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邪神殿(3)

 ハンディーカムを見下げながら腕組みをする時雨は少し考えた後、ある決断をした。

「見れないんじゃしょうがないから、場所を移動しよ」

「そうねぇん、紅葉ちゃんを探しに行きましょう」

 あっさりと二人はカメラに写った映像を見ることを断念し、紅葉を探しに行くことにした。

 紅葉を探し歩くこと数分、二人は石でできた宮殿を一望していた。

 時雨は目だけを軽く動かし宮殿を見回すと深い息をついた。

「何か、この遺跡の最重要ポイントって感じだね」

「もしかしたら、この中に紅葉ちゃんがいるかもしれないわねぇん」

「だといいけど」

 この時、時雨には何だかわからないが、もやもやした嫌な感じのモノが胸の中で増幅していた。

 二人が石段を一歩一歩上がって行くと、そこには大きな門があり、その左脇には大鷲、右脇には大狼の石像があった。

 時雨の足が扉の前で止まる。

「扉の向こうに人の気配がする」

「紅葉ちゃんかしらぁん」

 時雨は扉を開けようと力いっぱい押してみた。しかし、扉はぴくりとも動かない。

「開かないよ、この扉」

「時雨ちゃんここ」

 マナは扉に付いている鍵穴を指差した。

「鍵が必要なのかぁ」

「時雨ちゃん、ちょっと退いて」

 時雨が扉から離れると、マナは両手に魔力をいっぱいに溜め扉に向けて撃ち放った。すると、扉に当たった魔弾はスポンジに垂らした水のように扉に吸収され消えてしまった。

 扉に魔弾が吸収されてしまったのを見て、マナは一直線に扉に向かって行って、扉をコンコンと叩いてみた。

「……オリハルコンでできてるみたいねぇん」

 オリハルコンとは錬金術でのみ作り出すことのできる金属で、純粋な状態では金よりも軟らかく、合金にするとプラチナよりも硬くなり、ひんやりと冷たいのだが、金属全体からオーラのような揺らぎが立ち上り、軽さはアルミよりも軽く、他にも色々な性質を持ち合わせており魔道具としてよく持ち要られるのだが、その性質の中に魔法を無効にしてしまうという性質があり、マナの魔法が扉に吸収されてしまったのはこのためであろう。

 時雨は石段に座り込んで、両頬に手を付いた。

「鍵見つけなきゃいけないのかぁ」

 時雨はコートのポケットに手を突っ込むと緑茶のペットボトルとパッケージングされた塩せんべえを取り出した。

 それを見たマナはおなかに手を当てて、何かを思うように上を見上げた。

「そろそろディナーの時間ねぇん」

 マナはそう言うとディナーセットを魔法で異空間から取り出した。

 マナの出したディナーセットのセット内容は、テーブル(このテーブルには白いテーブルクロスがかけられている)、オートクチュールっぽい豪華な椅子、銀食器(皿は料理と一緒に出すのでこの場ではまだ出ていない)。

 マナは腰に手を当てて何かに対して頷くと、椅子に深く腰掛けた。

「はぁ、立ちっぱなしで疲れたわぁん。まずは食前酒を頂こうかしらぁん」

 マナはテーブルの上にワイングラスと赤ワインを出した。

 それを見ていた時雨は自分の持っているお茶とせんべえを見つめ、とてもひもじい気分なり、そして、マナの方を振り向きマナに夕食を食べさせてもらえないかとお願いをしてみた。

