表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

4枚目 影使い

初期手札の変更。

4から5へ。

決闘あるんでちょっと長いです。

「ど、どちら様で?」


 急な質問にたじろぐロイ。


「失礼しました。私、こういうものです」


 黒ずくめの優男が慣れた動作で流れるように名刺を差し出してくる。

 思わず受け取り、それに目を通す。


「アシル……ファルト……」


 そこにはその男のものと思わしき名前。そして――


「領主補佐……?」

「ええ。大変恐縮ですが、光栄にも領主様の補佐を務めさせていただいています」


 人当たりのいい笑顔。

 つまりこの土地、セルジオ領主直属の部下。そんな人物が龍のカードについて尋ねてきた。

 最悪のシナリオが予想されたが、ロイは冷静に受け答えする。


「貴方が所持していた、との目撃情報もいただきましてね」


 今日の決闘でいじめっ子の仲間の誰かに聞いたのだろう。

 やはり安易な召喚をすべきではなかったと、後悔してももう遅い。


「そ、そんな高価なもの学生の僕が持ってるわけないじゃないですか」


 咄嗟に嘘をついてしまった。やはりどこかから持ち出された盗品だったか?


「おや、昼間にこの付近で龍の魔力が感知されたのですが……誤報でしたかね?」


 ニコリと、穏やかな顔に確かな威圧を込めるアシル。

 この人は全て察している。ロイは直感的にそう感じたが、知らないと言ってしまった。もう後には引けない。


「何かのま「ロイー、このコンボを軸にどうかなー?」


 ロイの謝罪を遮るように、デッキとカードを持って無邪気に顔を覗かせてくるルム。見つけたコンボを見てほしくて、来客中にも関わらず来てしまったようだ。

 顔を思わず覆うロイ。


「ずいぶん可愛らしいお嬢さんですね。妹さんですか?」

「いや、ちが」

「誰? ロイ」


 とてとてと、あろうことか近づいてくるルム。

 アシルが中腰になって背の低いルムに目線を合わせる。万人がイケメンと評するであろう甘いマスクに笑みを浮かべる。


(意外とバレてないのか?)


 ルムのように人間となんら変わりのない魔物は前代未聞である。今のルムは戦闘中は生えていた透明な角が消えている状態なので、見た目はただの少女だ。まさか魔物が普通に暮らしているとは思っていないのか、アシルの反応は幼い少女に対する対応そのものだった。


