13.なくなればいい
次の日、俺はノアに朝の挨拶をする間もなく詰め寄った。
「ノアさん!仕事についてちょっとお聞きしたいことがあるんですが。」
「何さ。」
「エスターさんの仕事が多すぎはしませんか。」
「ああ、そうだよ」
「分かってるならもっと……こう……」
昨日一日で分かったことがある。エスターは、ノアにはノアの仕事があると言っていたけど、ノアは仕事をわざとしていない。仕事をするのにも必要最低限、ノアが動かないとどうしようもないところでしか働かない。昨日今日来たばかりの俺が言えたことではないけど、エスターにサボっていると伝わるように仕事をしていない。
「俺はね、あの子の仕事がもっと増えればいいと思ってる。」
「は?」
「自分だけではどうしようもなくなるくらいにね。」
「なんでそんなこと」
ノアは悪い人じゃないと思っていたのに、自分の人を見る目を信じた俺が馬鹿だったのか。
「この宿屋が潰れればいいと思ってる。早くなくなればいいよ。」
「どうして……。」
「あの子がなんで夜に一人であの森に居たか分からないのか?」
「俺があの子を、一人で夜に外に出させる人間だと思ってるなら解雇だぞ。」
「それは……」
言い方は棘があるけど、ノアの言うことは確かにその通りだ。エスターを見張る、もとい見守るために俺を雇ったノアが、自分からエスターを夜の森に出すとは思えない。では、尚更なぜ彼女の負担を増やさなければならないのか。
その時脳内で、エスターが発した言葉がフラッシュバックする。
”私の兄も、あの森から飛ばされていってしまったんです。”
「あの子は兄貴を待ってる。お前が来た時嬉しかっただろうな、やっぱりあの湖が異世界に繋がってると知ってなぁ。俺は早くこの宿を潰してあの子をここから遠ざけたい。今回は頭を打っただけだったけど、次は死ぬかもしれない。」
「……。」
「エスターは何でもできる子だ。俺がいなくてもあの子は一人でここに残るというだろう。宿屋がある限り兄貴をここで待てると思ってる。だから、この宿屋は自分の力ではやっていけないと諦めて欲しい。」
ノアの切実な思いに言葉が出てこなかった。
諦めて欲しい、それがノアの本音だった。俺という負担を増やして、エスターがやっぱり無理だと諦めてくれればいいと。
「じゃあ、エスターの諦めればいいわけですね?」
「まぁ、そうだけど。」
「じゃあ人を雇いましょう。」
「はぁ?」
「人を雇うのにはとてつもない労力が必要なんです。もう一人雇えば、俺に加えてさらに面倒を見なければいけない人間が増えます。仕事が減る時もあるかもしれませんが、そうやって雇い続ければいつかはパンクするはずです。」
我ながらむちゃくちゃだと思う。こんな暴論でノアを丸め込めるのか。そう心では思っていながら、口はペラペラと言葉を吐き出していく。
「俺が人を選びます。エスター本人が仕事をしなくても諦めさせることはできるはずです。」
こんなのほとんどでまかせだ。それでもこの人をうん、分かったと言わせられればそれでいい。
「ノアさんみたいにサボらなくたって、仕事は増やせます。」
「俺は、エスターを危険な目に合わせないようにできます。」
「だから……」
俺の引かない姿勢にノアは大きなため息をついた。
「……もう、なんでもいいよ。面倒になったらお前を辞めさせるだけだから。ああでも、給料はそんなに払えないからな、お前は無給な。」
心の中でガッツポーズをした。何でもいい、エスターの仕事の負担を減らせればそれで良かった。諦めさせるどうかは別として、深夜まで走り回って誰よりも早く仕事を始めるエスターを見たくない。ノアは適当に人を連れてくれば、と言っていなくなった。
ノアは俺を舐めている。経緯はどうであれ俺に人事権を与えたのだ、何が何でも有能を雇ってやる。死の人事部社蓄に人事権を与えたことを後悔させてやる。
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朝食の席で俺は人を雇おうと思っていることを大々的に発表した。
「エスターさん!この宿屋で人を雇うことになったんですよ!」
「人を雇う?でもそんなおじ様は……。」
