17.得意
リューが出してきた地図は、こっちへ来て初めて目にした地図とは結構変わっているように感じる。あの地図が無ければ、見知らぬ少女をを背負って森の中を移動するなんて勇気は出なかっただろうから、本当に感謝している。
「リューちゃんは森を分かってるもんねぇ。」
「そうね、森の中を把握するのがとても上手いわ。特技と言ってもいいんじゃない?」
ダリアとネリネはとても素直に褒めてくれているが、
「そんなことない。みんな森に興味がない、それだけ!」
「私もあの森が好きですけれど、リューさんみたいには出来ませんよ。」
リューはどうしても得意なことだとは思えないんだろうか。
両手をいっぱいに広げて見せてくれる地図は、一人で書いたとはとても思えないほど精巧で、とてもじゃないが俺には真似できないものだ。何ヶ月、何年もかければ同じものを作れる可能性のゼロではないだろが、リューのように地図を数日で作り上げるのはまず不可能だ。
エスター曰くいつも森に入っていくとも言っていたし、これはきっと今までのリューの経験が形になったものなのだと思う。
地図から視線を上げると、こちらをじっと見つめていたリューと目が合った。すると、掲げている地図を顔が隠れる高さまで更に持ち上げて、リューは顔を隠してしまう。
「リューの地図、旦那様に見せた。そうしたら、こんなことする暇があったら仕事覚えろ、って言ってた。リューがいれば地図はいらない。いらないものは必要ない。奥様も……得意っていうのは役に立つことを上手にできることであって、必要ないものを仕事をしないで作れることじゃないって。」
地図の向こう側から寂しげな声が聞こえてくる。普段は一つ一つ熟考しながら喋っているであろう彼女が、こんなにすらすらと喋ることができるのだから、何度も考え直した言葉なんだろう。
頭の中で何度も思い返して、言われた意味を考え直した。そして自分は役に立たないと思ったんだ。
「リューさん、得意って決してそんな意味の言葉ではありませんよ……役に立つとか立たないとか……そんな……。」
「私は実際役に立っているとも思うけれど?」
「仕事に得意なことなんて関係ない。」
そんなことないよ。
「俺は、リューさんが楽しく働きたいっていう意思を尊重したいです。」
「うん。」
「だから掃除をしてもらう人としてはリューさんを採用できないと思います。」
「……うん。」
俺が勝手に考えたことを勝手に喋っても、エスターは止めてこない。同じことを考えているのだろうか。
「今までの話を聞いているとね、リューさんは仕事せずに地図を作っていたり、そもそも自分は何にもでないって言っているように聞こえた。だから、本人が出来ないって言ってることでは雇わない方がいいと思うんだよ。」
「うん……。」
「ミタカさんばかりに伝えさせるのは、怠慢だと思いますので私にも喋らせてください。リューさんは素敵な方です。とても優しくて、穏やかで、私はあなたの事が大好きです。」
「でも、ミタカさんの言うようにお掃除の仕事をする、という名目ではここでは雇うことは出来ません。なぜなら、それがリューさんにとって良い判断とは思えないからです。」
「じゃあリューは、働けない……。」
エスターがきっぱり言った。仲の良い友達にこんなこと言われたら俺は泣いてしまうかもしれない。リューは自分で作った地図を抱きしめて、俯いている。その姿を見ていると、何だか苛めているような気分になってきてしまうが、これは本当のことだから伝えなくてはならない。
不採用の理由をちゃんと伝えられるのなら伝えたほうが、次のためになると思うし、リューはそれを理解することができる人だと思う。
「ところで、リューさんは、先日はダリアさんとネリネさんを町までご案内してくださったのですよね?その時はどんなお気持ちでしたか?」
「楽し、かった。新しい森を歩いて二人と話す。二人がどう思ったか分からない、けど。」
「楽しいし面白かったよ!ちゃんと帰って来れたしねぇ!」
「心から楽しくはなかったけれど、ちゃんと案内してくれたわ。」
「やっぱりリューさんにお任せして正解でしたね。ね、ミタカさん。」
こちらの方を向いてにっこりと微笑むエスター。なんて頼りになるんだ。しかもかわいい。
エスターは俺の意思を汲んでくれている。俺がリューを掃除担当としてではなく、もっと本人に向いた仕事で雇いたいと思っていることを感じてくれているようだ。
リューは周りに気を使うことが出来る人だ。最初に会ったときだって、エスターを背負っている俺を気にかけてなんどもこちらを確認してくれていたし、途中までと言いながら最後まで案内してくれた。物静かではあるが、ちゃんと人と接することが出来る。
初対面だった二人と一日中一緒に居て、トラブルを起こさない優秀な人だ。素の自分で接して、何のトラブルを起こさないのは努力と才能だと俺は思う。
関係ないけど、ダリアはこの間の遭難事件で本当に森が苦手になったらしい。あの青い顔を見ているとこんなんで自分の家にちゃんと帰れるのか心配になってくる。
「俺はリューさんに森の案内役をやって欲しいと思ってるよ。」
俺の言葉に、リューは不思議そうな顔をする。まるで本当に子どもみたいだ。
「案内なんて、それは仕事になるの?それで、お金を貰っていいの?」
今まで見た中で一番子どもっぽい無垢な表情をしていた。リューはダリアとネリネからのお礼もいらないと断っていたし、森を案内することがお金を貰うに値することだと感じていないようだ。
「じゃあ聞くけれど、あなたはどうしてここに人が来ないのだと思う?」
「それは……リューが紙を剥がしたから……。」
「違うわ、単に場所が分からないからよ。」
ダリアの言葉にはっとする。確かに、そういえばそうだった。つい、この世界へ来る前の感覚で、場所を調べればここへ来れると思い込んでいたけど、紙を貼ったのにここへ人が来ないなんて当たり前だった。
そうだ、この世界にはスマホもなければ森は動いたばかりで、地図も載っていない紙を見ただけじゃここへ来ることはできない。
「もし、森を案内するのに価値がないと思うなら、ここへお客さんを案内すると考えてくれればいいよ。お客さんを紹介してくれたら俺達がそのお礼としてリューにお金を払うから。」
「ミタカ達がお金を払う?ここで働く?掃除じゃなくて?」
「リューさんは、私達と働きたいと考えてくださったのですよね。直接お掃除をしたり、お料理を作ったりすることだけがここのお仕事ではありません。ここへお客様をご案内することだって立派なお仕事です。」
リューは言葉の意味を考え直すように目線を落とす。
今ここで頷いていいのか?そんなリューの心の声が聞こえてくるようだった。




