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32.本当は

「サヴィ、どうだった?」

「なんか、すごい疲れました……。」


 そりゃあ疲れるだろうな、あれだけ騒げば。


「お疲れさまでした。」

「でも、なんか……楽しかったっす。」


 唯一の客である夫婦が寝静まったあと、エスターとサヴィ、俺の3人で話をすることにした。

 今日一日、サヴィは言いつけ通り手袋をしないまま掃除をしていたがどうだっただろうか。何かに触っては自分の手を見つめてうんうん唸っていたが、必要以上に掃除を繰り返すことはしなかった。


「今日は何度もお掃除されていませんでしたけど、どうしてですか?」

「だって、そんなこと気にしていられないっていうか……。」

「気にならなかった?」


 一回仕事を終わらせるごとに白目を剥いていたけど、それだけだ。それも、叫び疲れたという雰囲気だった。


「なんていうか、いつもより仕事が少ないからそれに集中してれば良くて気楽っていうか。あっ、汚かったすか?」

「お仕事はしっかりできていましたから、そこは心配しないでください。」


 俺が考えていた通り、過剰なほどに掃除をするのは精神的な負担からだろう。なぜなら、今日はあれだけの叫び声を上げていたのに、出てきた感想は「気楽」だった。おそらく、彼はたくさんの仕事をこなすことはできても、それを楽しいとは思えていない。たくさんの仕事を処理するために脳を使えば使うほどストレスがたまり、潔癖症として現れている。だから、掃除しかしなかった今日はそれがあまりなかった。


「掃除しかしてないのに、なんかお小遣いまで貰ったし、褒められたし、いつもと違う感じすね。」

「ネリネは褒めてくれないの?」

「お嬢はめっちゃ褒めてくれますよ!でも、お嬢達以外は……。」


 そういえばネリネはお荷物だと言ってここへサヴィを送り付けてきたけど、今の印刷所の環境はどうなっているんだろう。職場からこれだけ何でもできる男がいきなりいなくなったら混乱に陥りそうだけど。ついでに掃除する人いなくなって汚れそう。


「別に褒められたいとかそういうわけじゃないんすけど、今日は仕事した感がありました。いつもは次から次へと仕事が降ってきて、終わらせることは当たり前だったんで。」

「うん」

「皆仕事できるって言ってくれるけど、僕本当はそんな要領よくないんすよ。神経質だし。だから今日は掃除だけ精一杯やればいいっていうの、やっぱ考えてみるとすごく楽しくかったっすね!本当は手袋もしたくないんすよ、しちゃうけど。」


「昔から手袋をしていたわけではないのですね。」


 前にリューが言っていたことを、確かめるようにエスターは聞く。


「前の所で、素手で触るのが気持ち悪くなったって言ったら手袋くれたんす!」


 あっけらかんと自分の悩みまで話してくれる。そういうことを隠すことができない人間なのかもしれない。こんな風に初対面のリューにも手袋は貰ったものだと話したんだろうな。

 俺からしてみれば仕事ができるなんて悩みにもならないと思うが、彼からしてみたら過剰に期待されてしんどいんだろう。


 しかし、気持ち悪いなら手袋をすればいいなんて、その場しのぎ過ぎる。それではいつまで経っても辛いままじゃないか。


「俺は偉いと思うよ、任された仕事をちゃんと全部こなしてて。」

「そうすか?結構迷惑かけてると思うんすけど。掃除とか……」


 一応自分の掃除が過剰であるという認識はしていたようだ。


「サヴィさん」

「はい?」

「ここで働いてくださいますか。もしここで働いてくださるのなら、あなたの気持ちを優先して仕事を任せたいと思っています。一つのことに集中したいんですよね。」

「!」


 仕事が出来て辛い、その悩みはエスターへ刺さったようだった。多少無理のあることでもやればできてしまう。だから余計な負担を背負ってしまうんだ。そしてそれを本人も理解しているから、自分が嫌だと思っていても断らない。その真剣な眼差しを見ていると、早く彼女の負担を減らしてあげたいと思う。


「どうでしょうか。」

「もちろん働きます!」


 サヴィは弾けるような笑顔を見せる。昨日の状態のまま便利屋として雇うこともできたが、それではブラックな職場になってしまう。従業員の精神状態がいいに越したことはない。俺が人事を担当している以上、従業員には健やかな精神状態で業務に励んでほしい。


「手袋は取ってな。」

「また叫びますけどいいんすか?」

「そのうち慣れるよ、やめたいんだろそれ。嫌になるまで好きなだけ叫べばいいよ。」

「ひでぇ!」


 しかし、台詞だけ聞くとかなりブラックな感じがするな。けれど、ただの便利なものとしてではなく相手をちゃんと一人の人間として、納得いくように採用できたと思う。


「それにしてもサヴィさん、あと少しだけ早く来ていただければ歓迎パーティーに参加出来たのに……惜しかったですね……。」

「なにそれ!僕もパーティー参加したいす!」

「今はお客様がいらっしゃいますから、また今度ですね!」


 それは、カオスな予感がする。こいつが酒乱じゃないことを願おう。


「サヴィさんはお酒はお強いんですか?」

「はい!お嬢のお墨付きっす!」


 どっちのお嬢でもロクなことにならないな。

 楽しみですね!とどんどん声のトーンが上がっていく二人に、しーっと人差し指を立てる。一応もう消灯時間は過ぎているから、静かにしないと迷惑になってしまう。


-


「ありがとうございました。とても過ごしやすかったわ。」

「いえこちらこそ、またいつでもいらっしゃってください。」

「是非また来させて貰うよ、料理も美味しかったしね。」

「お待ちしております。」


 夫婦は朝にはもう宿を出るということで、外で見送りをする。朝からサヴィが叫んだり、そもそも人数が足りないからバタバタしていたりしたと思うが、満足してくれたようで良かった。


「君、君が一人で掃除をしているって聞いたよ。」

「え、そうすけど、何かありました?」


 サヴィが呼び止められると、何かやらかしてしまったか?というような顔で、俺とエスターに助けを求めてくる。やめろそんな目で見るな。


「いや、部屋が綺麗で感激したよ。」

「あ、ありがとうございます!」

「それにね、君向こうで見かけたことあるけど、その時死にそうな顔していたから今は元気そうで良かったよ。」

「えっ……」


 サヴィはそこまでしっかり見られていたのか。もしかしたらそれほど目立っていたのかもしれないけど。


「ああ、それじゃあね。」

「はい!」


 彼らが来たタイミングは最高だったと言わざるを得ない。次ももし来てくれたらVIP待遇だな、と密かに心に決めた。

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