36.迷惑な話
「エスターさん!聞いてください!地図全部売れましたよ!!」
「本当に?!やりましたね!!流石皆さん!!素敵です!!」
宿屋へ戻ってきてエスターと再会すると、開口一番に地図が完売したことを伝える。振り向きざまの輝く笑顔が嬉しくて、そのままエスターを抱え上げ、くるくるとその場で回転する。
「あわわわわ!」
「やりましたよ!次も印刷しますよ!」
「すてきです~~~~~~~」
「リューも!」
若干目を回しているエスターを床に下ろし、自分もくるくるしてくれと、手を伸ばして来るリューを抱えて振り回す。エスターも軽かったけど、リューは軽すぎないか?うっかり手を離したら飛んでいってしまいそうだ。
「もっと早く。」
「ほ?!よし任せろ!!」
先ほどよりも勢いをつけてぐるぐると高速で回転する。おじさん頑張っちゃうぞ!
「おぇ……。」
「馬鹿なの?」
回りすぎで気持ち悪くなった俺を、ダリアが冷めた目で見下して来る。優しくリューを床に下ろして、回転酔いした脳を落ち着ける。
「ダリアもやる?」
「いらないわ。」
「じゃあネリネちゃんがやったげるぅ~!」
背後から登場したネリネが、俺の脇をすり抜けて、ダリアに抱きつく。
「やめて!ネリネ!」
「本当はやって欲しいくせにぃ!」
そう言ってくるくる回る。なるほど、そうだったのか、次からは問答無用でやろう。ネリネの行動は参考になるな。
「ちょっと!」
楽しそうに回ってみせる二人を、和やかな空気が包み込む。ダリアも元気になってくれればいいけど。
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どんな風に地図を売ったかだとか、どんな人が買ってくれただとか、わいわいと話していると、突然鋭い声がその場に突き刺さった。
「おい、うるせぇよ。」
部屋の中は水を打ったように静かになり、その場全員の視線がそちらへ向く。
「誰?」
しかし、リューの空気読まないっぷりはそれを上回っていた。
「リュー、お客様だよ。」
「そうだった。」
「あ?」
「お、お客様、申し訳ございません。」
リューが朝連れてきたお客さんだが、本人はすっかり忘れているようだ。なんというか、リューが興味がないことは、直ぐに忘れると言っていたのは本当だったんだな。
「さっきから呼んでんだけど?」
「それは……大変失礼いたしました。気がつきませんでした。」
「すみません。」
呼ばれてなどいないと思うけど、俺たちも騒ぎすぎてしまったかもしれない。
「一度も呼んでいないでしょう、エスター、謝る必要はないわ。」
ダリアの言う通り、こいつは俺達を一度も呼んでなどいないと俺も思う。しかしそんな言い方をしたら……
「大体お前誰だよ、名前は?」
「名前を聞く時は自分から名乗るべきでしょう?」
「は?客の名前も知らねぇの?」
「私はここの従業員じゃ……」
「そこに名前書いてあんだろ?なぁ?二度も名乗らせるな。」
当たり前のように帳簿を指差す。よりによってダリアにそんなことを……。
「っ……。」
「おい、字も読めねぇのかよ。」
「おい。」
この男がダリアが文字を読めないことを知っているはずがない。だけど、こんな間の悪い事があるか。放心して固まってしまったダリアが可哀想で仕方ない。
「お客さ」
「なんだよ、ここはロクなところじゃねぇな、敬語も使えない、字も読めない、うるさい上にまともに歩けねぇ給仕とか。」
「お客様」
「まともなやつ雇ったらどうだ?もっとまともに働いてくれるやつをさ。」
「お客さん、俺はそうは思いません。俺はちゃんと選んで採用してます。皆選ばれた人です。」
黙って聞いていられるほど俺は大人じゃなかったみたいだ。
「はぁ?お前だって飛んできたんだろ?まともなやつに相手されねぇだけじゃねぇの。」
「やめてください。ここの人は誰一人おかしくなんてありません。」
「お前だけだよ、そう思ってるのは。」
俺は何ひとつ間違っていないと、そうはっきり言える。それなのに、まともに話を聞いてもらえないことがあまりにも悔しくて、言葉に詰まりそうになる。
「そんなことありません。誰も来ないようなこの場所へ、あなたが来れたのだってミタカさんがリューさんを雇ったからです。」
語尾が揺れている。エスターだって馬鹿にされているのに、俺を庇ってくれた。決して何も感じていないわけじゃないと、震える唇が主張している。
「お前らじゃ話になんねーから責任者を出せ、責任者を出せって言ってん……」
「お客さん、ちょっといい。」
いつからそこに居たのか、ノアはスッと男との間に割って入って来た。
「あ?お前が責任者か?」
「こいつらが、従業員がやべーやつだっていうのは俺でも分かるよ。あっちで掃除してる馬鹿とか特にね。」
仲裁に入って来た事よりも、基本的に仕事に関与して来ないノアが俺たちを従業員として扱ったことに驚いた。この人本当に責任者として割って入って来たのか。
「分かってるなら……」
「だけどさ、今ここで求められていないのは君なんだよね。」
その言葉を一瞬理解出来なかった男は、顔をひきつらせる。
「は?何?」
「こいつらだけじゃなくて、ミタカだって頑張ってるから許してやってくれよ。こいつ馬鹿だからここ立て直そうとしてるんだわ。うちの可愛いエスターのためにな。」
「な」
思いっきりバレてたらしい。そりゃそうか、まさか俺まで庇ってくれるなんて思いもしなかった
「だからなんだよ、謝る気が少しでもあるなら酒出せ!」
無茶苦茶だ。もはやこいつが何がしたいのか分からない。
しかし、ノアはそんな男へ向かってテーブルにセッティングされていた酒瓶を握らせる。
「ほい」
「あ?手渡されたって困るんだけど?」
お前が欲しいって言ったんだろ、と男を羽交い締めにして出口へ向かう。
「じゃあ、出てってな。」
「ふざけんな!」
ノアに目で促され、先回りして玄関の扉を開く。扉の外にはざわざわと揺れる木々が待ち構えている。
「送迎サービスはお客様専用となっておりますので。」
「おい!」
「じゃあな、もう二度と来なくていいぞ。」
ノアは無慈悲に、扉の外へと突き飛ばした。そして、振り返りもせず扉を閉めた。
「お前ら、ああいうやつはさよならしていいから。」
「すみません、ありがとうございます。」
空気が重い。皆それぞれ傷つけられて、誰かを気遣う余裕なんてない。
「あーその、これからもよろしく。皆、信頼はしてるからね。」
「おじ様、ありがとうございます。」
エスターに微笑まれて、居心地が悪いのか、ノアは言うだけ言うと、リューに何か耳打ちして逃げて行った。なんだかすごく頼れる上司に見えるような気がしてき……
「だからさっきグラス割ったの許してね!」
締まらないな……




