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妖精の円舞曲 ~Fairy Waltz~  作者: ことぶき司
第4章『 敗北 』
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第12話『真相』


「ユウタが、【妖精】?」


「ええ、そうよ」


 疑問符を声に出す黒衣に、杏子は平然と答えを返す。


 ここは黒衣の自室。従姉弟であるキアラに諭され、アリスを迎えに家を出ようとした黒衣を自室で待っていたのは意外な人物。杏子だった。


 杏子はズズズ、とこの家にあったのか疑問の残る紅茶を、あろうことか黒衣のマグカップに注ぎ、それを飲んでいた。

 自分のカップを他ならぬ杏子が使っていると思うとどこか気恥ずかしくも感じるが、今は見ないフリでもしておこう。


 それより今は、もっと重要なことがある。


「悪い冗談ですね。アリスじゃあるまいし、何か妙なモノでも食べたんじゃないですか」


「あら。心配してくれるの? でもお生憎様。今日はまだ何も食べていないの。だからお腹が減りすぎて死んでしまいそうだわ。何か美味しい物でも食べたい気分」


 フフン♪ と腹部をさする杏子のその表情はとても辛そうには見えず、むしろ何かを楽しんでいるかのようにも見える。


「聞いてたんですか。さっきの」


「聞いてないわよ。お鍋の話なんてこれっぽっちも聞いてないわ」


「聞いてたんじゃないですか……」


 どうやらさきほどの姉さんとの会話を聞かれていたらしい。


 杏子は悪びれもせず、楽しそうに言ってくる。


「あら。盗み聞きでもしてたかのような言い草ね。聴いたんじゃなくて、聞こえてきたのよ。先生、声大きいから」


「ああ……」


 それを言われては納得せざるを得ない。


「だったらその後の話も聞こえてたでしょ。今はちょっと、【妖精】の話をする(そういう)気分になれないんです。待っててもらって悪いんですけど、また明日にして——」



「昨晩、【妖精】に襲われたわ」



「っ……!」


「その【妖精】が何者だったのかは、言わなくてもわかるでしょ?」


「それがユウタだって、言いたいんですか?」


「うん、そう。ま。正確には、あたしたちが討伐に向かったんだけどね」


「何で——」


「言わなかったのかって?」


 台詞を先回りされ、黒衣は言葉を詰まらせる。


「仕方ないじゃない。まさか、その時はこんなことになるなんて思っても見なかったんだもの。あたしたちも、最初はひょっこり現れた野良の【妖精】を狩りに行った程度の認識だったから。強さも、聞いてた被害の規模から、よくいる【獣種】くらいなもんだと思ってたし」


「じゃあ——」


「最初のうちはね」


「最初のうち……?」


「ええ。あたしと桃は【妖精】と会敵してすぐ戦闘に入った。正直、呆気なかったわ。桃の出る幕もないくらい、あたし一人で倒せてしまえるほど、その【妖精】は弱かったわ」


 弱い【妖精】。黒衣にとって、【妖精】とは人間を遥かに上回る強大な力を持つ存在だ。実際、あの時はそうだったし、殺されかけもした。だが強い力を持った【妖精】の方が特殊なようで、大抵の【妖精】はそれほど大きな力は持ち合わせていないらしい。ただそれでも、人知の及ばぬ相手であることは確かで。そうでなくとも、ただの獣相手でも油断はできない。なぜなら、人間ただ一人では狼一匹に勝つことすら困難なのだから。黒衣もそれで殺されかけた。あの場で【魔法】が覚醒していなければ、黒衣はおそらく死んでいただろう。大切な人と共に——。


 ただ、杏子はそれを踏まえて上でも”弱い”と言っているようだ。


 【逢魔時】の中でもよく見かける程度の、弱い【妖精】なのだと。


「でも、問題はそこじゃないの。問題だったのは、その【妖精】が隠蔽の【魔法】を使っていたことよ」


 【魔法】は誰しもが使えるというものではない。


 【魔法】が使える者は、万人が羨む才能の持ち主でも、誰しもが認める努力家でもない。奇跡を起こせるに足るだけの運命きっかけ。それと、その運命に抗うための願望ねがいを必要とする。どちらか片方だけではいけない。類稀なる運命きっかけに出逢おうと、望んで止まない熱き願望ねがいを抱こうと。ただそれだけでは足りない。

 【魔法】の覚醒には、その両方があって初めて目覚めるもの。


 無論、それは【妖精】といえ例外ではない。


 この世在らざる存在——【妖精】でさえ、【魔法】を扱うことは容易いことではない。


 【魔法】を扱うにはそれ相応の運命きっかけ動機ねがいが必要となってくる。


 ただ、【真名持ち(ネームド)】と呼ばれる【妖精】たちにおいては、その限りではない。


 【真名持ち】の【妖精】はその名の通り、固有の名前を持った【妖精】たちだ。物語において重要な役割を担った登場人物キャラクターたち。その全てが、後世に語り継がれるだけの運命を持ち、そして何らかの願望を思い願い続けていた者たちなのだ。


