2枚目 勇気
「行くぞ、能力発動、【龍召魔法陣】!」
自身の杖を大地に突き立てると、魔法陣が展開される。
ルムの持つ能力である【龍召魔法陣】。
召喚された時、山札、使用者がランダムに引くカードの中から、好きな[種族・龍]を手札に加え、コストを下げることができる。
龍、ドラゴンは、魔物の中でも頂点に位置する高位の存在。巨大な体躯、翼、火を吹き、空を飛ぶ。種族が龍のカードは言わずもがな、強力な能力を持ち、決闘の流れを変えてしまうほどの力を持つが……
ポスン。
「あ、あれ?」
間抜けな音と共に、壮大な魔法陣は輝きを失い、黒い煙を吐いて消失した。もちろんロイの手元には何も加えられていない。
どう見ても不発だった。
「おいお前、デッキにドラゴンないのか?」
「で、デッキ? 山札のこと?」
「そうだ、それだ!」
「そんな高額なもの持ってるわけないだろ!?」
「じゃあ何で俺を入れてんだよ!」
「テキストが読めなかったんだから仕方ないでしょ!?」
召喚したロイ、というよりルム自身も効果を把握しておらず、使用者とカードでの奇妙な口喧嘩が始まる。口論をしている暇はないと、ルムが話を打ち切った。
「ちっ……仕方ないから普通に殴るか……おい!」
「えっ?」
「攻撃の指示を!」
「わ、わかった! ルムで攻撃!」
「おっしゃ!」
鈴のなるような可愛らしい声とは真逆の男らしい掛け声共に、ルムが飛び出す。
所持している杖に光を纏わせ、いじめっ子に殴り掛かる。
ルムの与えるダメージは2。これが通ればいじめっ子のライフを7にできる。
「守れホーンウルフ!」
だが、そうは問屋が卸さず、またしても狼が割って入ってくる。
「ウガウ!」
牙ではなく、自身の鋭利な角をルムに向け突進する。
「邪魔だっ」
しかし、数値的に見た戦闘力からも、勝敗は分かっていた。
力を込めた魔杖で一薙され、狼の体が宙を舞う。
「キャン!」
半分程度しかない戦闘力では、太刀打ち出来ない。狼の体がカードに戻り霧散する。
華麗なバックステップでロイの側に戻る。魔物が基本的に攻撃できるのは一回だ。
「ひとまずはターンは終わりだな」
「う、うん」
胸の輝石が光を失い、ロイの番の終わりを知らせる。代わりにいじめっ子の輝石が光を灯す。
「ロイのくせに……H以上のカードなんて俺だって持ってないのに……」
今まで格下だと思っていた相手が自分よりいいカードを持っていた。それだけでプライドの高いいじめっ子は、嫉妬で呪詛を呟く。
盤面にはホーンウルフが1体。
「くそがっ」
苛立ちから、八つ当たりに味方のホーンウルフの脇腹を蹴っ飛ばす。
「キャン!?」
思わぬところから飛んできた攻撃に狼は面食らう。しかし、そんな横暴な態度に反抗の一つもしない。
カードを一枚引き、6枚。
狼の【率いる群】はその性質上、手札の消費を抑えながら展開できるため、継続的に攻めることが出来る。1枚のホーンウルフで山札に入れられる上限の3枚のホーンウルフが確立されている。
だが山札のホーンウルフはもう全て見えてしまっている。最後に残ったホーンウルフはもう何も効果を持たない等しい。
「もう手加減しねぇ! 【ハイホーンウルフ】召喚!」
5つの魔力を吸収し、カードが実体化する。
「グルル……」
低く、響くように唸る。
通常のホーンウルフとは比べものにならない巨大な体躯、角。
特徴は下位種とおなじでも、それが先程までのものとは別物であると物語っていた。
【ハイホーンウルフ】R
[闇][種族・魔狼]
消費魔力5
戦闘力6000
ダメージ2
・[群の長]攻撃時、自分の場の[種族・魔狼]の数だけこの魔物の戦闘力を+1000する。
・[標的]この魔物は攻撃する時、相手の好きな魔物と戦闘を行うことができる。
「こいつの戦闘力は俺の場の【魔狼】の数だけ強くなる!」
場には前のターンに召喚したホーンウルフが1体。
つまり戦闘力は自力の6000に1000を加えて7000。
「で、でも! ルムの戦闘力は8000だよ! ま、負けないよね?」
ロイは自分を守るルムの戦闘力に届かないと踏んで安心するが、
「いや、違う!」
ルムの表情は違った。
そう、場に魔狼はまだ他にいる。
「バカが! こいつ自身含めて戦闘力8000だ!」
自身も含め、戦闘力はルムのような上級モンスターに匹敵する数値となった。
ハイホーンウルフが遠吠えを行う。それに呼応するようにホーンウルフの遠吠えも響く。
「さらにこいつには、狙った獲物を逃がさねえ[標的]がある!」
[標的]。攻撃する際、攻撃対象を選ぶことのできる能力。これにより戦闘での勝率が格段に上がるのだ。
そしてロイの場には【天龍の少女ルム】しか存在しない。つまり。
「気に入らねえ! 道連れにしてやる!」
いじめっ子がハイホーンウルフに、ルムへの攻撃を指示する。
「ガルッ!」
その巨大な体躯が、凄まじいスピードで対象に突進する。恐ろしく暴力的なその攻撃は、何者にも止めることができないとさえ思わせるほどの勢いがあった。
「ちっ!」
次に聞こえたのは、少女の肉を無残にも貫く生々しい音ではなく、甲高い金属音に似た音だった。
凶悪な衝撃を、自前の長杖を使って受け止めたのだ。小柄な少女が受けていい威力ではないはずだが、両者は完全に拮抗しており、「戦闘力は同じ」であるというのが見て取れる。
「うぐぐ……重いっ」
「だ、大丈夫!?」
その苦しそうな顔にロイが心配の声を上げる。
戦闘力が互角の場合、両者相打ちとなる。先程戦闘力3000同士のロングソードとホーンウルフが相打ちとなって破壊されたように。
「大丈夫だから! そんなことよりロイ! 早く手札の付与魔術符を!」
「え? あ、えっと待ってて!」
おぼつかない動作で手札を確認していく。それを見たルムは若干の不安を感じずにはいられなかった。
(大丈夫かよこいつ?)
