6枚目 特訓
彼はカードゲームを愛していた。
ドローするときの胸の高まり。戦況の均衡を保つやりとり。先の読み合い。相手の裏をかく戦術。
時には何も考えずに理不尽をぶつける。
子供の頃はただ楽しかった。仲間内で対戦することが、個人的なメタを張り合い、お気に入りのカードを使用した身内でしか通じないデッキの構築。勝ち負けになんの賭けもない。その戦いを純粋に楽しんでいた。
しかしその時間も終わりに近づく。
年齢が進むにつれ、友人が、周りが、1人、また1人とやめていく。
『もうそんな歳でもないし』
『飽きたからこれやるよ』
手渡された、かつての強敵。
主人を失ったカードに、なんの価値も感じなかった。
彼が最終的に赴いた先は、専門店。彼にとって、同じ趣味をもつものが集まるそこは、天国であると同時に未知との遭遇でもあった。
自分の戦術は通じなかった。自分の好きなカードは弱かった。まさに井の中の蛙。大海の激流にのまれ、撃沈する。
そこで初めて「環境」というものを知った。
戦った。ただひたすら研究し、これまで以上に相手を知り、ただ実戦を重ねた。
大好きだったカードは、もうデッキにはなかった。
領主屋敷セルジオ邸、執務室。
「お前が任務を失敗するなんて珍しいこともあるのだな。アシル?」
優秀な部下からの失敗報告に動揺の一つも見せない落ち着いた声。椅子に腰かけ相手の部下の顔を見ないセルジオ。
扉の前でたたずむのは先の決闘の相手、アシルその人である。礼儀正しくかかとを揃え、直立し軽く頭を下げている。
「その節は申し訳ありません」
相手には見えていないだろうが、深々と頭を下げる。
「しかるべき処罰は受ける所存でございます」
「ああ、それに関してはいい。お前は優秀だ。不問にしよう」
「ありがたきお言葉。感謝します」
寛大な上司にさらに頭を下げる美貌の青年。普段からの信頼が成せるものだ。
しかし、と領主は言葉を続けた。
「あえて逃がした。そうだろう?」
「……やはりあなたは鋭い」
アシルはルムの性質について説明した。人とカード、両方の性質を持つ少女の話を。
「ほう……?」
それを聞いたセルジオは、驚きに目を開き、深く考え込んだ。
それは、心に何か引っかかりを感じるかのように。
「泳がせておけ。監視も怠るな」
「仰せのままに」
「で、あるからー」
教師の間延びした声が響く。
アシルとの決闘から一週間が経過した。
ロイはいつも通り授業を受けれている。あの決闘以降、特に日常に変化はなかった。アシルが上層部に掛け合ってくれているのは本当なんだろう。
あの勝利の影響か、あの少年達によるいじめは多少収まった。
「つまりはー」
ここ最近は平和に過ごせている。
窓の外を見やると、景色は何も変わりなく雲は流れ、空はどこまでも青い。学校にいる間はいつも思う。ルムとの出会いは夢だったのではないか。いじめっ子に決闘を仕掛けられれば負けるし、毎度のことのように決闘学は赤点。
「ロイ、ここ違うんじゃないか?」
「学校であんまり声出さないでよ」
奇妙な同行者で現実に引き戻される。机の上のデッキがロイだけに聞こえるような音量で喋った。その声はルムなのだが、当然どこにも彼女の姿は見当たらない。
答えはもちろんこのデッキの中。
「そこは魔力と結果が釣り合っていないぞ」
「なんで僕よりできるのさ……」
先程からロイの回答の間違いをいくつか指摘していく。この世界に来たばっかりだというのに、ルムの勉強の成長は著しい。特に決闘学や魔術回路学などの決闘に関することが得意だった。
「あっ、さっき先生が言ったことノートにメモっといて! 多分使う!」
「はいはい……」
メモをしていると、教師が問題を生徒に当てて解かせようとしている。
その視線がロイを見据えた。
「んー。ロイ、この問題を解いてみろ」
「え? あ、はい!」
席を立ったはいいが、もちろん授業なんて上の空で板書を写すのに精一杯だった為わかるわけがない。
「答えは魔力2だぞ」
机上の山札から囁くような声が聞こえる。小さな同居人の声。
「ま、魔力2です」
「お、珍しく正解したな、当てずっぽうだろうがな」
「はは……」
微妙に厳しい教師の反応に苦笑いで返す。
当てずっぽうではないが、あながち間違いでないのが悲しい。ため息を吐き、授業は進んでいく。
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「えー、今回の授業はここまでだ。が」
授業が早めに終わるかと思ったら、教師は黒板の術式回路や図を消しつつ、連絡事項があることを告げる。
