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第18話 鮮美透涼

第18話 鮮美透涼


「私から行く事は出来ないが、来るのは勝手だ。

でもそこには太ったおばさんがいるだけだ、そういうつもりならやめとけ。

ただがっかりするだけのために、わざわざ来る必要はない」


リアルで会う…俺は男であんたは女だから、これは直結に当たるだろう。

このゲームでチートに並ぶ重罪だ。

運営にバレたら、垢BANはまぬがれない。

あんたはそれも許すのか。


「…俺もおっさんや。おっさんとおばちゃんが何の目的もなくただ会うて、

なんでもない事をただ話すだけや…それだけじゃ不満か?」


ただ会って、ただ話したかった。

こんな男だから、会ったところで上手くは話せないだろうけれど、

それでもあんたと話してみたかった。


「『島左近』、 『Sakura Breeze』でぐぐって」


それがあんたの答えだった。

言われた通りのキーワードでグーグル検索をし、

ヒットしたTwitterアカウントにダイレクトメッセージを送った。

Twitterはあまりつぶやかれておらず、連動企画に参加したり、

キャンペーンや懸賞に応募するために、リツイートしているぐらいだった。

俺とあんたはゲーム外でやりとりを重ね、連絡先を交換し、予定を合わせた。

次の週末、こういう事は早い方がいい。

俺があんたのいる横浜まで出向く形にした。



そうやって会った「島左近」は、あんたは、若いという第一印象だった。

あんたは40歳、俺とはたった2つしか違わない。

それなのにまだ30歳手前ぐらいにしか見えなかった。

背の高い人で、男としてはやや小柄なギースより少し高いぐらいだった。


あんたは太ったおばさんと表現するが、それは違うと思った。

張りのあるいい身体だ。

あんたは日本人にしては珍しく、頭が小さく、身体は厚みのある骨格をしていた。

顔立ちもくっきりと華やかだ。

長い黒髪も天然パーマなのだろうか。

顔周りはくるりとしたカールで縁取られ、後ろはゆるく波打っていた。


予想外に美しい人だ…俺なんかとは別世界の人間だ。

だからこそ鮮やかだし、まるでそこだけ澄みきったかのようだった。

ギースもこれには驚くだろう、でも内緒だぞ。

今、あんたが俺の目の前にいる事は、タブーなのだから。



適当に入ったファミレスで、ぽつぽつとお互いの事から始めて、

それがだんだんと打ち明け話になって、思い出話になる。

あんたは連合の掲示板以上に、話が上手い。

人当たりも良い、俺みたいな男の口でも開かせるのは簡単だった。

思い出話はバカ話になって、時間を忘れさせた。

そのついでに帰り際、俺はをスマホ忘れるという失態を犯してしまった。


帰りの新幹線に乗ってから気付いた俺は、あわてて途中下車した。

連絡先はメモがかばんに入ってる、あんたのスマホに電話をかけた。


「よかった、対応に困って警察に届けようかと思ってた。

これから横浜まで取りに戻るか?」

「あかん、もう名古屋や…着払いで送って! 頼む!

…あ、てか、22時合戦出て!」

「は? バカな事言うな、どこに送ればいい?」


送り先は武本哲生、俺はあんたに自宅の住所を言った。

スマホはすぐに届き、俺はお礼に菓子折りを送った。

送り先は島村左近、それがあんたの本名だった。

ゲームでの「島左近」は、戦国武将の名前などではなかった。

ただ単純にあんたの本名を縮めただけだった。

菓子折りは派手なスマホカバーに、派手なスマホカバーは地元の果物になった。


それをきっかけに、俺たちは機会があるごとに会うようになった。

半年後には俺が東京の会社に転職して、その頻度はより高くなった。

東京ではどこへ行くにも、電車や地下鉄だ。

前は第一の移動手段だった車も、今はあんたを拾うぐらいにしか使っていない。


あれから連合「Sakura Breeze」は期日きっかりに解散した。

連合の箱も予定通り、あんたの知り合いに譲渡された。

驚きだったのは、その知り合いがギースだった事だけだ。


「誰が知らん人に、今までみんなで貯めた連合資金をあげなきゃいけないのさ?」


あんたはそう言って笑っていた。

一応「解散」なので、連合は名を変えた。

「全国シエスタ競技会」、ギースを盟主にそのサブ、俺とあんたの4名連合だった。

俺とあんたのブリーズ連合員2名は、箱ごとギースに譲渡されたのだ。


ギースは新しく盟主となって、そのプライドも満たされた事だろう。

彼の仕事は相変わらず忙しかったが、参戦率は悪くなかった。

むしろ解散前より良いくらいだ。


連合が落ち着いた頃だった。

あんたはかにさんの誘いを受けて、別の連合へ勉強に出た。

俺もまた別の連合へと勉強に出る事を決めた。

あんたが頑張るなら、俺も頑張れる。

もう連合を離れても淋しくはない。

あんたを連合に縛り付けなくても、あんたはすぐ目の前にいる。



そうして戻って来たあんたは、また一段と強くなったように思う。

奥義も増えている、敵に与えるダメージも桁が違う。


「サプラーイズ!」


ある週末の19時合戦、延長時間突入であんたは声をあげた。

敵も4名の少人数連合、動きはまだない。

ギースが一人で29分間、HP最大値上げに勤しんでいるところへ、

二人してこっそりと忍び込む。

奥義は敵に気付かれるからだろうか、敷かないつもりらしい。

そうして延長時間突入で、あんたが最高の能力上昇スキルを叩き込む。

「朝風」、それを合図に二人で大技を連発する。


「いたのかwww」


合戦後、ギースが連合の掲示板で驚いていた。

安い居酒屋の個室で、二つの紫煙が灰皿に踊る。

お互い部屋着の延長のようなだらしない服装に、髪も起き抜けのままだ。

俺たちは顔を見合わせて、それから涙が出るほど大爆笑した。

あんたとは一番良く会う友達になっていた。

休みのたびになんとなく集まって飲み食いし、くだらない話に花を咲かせ、

遅くまでバカばっかやって遊んでいる。


恋でも始まるとでも思ったか?

俺も男だから、正直そこは期待せずにはいられなかった。

でもあんたがそれを許さなかった。

春近いある休みの日、あんたは待ち合わせに来なかった。

…そういう話でもしてみようと思っていたのに。


理由はすぐにわかった。

自宅にあんたの母親という人から、小さな荷物が届いた。

花びらのような、しっとりと重みのある大きな雪ひらが舞う午後だった。

受け取った荷物のその手触りで全てがわかった…。


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