11.印刷
皆で一つのテーブルを囲んで食事を取る。来たときから感じてはいたが、この世界の食べ物や食材はあまり変わりないようだ。たまに見たこともない食材が混じっていることもあるが、海外で食事を取っていると思えばそんなに気にならない程度にしか変わらない。
「私はエスターと申します。こちらオーナーのノアおじ様、それから、” 新 人 ”のミタカさんです!」
「ノアでーす」
「み、ミタカです」
エスターはやたらと胸を張って”新人”の部分を強調する。昨日は格好つけないようにするなんて言っていたが、なんだかんだ新人が来てはりきってはいるらしい。
「ダリア」
「ネリネだよ」
さっきまで完全に生気を失って、死体と化していた2人も続けて名前を名乗る。
横になっている時には顔が見えなかったので気がつかなかったが、この2人は双子だ。髪型が違うので見分けがつくが、それがなければ見分けられないほど同じ顔をしている。
眠りに落ちる前、俺の挨拶に反応した方がネリネで、死んだように眠っていたほうがダリア。2人とも整った顔立ちで、黒髪に黄色の目なんてまるで猫みたいだ。
「ふたりはどちらから来た……いらっしゃったんですか?」
「この森の西よ。東の街に用事があって仕方なくこの森を通ったの。」
「もー本当にこの森はさーあー」
「困るわ」
「地図なくして迷子になってたのにぃ」
「そこから更に森が動くなんて思わなかったわ」
てっきりこの間の町から来たのかと思ったら違うらしい。しかも、話を聞いていると森が動く1日前から、つまり2日近く遭難していたようだ。動く森で2日も遭難するなんて、下手すれば命に関わる。エスターの父は、こういう人たちの為にこの宿屋を作ったのかもしれない。
「ここまで来たのはいいけど帰れないしぃ」
「町へ行っても、ここまで戻って来るのにまた遭難するわ!だから、この森を通るのはやめようと言ったのに!」
「ええー?そうだっけぇ?」
「そうよ!大体ネリネが適当に進まなければもっと早くここへ来れたわ!」
「半泣きのダリアちゃん背負ってあげたじゃーん」
「それはっ!」
ダリアは頰をカッと赤くして、ネリネの肩を掴む。こんな調子で森の中を揉めながら彷徨っていたんだろうな。
「まぁまぁ……さ、お茶でも飲んで落ち着いて?おじさん的にはあんまりここで揉めて欲しくな……」
「ノアさん!?じゃああなたは私達を町まで案内できるんですか!?」
「いやそれは……。俺はちょっと。」
「では黙っていていただけます?!」
「ダリアちゃん落ち着いてぇ」
ネリネの声で我に返り、自分が取り乱していることを自覚してダリアはさらに顔を赤くする。
「それなら、リューさんに道案内お願いしたらどうですか?
