21.忘れる
その日の夜は、リューの歓迎パーティーをすることになった。新入社員歓迎会みたいなものだ。エスターは俺の歓迎もしましょう!と言ってくれたけど、そんなに気を使わなくても別に拗ねたりしない、多分。
「ただいま」
「おう、おかえり!辞めて来られたのか?」
「うん。辞めるって言った。」
仕事を辞めてくると言ってここを飛び出して行ったリューは、月が上る頃には帰ってきた。
正面玄関の扉から再び現れた時には、行きの時には持っていなかった大きな鞄を背負っていた。鞄にははみ出すくらい大量の地図が詰め込まれていた。リュー曰く、膨大な数の中の自信作とお気に入りだけを選んで持ってきたらしい。
「辞めるのちゃんと承諾してもらったんだろうな……。何かあった時あいつらに文句言われるのは俺だからなぁ……。」
「当たり前。」
リューはノアの不安をばっさりと切り捨てる。ノアは、リューがちゃんと仕事を来れたのか心配しているようだけど、面接をしていた時よりもどこかスッキリした様子のリューの表情をからして、ちゃんと辞めてくることが出来たのだろうと俺は思う。
「じゃあ、リューさんは晴れてここの従業員ということですね!」
「わぁーい!じゃあパーティーしよぉー!」
「パーティー!良いですね!明日はネリネさん達も帰られるということですから、丁度いいですね。」
「美味しいお酒を用意はあるのかしら?」
「お酒ぇ!」
いや、お前ら何歳だよ。
この世界に成人という概念があるのかどうかは知らないが、少なくともこの双子はお酒が飲めるらしい。見た目は完全に未成年なので、飲ませて良いのかと少し心配になってくる。そもそも俺はここに居る人たちの年齢を知らない。聞くタイミングを逃したというか、聞く必要があまりないというか……。
「美味しいお酒をご用意しますね。ダリアさんはお酒が得意でいらっしゃるのですね。」
「ええ、ネリネとは双子だけど、私だけ強いのよ。」
「ふふふ、じゃあたくさん用意しないと!」
「ネリネちゃんも別に弱くなぁーい!」
「リューは飲まない。」
「承知しております!」
それにしてもこの世界の酒、とても気になる。俺は日本酒とビールくらいしか飲まないけど、ここにはどんな酒があるんだろう。エスターはとても料理が上手だから、酒が進みそうだ。
会社の飲み会とかあんまり楽しみきれないタイプだったけど、ここでのパーティーは楽めるといいな。
「机とか動かしますか?」
「そうですね、ミタカさんはダリアさんと一緒に机などを動かして頂いても良いですか?ここを皆でパーティーができるように。」
「了解です!」
「任せなさい。」
「ネリネさんは私と一緒に料理の準備をお願いできますでしょうか。」
「わかった~味見は任せてねぇ!」
「おじ様は……そうですね、倉庫からお酒を選んできてくださいますか?」
「ああ、いいよ。」
パーティーをすると言い出した時から、放っておいたらまたエスターが一人でやろうとするのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、これなら心配なさそうだ。
あまり乗り気ではなさそうに見えたノアも参加はしてくれるらしい。ノアが居れば、無理して大量の酒瓶を運ぶなんてことにはならなさそうだから、向こうは俺が手伝わずノアに任せてしまっても文句は言われないだろう。
それぞれに仕事を割り振ったエスターの表情は生き生きとしている。リューに仕事を割り振っていないことが気にかかり、リューは俺と一緒でいいですか?と聞こうとすると、それより先にリューが口を開いた。
「リューは?何をする?」
少し不安そうな面持ちで、エスターの顔を見上げる。
「そうですね、どちらがいいですか?」
「えっと、じゃあ、ここにいる。」
「分かりました、ではお願いしますね!」
