第1話 連合員ペルソナ
第1話 連合員ペルソナ
あんたが「連合」に流れて来たのは、俺がそのゲームを始めて1
年ほど経った、
ある朝の午前4時の事だった。
それがゲーム「戦国☆もえもえダンシング」での、日付変更時刻だった。
この日付変更と同時に、ゲーム内ではさまざまな更新が行われる。
今さら「戦国」とかありきたりなテーマで、美少女化された武将など目
新しくもなく、
GvG型のカードバトルというシステムも、使い古された感に溢れた、
まさにソーシャルゲームの典型といったところだった。
ただひとつ違っていたのは、そのゲームが存在する時代だった。
ソーシャルゲームが登場し始めた、ガラケー主流の時代ではなく、
進化し、ソーシャルゲームの操作も複雑になった、スマホ全盛の現在っ
て事だった。
登場する時代を大きく間違えたゲームだったが、それなりに需要はある
らしい。
俺の周りだと、友達の奥さんが最初に始め、それから友達本人、そして
俺と、
長くガラケーを使って来た、ソーシャルゲーム初期を知っている年代が
主な客層で、
恐ろしく年齢層の高いスマホゲーだった。
確かに俺も今年で42になるおっさんだ。
「戦国☆もえもえダンシング」には、かつてのソーシャルゲームのよう
な、
招待特典の豪華さや有利さはない。
しかしそこはGvG、人手はいつだって必要だった。
友達に誘われてゲームを始めた俺は、問答無用で彼の所属連合の連合員
にさせられた。
ゲームの中で友達は「ギース」、俺は「ペルソナ」と言った。
連合は「Sakura Breeze」と言う名だったが、俺たちは単純に
「ブリーズ」と呼んでいた。
どこにでもあるリアル優先の弱小連合だったが、比較的合戦を重視して
おり、
合戦イベントには力を入れている様子だった。
友達の「ギース」は先に始めたのもあり、身近に奥さんという師匠も
あったので、
俺が加入した時、すでに連合内最強のプレイヤーとして、
「無双」という地位に就いていた。
連合の「無双」が「軍師」を兼ねるのも至極当然だった。
「盟主」や「補佐」と並んで、「軍師」にも連合の管理者権限が与えら
れる。
連合内で権力を手にしたギースは、機種変更前の端末を使い、
サブアカウントを作成して連合に所属させ、その権力を確かなものにし
た。
一方の俺はと言うと、付き合いで始めただけにやる気もあまりなかった
が、
それ故に少しは強くならざるを得ず、連合内でも中位どまりだった。
このゲームの合戦は前衛と後衛に別れており、前衛は連合内の戦力上位
5名からなり、
そのぎりぎりで前衛を務めていた。
ギースは権力もあったし、リアルでも営業の仕事をしていたので、
連合内に設けられた掲示板でも、発言は多かった。
対する俺は人見知りするタイプで、しゃべりも得意じゃなかったから、
掲示板に書き込んで、連合のみんなの会話に入る事はほとんどなかった。
盟主に「ペルソナさんは謎」とまで言われるほどだった。
連合の盟主は「兼光」さんと言って、東京の高校生だった。
明るい性格らしく、よくギースと攻略について会話していた。
ただほとんど合戦に参加しない、いわゆる「寄生」の連合員を放置して
いるあたり、
盟主としての手腕はいまひとつらしい。
このゲームは連合への所属も強制で、新規のプレイヤーでも必ずどこか
の連合へと、
自動で配属される仕組みだった。
兼光さんは勧誘もそれほど熱心ではなかった。
時々連合への加入申請を自動認証にする程度だった。
そうすると誰かしら連合に流れて来て、定員の20名になる。
合戦に参加して「攻撃」や「応援」など、何かしらの行動をすると、
連合への貢献として、ポイント化される。
このポイントの増加量を見て、増加のない者を除名する。
しかしこの兼光さんの勧誘方法では、来るのが新人や放置アカウントば
かりで、
まともに動ける、しかも定着するプレイヤーはいないに等しかった。
動ける人には大抵行き先が決まっていた。
連合のメンバーはほぼ固定され、当然強くもなるはずはなかった。
…あんたがこの連合に流れて来るまでは。
その他大勢と一緒に流れて来たあんたは、ただの放置アカウントだった。
ゲームを少しだけプレイして、飽きて放置したと言ったところか。
戦力も30万未満、新規に毛の生えた程度だった。
放置だから合戦に参加する事もない、クエストを走ることもない。
ましてや掲示板に書き込むこともない。
あんたは「島左近」と名乗っていた。
全くの放置アカウントなら、兼光さんも寄生プレイを阻止するため、
報酬の比較的豪華な合戦イベント前に除名したはずだ。
ところがあんたは質が悪かった。
わずかながらもクエストを走っていて、それがクエストイベントの連合
内順位に記録されている。
寄生プレイヤーを放置する兼光さんが、あんたを除名するはずはなかっ
た。
連合には幹部職の他に、様々な「役職」があり、
役職に任命されると、クエストでの獲得経験値や獲得ゲーム内通貨が増
加される。
兼光さんはあんたにも役職を与えた。
「孟母断機」、役職の効果は獲得経験値と金が20%増加。
連合では不平等がないように配慮しているのか、みんな一律20%
だった。
それからも「島左近」は連合に在籍し続け、寄生プレイも続行し続けた。
2ヶ月ほど経った、夏も終わりのある日の事だった。
「合戦」は12時、19時、22時と、日に3度行
われる。
12時の合戦に「島左近」が後衛として参戦していた。
戦力30万もないような、新規に毛の生えた程度では、
スキルどころかカードも揃うはずはなく、ただ通常応援をするしかな
かった。
それでも俺は「島左近」のプレイに驚かされた。
この合戦には兼光さんも参加していたが、彼もさぞ驚いた事だろう。
「島左近」は30分間の合戦の間、ずっと通常応援を連打していた
のだった。
…しかも恐ろしい回数で。
1回の応援効果は微々たるものであっても、それが数百と重なり、
そしてそれは絶え間ない。
合戦の後で目を通した行動記録は、俺たち前衛の行動よりも、
あんたの通常応援でぎっちり埋め尽くされていた。
それ以来あんたは時々合戦に参加するようになり、
その「時々」は頻度を増して、「毎日」へと変わって行った。
クエストを走ると、合戦で行動すると、体力は消費される。
ソーシャルゲーム定番のシステムだった。
しかしそこはソーシャルゲーム。
「ソーシャル」というだけあって、「救援」なる仕組みが用意されてお
り、
救援要請を出した者を救援すると、救援者の体力も回復される。
そして救援者に「挨拶」なる、簡易個人チャットでお礼も出来る。
クエストイベントの最中だった。
あんたが救援要請を出しているのを見つけ、俺が救援した。
すると、用意された定型文で挨拶が2度届いた。
続けて連合の掲示板に新規書き込みがあった。
「挨拶の仕方がわからなくて、もし重複していたらごめんなさい」
あんたが初めて発言した瞬間だった。