12枚目 平穏に潜むもの
決闘は冒頭で終わりです
焼け野原。
そう表現することしかできない場を、ゆっくり闊歩する小さな影。ロイと、ガイン。二人の間には何もない。何もないのだ。
あの一撃でロイの魔物とガインの狼達は蒸発してしまった。
観客席はなんとか結界で守られたようだが、結界に多少のヒビが入り、その爆発の凄さを物語っていた。決闘を行う2人も障壁がなければどうなっていたかわからない。
すっかり見晴らしの良くなった決闘場の屋根から、開始から時間が経ちすぎたせいで夕日が差し込み、赤い空の向こうには闇夜が微かに見える。それは決闘の終焉を暗示しているかのようだった。
「嘘だ……ぜ、全滅……」
ガインはへたり込み、呆然としていた。戦意喪失な少年の前に、その原因を作った災厄が立ちすくんだ。
「我の一撃は3。貴様には何1つ残らん。味方も」
鱗に覆われた龍の腕に炎が噴き出す。それを振り上げ──
「貴様自身もな!」
そのまま振り下す。ガラスが砕けるような音を響かせ全ての障壁が消滅した。
ライフ3→0
ライフ0になった少年はゆっくりと、後ろへ倒れた。
ガインの敗北である。
「……」
決着と共に崩れ落ちるルム。それを見たロイは慌ててルムに駆け寄った。
「ルム!?」
破壊されたカードたちが再生し、各々のデッキに戻っていく中、敗北したガインは気を失っていた。
その横の、倒れたルムをロイは腕に抱き起こす。腕の中の少女は死んだように──
「すぅ……」
小さな寝息を立てて寝ていた。
しばらくして体が光に包まれ、小さくなっていき、ロイの腕の中には1枚のカードだけが残り、ロイのデッキに戻る。
かくして、学園杯予選決勝は幕を閉じた。
「結構怒られたな……はぁ」
すっかり日は落ち、夜が更け、ようやく自宅に帰宅できた。大きくため息をつくロイ。
決闘場の屋根の破壊、客席保護の結界の破損。学園の教師陣に呼び出され、小一時間ほど叱責され、反省文の提出を強いられた。
故意ではなかったこと、決闘上の効果処理のため避けようがなかったということで、修理費負担は免れることができたのは不幸中の幸いだった。
下半期の本戦までに直っているといいのだが。
『おい人間』
「あっ」
デッキケースから聞こえる低い声、それは先ほど勝敗を決することとなった間接的な要因、【焔皇龍ゼオン】であった。デッキホルダーからゼオンを取り出す。
「えっと、君は」
『最初に言っておく。ルムは我のものだ』
「えっ? 何?」
噛み合わない会話に困惑する。
『我は』
「うわっ!?」
カードが光を発し、そこに立つのは1人の少女。歳はルムと同じか少し下くらいか。燃えるように赤い髪、気の強そうな目つきの美少女。強く指を刺し、宣言する。
「貴様を絶対認めない!」
「じ、実体化した……!?」
そんなことよりも、ルム以外でカードから出てきて会話のできる魔物を初めて見たロイは、いきなりのことに腰を抜かして座り込んでしまった。
「ふんっ! 返せ!」
唖然としている間にゼオンに自身の本体となるカードを引ったくられた。
龍って皆こんな奴らばっかりなのかな、と乱暴に引ったくられ痛む手をさすりながらロイはそんなことを思っていた。
「な、なんで決闘外で動けて……」
「愚問だな。異世界を統べる龍の頂点たる我がこの程度できぬ訳があるか」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、見下してくる。要約すると、「龍はすごいからできる」ということらしい。
「ていうか雌だったんだ……」
「我ら龍に性別など些細なこと。──ルムに雄の姿で迫ったら気味悪がられたからな……」
最後の方は少しシュンとなって年相応の少女のような反応をしたが、前世を男だと知っているロイはなるほどと納得する。同時に、いきなり同性に求婚されたルムに少し同情した。
「ルムは、ここでも異世界でもない、別の世界の住人で……」
彼女はもともと彼で、今は魔物だが元人間で。何もわからないところに飛ばされ、知り合いのいない世界で1人で途方もない目標を掲げ戦っている。
「……帰りたがっている。だから君の要求は──」
