12.うたたね
朝食を終えると、再び眠りこける双子をロビーに残し、エスターが預かっていた2人の服を洗うことになった。
二人とも黒や茶色のあまり汚れが目立たない色の服だったので気がつかなかったが、桶に張った水へ服を突っ込むと、水の色がすぐに変わった。
「わー汚れてるなー。」
「お2人とも相当サバイバルされたようですから。」
水を綺麗なものと交換し、再び石鹸を塗って擦る。こんな原始的な洗濯始めてだ。俺にとって洗濯とは、洗濯機にぽーんと投げ入れて、ボタンを押すだけ。それでだめなものはクリーニングに出していたし、本当は洗濯機で洗ってはいけないものも構わず洗っていた。
「そうだ、ミタカさんのお洋服は専門家の方にお願いしてありますのでご安心ください。もしかすると、こちらの世界の技術では元のようにはならないかもしれませんが……。」
「えっあのスーツ捨ててなかったんですね。わざわざ本当にありがとうございます。」
「そんな!勝手に捨てるなんてことできません。」
柔らかい朝陽に包まれながらのんびり洗濯をするのが、こんなに幸せなことだと思わなかった。それともエスターと一緒だからだろうか。
「ではミタカさん、こちらの洗濯ものを干すのをお願いしてもよろしいでしょうか。」
「はい!」
一通り洗い終えると、エスターは裾を払ってその場から立ち上がる。
私は少しキッチンの片付けをしてきますね、と言っていなくなった。
ノアからも言われているしあまりエスターを一人にしたくないのだが、彼女の言っていた無理をしないという言葉を信じよう。そして、早めにこれを終わらせてエスターを手伝おう。頑張るぞ!と意気込んで物干し竿に手を掛けた。
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頑張るぞ、と意気込んだまでは良かったが思ったより時間が掛かってしまった。水を吸った布はとんでもなく重く、うっかり腰を痛めるところだった。マントのような羽織が、水を吸うとこんなに重くなるなんて思わなかった。
今エスターはどうしているのだろう。また無理をしていなければいいのだが。
「エスターーーーー?」
足早にキッチンへ向かい、語尾を延ばしながら覗くがそこにエスターの姿は無い。とても綺麗に片付いている様子から考えるに,
もうここの仕事は終わらせてしまったらしい。
ロビーへ戻ると、そこにも誰も居なかった。部屋へ移動したらしい。窓の外には綺麗になった靴が干してあるし、たったこれだけの時間でエスターは一体いくつの仕事を終わらせたんだ。
「ああ、ミタカさん!終わりましたか?」
「はい、終わりましたけど……。」
「ありがとうございます、助かりました!では次は前と同じように廊下の掃除をお願いします。」
「分かりました。でもエスターさん……。」
「あっもう無理はしませんから安心してください!」
エスターの仕事を1割も減らせていない気がする。焦りを感じる。もっと役に立ちたい。でも自分にできることは限られている。なんだかこの歳で新入社員になったみたいだと思った。全く何もできない状態で仕事をするなんて久しぶり過ぎて、もどかしさを感じる。俺にもっと頼って欲しい!
「ではまた終わったら声を掛けてくださいね。」
彼女からしてみれば、客が来ているのに本当は俺に構っている暇なんてないのだろう。それでも仕事を任せてくれるのだから期待に答えなくてはならない。
俺は、エスターから渡されていた白いエプロンを被り、爆速で掃除をはじめた。そういえばリューを見かけないし、朝食にも居なかったけどどこへ行ったんだろう。自分の家へ帰ったんだろうか。
エスターを探して建物の中をうろついていると、2階の一室で帳簿らしきものを開いているエスターを見つけた。目が悪くなりそうな距離で帳簿をのぞき込んでいる。
「エスターさ……。」
「……んぅ?」
「あっ……」
どうやらうたた寝していたようだ。悪いことをしてしまったかもしれない。
「あぁ~ミタカさん……つぎのおしごとですね……」
エスターはふにゃっと笑う。うたた寝というか完全に寝ていたみたいだ。完全に力が抜けているようで、ぐわんぐわんする首は今にも後ろに倒れていきそうだ。
「へへ……おしごと、早いですね~……すごい……すてきです~……へへへ……」
「ちょっと、休んだほうがいいんじゃないですか?」
へーきですよと腑抜けた声で言うエスターは、本当に大丈夫かと心配になる。
「それ書き写すんですか?俺やりますよ。」
「ええ、でもこんなこと……。」
「任せてください。」
エスターの手を引っ張って強制的にベッドへ誘う。本当に死ぬほど眠かったようで、そのままベッドにうつ伏せに倒れこんだまま寝てしまった。顔まで下を向いていてあまりにも苦しそうだったので、ベッドに普通に寝かせてやる。エスターの寝顔という名の気絶した顔を見るのはこれで二度目だけど、なんていうか本当に……
寝返りを打った時の顔があまりに可愛くて、変な笑い声が出てしまう。アイドルとかそういうんじゃなくて、なんていうか娘ってこんな感じなのかな。上司に娘なんて、失礼かもしれないけど。こんな気持ち悪い笑い方していたら引かれてしまうと頭では思うが、表情筋は止められない。
寝息に合わせて上下する柔らかそうな髪を撫でようと手を伸ばして、やめた。俺はヘタレだから。
ていうかこの子を俺を信用し過ぎだろ……。無防備すぎてやばいでしょこの子……。ノアに見つかる前に早くここから出てしまおうと、できるだけ静かに帳簿を持って、その部屋からそっと脱出する。
「……。」
「やべーよあの子……。」
俺の言い分は真っ当だと思う。
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1日は光の速さで過ぎていった。
仮眠をとったことにより、回復したアニエスはまたバリバリ仕事をこなしていた。次々と増えていく仕事に翻弄され、目の前の仕事を消化するのに精一杯になっているうちに気が付くと日は沈んでいた。
お客の双子は、昼ごろに起きてきてノアとなにやら話をしていたが、俺と話すことは無かった。というかそんな暇は無かった。それよりも気になるのは、エスターはあの後休憩を取っているようには見えなかったことだ。まさかいつもこんな生活をしているのだろうか。
「ミタカさん!日も沈みましたからもう今日のお仕事は終わりです。お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。でも、まだ仕事が残っているんじゃ……。」
「いいえ、今日のお仕事は終わりです。夕食にしましょう。」
朝と同じようにテーブルを囲んで夕食をとっている間、俺はずっともやもやした気持ちに囚われていた。夕食が終わった後も、ばたばたと動き回るエスターを見て、なんともすっきりしない気持ちでいっぱいだった。