「お嬢ちゃん。お名前はなんていうのかな?」

「ルムだけど……」


 あの強気なルムが苦手そうな表情をしている。それもそのはず、ロイとの対応での威圧的雰囲気を醸し出したままだからだ。

 思わずロイの後ろに隠れる。


「ロイ! なんかこいつ怖い!」

「ちょっと、なんで今更子供みたいな反応とっちゃってるのさ!?」


 こそこそと、耳打ちで話し合う。

 蚊帳の外だったアシルが、ため息をついて話を切り出す。


「まぁ、龍のカードがここにあるのはわかっています。レアリティもね」


 先ほどの探り合いがなんだったのか、本音を包み隠さないアシル。


「龍のレアリティLのカード。そんなもの、学生でしかも決闘成績万年最下位君には過ぎたもの代物だと思いませんか?」

「ど、どうしてそれを……」

「ここを調べるついでに、あなたのことも調べましてね」


 情報を集めた際に、ロイの評判は全て把握されているようだ。

 確かにロイは落ちこぼれ、学校の決闘学でもまともに勝利を収めたことがない。


「お前学年最下位とかマジかよ」

「うっ、うるさいな!?」


 味方かと思ってた後ろのルムから、思わぬフレンドリーファイアが飛ばされる。


「そのカードはこちらが厳重に管理させていただきます。お渡しいただけますか?」


 アシルが手を差し出す。ルムのカードを出すということは、ルムとの別れを表す。

 せっかく出会えたLカードだが、こんな弱い自分より、国が認めた決闘者の手に渡った方がルムにとって幸せかもしれない。


「勿論タダで渡せとは申しません。それなりの謝礼は約束させていただきます」


 それを聞いてルムは盗品ではないとわかって少し安心する。

 この男は正式にルムを買い取ろうとしている。盗品の回収ならば問答無用で押収するだろう。


「……やだ」

「え?」


 ルムが手に持っている【天龍の少女ルム(本体)】を握りしめる。


「でも、僕よりも欠片に出会う確率が増えるかもしれないよ?」


 領主の所有物になるということは、少なくともロイより国宝に関われる可能性はある。ルムだってはやく元の世界に帰りたいはずだ。

 しかしルムは首を()()振った。


「俺の契約者はお前。俺を召喚できるのは『お前だけ』なんだ……」


 ルムは目を伏せる。ここで自分が手放してしまうと、ルムはずっとカードに閉じ込められたまま、元の世界に帰れなくなってしまう。



 そんなのロイには関係のないこと。神の欠片なんて面倒なだけ。そもそも一学生の自分がそんなものを集められる訳がない。やる前から結果は見えている。




 ロイに過去の光景が思い浮かぶ。


『ロイとやってもよえーし。練習にならねーよ』

『全くお前は……どうしたものか……』

『どうして出来ないのかしら……』


 クラスメイトに、教師に、親に。


 自分はいつだって落ちこぼれてきた。期待などされたことはなかった。誰も自分を必要とはしなかった。


 ロイの袖を握る彼女の顔は不安で満ちていた。彼女は自分を必要としている。

 ロイにはわからない。元人間がカードに封印される恐怖など。次に封印が解かれるのは何年後か。それとも永遠に来ないのか。


 ロイにそんなことは関係のないこと。責任を負う必要なんてないし、さっさと渡して謝礼を貰う方が賢いに決まっている。

 だけどロイは愚かで、落ちこぼれだった。


 自分よりも、目の前の女の子を助けたいと、そう思ったのだ。







「はい。僕は龍のカードを持っています」


 アシルが一瞬安堵したかのような表情をした。だがロイの続けた言葉に驚愕する。


「ですが絶対に渡せません。……いえ、()()()()()


