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妖精の円舞曲 ~Fairy Waltz~  作者: ことぶき司
第4章『 敗北 』
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第11話『遭遇』




 ポツリ、ポツリと、アリスは住宅街を歩いていた。


 いつの間にか日はすっかりと姿を隠し、一面オレンジ畑のように橙としていた街並みは夜の帳の奥へと沈み込み、音すらも聞こえない静寂の中へと世界を落としていた。


 そんな一転した世界を、アリスとぼとぼとした足取りでただ徘徊を続けている。


 アリス——【妖精】にとって時間の経過は些細なことだ。元より彼らに時間の概念は薄く、知らぬ間に幾日が経過してようと大した問題ではない。


 問題なのは、この時間が経ようと収まらぬ胸の奥のよどみ


 アリスは思う。


 以前なら、少し嫌なことがあってもすぐに忘れ、よほどの嫌なことがあっても気晴らしにクリケットでもしていればにやはり忘れていたものだ。


 だが今はどういうわけか、そういう気分にはなれない。


 クリケットができずとも、何か可笑しなものを見つけに外を歩いていればとも考えたが、やはり一向に気分は晴れない。


 普段は夜外出することは許さない。なんでも、夜の十時を過ぎるとお巡りに『ホドウ』というものをされてしまうらしく、子供は大人しく家で寝ていなくてはならないと言う。


 子供は自分の方だろうと言っても、こればかりは人間は譲りはしなかった。


 それに姉君も、どうやら人間の通う学校の教師だったらしく、わたしたち二人の扱いに関してはなかなか厳しいものがあった。普段は安穏と過ごしているというのに、その内から溢れるオーラは達人のそれに近いものを感じさせられた。やはり只者ではないらしい。


「…………」


 自分で言って思い出してしまう。


「別に、わたしは……」


 人間に何か言われたからどうとか、そういうわけではない。

 ただ単に気が乗らなかった。家に帰る気分ではなかった。


 それだけのことだ。


 だから決して、怒っているだとか拗ねているだとか、そういったことではない。

 ないのだ。


 ないの、だが……。


「人間のアホめ」


 【読み手】とは——パートナーとは互いを信頼するもの。

 自身の願望を、夢を、未来を預けるのだ。それは当然と言えよう。

 根拠などなくとも、わたしを信じるのは当たり前だ。

 

 というのに、彼奴は。


「何故わからぬのだ」


 再三に渡りわたしが忠告したにも関わらず。

 彼奴はわたしを信じようとはしなかった。



「あんなことを、言ったくせに……」



「ギャハハハハハハ」


 アリスがボソボソとそんな呟きを繰り返していると、夜中にも関わらず下品な笑い声を響かせた連中が道の反対側からやってくる。


 貧相な器を必死に隠そうとするような派手な衣服。知性の欠片もない言葉遣いと嗤い声。夜に出歩き無法者アウトローを気取る矮小なソレら。


 これが噂に聞く『不良』なるモノたちなのだろう。


 人間も不良を自称しているようだが、アレらと比べればあらゆる点で雲泥の差。既に別の生き物にすら映る。


 ……ああ言った手合いは関わらぬが吉だろう。


「んん?? おお!?」


 アリスはそう思った矢先。

 不良の一人がアリスに気付き声をあげる。


「オイオイオイオイ。こりゃまたえれぇマヴイちゃんねーじゃねぇかぁあおい! 外国人さんか何かかなぁあ!?」


「…………」


「オイオイオイオイオイオイオイオイ!! なにナチュラルにシカトキメてくれちゃってんのぉお?? さすがのオレっちもびっくらこんの塩昆布長よぉお??」


「「ギャハハハハハ」」


 話しかけてきた不良のセリフを聞いて取り巻きが笑う。


 どうやら素通りは失敗らしい。


 アリスは今日という日の不幸を呪って特大のため息を吐き出すと、視線は向けずに声を出す。


「……もしかしてそれは、わたしに言っているんじゃなかろうな?」


「オイオイオイオイ。お前以外他に誰がいるってんだよフィアウィ?」


 その会話だけで頭が痛くなる。


「まさか、貴様のような豚以下の下等生物が身分すらも弁えず、よもやこのわたしに話しかけてこようとは。あの阿呆がまだ可愛く思えてくる」


「あああぁん??? オイオイオイオイ。さっきから何わけわかんねぇこと言ってくれちゃってんの? もしかしてもしかしなくてもそれってオレっちにケンカ売ってくれちゃってんのかあぁん??」