 すなわち、【妖精】にとって【魔法】を扱えるということは、それだけで何か特別な存在であるということの証明だ。


 たとえ【真名持ち】でなかったとしても、やはり例外ではない。


 一週間前の【魔女】との闘い。そこで黒衣と対峙した灰色狼が、【魔女】の配下という特別な立場であったように……。


 そして今回現れたというその弱き【妖精】も【魔法】を使うと杏子は言う。


 それは同時に、その【妖精】も特別な何かだということの証なのだ。


 だが黒衣が気になったのは、そこではない。


「隠蔽……ですか?」


「ええ。早い話、正体を隠す【魔法】ね。だからあたしたちはまず、その【魔法】を剥がすことに注力したわ。正体がわからないんじゃ、調査もヘッタクレもないものね。幸い、桃の見立てでは、一定のダメージを与えることで無力化できる程度の【魔法】だったわ」


 そこまでを、杏子は淡々と話す。


 一見すると、事態は滞りなく終わりを迎えたように聞こえる。


「でも——」


 だが、そうではない。


 それは、真っ直ぐに見つめる杏子の視線を見ていればわかる。


「ええ、そう。そう上手くはいかなかった。そこに、ヤツが現れた」


「ヤツ……?」



「『白ウサギ』よ」



「っ!!」


 嫌な予感はしていた。

 だが、まさかアイツが——。


「なぜかは知らないけど、白ウサギはその正体不明の【妖精】を助けに来たの。普通、自分の手下でもない限り【妖精】が他の【妖精】を助けるなんてことはありえないのだけれど」


 だがそれがありえてしまった、と。


「なんにせよ、白ウサギはその雑魚【妖精】を庇い、あたしたちの前に立ちはだかった。……正直、とてつもない強さだったわ。雑魚【妖精】との闘いなんか準備運動ウォーミングアップにもならないくらいには、ね」


「そんなに……、ですか」


「ええ。たったの一撃。たったの一撃で、あたしたちは敗走を余儀なくされたわ」


 杏子と桃を、一撃で……。尋常ではない。


「じゃあ桃は」


「桃は……あたしを庇って白ウサギの一撃を受けたわ。直撃さえしなかったけど、霊器をかなり削られたわ。今は霊体化して回復に努めてる。あたしも気を失って、目を覚ましたのは日が暮れる少し前よ」


「そう、だったんですか……」


 ——そうとも知らず、俺はアリスとケンカなんかして……。


「ええ。誰かさんが性懲りも無く特訓をサボらなければ、もう少し早く報せることができたでしょうにね」


「ぐ……」


 そう言えばそうだった。


「もう大丈夫なんですか?」


「ええ。言ったでしょ。桃があたしを庇ってくれたって。あたしが倒れたのは、単に強烈な魔力のよはに当てられたから。体への被害は全くないわ」


「そうですか……」


 不幸中の幸い、とはこのことなのだろう。

 役立たずな自分には腹が立つが、杏子が無事だったことには素直に安心する。


「ただ一つだけ。あたしたちも、ただやられて帰ってきたわけじゃない。白ウサギの一撃を受ける間際、【妖精】を覆っていた隠蔽の【魔法】(かげ)だけは削いできたわ」


「じゃあ、やっぱり——」


「ええ。あの子——ユウタくんだった」


「…………そう、ですか」


「結果としてだけど、あなたの相棒、アリスの言っていた事は正しかった」


「ええ。そうですね……」


「…………まだ迷ってるの?」


「え……?」


「黒衣くん。アナタ、最初から気付いてたんじゃないの? あの子が、【妖精】だってこと」


「……【妖精】だと思ってたわけじゃありません。ただ、あの子が——ユウタが、昔の俺に、少しだけ似ていたから」


 何も知らず、無邪気でいれた頃の俺に。


 誰にも理解されず、それでも足掻いていた俺に。


 その両方の俺に、似ているような気がしたから。


「だからこそ、どうしても見捨てられなかった。信じてやりたかった。他人ひとと少し違うあの子を……。でも同時に、アイツ(アリス)が嘘を吐くはずがないとも感じてて。……結局俺は、最期までどっちのことも信じてやれずに」


 そしてアリスを傷つけた。


 何もかも中途半端な俺が招いた——、これは罰なんだろうか。



「ッブ——!?」



 ッシタ——と、突然冷たい手のひらが黒衣の両頬を覆う。


「せ、先輩何を——」


「そこまでわかってるんなら、やる事は一つでしょ」


「……やること……?」


 綺麗な黒の瞳が、眼鏡の奥で黒衣を見つめる。


「そ。さっき先生と話してたこと」


「!」


 ——その一言で、再び落ち込んでいた俺の気持ちが浮上する。


「先輩、俺、ちょっと行ってきます」


「ん。それでこそあたしの後輩よ」


 立ち上がる黒衣にニッと笑って、杏子も続いて立ち上がる。


「じゃ、さっさと行きましょうか」


「え……、でも先輩……」


「問題ないって言ったでしょ。早くしないと、あの不思議好きのお姫さまは何かよくわからないうちに騒動に巻き込まれちゃうわよ」


「それは……」


 ——大いにありえそうだ。


「それに、タダでやられて素直に引き下がるほど、あたしの本への愛は甘くないわよ」


 ——今回本は関係ないような気が……。


「さ。そうと決まったら、善は急げよ、黒衣くん。あの娘をさっさと見つけて、みんなでご飯にしましょ」


「ウチで食べるのは決定事項なんですね」


「モチのロンよ」


「先輩それ、古いです——アダッ」



 そうして二人は、黒衣の自宅を後にする。


 時刻はちょうど、三つの星が天高く輝く頃合い。


 そんな星空の下、黒衣のポケットが小さく震える。



 とある一つの報せを、届けるために……。




次回、ピンチってやつです

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