「さっきから君という呼び方はやめろ、我は子供ではない。ゼオン様と呼べ」
「ゼオン様の要求を、ルムは多分受けないと思う」
そう、彼女がここに来た目的は、神々の欠片を集め、元の世界に帰ること。決してドラゴンの花嫁になることではないのだ。
「それがどうした。我に求められて拒むものなどいるものか。なぁに我の魅力がわかればルムも惚れ直して……」
「そういうことじゃないと思うけどなぁ」
現にフラれたというのに、そんなこと気にもかけないゼオン。龍というのはどこまでも傲慢な生き物と言わざるを得ない。高等生物は皆そうかもしれないが。
「ルムのはーとをきゃっちするまで貴様の山札の中に居座るからな!」
「僕、使えないカードをずっと1枚入れないといけないのか……」
「使えないとはなんだ貴様」
「そういう意味で言ったんじゃないよ」
ゼオンはカードテキストを意図的に隠しているため、それを読めないロイにとってはルムの効果で捨てる以外の使い道が存在しないため事故率が跳ね上がってしまう。
そんな言い争いをしていると。
「ん……」
「あ」
「おお、起きたかルム!」
デッキホルダーからルムの声がした。どうやら起きたようだ。
「……!? 決闘は? 大会は!?」
「大丈夫。勝ったよ、ルム」
ルムはあの召喚以降の記憶が飛んでいるようだ。
「覚えてない? まるで人が変わったみたいになってたの」
そう、あの時のルムは一人称も変わり、性格も尊大なものになっていた。まるでそこにいるゼオンのように。
効果によってゼオンが乗り移ったものかと思ったが、一瞬振り返って会話した時のルムはロイのことを名前で呼んでいたので、あれは「ルム」で間違いない。
「え? ……なんか放り投げた覚えはあるんだけど」
おそらく勝敗を決めた召喚時効果のことだろう。あの小型の太陽を何か投げた程度とは恐ろしい。
ルムも実体化し、カードから出てきた。
「いてて、頭がクラクラする」
「大丈夫?」
「ちょっとまだ慣れてないだけだと思う」
慣れない効果を初めて使った上に、いきなり強大な力を行使したのだ。多少は体調を崩すだろう。
頭を抑えてふらつくルムに肩を貸そうとロイが近いた時。
「ルム!」
「うっわ」
ロイを突き飛ばすようにゼオンがルムに抱きついた。
「我のおかげぞ! 我のおかげ! 惚れ直した? 惚れ直したか?」
先ほどのロイへの態度はどこへやら。龍というより子犬のように懐いている。尻尾があったらすごい勢いで振っていたに違いない。
「あー……そもそも惚れてないから直すものがない」
「ぐぬっ!?」
ガーンという擬音が聞こえてきそうなくらいにショックを受け、またわかりやすく落ち込むゼオン。
しかしルムはそんなゼオンの頭を撫でる。その仕草は歳の離れた妹にする仕草のようにも見えた。
「いや、でもゼオンのおかげで勝てたのは確かか。ありがとうな」
「……そうだろう! そうだろう! いつ惚れてもいいぞ!」
「気が向いたらな」
おそらくその気が向くことは一生ないだろう。
その翌日。先日の決勝からさほど時間も経っておらず、勝利の余韻に浸れるというのに、ロイは居心地が悪くて仕方なかった。
学園杯予選2ブロック目を制したのはなんと、学年一の落ちこぼれで、万年最下位なことで有名な「ロイ・ヴィクター」
そのニュースは学園中を駆け巡り、学園内はその話題で持ちきりとなった。
「おいあれがか?」
「まぐれだろ?」
「でもそれだけで勝てるか?」
「龍のカードで施設ぶっ壊したらしい」
「こっわ」
「どっかから盗んだんじゃね?」
ネコババはしたが盗んではない。
昼休憩中。廊下を歩いていても、ひそひそとそんな声ばかり聞こえてくる。ロイはこんな注目のされかたはこれが初めてである。なのでずっと俯いている。
龍のカードの噂は流れているのに学園などから何も言われていないのは、やはりあの時の領主補佐のアシルの口添えで何かあったのだろう。
そんな歩き方していれば前方不注意になるのは当然。誰かと肩がぶつかってしまった。
「あっすみませ……ひっ!」
「……」
顔を上げたロイは思わず声が漏れる。ロイによくちょっかいを出し、予選決勝で敗れたガインだったからだ。
「ご、ごめ」
「……次は」
「え?」
