5枚目 敗北
ルムの召喚時効果をひっそり修正。まだ使う前だからばれへんばれへん……(自白)
「……ん」
「よかった! ロイ! 起きたか!?」
「僕は……? いっ!?」
自宅のソファーでロイは目覚める。目を開けると、心配そうに覗くルムの顔で視界は覆われていた。
体を起こそうにも、全身の節々が痛み、苦悶の表情を浮かべる。
ルムの美しい角は消え失せ、決闘が終わっていることを表していた。
「まだ痛むか? 無理するな」
「だ、大丈夫だよ」
なんとか体を起こし、ソファーに座りなおす。
混濁する頭で記憶を整理する。テーブルの上には自分のデッキ。
(そうだ。アシルさんとの決闘の途中でーー)
視界を奪う、黒い影。意識を保てない痛みの強大な威力の一撃。地を揺らす龍の咆哮。
まざまざと見せつけられた龍の力を思い出すだけでも震えが止まれない。
「決闘は!?」
対戦相手のアシルも見当たらない。
「う……」
ルムは口ごもる。ロイもわかっている。そんなの、聞かなくても分かりきったことだった。
「完敗……かぁ」
歯牙にもかけられていない。それ以上に適切な表現が見つからなかった。
「ごめん。……俺が弱いばっかりに」
ルムの表情も後悔で溢れていた。相棒が敗北する様を、ただ見ていることしかできなかったからだ。
「そんなことない。僕が……」
ロイは口ごもる。影龍の能力を増幅させる影法師を全く警戒せず、慎重を欠いていたのはロイである。ルムを責めることなんてできるはずがなかった。
「……でも、負けたのになんで君はいるんだ……?」
この決闘に敗北すれば、ルムはアシルに持ち去られるはずだった。しかし、ルムはここにいて、机の上にはカードもある。
「それは……」
その場にいたルムが、ことの顛末を話し始めた。
それはロイが影龍の攻撃時ダメージを受けた直後のこと。
「この攻撃は防御できません。貴方のライフは1、これで……おや」
アシルが攻撃時の効果を発動させている時、既にロイの意識は無かった。
決闘者を守る障壁すら貫通しかねない威力の魔力の奔流。ロイの8あったライフを一気に7削った。
決闘において、ライフに換算した痛みが決闘者を襲う。文字通り命の7割を失う痛み。普段ろくに鍛えていないロイに耐えられるはずがなかった。
「ロイ! ロイ!」
駆け寄ったルムが何度も起こそうと意識のない少年の体を揺らす。しかし、完全に気を失っているのか全く起きる気配がない。
「少しやり過ぎてしまいましたか」
「……」
ロイに近づくアシル。地に伏す相手を見下す。
背後に立つ漆黒の龍、ファントムが牙を向いている。
ルムが精一杯アシルを睨みつける。彼女にできることはそれだけだった。アシルはその射殺すような視線を受け止めつつも苦笑する余裕を見せる。
「あなたは本当に面白いですね。美しく、強い」
その表情は、先ほど見せた、本気で遊ぶ少年のような純粋な笑みだった。
「彼も面白いものに懐かれたものですねえ」
顎に手を当て、暫く考えている。次にアシルが口にしたのは、ルムの予想外の言葉だった。
「決闘放棄。……私の敗北で」
「……何のつもりだ?」
空間に亀裂が走り、情景が一瞬にして切り替わる。変わった先はロイの自宅の玄関先。決闘用の空間から帰ってきたようだ。
「ファントムの攻撃が通る前に私が降参し、敗北を認めただけです」
お互い使用していたカード全てがホルダーに吸い寄せられるように戻り、収まる。決闘が終わった証拠だ。
しかしロイは意識を失ったままで、ぐったりとしている。
「確かにロイくんとあなたは無様に負けました」
追い詰めているつもりだったのが実際はその逆。龍の一撃のみで沈められてしまった。その上この貧弱な少年は衝撃に耐えられず、気絶してしまった。完全敗北以外の何者でもない。
「先ほど言ったことは訂正します。あなたは私や領主様が所持するより、いや、その少年といる方が輝きを増すでしょう」
「どういう……?」
