第15話 スケアクロウ
第15話 スケアクロウ
このゲームの合戦は1日3度、1回30分間だ。
あんたは連合の盟主となってから、よくよくの用事がない限り休む事はない。
たまに休む時だって、事前に掲示板にその旨を書き込んでいる。
でもそれは合戦参加者が、あんた一人の時があるって事だった。
敵だって格上の時もあるだろう。
いつぞやの合戦イベントのように、ただやられるためだけに立ち続けるのだろう。
あんたは誰もいない田畑に立つ案山子と何ら変わらない。
俺だったらそんな合戦など、はなから参加すらしない。
あまりにも淋し過ぎる。
連合員らもその陰に隠れて、クエイベを回したり、ガチャを引いたりと、
こそこそと動いている。
案山子は古着の代わりに、ぼろぼろの心をまとって、
雨風の代わりに、敵の攻撃を浴びながら立ち続ける。
…かにさんが突いたのは、まさにそこだった。
彼の言葉はあんたの心に波紋を呼んだはずだ。
イベントの合間のある22時合戦だった。
いつもは夜勤に出ていても隙をみて参戦していたが、その晩に限って忙しかった。
翌朝、仕事から上がってガチャを引くついでに、その合戦ログを見た。
やっぱり誰もいない負け戦だった。
あんた一人が敵にただ得点を与えるためだけに、立ち続けていた。
ブリーズにはよくある事だった。
ところがその合戦はいつもと違っていた。
いつもなら、あんた一人でも残り5分を切ると、
強い奥義を敷いて、発動で大技を連発するはずだった。
それをあんたは残り15分24秒で敷いた。
そしてそれ以降、一切の行動はなくなった。
その時間、連合の掲示板には、ただ「落ちます」とだけ書き込まれてあった…。
…あんたにしては珍しい事だった。
珍しいと言うより、ちょっとした事件ですらあった。
「ギースさん、この後でちょっと良いですか?」
翌日12時合戦中、あんたは発言した。
この合戦には久しぶりにギースがいた。
俺も夜勤明けで、眠いながらも参戦していた。
あんたがこの発言をする時は、たいてい会議を開きたいという事だった。
会議の内容もお決まりのものだった。
連合員の貢献度報告、人事、勧誘など、至極事務的なものだ。
風呂に入って、カップ麺を食べながらデッキをいじっていた時だった。
ギースからLINEが流れて来た。
「島さんが盟主を辞めるって言うとる」
「マジか」
「なんで」、俺はそう返さなかった。
そう予想がついていたからだった。
「休みが欲しいってさ…俺も仕事忙しいから休みたい。
島さんには、盟主引き継ぎが出来なかったら解散を提案したよ」
「は?」
そっちは予想していなかった。
俺はスマホを取り落としてしまった。
慌てて返信を書き込む。
「島さん、何て言うた?」
「同意した、近々次の盟主募集が出るよ。
ペルソナには島さんから盟主の誘いが来るかも知らんね。
そこそこ参戦率あるし、古参やから」
「俺かよ」
「ま、ペルソナが連合続けたいならやってみたら?」
ギースは意外とあっさりとしていた。
「…それ、絶対かにさんのせいや」
「島さんみたいな人はどこの連合だって欲しいやろ。
あれだけの参戦率の高さやし、重要な奥義の持ち主やし、そのうえ成長も速い。
よっぽどの上位やない限り、のどから手が出るほど欲しい人材や。
かにさんが誘わんでも、スカウトは避けられん」
でも、その裏に嫉妬と淋しさが透けて見える。
ギースも仕事さえ忙しくなければ、どこかからスカウトが来ただろうか。
あんたの代わりに彼が連合を出て行くのだろうか。
俺を置き去りにして。
次の盟主募集は、その日の22時合戦終わりに一括挨拶で出された。
そしてギースの予想通り、俺にはあんたから直接盟主の誘いが来た。
やっぱり俺の参戦率がそこそこ安定している事、古参である事がその理由だった。
俺はその挨拶に返信しなかった。
…返信したくはなかった。
連合「Sakura Breeze」にとって、「ペルソナ」という連合員はずっと謎の古参連合員だった。
このゲームはただの付き合いでしかなかった。
参戦率も、除名になった月影さんや看板持ちさんに劣らぬ悪さだったし、
連合の掲示板に書き込む事もなく、ギース以外の誰とも絡む事はなかった。
そのギースとの絡みだって、ごく稀だった。
何もかもは「島左近」、あんたが来てからだよ。
ぼちぼちだけど、合戦に参加するようになったし、クエストも走るようになった。
戦力も40万近く上がった、スキルの使い方も勉強するようになった。
ごくたまにだけど、掲示板に書き込んで連合のやつらとも絡むようになった。
あんたの事はやっぱり嫌いだし、気に入らない。
あんたなんか二度と再起できないくらい、めちゃくちゃに倒してやりたい。
でもそれこそが魔法だったんだ。
かつて兼光さんがあんたにかけたように、あんたは俺に魔法をかけたんだ。
俺が返信しない事を断りと受け取ったのだろう。
それから1週間ほど経った22時終わりだった。
あんたはとうとう連合からの一時脱退を表明した。
同時にギースもサブを連れての連合脱退を表明した。
連合の幹部三役揃っての辞意表明だった。