 できないではなく、渡さないという答え。

 気弱なロイが見せた、強い意志。

 それを聞いたアシルはやれやれとため息をついた。

 ルムが驚いたように顔を上げる。


「大人しく譲っていただけたら、私もこんな手は使わなかったのですがね」


 男の雰囲気が変わる。誰でもわかる、臨戦態勢。

 アシルの耳につけられたイヤリング。その宝石はよく見ると決闘で使われる輝石だった。

 輝石が眩しい輝きを放つ。


「うっ!?」


 ロイの視界は一瞬で白く塗りつぶされた。








 次に目を開けた時、ロイは謎の空間に立っていた。

 天井はなく、歪んだ色の空が続くばかり。岩壁に囲まれているが、その広さは尋常ではない。


「ろ、ロイ? ここどこだ!?」


 ルムも一緒に来てしまったようだ。



「ようこそ」


 あの男の声。

 だだっ広い空間の向こうに見える、常に笑顔を崩さない男、アシル・ファルト。


「これは憲兵などの公的機関が使用できる拘束決闘用異空間です」


 どうやらロイは拘束すべき対象とみなされ、強制的に決闘を仕掛けられたようだ。


「妹さんが来てしまったのは誤算ですが……まあ危害は加えないので安心してください」

「いや違うって」


 未だにルムをロイの妹と勘違いしているアシル。平凡な少年と無駄に美少女で全然似ていない上に種族まで違うのだが。アシルが知る由もない。


「賭けるものはあなたの龍のカード。私は……そうですね。ここから手を引きましょう」

「無理やりですね……!」

「まぁ、権力ですから」


 おそらくこの空間では強制的にあちらのペースに持ち込まれるのだろう。

 ロイの輝石も輝く。決闘の合図だ。


「あなたの番からどうぞ」


 アシルの山札から5枚引かれ、カードが宙に浮いている。

 手札を持っていないからか、常に手はコートのポケットに入れられたままだ。ロイ達一般人の決闘スタイルとは違う。


「いいでしょこれ。高いんですが、結構便利なんですよ」


 これから決闘だというのに、和かな口調を崩さず話しかける。


「……」


 それを無視して決闘の準備を進める。ルムが持っていた自分の山札を受け取り、腰のホルダーにセット。

 上から5枚引き、周囲を3つの魔力球が漂う。さらに一枚引いて手札とする。


「大丈夫かロイ?」


 後ろのルムが心配そうに声をかけるが、答えない。本当は不安でいっぱいだが、決闘を受けたからには仕方がない。


「ビルラビット召喚、ビックマンティス召喚!」

「ふきゅっ」


 1消費魔力使い、先の決闘でも使用した、破壊時に1枚引けるビルラビット。そしてもう1体。


「シャアアア」


 体長が成人男性くらいはあるだろう、巨大な蟷螂(カマキリ)。持ち前の鎌を振り上げ、敵であるアシルを威嚇する。


【ビックマンティス】C

[無][種族・魔虫]

 消費魔力2

 戦闘力5000

 ダメージ1


 何の能力も持たない、いわゆる能無し(バニラ)。だが、消費魔力の割に戦闘力は高い。

 ロイの前に巨大カマキリと羽の耳を持つうさぎが並んだ。


「僕はこれで終わります」

「では私の番」


 アシルのホルダーの位置は二の腕。山札から1枚引かれ、浮遊する手札に加えられる。

 浮遊する魔力球が4に増え、手札の内容を直立不動のまま視線を動かし確認。その中の1枚が回転し、対戦者ロイへと向けられる。


「私は魔術符【影操術】を使用します」



【影操術】C

 [闇]

 消費魔力1

 相手の場に魔物がいる時使用できる。【影法師】を1体相手の場に召喚する。




「ふきゅっ?」


 魔術符から黒い線が放たれ、空を切る。勢いそのままビルラビットの「影」に命中した。

 異変はそこから起きた。

 ビルラビットの影が液体のように泡立ったかと思うと、影の持ち主と同じ形の、真っ黒なうさぎが現れた。



【影法師】C

 [影][種族・影魔]