「今日の放課後から決闘大会のエントリーが始まる。今からシートを配るので、参加者は来週の期限までに提出するように」
教壇に置かれたクラスの人数分の紙束を先頭の生徒に配分する。
「大会?」
訝しげな声でルムが聞いてくる。
「うん。定期的に開かれるんだ」
ロイから説明を受ける。
半年に1回。上半期と下半期。校内で参加者を募る大規模な大会で、上半期で予選。下半期に本戦となる。
参加者をランダムにブロックごとに分け、ブロックごとの代表を決め、下半期にその代表達による本戦が開始される。
「なんか貰えるのか?」
「上位者は単位点数、そして優勝者はその学園代表として領主主催の大会への参加権利が貰えるんだ」
「ほーう……」
領主の開く大会と聞いてルムは思考する。底辺学生のロイが国宝に触れる優秀な決闘者になってもらうには、それなりの実績を残す必要がある。
この校内大会も目的の一歩になるかもしれない。
「よしロイ。参加するぞ」
「えっ!?」
ロイの顔が驚愕に染まる。ルムにとっては何かしらのアクションを起こしてもらわないと困るのだ。
「ぼっ僕、いままで参加したことないよ!?」
それ以前に決闘学万年最下位の名は伊達ではない。大会以外の試合も前回の勝利を収めるまで敗北神話とも呼ばれていたほどだ。
つまりロイは相手にとっていいカモであり、ロイもそれを自覚して大会にエントリーしたことがなかったのだ。
「安心しろ。俺がついてる」
「大丈夫かな……」
回されたエントリーシートを受け取りつつ不安にならずにはいられないロイだった。
「大会のためにデッキ作りだ!」
「いやその前に夕飯を作らないと」
放課後。夕暮れの商店街で夕飯の材料を買いながら作戦会議。ちなみにもう学校外ということで、ルムはカードから人型に戻っている。
「この前金髪クソ野郎にもらった龍のカードのおかげで、俺の召喚時効果のサーチ先やっと見つかったことだし」
今までせいぜいスタッツ高いだけの存在だったが、ようやくレジェンドカードらしい活躍を見せることができる。
「でも決闘ってある程度運も絡むんだ。君を引けなかったら多分すぐ負けるよ」
「運がーとか言ってるうちはまだまだだな」
「そ、そうなの?」
「強いカードゲーマーってのは運要素を出来るだけ無くすようデッキを組むんだ!」
ルムは拳を握りしめ楽しそうに語る。
「もちろん運要素を完全になくすことなんて出来ないし、むしろ運要素を利用した戦法だって無いわけじゃない!」
「へえ〜。……あ、今日の夕飯は魚だけどいいかな」
「あ、うん」
精神的には限りなく近い存在であるため、2人は基本的に友達のような関係だ。あまりに彼女が異性らしくないからといってもいいからだろうが。
「とりあえず大会優勝を目標に特訓だ!」
「えっ、またあれやるの?」
ロイがまさにげんなりといった顔をする。ここ最近2人でやっている特訓の内容を思い出しているのである。
「そうだ! はやく帰ってするぞ!」
「はぁ……」
自宅。
夕食を済ませ、普段は食卓として使用されている机にはカードが広げられ、2人はそれを挟むように座る。
それは輝石を使わない決闘だ。
ただしお互い手札を公開した、ルムの世界でいう詰め将棋じみたものである。
「ワイバーンで攻撃」
「それはビックマンティスで防御!」
「バカ。それは受けてダメージ2のロングソードを防御しないとお前負けるだろ」
相手の判断ミスによって自分の勝利が確定していたにもかかわらず、丁寧にそれを対戦相手に教えるルム。関係性は完全に教師と生徒である。
「で、でもワイバーンを防御できるのがこれしか」
「負けたら意味ねーよ。それにその手札の【火球】でワイバーンは倒せる」
「そ、そうか! 【飛翔】をもつワイバーンでも効果でなら倒せるのか!」
「……手札の内容を忘れる癖があるな」
「うぅ……」
致命的だった。焦りで我を忘れて無様にやられる。アシル戦では比較的まともに戦えていた様に見えたが、あれは偶然だったのか、それとも大事なものを賭けていたという火事場の馬鹿力めいたものだったのか。
「今日はここまでだな」
「勝てなかった……もう君が決闘したほうが早いんじゃないかな……」
「そうかもしれんが、俺じゃ校内大会出れんだろ」
「そうだったー!」
頭を抱えるロイ。それはルムも同じだった。
(思ったより地力が低い。あまり口出ししたくはないが決闘中の指示はまだまだ卒業できそうにないな)
夜は更けていく──。
感想などありましたらぜひ。