「よし、これだね!」
やっと1枚の手札を選び掲げる。
「発動!【ブレイブブースト】!」
【ブレイブブースト】C
[付与魔術符]
消費魔力0
お互いの戦闘力が同じ魔物か装備品の戦闘時、自分の魔物か装備品の戦闘力を+1000。
魔術符。封印されている魔物を召喚する「魔物符」とは違い、人が作り出したカードである。様々な術式をカードに書き込み、使い切りの効果を発揮させることが出来るものだ。
「これで攻撃力は上がって9000……!」
「なんだと!?」
ロイの手にあるカードからオーラのようなものが放たれ、ルムの体を包む。
ルムは数値にして1000、僅かな力がみなぎるのを感じていた。なんの根拠もない力の昂り。だがその小さな勇気はこの拮抗を崩すには十分だった。
(いける! やれる!)
「ウゥ!?」
鈍器代わりの長杖を振り抜き、狼の突進を跳ね返す。吹き飛ばされても着地し、再び自慢の角を使った突進の体勢に入り、加速する。
ルムもいつまでもそんな力比べに構っているわけにもいかない。長杖に魔力を込め、放った。
「吹き飛べ!」
光線と化した魔力は、迫ってくる狼の体を飲み込み、消し去った。
後に残ったのは、黒く変色した破壊済みのカードのみ。
それを見たいじめっ子は膝をつく。
「そんな……俺のエースがっ!?」
見下していた相手に一方的に取られるとは思わなかったのか、彼のプライドはズタボロだった。
「……くそっ!」
山札の最も強い魔物を倒され、形成は一気に逆転した。
しかし、それでもいじめっ子は残ったホーンウルフで攻撃を再開した。
「わっ……!」
「諦めない姿勢は評価すべきだな」
ルムはもう一度防御に加わったので防御はできない。基本的に魔物は各ターンに一度しか防御、攻撃が出来ないからだ。
「ガウッ!」
再びダメージ1のホーンウルフが襲いかかる。ルムはそれを見ているだけだ。
「いだぁっ!?」
噛み付かれ、ライフが減る。残り8。
しかしもう出来ることがないのか、いじめっ子の番は終わった。
「さぁ、俺達のターンだな」
結局、現状最も戦闘力の高いルムがで蹂躙していった形となった。ルムの指示でプレイを進めていったロイの支援もあり、何の障害もなく試合は終わった。
ロイの勝利という形で。
「くそっ、覚えてろ!」
「あ、おい待てよ!」
ライフがゼロになった少年が取り巻きすら置いて逃げていく。
勝利を疑わなかっただけに、精神的ダメージが大きかったのだろう。
「は、はは、勝っちゃった……」
「お疲れ様」
「ありがと……ってええ!? 何でいるのっ!?」
試合は終わったというのに、ルムはまだ実体化していた。通常、試合外で魔物は強制的にカードに戻されてしまうというのに。
「さぁ? 俺が特別なカードだからじゃないか?」
「そ、そんなものかなぁ」
「それよりお前、あんまカードゲーム得意じゃないな?」
先ほどの試合も、ルムの指示がなかったら危うい場面も多かった。
「カードゲームってのはよくわからないけど、決闘はさっきの試合が初勝利だよ……」
「え?」
「勝ったことなかったから、本当に嬉しいんだ!」
嬉しそうなロイとは裏腹に、ルムは額に手を当て、天を仰いだ。
ロイが不思議そうな顔をする。
「ど、どうしたの……?」
「お前みたいなのに拾われて心底がっかりしてんだ」
「酷いよ!?」
前途多難は始まったばかり。
次回世界観説明。
読んでくださりありがとうございます。