「すまんな。生憎だが、わたしの家庭教師も豚語までは教えてくれなかったのだ。ゆえに豚は豚とだけお話ししといてくれ」


「オイオイオイオイィイ!! さっきから大人しく聞いてりゃヒトをブタだのなんだのって好き勝手言ってくれちゃってぇえ?? だけどそーいうところもオレっちってば興奮しちゃう的なぁあ???」


 やはり、少しでも会話を試みたわたしが愚かだったようだ。


「もうよいか。よいな。だったらわたしは行かせてもらう。お前たちのような愚鈍な連中に付き合ってやるほど、わたしも暇ではない」


「オイオイオイオイ。オレっちってば待てって言っちゃってるわけぇえ。うどんが食いたいんならオレっちがウマイ店紹介してあげっからさぁあ? もちっとだけ付き合わな——」


 そうして不良の手は自然にアリスの体へと伸び——、



「 触れるな 」



「ぃ……!?」


 アリスの、ただの一声に動きを止める。


「わたしに関わるなと言っているのだ。これ以上貴様らの領分も弁えずわたしの邪魔立てをすると言うのなら、温厚なわたしとて容赦はしない。今のわたしは、手加減ができるほど虫の居所が良くはないのだ。わかったのならその汚い手を——」



「 おじいさん? 」



 アリスの恫喝によって夜闇に重量を増したその空間に、一つぽっかりと穴でも開けたかのように、その幼気な声は夜の帳を溶かす。


 アリスも男も、取り巻きの不良も、皆が静止して声のした一点へと視線が向けられる。


 そこにいたのは一人の子供。


 このような夜の町角には似つかわしくない、純朴にはにかんだ笑顔を形作った子供が、そこにはポツンと立っていた。


 そしてその子供の顔に、アリスは見覚えがあった。


「ユウタ……、か?」


 昼間見た見知った顔に、アリスは思わず呼び声をあげる。


 だがアリスに気付いているのかいないのか。

 ユウタらしき子供はアリスの呼びかけにも応えず、ただ不良たちに問う。


「ねえねえ。おじさんたちは、ボクのおじいさん? それとも別のおじいさん?」


 子供らしい高い音色の声に、淡々とした喋り。一目では男女の判別が付かぬあどけない相貌。


 そのどれもが昼間接したばかりのものと相違などなく。


 アリスの感じる限り、そこにいる子供は間違いなくユウタだった。


 だというのに……。


「ギャハハハ。おい、お前ジジイに見えるってよ!」


「っるせぇえなぁあ、おい!」


 不良たちは突如夜の町角にと姿を現したユウタに対し、奇妙という印象はあるものの、それ以上の不信感など抱きもせず、ただ単に子供が町を彷徨いている程度の認識でユウタへと話しかける。


「オイオイオイオイ。ボクちゃん……お嬢ちゃんかな? まぁどっちでもいいかぁあ? いけないよなぁあ。ボクちゃんみたいなカワイイ子供がぁ、こんな時間に一人で出歩くなんてさぁあ? いけないんだぜぇ、いけないんだ」


