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23.犬

 朝起きると、俺とエスター、ノアは青白い顔をしていた。完全に二日酔いだ。


 朝食の席では、ダリアが用意してくれた酔いに効くというお茶を皆で飲んだ。ハーブティーのようなものらしいが、実際結構効き目があるようで、ガンガンと鳴り響いていた頭痛は治った。

 途中から眠っていたダリアはともかく、ネリネが全くダメージを残していないのには驚くばかりだ。アルコールのあの字も感じさせない健康的な笑顔を振りまいている。


「皆なんだか皆青いよぉ!」

「ネリネさんは、元気でいらっしゃいますね……。」

「うぇ、ネリネちゃんやべーな俺舐めてたわ。」


 初仕事の日に職場の人が二日酔いで全員顔が青いという、新入社員でもなかなかない状況だがリューは一切動じていない。

 むしろ、エスターの動きが鈍いという珍しい状況で、お手伝いに走り回っている。常にこの自信を持って頑張ってほしい。



 ダリアとネリネを送るために全員で外へ出る。


 一方で、俺は緊張でそわそわしている。初仕事であるリュー本人は落ち着いているのに、俺の方がドキドキしてしまってその場をうろうろと歩き回る。

 初仕事と言っても、前からやっていたことだから心配はいらない筈だ。でも、何となく落ち着かない。


「ノア、仕事頑張る。よろしく。」

「あいよ、ちゃんと案内してやってな。」


「ミタカも、頑張る。」


 そんな俺を安心させるかのように、この間の俺を真似て、親指を立てて見せてくれた。



-



「俺犬飼ってたんですよ〜」


「そうなんですか!……犬って私が考えてるのものと同じでしょうか?」

「こー耳があってー尻尾があってー」


 昨日のパーティーの後片付けをしながら、のんびりと言葉を交わす。あの後ノアも出かけてしまったから、久しぶりに二人きりだ。宿の中も静かになってしまって、少し寂しい気もする。


 ふと思いついて実家で飼ってる犬のことを話題に出しけど、犬ってこの世界にもいるのかな。あのもふもふのお腹が恋しい。


「ふわふわしてます?」

「してるしてる」


 異文化交流ならぬ異世界交流。多分単語が通じているから犬はいるんだろうな。形を表すように、手でジェスチャーしながら犬を表していると、エスターが紙を持ってきてくれた。


「描いてみます?」

「俺絵描けないけどね……。」


 絵を描くのは学生のとき以来だ。頭の中に実感の柴犬を思い浮かべながらペンを動かすが、どんどんおかしなことになっていく。


「い、いぬ……?」

「いぬです……。」


 やたらと体が細長いエジプトの壁画みたいになってしまった。ふわふわさが全く無い、硬そう。エスターが怪訝な顔をするのも仕方がない。


「あ〜〜〜〜犬恋しいな〜〜〜〜」

「……やっぱりすぐにでも帰りたいですか?」

「もちろん!うちの犬こたろうって言うんだけどさ、いやーあのもふもふの腹が恋しいわ……顔埋めたいわ……」


 実家には全然帰ることができていないし、話しているだけでうずうずしてくる。携帯も何も持っていないから、こたろうの愛らしい笑い顔の写真を見る事も出来ない。エスターにもこたろうを見せたかった。


 もどかしい手をわきわきと動かして、何もない空間を撫で回す。無心で続けていると、本当に犬を撫でている気になってくる。俺パントマイムの才能あるんじゃない?


 頭の中でつい妄想が膨らむ。こたろうの頭を撫でるとにっこりしながら腕の中へ飛び込んでくる。背中を撫でれば気持ち良さそうに額を擦り付けてくる。もっふもふだ、もふも……


「……。」

「はっ」


 自分の世界に浸る俺に引いてしまったのか、すっかり黙ってしまったエスターを見て、慌てて取り繕う。


「あっいやっいつもこんな気持ち悪い動きしてるわけじゃありませんから!ちょっと自分の世界に入っちゃっただけで……引かないで……。」

「いえそんな、別に引いてませんよ。こたろうさんもきっとミタカさんに会いたがってると思います。」


 母のような暖かい眼差しが痛い。犬のもふもふ恋しさに醜態を晒してしまった。自室で仮面ライダーの変身を真似しているのを見つかった時のような気持ちだ。自分からやったんだけど。


「ミタカさんは犬が好きなんですね。うちでは飼っていませんけれど、本当に可愛らしいですよね……私も好きです。」

「本当に?可愛いよね、ここには柴犬っているのかな。」

「シバケン……。聞いたことがないです。」

「柴犬はいないのかぁ。」

「シバケン、見てみたいですね。」


 エスターはそう言いながら床を箒で掃く。ここでは部屋の中でも靴は履いたままだから、床は特にしっかり掃除しないといけない。

 言葉が通じるから忘れそうになるが、ここでは日本的な文化はあまり見ない。文化は向こうの世界の西洋に近いと思う。柴犬もいないし。


「ミタカさん、知り合いの猟師の方が犬を飼っていらっしゃるんです。後で見に行きませんか?」

「えっ本当に?行きたいです!」

「では後ほど」

「近くに住んでるってことですか?」

「その、住所不定の方なので……。」

「あっ」


 それってホームレs……。

 いや違う。ファンタジー世界の住所不定の人間は大体旅人だ。フィンランドの森にいる緑の……きっと狩りをしながら旅をしていて、定住地がないとかそういうタイプの……


「多額の借金の担保にお家を差し押さえられてしまったそうです。」

「浮浪者ですね。」

「悪い方ではありませんし、わんちゃんは可愛いですから……。」


 嵐の時はここへ避難されたりもします。悪い方ではないんですよ……とどこか遠い目をしながらエスターは淡々と語る。


「その人が今森のどの辺りにいるとか分かるんですか?」

「今朝お会いしましたので、まだ近くにいらっしゃるかと。」

「なるほど。」


 そのホームレスについても気になるが、犬に会えると思った途端元気が湧いてきた。こたろうに会えないのは寂しいけど、あのもふもふを味わうことが出来る。柔らかくてふわっふわのお腹に顔を埋めたい。


「正直めっちゃ楽しみっす。」

「少し元気になりましたね。」

「気使わせちゃいました?」

「いえ、私も少し息抜きしたいですし。」


「ところでそのホームレ……猟師の方の犬はどんな種類なんですか?」

「えっと、白くて、尻尾がふわふわで、丸くて……。」


 エスターの言う通りに脳内にその姿を思い浮かべていく。白くて、尻尾がふわふわで、丸くて…


「小さくて、鳴き声は高くて……。」


 小さくて鳴き声は高い……脳内で真っ白でふわふわのポメラニアンが完成する。


「あー大体想像でき……」

「それから羽は少し小さめですね!」

「あー羽ね……羽?!」


 脳内のポメラニアンが悠々と空を舞う。ポメラニアンが一気にユニコーン的存在になってしまった。


「は、羽があるんですか……。」

「ありますよ!ミタカさんの世界ではないんですか?」

「ええ、まぁ……。」

「それは珍しい。」


 ここではポメラニアンに羽が生えているのは当たり前らしい。衝撃の事実だ。空飛ぶポメラニアン……


 会うのは更に楽しみになったけど、犬が同じ犬の形をしているかはかなり怪しくなってきたな……

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