最後、アシルは興味の対象をルムだけでなく、ロイにも向けた。
「上には私から上手く言っておきます。またリベンジさせてくださいね?」
「ヤなやつ……」
愛想の良い口調だが、一戦交えた上での結果を踏まえると皮肉としか取れない嫌味な言い方だ。
決闘終盤、興味深かそうにしていた笑顔も最後には貼り付けたような笑顔に戻っていた。
「あぁ、そうだ」
「……?」
アシルが懐から1枚のカードを取り出し、差し出す。ルムは警戒しながらも、恐る恐る受け取る。
それは銀色に輝くRカードだった。
「私の私物なんですが、山札の枠がないのでずっと予備だった物です。今日の押しかけの慰謝料がわりに受け取ってください」
「なんでここまでするんだ……」
アシルは領主の命を受けるルムを買収しにきた、しかし結果としてルムを見逃した上にレアカードまで譲渡。ルムにはアシルの考えが読めなかった。
「あなた達には期待している、ということですよ。ではまたの機会に」
もう来んな、という言葉が喉を出かけたが、なんとか抑える。
アシルはそう残すと本当に玄関から帰って行ってしまった。
「ってことだ」
「そう……なんだ」
自分達に期待している。それはどういうことなのだろうか?
その答えは分からなくとも、遅かれ早かれ、アシルとの再戦の予感がしてならなかった。
再び交える時、果たして自分は彼の期待に応えられるだろうか?
「僕が弱いから……君に迷惑を」
「そんなことない。龍のことを知らなかったんだ。ロイの判断に間違いはなかった」
全体に及ぶ効果を持っているカードが出る前に、魔物を並べない相手に物量で攻める。相手の手の内がわからない以上、使われる前にライフを削り切るのがあの時できる最善の策だったと考えている。
「AOE知らなかったんだ、仕方ねーよ。」
「えーおー……? なに?」
「こっちの話」
ルムの世界の用語であるため、ロイには通じなかったようだ。
「その……なんだ。ありがとうな」
「えっ? 急にどうしたの?」
彼女が急にしおらしく言った。普段強気な分、改めてお礼を言うのが恥ずかしいのか頬を赤く染め、目を伏せる。
その年相応の少女らしい仕草に、思わずときめいてしまう。
「いや、お前は関係無いのに、俺を売らずに決闘を受けてくれたし……」
「ま、まぁ」
あの時は咄嗟の事だったが、思わず領主の部下に歯向かってしまった。
大人しくルムを渡して報酬を得ることもできた。しかし、ロイはしなかった。
「お、女の子を助けるのが男ってものさ!」
胸を張って精一杯キザなことを言ってみる。本当に理由はその程度だったから間違いでは無い。だがあまりにも彼に似合わない台詞を聴いて、ルムはきょとんとした。
少しの間の後、吹き出す。
「あははっ、そうだな、俺女だったな!」
笑いすぎて滲んだ涙を拭う。そのあんまりな態度に心外だと言わんばかりに憤慨するロイ。
「な、なんだよ! そんな笑わなくてもいいじゃんか!」
「いいや、この見た目でよかったと初めて思っただけだよ」
この少年は見返りもなしに、ルムが女の子だったからという理由で権力に逆らった。その愚かしさで笑いがこみ上げてくる。最初はこんな弱いやつに拾われてどうしようと途方にくれたものだが、むしろこの愚かさに救われたというのがなんとも皮肉なものだ。
気を取り直して1枚の煌めくカードをロイに差し出す。
「そういえば、これがさっき渡されたカード」
「これが……」
アシルから渡されたという1枚のレアカード。
銀縁カード。ロイの手にする初めてのRカードである。
「これは……!?」
それは、『龍』のカードだった。
AoE(Area of Effect)
エリアオブエフェクト。範囲効果、もしくは全体に及ぶ効果。
カードゲームのみならず様々なゲームでも使われる。カードゲーム界隈だとブラックホール、サンダーボルト。最近だと某なんとかバースのバハメンコ。
読んでいただきありがとうございます。感想、誤字脱字報告あれば待ってます。