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20.任せなさい

 エスターと共にロビーへと戻ると、二人は地図をテーブルいっぱいに広げて覗き込んでいた。おでこがくっつくのではないかというほどの至近距離で、あーでもないこーでもないと言い合いをしている。

 ノアから高いと言われてしまった印刷代について、ダリアとネリネへ聞かなければいけない。もし、本当にとんでもない値段なら軽率に頼むなんて言ってしまったことを謝らなければならない。割と無理やり頷かせた感があるので値下げ交渉は正直あまりしたくない。


「だから!このサイズをそのまま印刷するのは時間がかかるわ!」

「でも繋ぎ合わせると強度が落ちるぅ……でしょ?」

「それはそうだけど、このサイズの版を作るのは……。」

「うーんどうしようねぇ、せっかくこんないいものがあるからねぇ。」


 印刷する気満々だ。殺伐と、しかし生き生きと話し合いをしている二人に水を差すのは気が引ける。これでもし俺がやっぱりいいですなんて言ったら、派手に落ち込むだろう。どうやって切り出そうかな……。


「どう、印刷はできそう……?」

「えぇ!当たり前じゃない!うちで印刷できないものなんてないわ!」

「それは言い過ぎだよぉ、でも任せてミタカ!何とかするからねぇ!」


 うーーーーーーーん、言い出しづらい。でもそこはちゃんと言わないと、社会人として仕事を任せたのだからこちらもしっかりしなくてはいけない。それに二人は責任を持って期待に応えようとしてくれているのだから、こんな良い取引先はない。


「あの、聞いておかなきゃいけないことがあるんですけど。」

「なーにぃ?」

「印刷代、凄い高いって聞いて……そんな複雑な地図を印刷するのに、どれくらいの費用が掛かるかと聞いていなかったので……」

「おー?値下げ交渉かぁ。」

「……まぁそうです。もし払えないような高額なら……」

「安心しなさいミタカ、そんな高値を要求したりしないわ。」


 最初に印刷の話を聞いた時から、印刷への自信を感じていた。仕事として自信を持ってやっている。だから、値下げはしないと完全に突っぱねられることも考えてはいた。特にダリアは印刷するのをやめる

言い出すかもしれないと考えていた。

 けれど、その予想に反しダリアは俺に安心しろと言ってきた。もしかしてダリアには、俺が定価を払えないことくらいお見通しで引き受けてくれたのだろうか。


「え、どういうことですか?」

「普段印刷する額の半分で刷ってあげるわ。」

「えっいいんですか!?」

「ここでお世話になったしね……それに……」


 そう言ってエスターの方をちらりと見る。確かに好き勝手注文をつけていたおかげでエスターと俺はそこそこ忙しかったが、一応客としてお金を払っている。それなのにそんなこと、本当にいいのだろうか。


「それに……それだけじゃないわ、ミタカ、分かるでしょう?」


 そう言ってダリアは地図を指差す。リューが両手を広げてギリギリのサイズの紙に描かれた地図。小さな獣道まで本当に細かいところまで書き込んである。それを見て、ピンときた。


「宣伝か!」

「せいかぁーい!」


 どうやらこの地図を印刷することで自分たちの印刷技術を宣伝するつもりらしい。この世界の標準的な印刷がどのようなものかは分からないが、これだけの地図を印刷できる技術を披露すれば、印刷の依頼をする人も増えるのかもしれない。


「これを売り捌くんでしょう?ちゃんとうちの名前を入れてよね。」

「ああ、もちろん。」

「代金は後払いでいいよぉ!」

「そのうちちゃんと払うのよ。」

「私、早くお支払いできるよう頑張りますね!」

「その代わり、絶対他の人にこれを刷らせちゃだめよ。」


 ちゃっかりとリューの地図を独占する宣言をしてくるダリア。それに対して、急がなくていいよ、いつでもいいから、と念を押してくるネリネはあまり俺たちにお金を払わせる気は無さそうだ。ふわふわしているように見えていろいろ気を使ってくれる。ネリネにもちゃんとお礼をしなければいけないな。


「こうなったら明日には帰らないとだねぇ!ダリアちゃん!!!」

「えっ」


 ネリネのその一言でダリアは一気に顔を青くする。先ほどまでの威勢を失い、そっぽを向いて口を尖らせる。前から思っていたけど、ダリアはちゃんと帰れるのか?


「い、嫌よ……。」

「安心してねぇ!ちゃんと持って帰るからね!」

「無理はなさらないでくださいね……。」


 エスターが丸まった背中を優しく撫でる。しかし、本当にこんな調子でこの子は自分の家まで帰れるのだろうか。もはや一度町まで行って戻ってきているのが信じられないくらいだ。地図を印刷してくれるというのだから、きっとまたここに来ることもあるだろう。その時はまた森を通ることになるけど……その為にも森をネリネが居なくても森を歩くリハビリが必要かもしれないな。


「リューちゃんがいるから大丈夫だよぉ~」

「いや、いやだわ……。」


 明日はリューが森の出口まで案内することになるだろう。そうなると、明日はリューが仕事として森を案内する初めての日ということになる。この調子だと、リューよりもダリアのことが心配になってくる。


「それでね……申し訳ないけど、エスター、荷物を少し置いていってもいいかしら?」

「構いませんが……置いていって大丈夫なのですか?」


 二人がここへ来たとき、そもそもそんなに荷物を持っていなかった。だというのに、一体何を置いていくつもりなのか。


「置いていくものなんてあったか?もし重いなら俺も荷物持ちでついていこうか。」

「別にいいでしょ!!置いていかせなさいよ!」

「お、おう。」


 完全な善意で言ったつもりが、完全拒否されてしまった。ダリアにも何か考えがあるのだろう。


「ダリアちゃんにいろいろあるんだよねぇ~」

「うるさいわっ!」


 ぷりぷりと怒るダリアは、まるで小さな子供が怒っていると主張しているようで可愛らしい。


「では、今お使いの部屋はそのままにしておきますね。」

「!!!……いいの?」

「はい、まぁ、全てのお部屋が埋まることもそうそうありませんから……。」


 エスターが遠い目をしながら言う。俺やリューにいきなり部屋を貸せるくらいだからな……と思うと少し切なくなる。まだ俺が何か貢献できているとは思わないけど、もっと頑張らないとな。


 結局ダリアとネリネは、服を1着2着置いていっただけだった。それを置いていく意味はあるのだろうか……。

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