第13話 前に立つ後衛
第13話 前に立つ後衛
ギースの嫉妬深さは昔から変わっていない。
たまたまあの奥さんが、それ以上に気の強い女だっただけだ。
彼の歴代の女たちは皆、それが嫌で逃げ出しているのを俺は知っている。
その嫉妬深さだって、よくいる束縛男とはまたひと味違うところが、
また何ともいやらしい事この上ない。
ギースの場合はまず無言になってすね出す。
そのままねちねちと圧力をかけて、相手を降参させるのだ。
…その嫉妬に何度相手した事か。
俺の方がテストの成績が良かった時。
夏休みのバイトで俺の方が稼いでいた時。
合コンで一番の女の目当てがなぜか俺だった時。
「島さん、下げ担当じゃないんだから、そんな毒いっぱい要らないってw」
「下げだけじゃないぜ☆ 『前に立つ後衛』と言って欲しいね。
この応援特化デッキで、連合の得点源であるギースさんが大得点をだな…くくく」
しかしながら、あんたもなかなかに上手い。
ギースの扱いもよく心得ている。
上から力で押さえつける奥さんとも、いじられ役に甘んじ続けている俺とも違う。
おだてるのが上手いのは同じだが、女を売りにしているキャバ嬢ともまた違う。
不思議な人だよ、あんたは。
あんたはまるで飯でも炊くように、淡々と日に3度の合戦をこなしていく。
俺やギースがいなくても、何ら関係ないらしい。
そのくせ俺らのどっちかが参加すると、陽がさしたように掲示板で反応する。
そうやってぶりっこな書き込みプレイを楽しんでいるかと思えば、
ギースとの話し合いや、連合員への連絡などは、事務的な硬い口調になる。
あんたは俺を連合の姫だと思っているようだが、その姫ともまた違う。
アイテムなどの貢ぎ物なんか、あんたはただの一度だって要求した事はない。
あんたが要求するのはいつだって、連合の盟主としてだった。
合戦に参加して、その報酬を受け取る権利を放棄しない事。
強くなる事のチャンスを放棄しない事。
それだけだった。
連合の誰がいつ合戦に参加しても、あんたがいる。
いない時なんてないんじゃないかって思うぐらい。
どの合戦のログを読んでも、あんたは開幕から30分間きっちり行動している。
前衛の誰がどのタイミングで入って来ても、最高のダメージが出せるようになっている。
敵がどんなに能力を下げて来ても、最低になる事はない。
あれからあんたは持ち前のガチャ運の強さで、
とうとうお目当ての「米沢上杉家」カードを引いたらしいな。
アイコンが上杉家の下女になっている。
奥義は一人一回しか使えないし、ラストの定番は「空爆島津雨」だから、
出番は未だないが、連合には「鷹山の改革」という悩ましい選択肢も出来た。
そんなあんたのデッキは、前衛としてはかなり特殊なものだった。
俺やギースのように、前衛必須の低HPからのあの大技がない。
一応は大技もあるけれど、それはほんの計略ぐらいの扱いだ。
代わりに能力を上下するスキルや、回復スキルが多く積まれてある。
「前に立つ後衛」か…。
よそから短期でやって来る、戦力高めの連合員はその重要性をわかっていた。
彼らの大体が、この連合よりはるか上位の連合を経験している。
そしてあんたもまた経験者のひとりだった。
「盟主ワロタ、後衛いらなくね?」
最近勧誘から入って来た、短期連合員の「かに」さんが板で笑っていた。
「そこは『前に立つ後衛』と言ってくれ」
「いや、それ大事だよ、すごく…敵はまず得点源のギースさんの能力を下げようとする。
ところがギースさんだけ下げて潰しても、盟主がいる。
盟主を潰さないかぎり、ギースさんの攻撃を潰す事は出来ない」
かにさんは戦力も高いが、上位100傑の経験者だ。
「…まあ、マウントがもっと強いと、なおいいんだけどね」
「そこは課題だね」
上位経験者だからか、かにさんは合戦に参加すると、
驚くほどの入力速度で指示を出して来る。
「後衛、奥義起動で全員起こして全体上げ!」
ギース不在だからって、軍師気取りかよ。
俺は気に入らないけど、あんたはそれを恵みと思っているらしい。
黙ってかにさんの指示に従い、冷たいまでに淡々とプレイを続行するまでだった。
その日はぺるりさんがいて、彼が中盤で応援効果を上げる奥義を敷いた。
後衛がHP回復スキルで前衛全員を起こす。
続けて全員の能力を上げる応援スキルを使う。
後衛は前にもいる、あんたが前衛全員の能力を上げる計略スキルを同時に出す。
敵は一掃され、応援は前衛全員に二重に当たる…。
「グッド!」
次の合戦イベントにもかにさんは参加してくれた。
ギースは仕事が忙しく、参戦が薄くなると掲示板に書いていた。
かにさんも仕事で来られない日があったが、来ると例の猛烈な指示を出す。
「くそ、大技潰しかよ…この状況だとなかなか極められないな」
かにさんはやはりものすごい入力速度でぼやいた。
その夜は格上連合との対戦だった。
終盤、敵は計略を多用して、こちらの低HPからの大技発動の阻止に出た。
「にやり」
あんたが書き込んだ。
そして自分のHPを全回復させると、大技を発動した。
あんたがデッキに入れている大技は、HPが満タンの時に最大ダメージが出る。
前衛必須の低HPからの大技とは、系統の違う大技だ。
合わせて積む補助スキルも大きく異なっている。
あんたの大技はせいぜい数千万程度と、特別目立った大得点ではない。
だが数があるのと、何よりHP満タン状態からの発動だから、
こういう不利な状況でも、安定してダメージを出せる。
ギースがいれば、それを足がかりに立って攻撃できるはずだ。
「前に立つ後衛」、あんたのデッキはそのまま「ギース支援特化デッキ」でもある訳だ…。
「おつかれさま〜結局負けちゃったね」
「次はがんばりましょう」
「ところで盟主、今度いっぺんうちのフレ連合に遊びに来ないかい?
そこの盟主も盟主と同じくらいモチベ高くて、盟主と同じぐらい成長も速い。
1年あまりで300万超えてる。…あ、遊びにって、もちろん短期でね」
「いやあ…盟主だから動けないよ」
あんたはあっさりと断った。
ところがかにさんは構わずに食い下がった。
「そこは承知だけど、盟主には同じぐらいモチベーションの高いところで、
勉強してみる方がいいんじゃない?」
「…考えとくよ」