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29.綺麗って

「では、お願いしますね。」

「了解しました!僕頑張るんで!」


 次の日、サヴィは誰よりも早起きして気合を入れていた。

 エスターと話し合って、細かい仕事から片づけることにした。以前からやっていた掃除や洗濯など基本的な仕事からやらせてみて、どの程度の能力があるのか見ようということだ。一応肉体労働になるわけだけど、上から下までがっちり着込んでいて大丈夫なのかちょっと心配ではある。


「やる気は十分ですね!」

「大丈夫かなぁ……。」


-


 しばらくサヴィの働きぶりを見ていたが、俺の心配とは裏腹に仕事ぶりに問題はなかった。むしろ仕事が早くてかなり驚いた。掃除をさせても、洗濯をさせても、完璧に近い仕事ぶりだった。その姿を見ていると、ネリネの手紙の言葉は一体何が言いたかったんだろうか。まだ、そんな大きな問題は……


 そう思えたのは最初だけだった。


 しばらくすると、ネリネがサヴィのことを優秀で、お荷物と言っていた理由が分かった。


-


「終わりました!」

「はい、では……」

「じゃ、掃除してきます!」

「はい……。」


 そう言われたエスターは諦観したように乾いた笑い方をする。そんな彼女をよそに、遠ざかっていくサヴィの背中を見るのは、28回目だ。


「ミタカさん……私、自信を喪失しそうです……。」

「むしろ、エスターさんのその忍耐は経営者の才能ありますよ。」


 サヴィは別に問題を起こしているわけではない。むしろ、仕事をこなす速度は尋常ではない。

 これをやってくれ、と渡された仕事は凄まじい勢いで終わらせる。そして直ぐに次の仕事を!と求めてくる。かと言って、仕事が雑なわけではなく、一つ一つとても丁寧に行われている。洗濯物は細かいしわもないくらい綺麗に干されているし、廊下には塵一つない。


 そう、塵一つも見逃さない。

 サヴィは、異常なほどに綺麗好きだった。


 綺麗好き、というのは良いことだ。しかし、サヴィのそれは度が過ぎている。本当に自分が綺麗になったと納得するまで延々と掃除をし続ける。他の仕事を終わらせたかと思うと、


「すみません!まだ汚れてました!掃除してきます!」


 そう言って掃除を始めるのだ。


 俺が思うに、おそらくサヴィは重度の潔癖症ではないかと思う。掃除の時だけでなく、水を触る時も手袋を取らない。

 潔癖症に詳しいわけではないが、俺が見ている限り自分の肌に何かが触れるのが無理というところではないかと思う。以前ネットだかテレビで見たことがある。潔癖にも様々な種類があり、個人がそれぞれのこだわりがある。

 これはあくまで推測に過ぎないが、きっとそこまで大きく間違ってはいないだろう。


「さ、サヴィさん?もうお掃除は、今はもう大丈夫ですので……。」

「そうすか?もっと掃除したいすけど!」

「また後でお時間差し上げますから、他の事をしませんか?」

「了解っす!」


 輝く笑顔でもっと掃除したいと言うが、もう掃除する必要はないくらい廊下は輝きを放っている。俺が掃除していたのはなんだったのかというほどだ。エスターが諦めずに優しくなだめているのを見ると、可哀そうになってくる。


「次は夕食の準備をしましょう。サヴィさんはお料理もできるとおっしゃっていましたが、今日は任せてしまってもいいですか?」

「おっ任せてくださいよー!僕、美味しいの作っちゃいますよー!」


 今の仕事と同じクオリティで料理もできるなら、料理人でもいいくらいだがどうなんだろうか。


「ていうかその手袋脱がないの?」

「え、脱ぎます?脱ぐんですか?」

「いや、料理しづらくない?つけたままがいいなら別にいいよ。」


 サヴィは自分の手袋をした手を開いてじっと見つめる。もっと拒否するかと思ったけど、そういうわけではないのか。本人的にも外したがっていたりするのだろうか、難しいな。 


「サヴィは掃除好きなの?」

「なんとなく、他の仕事やってると気になるんすよねー」

「他の仕事ねぇ。」


 雑談の中でちゃっかり聞き出そうかと思ったが、エスターが側に寄ってきてちょいちょいっと手招きをする。


「ミッミタカさん!ミタカさん!少しよろしいですか。」


 エスターの方へ屈むと、耳打ちをしてくる。


「今のうちに話し合いしましょうっ」


 俺もその意見には賛成だ。人事を任されている身として、エスターの意見もその都度聞いていきたい。前回の面接の時は採用が決まってから、ノアとお屋敷の仲が良くないことを知ることになった。今回はそういうことをできるだけなくしたい。

 それからついでに、同じ従業員になるリューからも意見を聞いておかなければならない。


「リューさんと3人でお茶にしますか。」

「そうしましょう……。」


 台所の掃除まで始めようとするサヴィを窘め、料理を始めさせるとリューを探しにその場を離れた。


-


「エスターさんは正直なところ、今どう感じてますか?」

「……私だけでは制御しきれない部分があります……。」

「エスター、頑張ってた。」


 俺もエスターは頑張っていたと思う。掃除をしたいと言われても、一言も文句を言わずに見届けていた。サヴィがちゃんと仕事をしていたというのもあるだろうが、エスターがちゃんと耐えていたと思う。

 そもそも仕事ということを除いても、ここが家であるエスターは家の中を何回も掃除されたら気分を悪くしてもおかしくなかった。しかしそんな素振りを見せなかったところは本当に偉いと思う。

 俺だったら、いきなり来た新人に自分の机を汚いですね!って掃除されまくったらキレると思う。


「サヴィさんは仕事をしようという気持ちも、その技術も持っています。けれど、本人もその能力を使いこなせていないというか、あまり使いこなそうという気持ちが感じられないというか……。」

「言われたからやるって感じ?」

「そうですね、掃除以外には興味がないんだろうなと。」


 それは俺も感じていた。掃除をするために他の仕事をやっている。これを終わらせて早く掃除をしよう、そういう気持ちしか感じられない。


「掃除専門、雇う?」

「それは非常に助かるけど、どうだろう、大丈夫かな。」

「うーん……このまま掃除担当にすることもできますが、そうしてしまうと後が怖いような……。毎日あの勢いで掃除し続けられたら、こちらが参ってしまいそうですよね……。」


 あの能力を手放すのは惜しいが、そのまま雇うのは後が怖い。情緒不安定なやつを手放しに雇うのは得策じゃない。

 しかし、いい解決策が浮かぶわけじゃない。掃除したいならさせればいいというのはその通りだけど、それで本当にいいんだろうか。サヴィは今手袋をしているけどそれも自分の手をカバーしているだけで、何の解決にもなっていない気がする。


「手を守ってる。誰かがくれた。多分。」

「そうなの?」

「そう言ってた。」

「精神的な負担でもあるんでしょうか。」


 あの手袋は人から貰ったらしい。もしかして自分からするようになったわけじゃないのか。


「あっ」

「名案、来た?」

「来た、かも!」


 上手くいくかは分からないが、いいことを思いついた。人道には反しているかもしれないが、この宿の平和とサヴィの仕事と、ネリネへの義理を果たすにはこれが一番だ。

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