 消費魔力0

 戦闘力0

 ダメージ0

 ・この魔物は攻撃、防御ができない。

 ・場に存在できる【影法師】は、【影法師】以外の魔物の数以下でなければならない。




「僕の場に魔物を!?」


「どうです? 結構可愛いでしょう?」


 戦闘力ダメージ共に0、防御も攻撃もできない、まさにいるだけの魔物。ロイにとって何の役にも立たない魔物である。


「ではもう1枚」


 アシルがまたも【操影術】を発動。

 黒い糸がビックマンティスの影を捉え、ビルラビットと同じく黒いカマキリが生み出された。



「私の番はこれまで」


 不意にターン終了宣言がされ、アシルのイヤリングの輝石が輝きを失う。


「えっ?」


 アシルの場に魔物は何も出ていない。ただロイの場に最弱の魔物を召喚したのみだ。

 もちろんアシルの場はガラ空き。防御する魔物は0。


「事故った……?」


「いや、ロイ。これは嫌な予感がする」


 ルムが口を挟む。なぜか決闘に慣れている彼女の予感は、この魔物がただの雑魚ではないと、警鐘を鳴らしていた。


「でもガラ空きだ。攻めるなら……今だ!」


「一応慎重に行くんだロイ。何か絶対あるぞこれ!」


 魔力を4に増やし、カードを1枚引いて手札とする。


「もう1体ビルラビットを召喚、さらに【ロングソード】を装備!」


 魔力を3つ吸収し、カードが発光、刀身の長い剣に変わる。


「まずはビルラビット2体で攻撃!」

「ふきゅっ!」

「ふきゅう!」


 二羽のうさぎが翼の耳を羽ばたかせ、アシルに突進する。

 ダメージはそれぞれ1。


「受けましょう」


 小動物の突進をそのまま受ける黒ずくめ。決闘者を包む障壁にぶつかり、衝撃だけは伝わる。

 ダメージ1とはいえ、うさぎの突進。涼しい顔をしている。


 残りライフ8。


「次にビックマンティス!」

「シャアアアア!」


 巨大なカマキリが鎌を振り上げ、飛翔する。


「それも受けますよ」


 またしてもノーガード。凶悪で巨大な鎌の一振りに怯みもしない。

 残り7。


「次は……」


 剣を構える。基礎も何もない素人の構え。


「僕だっ!」


 アシルに向かって走り出す。

 ただがむしゃらに、敵を斬ることだけを考える。剣の間合いに入り、振り下ろす瞬間。


「それは嫌ですねえ」


 アシルの手札の1枚が回転。カードを使用したのだ。


「魔術符。【ダークアブソーブ】」


 両者の間に突如として黒い渦が出現。ダメージ2を与えるはずだった刀身が渦に吸い込まれる。


「あっ……!?」


 まるでブラックホールのような吸引力。このままロイごと吸収されてしまいそうだ。




【ダークアブソーブ】R

 [闇]

 消費魔力2

 相手のターンのみ使用可能。相手の攻撃を無効化し、ダメージ2を与える。




 比較的に普及している防御札の代表格。通称「アブソーブシリーズ」


 属性を持つ魔術符で、回復する光の【ホーリーアブソーブ】や魔物を破壊する炎の【ファイヤアブソーブ】など、山札のコンセプトによって使い分けることができる。


 このアブソーブはダメージ。思わず剣を引き抜こうとすると、吸い込まれた刀身ごと凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