エスターはどうやら、リューには自分から何をしたいか言ってもらうようにする方針にしたようだ。先ほどの面接の影響もあるのかもしれない。
仕事を得たリューは、安心したようにすーっとダリアへ近づくと、腕にぴとっとくっついた。
「あら、随分懐いてくれてるのね?」
「あ、う、まぁ、な」
自分でくっついておきながら何故かリューは渋い顔をする。前にもこんな顔してた時あったな、いつだったっけ。
その様子を見ていたネリネはニーっと広角を上げると、エスターの手を引いてロビーから出て行った。
「ふひひ、いこ!えすたぁ!」
「わ、わあああまり強く引っ張らないで下さい!」
ネリネはたまによく分からないな。
-
机は全員で囲めるように並び変えた。海外ドラマで見るクリスマスみたいな感じだ。特に飾り付けをしたわけじゃないけど、元々の部屋の雰囲気がいいから映画のセットのように見える。有り体に言ってしまえば舞浜っぽい。
「リューの地図は最高ね!余計な注釈がないから見やすいわ!」
「木に文字いらない。」
「分かってるわね。」
後で片づけるときにどの家具を動かしたか分かるよう、リューに簡易的な見取り図を描いてもらった。いきなり描いてくれと言われてサラッと描けるのもそれだけで凄いと思うが、何より凄いのは描き始めてから一度も顔を上げなかったことだ。
リューはペンを手に取ると、何も見ずに端から埋め始めた。家具の大きさから数まで、全部頭に入っているらしい。もはや空間把握能力が高いとかそういうレベルではない気がしてくる。こういうの名前あったよな、なんて言うんだっけ、確か……。
「カメラアイ?」
「何て?」
ダリアは怪訝そうにこちらを向く。
「あれだよ、リューの記憶力の話。一度見たら何でも覚えられて、絶対忘れないだろ?」
「そんなことはない。興味がないことは、そのうち忘れる。」
「そうなの?」
「覚えるのは、早い、かも。」
二人の反応からすると、どうやらこの世界に『カメラアイ』に相当する言葉はないらしい。まだその能力に名前がつけられていないだけかもしれないけど。
「リューは覚えたくないことは覚えない、無駄。それに、一回じゃ覚えられない事ある。」
俺はそっちの方面を専攻も研究もしていなかったから全然詳しくもなんともないんだけど、覚えるものを選べるなんて上位互換な気もする。だけど、一回で覚えられないこともあるなら所謂カメラアイとは違うものなのかな。
「リューは本とかも覚えられるのかしら?」
「うん、でも覚えない。」
「便利ね……。何度も読み直さなくて済むなんて。」
ダリアは遠い目をしている。ここに居る間にダリアが本を読んでいるところを見かけたことは無いけど、実は本たくさん読む人だったりするのだろうか。
「俺はむしろ忘れたい記憶の方が多いな。」
「どうして?覚えられるなら覚えられた方が便利じゃない?」
「忘れたいこともあるんだよ……。」
「例えば?」
「ここへ来る前のこととか?」
「本当に、全部?」
上司から理不尽な目にあっていた時のこととか、満員電車で気持ち悪くなったこととか、忘れたいことはいっぱいある。忘れられるなら忘れたい。
だけど、無垢な瞳で全部?と言われてしまうと、忘れるほどでもないかなという気持ちになってくる。仕事は死ぬほどつらかったけど、仕事のせいで池に落ちて死にかけるはめになったけど、仕事のおかげでここに来ることができた。それは真実だ。
「まぁ、ここに来ることができたから、ちょっとは覚えててもいいかな。ちょっとね。」
「リューもミタカに会えて、うれしい。」
「いい出会いだったでしょ?」
わざわざ指でちょっとを強調したのに、大きく手を広げて歓迎されてしまうとなんだか、あやふやにしようとしているこちらが恥ずかしくなってくる。
「ああ、俺も会えて嬉しいよ。」
素直に好意を伝える。社交辞令じゃないと分かる笑顔を返してくれる二人に、やっぱりここに来ることができて良かった、そう再確認した。