「次は俺が勝つ!」
それだけを言って、歩き出した。
ここ最近のガインの態度はあまり悪いものではなくなっているような、ロイはそんな気がしていた。
「うん。……僕も」
早歩きで去っていくガインの背中に投げかける。
「負けないから!」
ルムと出会う前のロイとは全く違う。力強い宣言。
その言葉に一瞬だけ止まって、
「……けっ」
何処かへ歩いて行ってしまった。
「うぅ、ずっと見られてる気がする」
「いよっ、有名人」
「茶化さないでよ、半分はルムのせいだよ!?」
「なんだ貴様! ルムの悪口か!?」
「めんどくさいなぁもう!?」
デッキにゼオンを迎えてから、ロイの独り言は随分喧しくなった。
側から見たらぶつぶつ言ってる気持ちの悪い奴にしか見えないだろう。
「はぁ、図書室に逃げよう……」
あまりに人の目が刺さるので、どこか静かなところへ逃げ込みたい気分だった。昼の休憩はまだまだ時間がある。教室は居心地が悪いし、人が少々いても静かな図書室に逃げることにした。
「あ、俺も借りたい本あるから行こう行こう」
「なんの本?」
「異世界関連だな」
前回の決闘で異世界で発生する効果を得たルムとしては、これから頻繁に行く可能性を鑑み、ゼオンもいるため、色々知っておきたいのだろう
入室前にカードホルダーのゼオンに一つ忠告をしておく。
「ゼオン様、図書室は静かにするところだからしばらく黙ってもらえると嬉しいです」
「なにおー!? 貴様ごときが私に命令を」
「ゼオン、静かにな」
「うむ! あいわかった!」
学園の図書室の扉を静かに開ける。図書室には思った以上に人気がなく、がらんとしている。というより受付にいる少女しかいなかった。
少女はおそらくこの図書室の本を熱心に読んでおり、誰もいないというのに係の仕事を全うしているのは感心に値する。彼女が入室したロイを視認し、顔を少し上た。
深い藍色をした、前髪で瞳が隠れかけるほどの長い髪は伸ばし放題で、お世辞にも手入れが行き届いているとは思えない。少し丈の大きな制服の袖からわずかに見える指でページをめくるその仕草はまさに文学少女。
「……いらっしゃい」
なんの感情もない、無表情でポツリと呟いた。
すぐさま少女は本に顔を落とし、読書を再開する。
「あ、ども……」
挨拶もほどほどにロイはルムの言っていた本を探す。歩きながら、ずらりと並ぶ本棚の分類見出しを眺める
「【異世界】関連……【神の理】に関する本でいいのかな」
「その一環で生み出された世界だから多分そこだろうな」
この世界の秩序を司る極大魔法がなんの研究もされていないはずがない。発動者ブルック・ルーの伝記らしきものものもかたっぱしから探っていく。
「でもすごい少ないね」
「まあ実質的にこの世の真理に触れるわけだからな……それに数千年もこの世を支配してる術式がそうそう簡単に解明されてるわけないか」
棚の端から端まで、目を皿にして探すも、あまり踏み込んだ書物は見当たらない。
「うーん」
「……何か探してる?」
「うわっ!?」
後ろから声をかけられ、図書室だというのに思わず奇声をあげてしまった。
振り向くと、先ほど受付にいた少女がちょこんとしゃがんでいた。
「いっ、いっ、いつの間に……」
「ぶつぶつ何か言いながら探してたからちょっと気になった」
いつの間にか独り言が大きくなっていたようだ。
「え、異世界関連の本を探してて」
「それなら……」
彼女はすくっと立ち、少し背伸びして上の方にある本を一冊手に取りロイに渡した。
「【異世界見聞録】……?」
その本にはそう書かれており、絵もなにもない質素な表紙だった。
「一部の意思疎通できる魔物と協力して調査結果をまとめた本。これが一番詳しく載ってる」
「へぇ〜。確かにそれは詳しく載ってそう!」
魔物しかいない世界ならば、魔物に取材をするという形で異世界を知ろうとしたのだろう。現にゼオンがいるのだ。持ち主と会話ができた魔物がかつて存在していてもおかしくない。
今までの本の中で一番ロイとルムの理想に近いものだった。
「本に詳しいんだね」
「学園の本は読破したから」
相変わらずの無表情だが、心なしか声が得意げだ。