 細い体が地面を転がる。


「いで……」

「大丈夫かロイ!」


 ルムが駆け寄る。多少の擦り傷があるくらいで、平気なようだ。


「ルムちゃん。危ないですよ。離れてください」

「うっさい! ちゃん付けするな!」


 アシルの気遣う声を煩わしげに、ロイの体を起こす。


「大丈夫だよ。ほら、もやしだから僕」


 冗談めかして笑う。

 ロイの残りライフ8。


「もう終わりですか?」

「……はい。僕の番は終了です」


 アシルがこれ以上の行動の有無を問う。もうすでに魔力は使い切り、攻撃を全て行ったロイにすることはなく、ターンを渡す。


「ではでは」


 カードを引いて、魔力を5に。


「私は【昏き手(シャドウクロー)】を装備」



【昏き手】R

 装備

 消費魔力4

 戦闘力0

 ダメージ1


 ・戦闘時、相手の場に【影法師】を召喚する。

 ・この装備は戦闘で破壊されない。




 アシルはここで初めてコートから右手を出した。浮遊する手札を直で触る。

 突き出した右手に握られた使用カードから瘴気のような禍々しいものが噴出し、アシルの腕を捕食するようにーー包んだ。

 形を保っていなかった靄は、収束し、アシルの腕と同化していく。


 収り、できたのは鋭い爪を持った巨大な腕。まるで アシルの腕そのものが変異したかのようだ。


「ではこちらからも行きましょう。攻撃」

「戦闘力0の装備……!?」


 アシルの腕のみが意思を持ったかのように伸び、ロイに迫った。


「この装備の戦闘時、あなたの場に影法師を召喚します」


 巨大な指から、先ほど操影術でも見た黒い糸が放たれた。そのまま2体目のビルラビットの影に命中し、ビルラビットの影法師が出来上がる。


「戦闘力0じゃ防御しなくても攻撃は通りません!」


 見た目に反し戦闘力皆無の腕がロイを貫く。

 本来なら破壊される装備だが、能力の破壊されないが働き、場にとどまる。

 実体がないまさに影のように、すり抜けていく。


「充分です。私の番は終わり」

「また……!?」


 ダメージも与えず、ただ相手の場に影法師を増やすだけの戦法。ロイにはその真意が読めなかった。


 ロイのターン。

 カードを1枚引く。魔力は5。

 引いたカードは、この決闘で最も重要なカード。

 後ろでロイの手札を見ているルムも、それに気付く。


「……いける? ルム」

「俺はお前の物だ。お前が召喚してくれ」

「わかった」






『遥か空の彼方より来たる!』





「やはりきますか」


 詠唱を聞いた瞬間、それが目的の龍だと即座に理解する。存在は確認していたが、どのようなカードか見るのは初めてだった。




『光を纏い、龍を呼べ!』




 カードを掲げると、光の柱が天を裂き、稲妻のような光が落ちる。

 その落下地点にいるのは、ルム。


「……!?」


 関係ない人間を巻き込んでしまったと、アシルの表情が初めて驚きと焦りに染まった。

 しかしそれは杞憂に終わる。


 雷を落とされたというのにルムは苦痛の表情一つしない。目を閉じ、力を受け入れるかのように安らかだ。


「俺も応えないとな」


 拾ってくれたロイに。手を貸してくれる彼に。


 隠れていた、透明度の高い結晶でできた角が姿を現わす。光の粒子が収束し、己の得物である身長より長い長杖に形を変える。

 光を全て食らった時、ゆっくりと目を開けた。

 辺りに漂う魔力の残痕を、杖で振り払う。


挿絵(By みてみん)