「……いいよ。」
「本当ですか?!」
エスターが目をキラキラと輝かせる。やっぱり一人でたくさんの仕事をこなすのは大変だったんだろう。
「人を雇うなんて、この廃れた宿屋にそんな余裕があるのかしら?ていうか、客に宣言する人初めて見たわ。」
「ダリアちゃん!本当のことは言っちゃだめだよ!誰もここまで来れないだけでしょぉ!」
そういえば双子は客だった。まるで自分の家のように寛いでいるから忘れかけていた。軒先に遊びに来る猫みたいに、ついうちの子ではないことを忘れてしまう。
ネリネも一応フォローにならないフォローを入れているが、確かにダリアの言う通りフルタイムで働く人を雇う余裕はないと思う。
「大体、あなた”新人”じゃなかったの?いつの間にそんな権限を手に入れたのよ。」
「今日ノアさんから直々に任されたんだよ。」
「まぁ!おじ様はこの宿屋をちゃんと経営する気になったのですね!」
ノアは早く潰れて欲しいと俺に言った手前、なんとも言えない表情でヘラヘラしている。そんな顔をするくらいなら普通に手伝えばいいのに。
そんなノアのテンションと反比例するように、人を雇うなら部屋をもう一つ用意しなければなりませんね!とエスターははしゃぐ。
ところで、この世界の求人システムってどうなっているんだろう。前の世界みたいにネットの海に溢れているなんてことはないと思うけど。
この世界に求人票とか履歴書とかそういう文化はあるんだろうか。俺が何もなしに雇われたのを考えるに複雑な仕組みはなさそうだ。寧ろ戸籍とか保険とかそういったものは存在するんだろうか……。
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朝食の片付けを終えてノアがロビーから居なくなったところで採用への作戦会議が始まった。
「ここでは人を雇うとき今までどうやってたんですか?」
「ええと、おじ様がどこからか……私が採用に関わったことはありませんから詳しくは……」
「じゃあ人を募集したことはないのか。」
ダリアとネリネが求人にとても興味を持ったことで、仕事に戻ろうとするエスターを引き止めてくれた。そして今日は他の仕事はしなくていいから!と説得までしてくれた。俺だけで採用活動をするしかないかもしれないと考えていたから、とても助かった。
「え~!ダリアちゃんとは真逆だね!ダリアちゃんはパパが連れてきた人は絶対に信用しないもんねぇ~!」
「うるさいわ。あんなクソ親父の連れてきた人なんて信じられるわけないでしょう。」
一応お客様のはずのダリアとネリネが話し合いに参加しているのは不本意ではあるが、人数は多い方が意見が偏らなくていい。それに俺はまだこの世界について詳しくないし、常識外れなことを周囲に要求して信用を失ってしまうのは避けたかった。
「じゃあ、どういった人が必要か、条件を挙げてみるか。」
俺がそう言うと、皆が好き勝手に話し出す。
「私はねぇ!絶対面白い人がいいと思う!」
「面白いだけじゃダメよ。得意な事がないと。」
「私は真面目に仕事をして下さる方なら」
「まぁちゃんと働くのは絶対条件だな。」
「というか、まずは掃除をしてくれる人が必要じゃないの?ミタカがやってるけど時間がかかるじゃない。掃除出来てはいるけどあの速度じゃいつまで経ってもエスターの仕事は減らせないわよ。」
「そうだねぇ、凝り性でしょぉミタカくん。」
「うっ」
こいつらだらだらしている癖にちゃんと見てやがる。俺は掃除に向いていない、いつまでも同じところが気になってそこばかり掃除してしまうからだ。エスターは廊下はとっても綺麗になっていますよ!と気を使ってくれるが、確かに俺が掃除をしない方がいいかもしれない。
「じゃあ、最初は掃除をしてくる人を探しましょうか……。」
「そうですね、でもミタカさんはちゃんと仕事をしてくれていますから、気にしないで下さいね。」
「ありがとうございます……。」
「綺麗にはなってるから安心してぇ!」
年下(推定)の女の子たちからダメなところを指摘されたりフォローされたり、今まで人生でこんなことなかったから、むず痒いような変な気持ちになる。




