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最終話 冥護

最終話 冥護


あんたの母親からの荷物は、小型のタブレットだった。

何度も見た事がある。

あんたがあのゲームに使っていたものだった。

荷物にはあんたの母親から、手紙が添えられてあった。


手紙は俺が友達でいてくれた事への感謝から始まって、

俺にはわからないような難しい病名で、あんたが亡くなった事、

ずっと自宅療養を続けていたが、

あの雪の日の前夜に容態が急変した事が、丁寧な文字で綴られていた。

そしてこのタブレットは、その時が来たらすぐに俺に送って欲しいと、

本人から前もって頼まれてあった事が書かれてあった。


充電は必要なかった。

用意周到なあんたの事だ、もちろん次の合戦に備えてあったのだろう。

電源を入れれば、フル充電の状態で立ち上がる。

ログインも必要ない。

アプリを起動すれば、マイページが表示される。


「島左近」、その戦力は俺が最後に見た数値と変化はない。

このゲームのデッキは用途に合わせて、複数個作成出来る。

そのひとつに、「おすすめ」という名前のデッキがあった。

そのデッキを見て、俺は驚きを隠せなかった。

普段合戦で見る戦力とは100万近く違う。

カードの組み合わせ次第で、400万も超えられるだろう。


育成アイテムにも予備がある、無料のガチャ券も天井を超えるほどある。

有料ガチャを引くための通貨も、1回分ぐらいはある。


スキルも驚くほど豊富だ。

確かあんたは、少し上位の連合からブリーズにやって来た人と聞いている。

その上位連合で必須のスキルが、ブリーズでは出番のないまま、

いくつも倉庫に眠っている…。


課金額も相当のものだろう。

何かの報酬でもらえるガチャ券からは、決して出ないカードもある。

あんたはイベントを走るだけではなく、課金もして、

抽選の機会そのものを、最大限に活かしていたって事。

あんたのガチャの引きは相当な強さだったが、そこにはちゃんと理由があったって訳か。


俺にこのタブレットを託すほどだ、あんたには生命の終わりもお見通しだ。

金なんて持っていても、もう使う用途も体力も時間もなかったのだ。

せいぜいソーシャルゲームに課金するのが関の山だ。

遠くからわざわざ会いに来た、俺の相手をするのもやっとだったのだろう。

あちこち連れ回して悪かったな、つらかっただろうに…。


あんたはこのタブレットを、まったくの専用機にしていた。

他にはキーボードアプリなど、最低限のアプリしか入っていなかった。

ファイルもほとんどない。

わずかな合戦ログのスクリーンショットと、メールが1通だけだった。


そのメールは件名もなく、本人が送り主になっていた。

スクショでも転送しようとしていたのだろうか。

でもそれは違った、本文には文字しかない。

書き出しは「連合員ペルソナ」、そうあった。


やはり俺にこのタブレットを託す事と、引き継ぎ用のIDとパスワードが書かれてある。

そしてあんたのアカウントは、俺が好きに使って良い事。

通貨は少ししかないので、必要なら補充して使って良い事。

それからありがとうの言葉。

好きとか愛してるとか、気の利いた言葉はないのかよ、でもいいさ。

あんたは最初から最後まで嫌な女、ただそれだけの事。



ゲームの片隅の小さな事件など、誰も気付かない。

あんたは死んだ。

削除されないアカウントは、「島左近」はそれでもなお生き続ける。

その日、「連合員ペルソナ」は亡霊となった…。


ギースはその後も多忙が続き、とうとう引退を決めた。

連合はそのままギースとそのサブと共に眠る事として、

連合員の「島左近」は「ペルソナ」を引き連れて独立し、新しく連合を立ち上げた。

所属連合員も勧誘は行わず、紹介からのみとした。

紹介制だから、参戦率も定着率も悪くない。

人数は多くなくとも、全員にそこそこの参戦率があるから合戦も勝てる。

勝てるようになると人も自然と集まり出す。



今日も合戦は変わらず繰り返される。

亡霊がコンボを積み、必要に応じて奥義を提供する。

死人が戦力を供給し、連合の得点源を立たせる。

そいつが大技をきめられない時は、代わりに点を取りに行く。


死人は亡霊を従えて生き続ける。

誰にも言えない秘密をまとって生き続ける。


誰にもバレる事はない。

狡猾なギースとタメを張るほど狡猾なあんたは、やっぱりそこも用意周到だ。

タブレットのユーザ辞書はよく学習されてある。

よく使う単語や記号、顔文字、それから短文まで。

掲示板への書き込みは、履歴をたどれば簡単だ。


しかもアカウント登録者は島村左近という女、どうにでも言い訳出来る。

変更された請求先が男ならなおさら。

俺が口を割らない限りバレる事はない、自信はある。

「ペルソナ」が無口なのも、今さら始まった事じゃない。

だって俺はずっと、「謎の古参連合員」だったのだから。


所属の連合員らは、あんたが知り合った人たちを中心に構成されている。

ブリーズ時代の元連合員など、共通の知り合いもいる。

少し変わったなぐらいには思うかも知れないが、そんなの強くなったなの範疇だ。

あんたのプレイは俺もずっと見て来た、誰も気付いてはいない。

「島左近」が俺だって事に、「ペルソナ」はそのサブだって事に。

死と生が交差した事に。


連合名は「INTERSECTION」、盟主は「島左近」。

そして最初の連合員は「ペルソナ」。

連合が解散して、あんたと俺の二人から始まったのはあの時と同じ。

あの時、あんたは連合の全てを俺に許した。

俺に恋の始まりなど許しもしなかったくせに、それ以上の発展は許すのか。

あんたは「島左近」という命を俺に許した。


あんたの肉体は滅んで消えた。

でもあんたはここにいる、最愛なんかよりもずっとそばにいる。


今日もまた合戦は繰り返される。

死人は亡霊を従えて生き続ける。

誰にも言えない秘密をまとって生き続ける。

死人と亡霊は今日も戦場に立ち、共に戦い続ける。








「連合員ペルソナ」     完


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