俺はお前の後輩じゃねぇよ!そう言ってやりたかったが、このまま森の中に少女が消えてしまえば、男の後ろに戻る道はない。文字通り道無き道を進んで来たのだから、ここで見放されたら終わりなのだ。


「リュー、さん?もう少し、ゆっくり、頼む。」


 一言一言に苛立ちが籠っているが、リューにそんなことは関係なかった。


「分かった。」


そしてリューはその場にしゃがみ込み、男が登ってくるのを待つ。男はルートそのものを変更して欲しいという意味で言ったのだが、その意図をは汲んで貰えなかったらしい。


「クッソ」


 男は大人しく木に手を掛けた。


-


「ついた。」

「で、出口だ……」


 森の出口、つまり西の町までたどり着いた時、リューが案内し始めてから大した時間は経っていなかった。リューはしっかり男の要望通り、最短ルートで案内したのだ。

 服は破れているし、多少の擦り傷もある。しかし、ちゃんとついた。


「じゃ」

「おい」


 傷ひとつないリューは、仕事は終えたとばかりに踵を返し、今すぐにでも宿屋へ帰ろうとする。それを、男が引き止めた。


「なんていうか……」

「ん?」

「悪かったよ。」

「うん。」


 男は森を進んでいる間に、頭を冷やす事ができていた。よくよく考えてみれば、理不尽なことを言ったのは自分で、そもそも自分が原因で仲間と揉めたのだと、そう理解することができる冷静さを取り戻していた。


「じゃ」


 そして、その言葉にリューは満足そうに頷くと、帰路へ着いた。

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