暴れる猫を窘めようとして噛み付かれた飼い主みたいなノアを見兼ねて、咄嗟に言った。
「そうですね、私もそれが一番良いと思います!リューさんの道案内は、正確ですから。」
落ち着いたエスターの話ぶりに、暴れる猫になっていたダリアが落ち着きを取り戻す。
「後で、後でいいわ、連れてきてくださる?」
「はい、もちろん。」
納得した風を装ってはいるけど、ダリアは若干青ざめている気がする……。
「ところでお二人はなんでそんなボロボロなんです?」
「そんなの歩いてる最中に森が動いたからに決まっているでしょう。」
「地面がゴゴゴゴバキッピカー!ってなるからびっくりするんだよぉ、危ないし!」
「何言ってるか全然分からん。」
俺からも質問をしてみたが、何を言っているかさっぱりだ。その上、何故かへへへと笑いながら肩を組んでくるネリネに萎縮してしまう。
エスターから始まり、リュー、ネリネとパーソナルスペースが狭い子達に当てられて、どんどん敬語が抜けていっている気がする。まだロクに働いてないのにこれはまずい……。
「ここら辺一帯には石が埋まってるからー、圧が掛かると光るのは当たり前だねぇ。」
「石〜?」
我ながら間の抜けた声が出た。ネリネののんびりとした雰囲気に引きずられてしまう。俺はいつからこんな影響を受けやすいおっさんになってしまったんだ。
というか光るのかこの森は、と一応驚きはするが、自分の常識を超えた事にもうちょっと慣れてきてしまって、あまり大げさに驚けない。
「その”石“ってなんですか?」
「ここに住んでるのにミタカくん知らないのぉ?」
「ミタカさんは飛んできたばかりでいらっしゃいますから。」
「飛んできたの!そうなんだ、じゃあしょうがないなぁ~ネリネちゃんが教えて上げよう~」
「わぁ~うれし~」
女子高生みたいな返しをしてしまったが、ネリネの話は至って真面目なものだった。ネリネの説明によると、この世界には強いエネルギーを溜め込んだ鉱石が多く存在していて、その多くは未だ地面に埋まっているらしい。
そしてその鉱石は、圧が掛かると蓄積したエネルギーを熱と光で放つというものだ。この森一体には鉱石が特に多く埋まっていて、それが原因で地形変動を起こすらしい。にわかには信じがたい話だ。
石は割とどこにでも埋まってはいるが、素人にはとてもじゃないけど加工できないらしい。
「そこのランプにも石が入ってるでしょぉ?」
ネリネが壁に掛けられたカンテラを指差す。エスターがそれを壁から外すと、ゆっくりつまみを捻る。あれは俺も触ったことがある、ここへ初めて来た時に使ったカンテラだ。
中をよく見てみると、真ん中に手のひらサイズの石が固定されている。つまみを捻ると左右から鉄のプレートで挟み込まれ、それによって、圧が加わって光る。
手を伸ばすと微かに暖かい。あの時もこれに助けられたな……。
しかし、こんなしくみになっていたのか。もしかするとニールの家に設置されていた電球も、電球なのは見た目だけで中身はこの石だったのかも知れない。火を使わないランプは、電気で点灯するという思い込みがあったが、この世界では石を使う方が自然だ。
「でも、石は消耗品ですし買うと高くって……。」
「へぇ、これって灯り以外には何に使われているんですか?」
「私はあまり詳しくはないので……私は料理のとき使うくらいしかぱっと思いつかないですね。」
俺たちの会話を大人しく聞いていたダリアは突然思い出したように近づいてくる。
「印刷に使うのよ。」
ダリアが突然強い調子で話に入ってきた。
「印刷?」
「そうよ。」
印刷と熱で最初に思い浮かぶのは感熱紙だ。まさかこの世界に感熱紙があるのか?嘘だろ?いやでもファンタジー世界にはそれくらいあってもいいのか……?
「この石は熱を発するでしょう?それは掛ける圧の程度では金属も溶かせるくらいよ。」
つまり200℃以上は普通に出ると。
「版となる金属に熱が通りにくい薬品を塗って、上に乗せたこの鉱石の板を均等に押すのよ。」
「なんだそれ。」
「そうすれば、薬品の塗られた部分だけが浮かび上がって印刷用の版が出来るのよ。」
「嘘だぁ。」
「嘘じゃないから!まぁ、あんまりやらないわ。普通に活字拾った方がコストがかからないもの。」
俺はその熱が通りにくい薬品の方が気になる。そんなやべーブツがほいほいある世界なんだなここは。
「印刷かぁ、まぁうちには縁がないだろうが、客としてはゆっくりしていってくれ。」
「はい、それはもうもちろん!よろしければ印刷についても、後でかたゆっくり聞かせてくださいませ。」
「私がもっと詳しく教えてあげよ〜う。」
「俺も!俺も聞きたいです!特に薬品のとこ!」
「後で、後でね、教えてあげてもいいわ。」
不機嫌MAXだったダリアは、印刷の話で機嫌が治ったらしい。なんとも微妙な空気で始まった朝食だったが、何とか和やか雰囲気で終える事ができたのだった。