「【天龍の少女ルム】召喚!」



 余波による風を受け、乾いた笑いがこみ上げるアシル。


「ははは……もう何が何やら……!」


 人間だと思っていたら、カードの魔物だった。

 しかも、あの見た目で龍。


「面白い……!」


 今までの作った愛想笑いとは違う、心の底からの笑い。


「天龍の少女ルム、攻撃!」

「了解!」


 小柄な体が跳ねる。その速さは人間とはかけ離れたもので、あっという間に、アシルとの距離を詰めた。


「おっと、流石に打点は足りてますね。【影縫い】!」



【影縫い】R

 消費魔力1

 相手の場の【影法師】の数だけ、相手番終わりまで相手の魔物を攻撃不能にする。




 瞬間、ビルラビット達の足元にいた影法師が、一斉に影の中に潜る。

 すると、ルムを除いたロイの魔物達の様子が変わる。


「ふきゅぅ……?」

「シャァ……」


 どうやら影が固定され、その場から動けなくなってしまったようだ。


 しかしもう攻撃状態のルムは、そのままアシルに杖を振り下ろす。


「君の攻撃はそのまま受けましょう!」


 攻撃前に影縫いを使い、打点の最も高いルムの影に影法師を取り憑かせたほうがダメージを少なく抑えられた。だがアシルがそれをしなかったのは、わざとである。

 腕に纏う昏き手で、それを受け止める。そのまま肉薄する魔物と決闘者。


「君は一体……!」

「今はただの魔物だ!」

「ははっ! そういうことにしておきましょう!」


 装備されている【昏き手】は、戦闘時に影法師を生み出す。それは攻撃された時も同じことである。

 黒糸を飛ばし、ルムの杖、体、影に絡みつかせる。当然影法師がルムの影を影法師に変化させる。幼い少女のシルエットが完成した。


「……煩わしい!」


 短い会話だけ交わし、アシルの腹部を蹴飛ばす。

 流石に平然としてはいられず、くの字に折れ曲がって吹き飛ぶ。

 残りライフは5。


 数メートルは飛ばされるも、転がることなく難なく着地する。


「流石に効きますね……」


 しかし笑顔は崩さない。どこまでも底を見せないアシル。残りのライフは半分を切ったが、余裕すら見せる。

 ロイの他の魔物は攻撃直後の【影縫い】の効果で、動けなくなっているため、もう攻撃できる「魔物」はいない。しかし、ロイの装備したロングソードが残っている。


「まだだ!」


 ルムに続くようにロイが再び斬りかかる。ダメージは2。


「くっ……」


 今度は無効化されず、ダメージをまともに食らった。

 残りライフ3。


「僕の番は終わります……」


 もう可能な攻撃は全て行った。アシルのライフはたったの3。こちらはまだ8もある。

 このまま押し切れると、ロイは確信していた。


 こちらにはビルラビット2体、ビッグマンティス1体、相手によって召喚された影法師もいるが、何よりルムがいる。

 戦局は圧倒的にこちらが有利。ライフも多い。


「いやはや。面白いものに出会えました。やっぱり現場が一番ですね」


 カードを引いて手札は3枚。魔力は6。

 危機的状況にも関わらず、飄々とした態度の黒ずくめ、アシル。全力で攻めているロイとは違い、どこか遊んでいるかのように見える。




「どんなものか知れましたし、そろそろ終わりにしましょうか」




「……!」


 勝ちを確信している台詞。もはやゲームが終わっているかのような……


「特別に見せてあげましょう」


 浮遊する手札を1枚掴み……影の上に落とした。


「私の龍を」




『深き暗闇に潜む』




「詠唱……!」


 ロイがルムを召喚した時のように、紡がれる一言一句に魔力を持った言葉。

 落下するカードはアシル自身の影に落ち、まるで水面に落とされたかのように波紋を生んで、飲まれた。




『触れられざる牙よ』




 アシルの影が泡立ち、肥大化していく。




『全てを喰らえ』




 世界の光が吸い込まれ、アシルの影が異空間全てを包んだ。大いなる力が充満していくのがわかる。


「ロイ。かなり……まずい」

「あれが敵の切り札……?」


 ようやく嵐のような瘴気の風が止んだ時、出現したのは巨大な黒い化け物。

 黒曜石を彷彿とさせる、くすんだ半透明の鱗。不定形の翼を持ち、体躯の端々から黒い靄を溢れさせる。

 赤く不気味な眼がこちらを虚ろげに見やる。


「禍々しい……」


 ルムが呟く。禍々しい、その一言に尽きる。


「【影龍ファントム】召喚」





【影龍ファントム】H

 [闇][種族・影魔/龍]

 消費魔力6

 戦闘力6000

 ダメージ1


 ・【存在なき体躯(エンティティ・レス)】この魔物は戦闘で破壊されず、魔物に防御されない。

 ・【存在(エンティティ・)抹消(デリート)】攻撃時、この魔物の戦闘力より戦闘力の低い相手の場の魔物全てを破壊する。破壊した魔物の数だけ相手にダメージを与える。



挿絵(By みてみん)



「行きなさい、ファントム」


 攻撃の指示を出すアシル。ファントムが黒ずんだ息吹を、吐く。


「【存在(エンティティ・)抹消(デリート)】!」


 炎のように、黒い瘴気のブレスを吹き出した。


「ファントムは攻撃時、この魔物よりも弱い魔物全てを破壊します」


「なっ……!?」


 毒々しい霧がロイの魔物達を襲う。小型のビルラビットはもちろん、大型のマンティスまでもが飲み込まれてしまう。


「ふきゅっ……ふきゅ……」

「シアアァァ……」


 まるで病魔に蝕まれているかのように、魔物の体が黒く変色していく。苦痛な鳴き声がロイの場に響く。そのまま焼き焦げて炭になるが如く、崩れ落ちていく。

 魔物で唯一無事なのは、ルムただ1人。


「ルム! 大丈夫!?」

「ああ、平気だ!」


 破壊条件はファントムよりも戦闘力の低い魔物。ルムの戦闘力は8000あるので、破壊は免れることができた。


「さらに破壊した魔物の数だけのダメージを与えます」


「……!? まずい! ロイ!」


 ルムが何かを察したのか、ロイに注意を促す。


「えっ……?」


「さあ、あなたの場には破壊された魔物は何体いたでしょう?」


 わからない生徒に優しく教えを解く教師のように問いかける。


「そんなの、3た……っ!?」


 ロイは思い出した。この男がこの番が来るまでに、やってきたこと。()()()()に影法師を増やしていたことを。場を見ると、先ほどまでいた影法師が消えている。

 ルム自身は破壊できなくとも、ルムの影に潜む影法師は破壊されている。



「影法師含め7体。7のダメージを受けてもらいます」

「……!」


 ファントムが口を多く広げる。黒き力が集まり、巨大な瘴気の球を形成する。その首はロイだけをまっすぐ狙っていた。


「くっ……!」


 所詮はサーチの役割しか持っていないルムでは、効果によるダメージを軽減することなどできない。この攻撃をただ見ていることしかできないのだ。



 その邪悪の塊は放たれる。






「うあああああああああああああ!」


「ロイィィ!」


 ルムの叫びも虚しく、漆黒の波動に、ロイは瞬く間に飲み込まれた。


読んでくださりありがとうございます。

感想などありましたらよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