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25.羽

 エスターがテルトリが一人であることに気がつき、そういえば今日はわんちゃんは一緒ではないのですね、というエスターと言うと、テルトリがピュイーッと指笛を吹いた。

 その音は森の奥へ響き、遠くの方の茂みでガサガサガサっと何かが動く気配がした。姿の見えないその音はどんどんと近づいてきて、何かがこちらへ向かって来ていることが分かる。

 そして、唐突にその音が途切れたかと思うと、俺の顔に影が落ちた。


「な、」

「ワンッ!!!!」


 ばふっと何かが顔に当たる。もふもふだ。夢にまで見たもふもふが顔面に降ってきた。柔らかい何かに顔を埋めている。気持ちいい、最高だ……。


 え、なんで?


「ミッミタカさーん!!」

「おークク、降りてこい、こっちおいで、ほらほら。」


 テルトリの呼びかけに答えるように、もふもふは俺の顔面を蹴って俺から離れた。

 今のは……肉……球……?


「大丈夫ですかミタカさん!」

「もふもふだった。」

「何と?」


 顔面を思い切り蹴られた俺に、あわあわとエスターがハンカチを渡してくれる。土でもついてるのかもしれないと、受け取ったハンカチで顔面を軽く擦る。結構な勢いだったから肉球の跡くらいついているかもしれない。


「うちのククちゃんから腹アタックを食らえるなんて幸せだな!」


 テルトリは自分の足元に降り立った生き物をよしよしと撫でて抱き抱える。

 その生き物は、白くて、丸くて、ふわふわで……


「本当に羽が生えてる……。」


 その背中には真っ白な翼が生えていた。

 犬の体とよりも大きく立派な、ふわふわとした白鳥のような羽が生えている。犬の体がもふもふしているのでどこからどう生えているのかよく分からないが、しっぽを動かすように羽をばさばさと動かしているから、少なくとも神経は通っているように見える。

 犬の種類は俺の考えていた通りポメラニアンのようだ。厳密にはポメラニアンではないのだろうけど、知識の無い俺にはポメラニアンにしか見えない。


「真っ白だ……。」

「ああ、俺は金無いけどククの手入れはちゃんとやってるからな。」

「毛並みが輝いていますね。」


 いかにも自慢げな表情をこちらに向けてくる。金がないのは自慢にはならないと思うけど、この毛並みに金が掛かっているのは確かだと思う。


 今日も可愛らしいですね、とエスターはククの頭を撫でる。ククはそれが気持ちよかったのか、エスターの手にぐいぐいと額を擦り付ける。その動きはとても愛らしくて、羽のインパクトはあるがそれ以外は普通の犬と変わらない。はっはっと舌を出してにこにこしているのも今まで俺が可愛がってきた犬と同じだ。


 撫でようと思った時ついこたろうが頭を過ぎり、手を伸ばせないでいると、ククはテルトリの腕の中から降り立ち、俺のズボンの裾に噛みついた。


「おい、あんま齧らないで。」


 ククはズボンの裾をガジガジと齧り、ぐいぐいと引っ張って俺をどこかへ連れて行こうとする。


「ちょちょちょ」

「さっきもククが自分から行くなんて珍しいと思ったけど、お前何か持ってる?」


 何かなんて持ってるわけもない。ここへ来た時全て向こうに置いてきてしまったのだから、エスターから貰った服しかない。スーツも、専門の人とやらのところへ行ってから返って来ていない。


「いや何にも持ってないよ。むしろここへ来た時全部落としてきたから。」

「うーん?あ、もしかしてこれお前の?この前拾ったんだよね。」


 ズボンのポケットをごそごそと漁り、そういいながらテルトリが取り出したのは、紐がついた黒い板。ひっくり返すと四角い穴が開いていて、そこには透明なプラスチックがはめ込んである。


「これ、俺の定期……!!」


 それは俺が毎日咽び泣きながら通勤している時に、握りしめていた定期入れだった。ズボンのポケットに入れっぱなしにしていたから、ここへ一緒に飛ばされてきていたようだ。


「これ、こっちに来てたのか……。」


 定期入れにカードは入っていなかったが、その表面を撫でると俺がサラリーマンだったのは夢ではなく現実だったんだと感じる。


「これ何も入ってませんでした?」

「ああ、他のやつに持っていかれたかもな。」

「そうですか……。」


 中身が無くてもここにあるだけで嬉しい。特別に大切なものじゃないけど、自分のものが自分の手元に戻ってきたことが嬉しい。


 しかし、定期はどこへ行ったんだ……こんなもの手に入れても仕方無いのに、と窓とは反対側のポケットを覗くと、内側に湿った紙が張り付いていることに気がついた。


「ん……?」


 慎重に剥がして取り出すと、ぺらぺらのコピー用紙であることが分かる。若干滲んではいるが、小さな写真だった。俺が実家を出るときに撮ったこたろうの写真。おすわりの姿勢で尻尾を死ぬほど振っているから、しっぽがブレまくっている。俺、こんな写真定期入れに入れてたんだな。


「まぁ、これが写真ですか!すごく、綺麗……。」

「うわなんだこれ。」

「俺の飼ってた犬です。」


 この世界にも一応写真という概念はあるようだ。しかし、エスターは写真を初めて見たというから、一般に普及はしていないらしい。


「これがシバケン!本当に羽がないんですね、賢そうなお顔です。」

「羽がないと違和感あるな……これはこれで可愛いけど。まぁ、ククの方が可愛いがな!」

「ああ、こたろうは超可愛いんですよ、本当に賢くて、可愛くて……こたろうに会いたいな……。」


 その写真をいつまでも眺めてしまう。俺、意外とホームシックだったみたいだ。


「しょうがねーな、クク撫でていいぞ。」

「私も撫でます!」

「ありがとう。ククは可愛いね。」


 こいつクズの癖に微妙に優しくて腹立つな。そう思いながらも、ありがたくククを触らせて貰う。ポメラニアン(仮)なだけあって、こたろうよりも触り心地が柔らかい。

 ククを抱え上げて優しく抱きしめる。そのふわふわを感じると、寂しさが溢れてきていた心が少し満たされた気がしてちょっと泣けた。


「おい、クク攫ったら殺すぞ。」

「攫わねーよ。」


 ありがとう、と言ってテルトリへククを返した。


「元気出してください。また今度、またニールさんに会いに行きましょう。そうすればきっと帰る方法について、何か分かるはずですから。」


 そこで少し寂し気な表情をしているエスターを見て気がついた。俺は今日ずっと、帰りたい帰りたいと言っていた。こたろうのことを思い出して、帰りたさがMAXになっていたのは確かだ。だけど、エスターそれを言うのは無神経だった。


「エスターさん、ごめん。」

「なぜ謝るんですか?」

「俺はここでの生活が楽しいよ。」

「そっ!……そうですか。」


 ぱあっと明るい表情になったエスターを見て、これからは、発言にもうちょっと気をつけようと心に決める。


「ところでエスターちゃん!俺今日はあのスープ飲みたいな〜。」

「えぇ……お金は持っていらっしゃらないんですよね?」

「ん?持ってると思う?」

「思いませんけど、一応うちもお店ですし……。」

「クク貸してやったじゃん!」

「えぇ……。」


 こいつはやっぱりクズだな。

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