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31.知ってるよ

「じゃあ、手袋取って。」

「えぇ……そんな、今日もすか?」

「サヴィさん、これからは仕事する時は手袋を外して貰いたいんです。」

「これからって、僕採用?!でも手袋は……。」


 さすがにすぐには頷かない。目線があっちへいったりこっちへいったり、動揺しているのが手に取るようにわかる。落ち着かない様子で手を擦り合わせているのを見ると、いじめているような気持ちになってしまう。


「僕、手袋ないと気持ち悪くて、いろんな仕事はできないっていうか……。」

「だから、サヴィには掃除だけを担当して貰おうと思うんだけど。」

「掃除だけ……。」


 サヴィは確かに有能だけど、その能力が本人の精神的負担と吊りあっていない。仕事をこなすことはできても、それが本人の精神に負担をかけている。

 俺はそれが、潔癖症として表に現れているのだと思う。昨日見たとき、手は痛々しく赤切れていた。それを見て見ぬ振りをして、優秀だとそのまま使うこともできる。けれど、そのままだときっといつかダメになってしまうと思う。


「とりあえず今日一日手袋なしで仕事してみて、無理だったらまた考えよう。」

「うへぇ……大丈夫かな……死なないかな……」

「無理はなさらないでくださいね、本当に無理だったら直ぐに言ってください。」


 その時だった。


"すみませーん!"


 遠くから女性の声が聞こえた。軽やかな声に、一瞬あの双子が来たのかと思ったが違う。


「誰だ……?」

「……?」


 緊張感が走る。誰が来たっていうんだ。


「?お客さんじゃないんすか?」

「そ、そうですよ!そうでした!」


 そういえばここは宿屋だった。ダリアとネリネが遭難してきてから、誰も来ていないので忘れかけていた。俺が使わせて貰ってる部屋だって、本当はお客さんが使う部屋だ。


 急いでロビーの扉を開くと、そこには中年の男女が佇んでいた。バタバタと音を立てながら部屋になだれ込んで来た俺達に面食らっている。


「い……いらっしゃいませ!」


「こんにちは、ここが噂の宿屋で合っているかな?」

「噂……はい、ここは宿屋で間違いございません。」

「さっきこの辺りで迷っていたんだけど、ここを小さな女の子に紹介して貰ってね。」


 朝から散歩に繰り出していたリューは、しっかり仕事をこなしているみたいだ。森で迷っている人がいたらここへ案内してくれと言ったのをちゃんと覚えていてくれていた。

 ただ、次は建物の前までではなく、中まで案内してくれるよう後で頼んでおこう。


「昨日の夜から迷っているから少し休みたいのよ。」

「一応地図を持っていたんだけどね。」


 その地図は以前俺がここへ飛ばされて来た時に、エスターが持っていたものとほぼ同じだった。つまり古いバージョンだった。


「森動いたばっかりすからねー。」

「そうなのか、困ったものだね。」


 どうやら森が動いたことを知らなかったらしい。まだ地図が出来上がっていないのが無念だが、またリューに案内してもらうことになるだろう。


「では、すぐにお部屋のご用意をして参りますのでこちらでお待ちください。」

「ああ、ありがとう。」


 エスターに促され、男女はソファーに座った。俺とサヴィは荷物を受け取り、客室へ運ぶ。


「サヴィさん、このお部屋、掃除していただいてもよろしいですか。」

「はい!……素手で?」

「はい。」


 サヴィは苦い顔をして、うぐぐぐぐと唸る。自分の手をぎゅっと組んだかと思うと、いきなり手を頭上に掲げる。そして手袋を外し、俺に向かって投げつけてきた。結構な勢いで投げつけてきたので顔にべしっと当って床に落ちる。


「ぼく!!掃除するっす!!!」

「おう、頼む。」

「はい」


 つい投げ返してやろうかと思ってしまったが、そこは我慢して笑顔を向ける。ここでキレるほど俺は子供じゃない、キレない、キレないぞ!


 掃除をすると言ったサヴィは、エスターが持ってきた箒に手を伸ばす。


「う……」

「どうぞ。」


 エスターも緊張した面持ちで、さぁと促す。


「ぎゃあああああああ!!!」

「うるさっ」


 箒を手に取った瞬間、昨日聞いたのと同じけたたましい叫び声を上げる。窓が割れるんじゃないかというほどの叫び声だ。これ、ロビーにも聞こえてるだろうな……。


「だ、大丈夫ですか……」


 奪い取るようにして受け取った箒で床を履き始める。

 そして何かに触れる度、うわあ!とかぎゃああ!とか悲惨な叫び声を上げながら部屋の中の掃除をすすめる。

 床を掃いて、窓を拭いて、備品を並べる。もうこの仕事を長年続けているかのような勢いだ。見た目だけはプロそのものだ。叫んでるけど。


「では、準備が終わりましたら教えていただけますか。軽食を準備していますので。」

「だあああああああわかりましたあああああぁぁぁぁぁぁ……。」


-


「さ、さっきから叫び声が聞こえるんですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、彼は部屋の準備をするとき大声を出すのが趣味なので。うるさくてすみません。」

「そ、そうですか。ならいいんです。」


 我ながら苦しい、苦しすぎる。


 やはりあの叫び声はロビーにも聞こえていた。ソファーに座った男女は心配そうにしている。これから滞在する宿で叫び声なんて聞こえたら、そりゃあ心配にもなるだろう。


 しかし、俺の心配とは裏腹に本当にサヴィの身の安全を心配しているようで、虫が出たのかしらねぇ、なんて話している。なんていい人たちなんだ。


「お待ちになる間、こちらをどうぞ!少しですけれどよろしければ。」

「あら、まぁ!」


 そう言ってエスターが準備してきたのは、小さなパイだった。アップルパイのような見た目で赤いソースがかかっている。さっき準備すると言っていた軽食はこれのことだったのか。


 パイを食べながら、男女は自分たちの話をしてくれる。二人は夫婦だそうで、隣の町へ行く途中だったらしい。

 行き先はミラがいる方の町で、ダリアとネリネが住んでいる側の町から来たそうだ。俺が地図を作っていることを告げると、完成したら是非私達にも売ってほしいと言ってくれた。


「今、印刷を依頼しているところで……。」

「もしかして、双子ちゃんのいるところかい?」

「!ご存じですか。」


「ああ、彼女たちは有名だからね。さっきの彼もそこで働いていただろう?」

「私も昔から知っていますけれど、あそこの妹ちゃんは泣き虫でしょう?元気かしらねぇ。」

「泣き虫……。」


 まさか知り合いだとは思わなかった。世間は狭いな。

 妹と言われて気がついたが、そういえばどっちが姉でどっちが妹か知らない。1週間近く滞在していたのに、よく考えてみると彼女らについては知らないことばかりだ。それにしても泣き虫だなんて、どっちもあんまり想像出来無いな。


「エスターさーん……おわったっす……」


 ゾンビのように生気の抜けた顔をしたサヴィが、扉から顔を覗かせる。


「ありがとうございます。」


 笑顔を向けるエスター。しかし、その後ろでは夫婦がやっぱり……大変なことがあったんだわ……とひそひそ話していた。


 彼らは余程サヴィのことが気にかかったのか、部屋を出るときにはサヴィの肩を叩き、お小遣いまで渡していた。

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