33.完成した
サヴィを採用して1週間、宿の中は見違えるほど綺麗になった。
俺は今まで決して掃除をサボっていたわけじゃないけど、今までそういうことをやって来なかった俺とでは、技術に天と地ほどの差があった。サヴィは即戦力として、俺より遥かに優秀だ。
基本的に掃除以外させていないが、その分俺がエスターについていられるようになったから、彼女の仕事は少し減らせたと思う。
「ミタカ、客。」
「いらっしゃいませ!」
そして、お客さんは以前よりかなり来るようになった。地図はまだ売り出していないけど、リューが積極的に探しに行っているから、2日に1組は来ている。
町をうろついていたリューが、宿の場所を聞かれたという話も聞いた。ここの噂がじわじわと広まってきているのかもしれない。全てリューの営業の賜物だ。俺達は外へお客さんを捕まえに行くことは出来ないから、本当に助かる。
「何名様でいらっしゃいますか。」
「俺一人だよ。」
ソファーへ座ってお客さんの話を聞く。この森を通る人は遭難することを恐れて、大体2人1組以上の人数であることが多いから、一人のお客さんは珍しい。
どうやらこのお客さんも仲間とはぐれて迷っていたらしく、それを発見したリューが案内してきたようだ。
基本的な説明と確認を済ませると、特に問題なくお客さんを部屋に通す。最近はその場にエスターが居なくても、俺にお客さんを部屋に通すところまで任せてくれるようになった。信頼してくるようになったと思うととても嬉しい。少しでもエスターの仕事を減らせているといいな。
ウキウキしながらロビーへ戻ってくる。一人でニヤニヤしながら浮かれた気持ちで帳簿を開く。ここへ日に日に自分の筆跡が増えていくのを見ると、俺はここで働いているなという実感を得る。
今日も、今来たばかりのお客さんについて、帳簿に記入しなければ、名前、人数、部屋番号……
バンッ!!!!
「あ」
勢いよく入口の扉が開き、俺の心臓が止まりそうになった。音に吃驚してうっかり書き損じてしまった。随分と騒がしいお客さんだな……と顔を上げるとそこにいたのは良く知る人物だった。
「ダリア!」
「ミタカッ!地図ができたわ!」
ダリアは目が合うなり、キュッと口角を上げると、渾身のドヤ顔で紙束を突き付けてくる。まさかこのタイミングでダリアが現れるとは思いもしていなかったから、本当に驚いた。
「地図、できたのか。」
「任せてって言ったでしょう?」
「そうか、流石!すごいな!!」
「嬉しいでしょう?もっと褒めなさいよ!」
嬉しいなら褒めろと言ってくるダリアの顔こそ、本当に嬉しそうだ。この間最後に会った時は、恐怖と不安で本当に死にそうな顔をしていたから、今のように生気に満ちた顔していてくれると俺も安心する。
「ネリネは?」
「さっき裏でサヴィに会ったのよ。」
「ああ……。」
そういえばサヴィはネリネの紹介でここへ来たんだった。しかし、あの二人の会話はなんとなく想像できない。一体何を話すんだろう。またここに不思議空間が出来上がってしまう予感もするけど。
「リューはいないの?これを見せたいわ。」
「そうだね、呼んでこようか。」
リューを探しているうちに、噂を聞きつけ、いつのまにか全員がロビーへ集まっていた。
「おーおーよく印刷出来てるな、すげーわ。で?今日は取り立て?」
「あら、そこは私達が印刷したんだから当たり前でしょう?大体ノアは心配性ね、前にも言ったけどお金は払える時でいいわ。」
初めの頃はこのトゲトゲしたやりとりに、喧嘩が始まるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、どうやらこの2人のコミュニケーションはこれでいいらしい。全くもってめんどくさ……素直じゃない。
「おじ様、これならきっと沢山のお客様がいらっしゃいます!」
「忙しいのは嫌だなぁおじさん死んじゃうよ。」
「僕がその分働くっすよ!」
「サヴィは掃除だけなんじゃないのぉ?」
地図はどのくらい売れるだろうか、2人が持ってきてくれた分が全部捌けたら嬉しい。実際はそんなに上手くいかないかもしれないけど。
そしてどうやらサヴィは、もと雇用主であるネリネに自分の今の仕事を報告したようだ。もしネリネが納得しなかったら連れ戻されることもありそうだなんて思っていけど、この反応なら大丈夫そうかな?
「今日売りに行く?明日?」
「明日でいいんじゃないか。ねぇ、エスターさん。」
「はい、今日はもう、日が変わる前に帰ってこれなくなってしまうかもしれませんから。」
夜の森は通りたくない。いくらリューがいるとはいえ、怖いものは怖い。
「そういえばさっきは何をしていたの?」
「帳簿にお客さんのこと書いてたんだよ。」
「帳簿……そう。」
ダリアは煮え切らない態度をとる。自分から聞いて来たのに、さっさとそっぽを向いてしまう。
せっかく会えたのだから、もっと話をしてくれてもいいのに。後でこっそり相談についても聞いてみよう。
「サヴィはちゃんとやってるぅ?」
「はいっ!お嬢の言う通り、頑張ってるすよ!」
手袋をしていない自分の手を差し出す。
「頑張らないでって言ったのにぃ……。」
「え?そうでしたっけ?」
「楽しいならいいよぉ。」
「楽しいす!あ、別に向こうでの仕事がつまんないってわけじゃなくて……」
「手袋取れるようになってるもんねぇ。」
「うるさいって言われるすけど、なんか、なんか!」
「うん、良かったねぇ。」
サヴィに語彙力がない事を置いておいても、楽しいという感情はこちらまで伝わってくる。安堵しているような表情を見せているネリネは、まるで姉か母のようだ。
「うちの印刷所の人達はサヴィがいないから気使わなくて済むってぇ!」
「ひ、ひどい!」
「冗談、でもないけど、こっちで元気にやって欲しいって言ってたよ。」
「冗談じゃないんすか……でもまぁ毎日迷惑掛けてたし応援してくれるだけありがたいす!」
おどけたようにサヴィをからかう。ダリアと違って、本当に何を考えているの分からない。優しいのか優しくないのか、いまいち掴めない。避けられているとまでは思わないけど、もっと仲良くなりたい。
「ミタカァ!酒持って来ーい!」
「ダメでーす。」
「お嬢!いいすね!酒っすね!」
「まだ営業中ですよ!」
「この前の続きだぁ!」
……とりあえずネリネのいるところで酒盛りをしてはいけないということだけは事実だな!




