30.無理
「というわけでサヴィ君、手袋、取って。」
「えっ、嫌っす。」
速攻で拒否されたが、これは想定内だ。
「ほら、脱げ。」
俺がスッと片手を上げると、どこからともなくリューが現れ、勢いよく手袋を脱がせた。
「ちょっ!!!リューさん!!!!返してぇ!!!!」
「うるさい、これは預かる。」
「ちょっとぉ!!!!」
リューは手袋をポケットに突っ込むと、窓枠に手を掛け、そのまま外へサッと消える。隙を見て手袋を脱がせて欲しいとは言ったが、奪い取れとは言っていない。まぁ上手くいったからいいけど。
手袋を奪われたサヴィは、今にも死にそうなくらい顔を真っ青にしている。ちょっと良心が痛む気もするが、気づいていないフリをする。
「では、洗い物をどうぞ。」
エスターは神妙な面持ちで、積み上げられた皿の山を指差した。
先ほどまでにこにこしながら仕事をしていたのが嘘のように、その場で固まっている。何に触ることもできない両腕をさまよわせ、俺に恨めしげな目を向ける。
「無理っす、無理……。」
残念ながら無理では終わらせられない。
「無理じゃ、ない!!」
「ぎゃっ!」
両腕を無理やり掴み、
「うぎゃああああああ!!!!」
バシャン!と水を張った桶に両手を突っ込んだ。直ぐそばで、サヴィは耳をつんざくような叫び声を上げる。
「うるせぇ!!!ほら、早くやれ!!!!」
「うわああああ!!!最低だ!!!最低だ!!!この野郎!!!!」
「サヴィさん……それが終わったらお風呂に入っていただいてもかまいませんので……。」
「服も全部洗濯っすよ!!!!!」
そう叫びながらもガシャガシャと音を立てながら、手はしっかり仕事をこなしている。いつもより多少手荒になっているようで、周囲がびしゃびしゃになっているが、皿はみるみるうちに光り輝くように綺麗になっていく。その光景を見ているとこいつの優秀さを実感する。本当に仕事は出来るやつなのにな、可哀そうに。
うぎゃあああ!とか、だああああああ!とかサヴィの叫び声のレパートリーは尽きない。この勢いで叫び続けていたら喉が焼き切れてしまいそうだ。
「ミタカさん……これ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ!多分……。」
「リューも、そう思う。」
いつの間にか廊下から顔を出したリューも、俺に同意してくれる。
手袋を外した時、もっと抵抗されたらダメだったかもしれないが、この様子ならばきっとあいつはここで働いていけるだろう。叫んでいるけれど、水に手を突っ込んでからは先ほどより顔色がいい。あいつの潔癖は強迫的なものじゃない。
「じゃ、頑張って!」
「ひでぇ!!!」
いろいろ言いたいこともあるけど、今はとりあえず叫びながらここで頑張ってもらおう。
-
洗い物を終えたサヴィは、やつれきった顔をしながら、袖と服から水を滴らせロビーへ現れた。
「お疲れ様でした。洗い物、ありがとうございました。」
「おつかれっす……。」
エスターの心からのねぎらいの言葉もあまり聞こえていないようだ。
ゆらゆらと覚束ない足取りで椅子に向かうと、放心した表情で椅子に腰掛けて項垂れる。
「サヴィ、もう掃除してもいいぞ」
「もう……今日はそんな気分じゃないす……。」
「なんで?」
「今日はもう何も考えられないっす……。」
俺の秘策は成功したようだ。もしここで掃除してきますね!と笑顔で言われたらどうしようと、心の中で少しだけ思っていた。
「僕、手袋、外せるんすね。」
誰に言うでもなく、宙を見ながらサヴィはそう呟く。
「もう今日は、いいすか……。」
「ええ、構いませんよ。ゆっくりお休みになってくださいね。」
「うす……。」
まだ夜にもなっていないが、エスターは業務の終了を告げた。
「ん。」
「ああ、ありがとうございますリューさん……。」
リューが差し出した手袋を、2、3度躊躇う素振りを見せた後、素手で受け取った。手渡した方のリューも若干驚いたように目を見開く。
そして、そのままふらふらと貸し出されている部屋へ戻っていった。
「本当にあれで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと思いますよ。俺の事最低だ!とは言ってたけど、手袋外したことについては文句言わなかったでしょ?」
あいつは本当は手袋を外したいと思っている。はずだ。
「そういうものなんでしょうか。」
「多分だけど……あいつあれやめたいと思ってるんじゃないかな。」
「どうしてそう思われるのですか?」
「最初に……」
手袋を外したら?と言った時、何でそんなことを言うのか、というリアクションではなかった。言われた通りに外そうか、と少しでも迷う素振りを見せていた。それに、今さっきも自分は手袋が外せるんだ……と驚愕の事実を知ったように呟いていた。
手袋を外す気が全くないのなら、ああいう反応はしないだろう。きっと自分は手袋を外すことはできないと、思い込んでいるだけだ。
「なるほど、あの手袋はサヴィさんの本当の意思ではないと。」
「間違ってたら本当に申し訳ないことだけど、俺達にはそれしか出来ないからさ。」
そう、できるだけ相手が本当に望むような環境にしてあげたい。俺はそう思っている。リューを掃除担当で雇わなかったように、その人に一番適した仕事をさせてあげたい。
どうしてもそう思ってしまう。だって、向こうの世界では出来なかったことだから。
「明日まで落ち込んでいらっしゃったらどうしましょう。」
「森に行けば元気になる?」
「どうかな、明日にはもう元気かもよ。」
俺は心配いらないと思う。
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次の日には、もうサヴィは復活していた。昨日のことなどなかったかのような明るさだ。やはり心配なんて必要なかったな。
「おはようございます!今日も仕事しますよ!」
「元気になられたようで良かったです。」
そうは言うが今日もしっかり全身完全防備だ。顔しか露出していない。しかし、きっちり着込んで貰ったところ悪いが、これからは手袋を取って仕事をして貰う。