そしてさらりと言ったが、学園の図書室といってもその本の量は膨大。1人で全て読んだというならばそれは尋常なことではない。ロイは辺りを見回し、それを実感する。
「この量を!? すごいなぁ」
「そう、私はすごい」
膨大な知識を蓄えている者の言葉とは思えない語彙力だが、ロイの探す本を一瞬で勧められる辺り、嘘ではないだろう。
「あなたはなぜ異世界について知りたいの?」
「えっ?」
前髪の隙間から覗く透き通る瞳がこちらをじっと見据える。全てを見透かしかねないその眼差しに思わず目を逸らす。
魔物の友人のためだと言うわけにもいかない。ここは適当なことを言って誤魔化すことにした。
「ちょっと自由課題の調べ物でねテーマを異世界にしようかなって! はは……」
「……そう」
彼女の反応は薄かった。興味を失ったように視線を外す。
何か気に触ることを言ってしまったと思ったが、ふと図書室の時計を見ると、もう少しで昼の休憩が終わりを迎えようとしていた。
「あっ、そろそろ休憩が……これ借りるよ!」
「じゃ受付へ」
「あっはい」
彼女は冷静に指を受付に向けた。
「期限は一週間、遅れずに」
「うん。ありがとう!」
少女が貸し出し手続きを済ませ、その本を手渡す。ロイはそれを大事そうに抱えて図書室を出た。すぐさま持っている本に没頭するあたり、本当に読書が好きなのだろう
ロイと入れ違うように一人の女生徒が図書室へ入る。その女生徒は受付の少女を見つけると申し訳なさそうな顔で声をかけた。
「リラ! 本当にごめん! 図書委員の当番代わってもらっちゃって……」
「ううん、気にしてない」
「今から本戦の練習とかしたかったんじゃない? 代表だし……」
「私は本を読んでる方が好きだから。それに……」
「それに?」
パタンと、本を閉じた。
「新しい知識見つけた」
ほんの少し嬉しそうな声で、そう言った。
「クソっ、クソがっっ!!」
暗い日も当たらない、道。
カランと、蹴飛ばされた空き缶の音と呪詛が路地裏に虚しく響く。
少年──フールは苛立っていた。原因は1つ。あの落ちこぼれのせいだ。
「認めねえ……認めねえ……!」
社会の最底辺だと思っていたロイに一回戦で負けたことでメンツは丸潰れ、プライドはズタボロであった。学園をサボったのも、そんな仲間に嘲笑されるからだ。
「あいつのせいだ……! あいつさえいなければよぉ!」
完全に逆恨みである。散々煽った見下していた相手に負けただけだ。ロイにはなんの非はないのだから。
「おやおや、随分荒れていますねぇ」
「あ?」
振り向くと、そこにいたのは、フード付きマントに身を包んだ、黒ずくめの男だった。暗いのもあって顔はわからない。少なくともフールにこんな怪しい知り合いはいない。
「誰だおめえ」
「そんなことはどうでもいいじゃないですか」
正直どうでもよくない。
その声からして男だろう。優しそうな男の声だ。その人物はフールにゆっくり近づく。
「復讐、したいんですよね?」
「ん、お、おう……?」
黒づくめは懐から1枚のカードを差し出した。
そのカードは禍々しい瘴気を放ち、黒く染まっていた。
「あなたのような人なら、うまく使いこなせます」
「おいそれはどういう」
思わずそのカードを手にした時。
「あっ!?」
瘴気が滝のように溢れ、フールの体を飲み込んだ。
まるで影が人の形を持ったかのように、黒い塊がのたうちまわる。
「ああああああああァァァ……!?」
絶叫はどんどん小さくなり、次第に瘴気はフールに溶け込むように消えていった。
俯き、微かに肩を震わせるフール。それは苦痛か、恐怖か──
「へ、へへへ」
「どうです?」
「最高な気分だぜ……!」
フールは笑っていた。
様々な感情が混ざった、不気味な笑顔。だが、心の底から笑っているそれは確かだった。渡された黒いカードを黒づくめにみせる。
「おいおっさん! このカードはくれるんだよな!」
「はい。相応しい人にそれを渡す。それが私の役目ですから」
「へ、へへ……!」
くるりと男に踵を返し、歩き出すフール。
その様子を、黒ずくめは、わずかに覗く口元は──わらって見ていた。
「……待ってろ落ちこぼれ! てめえは終わりだ……!」
歪んだ憎しみが動き出す。