「おじさんたちはおじさんじゃないの?」


 全くもって文脈など無視したユウタの問いに、不良は一瞬顔を歪ませるものの、相手が子供と思い直し気持ちの悪い作り笑顔を浮かべる。


「ああそうだよぉ? それと、オレっちはおじさんじゃなくて、おにいさんなぁ?」


「そっかぁ。おじいさんじゃないのかぁ……」


 否定の答えを返した不良に、ユウタはあからさまに残念そうな声を出す。


「ああ。だから、ボクちゃんはさっさとおウチに帰って、ママンとオネンネでもしなぁあ? おにいさんたちは今とぉおっても忙しいところなんだよぉお?」



 いかにも子供が出しそうな声に仕草。


 だがその一つ一つが、アリスにはどこか歪に見える。


「ユウ——」


 だから思わず、アリスは手を伸ばす。


 何か嫌なものを感じて。


 そう、まるで——



「 だったら、食べちゃってもいいよね 」



 ——子供のガワを被った、ナニカに思えて。


「へ——?」


 その場にいた誰もが、事態を正確には把握できなかった。


 何が起こったのか。それを直視していた誰もが——おそらく当事者であるその不良でさえも判断できなかっただろう。


 端的に言えば、ユウタが不良の首筋にかぶりついたのだ。


 カプリ、というかわいらしい擬音すらも聞こえてくる、それは一見すると微笑ましい子供の行為。


 だがそうではないのだと、すぐに報される。


「ぁ——、あ……」


 か細い、今にも消え入りそうなその音を、声だと認識できたものがいるだろうか。


 もしいるのなら、それは目の前にいたアリスだけだったろう。


 かくしてそれは、ユウタに噛み付かれた不良の声だった。


 ドサリ——


 そしてそれを理解するよりも前に、不良の体が地面へと転がる。


 不良のその顔は白く痩せ細り、数分前まで豚のようにでっぷり太っていた人間と同一人物だとはとても思えない、変わり果てた姿となって倒れていた。


「ユウタ……、お前……」


 奇しくもそれは、アリスが黒衣へと指摘した通りの事態。できれば当たって欲しくなかった可能性だったことを示していた。


「あーおいしかった。でもあんまりおいしくなかったかな」


 矛盾した言葉を並べるユウタを、もはやおかしいとさえ思えない。


 その狂いすらも当然だと思えるほど、目の前のユウタの雰囲気は人のそれから逸脱していた。


「もしかしてだけど、このおニイさんがおいしくなかっただけで、他のおニイさんたちはおいしいのかな」


「ひぃっ、ひぃいいい……」


 ようやく事の事態を把握したのか、倒れた不良の取り巻きたちは一目散に逃げ始める。


「ねえねえ。なんで逃げるの。逃げちゃヤだよ。あ。もしかして鬼ごっこ? ボクやったことないんだ。あれでしょ。捕まったらダメなんでしょ。それって、捕まえたら食べていいってこと? そうだよね? だったら——」


 途端、ユウタの足元が黒い影に包まれ、その姿を一変させる。


 そして次の瞬間には、ユウタは蹄を蹴り、アリスの遥か後方へと逃げていた取り巻きたちの元へと飛び——、


「いっただっきまーー……」


 大きく、その口を開ける。


「ひ、ひぃいいいい!!」


 ガキン——


 だが、ユウタの体は取り巻きたちへと齧り付く前に引き剥がされる。


「やめろ、ユウタ」


 どこから出したのか、水玉と白の日傘パラソルを取り出したアリスは、ユウタと取り巻きたちの間へと割って入り、守るようにユウタの前へと立ちはだかる。


「いったーい……。あ。あ、もしかしてもしかして、お姉さんがボクのおじいさん?」


「違う。私はアリスだ。忘れたのか」


「ありすありすありす……。おじいさんの……いや、お兄ちゃんの……ありすアリスArisu……」


 ユウタはアリスの名前に一瞬反応するが、ぐしぐしと思い出せないといった風に髪を掻き毟り。


「あ。あ、もしかして、お姉さんは食べてもいいおじいさん?」


 すぐ元の無機質な笑顔へと巻き戻る。


「ユウタ……っ」


「ね。ね、そうだよね。そうなんだよね。だったらあれだね。食べるね」


 見たことのない表情を顔に走らせ、ユウタはアリスへと笑顔を向ける。





次回、まだ家にいます

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