「あ、あのさぁ、ボクも夕食まだなんで、ご一緒させてもらえないかな?」

 マナは下民でも見るかのように見下した態度で時雨を見てこう言い放った。

「『マナ様、どうかディナーを食べさせてください、お願いします』は?」

 この言葉を聞いた時雨は一瞬ムッとしたのだが、自分のお腹が『ぐ〜』 と正直に鳴いたのを聞いてその感情を抑え、マナに願いをこうた。

「マナ様、どうかこのとてもひもじい思いをしているボクにディナーを食べさせてください、心からお願いいたします」

 最後に時雨は必死で満面の笑みを作りニコッとマナに微笑みかけた。

「まぁ、いいわぁん、そこにお座りになってぇん」

 マナが魔法で『普通』の椅子を出すと時雨はそこに着席した。

 こうして、二人はディナーを摂ることにした。

 ――二人がメインディッシュに口をつけようとしたとき、邪悪な殺気が辺りにたち込めた。

「敵かしらぁん」

「まだ、ディナー食べてないのに」

 二人の前に姿を現したのは白銀の毛を持つ大狼だった。

「あれがバラバラ殺人の犯人かしらぁん」

「食事会は中断みたいだね。……ん?」

 時雨は何かに気づき狼の首元を指差した。

「あれ、見てよ」

「なぁに?」

 狼の首元には鍵がぶら下がっていた。

「あらん、あの『ネックレス』欲しいわぁん」

「鍵の方から歩いて来てくれたみたいだね」

「じゃあ、時雨ちゃん、食後のいい運動頑張ってきてねぇん」

「マナは?」

「食後すぐの運動って身体に悪いのよぉん」

「何か言ってる事矛盾してるよ」

「あらん。そぉお?」

 マナの言い方は明きかに惚けていた。

「ほらん、お相手がこちらに向かって来たわよぉん」

 マナの言葉の通り、狼はその牙を時雨たちに向けて来ていた。

「はぁ、食後の運動か……」

 ため息を付きながらも、狼の相手をしようとしている。そんなところに、彼らしさが出ていると言ってもいいだろう。

 時雨はコートのポケットからビームサーベルを取り出し、そのスイッチを入れた。

 すると、辺りは一瞬まばゆい光に包まれた。その光によって、狼が一瞬怯んだところに時雨の剣技が放たれる。

 地面を蹴り上げ移動し、時雨の剣が刹那の瞬間に狼に突き刺さる。

 時雨が剣を一気に抜くと同時に狼の死の咆哮が辺りにこだまする。そして、狼はぴくりとも動かなくなった。

 勝負は一瞬の呆気ないものであった。その為なのかどうか、狼を仕留めた時雨の顔はとても不服そうな顔をしていた。

「どうしたの時雨ちゃん?」

 不思議に思ったマナが時雨に問い掛けてみたが、時雨が答えを返すまでには少しの間があった。

「この狼が足に巻いてる包帯、ボクのだ……」

「えっ……どういうこと!?」

 思わず紅茶を飲もうとするマナの手が途中で止まる。

「この遺跡であった女性には巻いてあげた覚えはあるけど、狼に巻いてあげてはない」

「その女性がその狼って事?」

「かも知れない……!?」

 時雨が狼を見つめていると、その狼が突如空気に溶けてしまったかのごとく、跡形もなく姿を消してしまった。狼がいた場所に残っていたのは、包帯と鍵だけだった。

「消えた」

 時雨はそう小さく呟くと、鍵が拾い上げポケットに突っ込んだ。

「この鍵で開くといいけどなぁ」

 時雨は自分の席に戻ると深くため息をついた。

 そして、マナと時雨はティータイムを済ますと鍵を試してみることみるした。

 しかし、この状況下でのん気にティータイムをする二人の度胸の大きさといったら帝都でも三本の指に入るのではないだろうか。その三本指の中にはもちろんあの紅葉も含まれている。


 時雨はオリハルコン製扉の前に立つと、コートのポケットに手を探るように突っ込み鍵を取り出すと、鍵穴に挿し込み回してみた。すると、扉はカチャという音を立て、人の手を借りることなく左右にゆっくりと自動的に開いた。

 宮殿の中は広く質素な作りになっており、静寂に包み込まれている。

 二人は宮殿の奥へと進んで行き、そこで待ち構えていた男を見た時雨は思わず叫んだ。

「紅葉!」

 紅葉と呼ばれた男はゆっくりと時雨たちのもとへ近づいてきて、不適な笑みを浮かべながら自分の顔を指差しこう言った。

「やぁ、君らはこの男の知り合いかね?」

 この言葉に二人は戸惑いを覚えざる得なかった。

 時雨が怪訝そうな顔をして呟く。

「気配が違う」

「外は紅葉ちゃんでも中が違うみたいねぇん」

 そう、二人が感じた通り、彼は紅葉であって、紅葉ではないモノだった。

「その通りだ、私は君らの知っている男ではもうない」

 男の言葉で時雨の気配が一瞬にして冷たく鋭いものに転じた。普段の時雨からは決して想像できぬものだ。

「どういうことだ?」

「私の名はアポリオン、この宮殿の主だ」

「そのお前が何で紅葉の身体をしてるんだよ」

「私は実体を持たぬ、それゆえ器が必要なのだよ、おわかりになられたか?」

「わかった。じゃあその身体返してもらうよ」

「ふははは……」

 アポリオンは突然大声で笑い声を発して直ぐに言葉を続けた。

「それはできんな」

「何でなのぉん」

「私は実体がなければ自由に動くことさえままならぬのでな、この身体はもう少し借りておこう」

「駄目だ」

 時雨が間入れず返した。その言葉には鋭さと冷たさが混じっていた。しかし、相手はそれに動じる様子もない。

「だが、キサマらは私をこの身体から追い出す術知らぬであろう?」

「おまえを動けなくした後でゆっくり考える。――という訳でマナまかせた」

 時雨はマナの肩を軽く叩いた。

「何であたしなのぉん」

「だって、ボクには何にもできないもん」

 時雨の意見はもっともだった。時雨は肉弾戦はできても、相手の動きを封じる術やましてやアポリオンを紅葉の身体から追い出す術などまったくもって知るはずがない、ここはマナに任せるのが得策といえよう。

「しょうがないわねぇん」

 とマナが言った瞬間、彼女の手から魔弾がいきなりアポリオン目掛けて放たれた。不意打ちである。

 魔弾の直撃を受けたアポリオンはよろけて床に膝を付き、マナを凄い形相で睨み付けた。

「小娘の分際でよくも!!」

 一瞬目の前で起きた光景に唖然とさせられてしまった時雨は気を取り戻し、マナに対して罵倒を浴びせた。

「何すんだよマナ、時雨が死んだらどうすんの!」

「だってしょうがないじゃない、相手を弱らせた方が術を掛けやすいんだもの」

 それは正しい発言なのかどうか時雨は考えたが、今ここで頼れるのはマナしかいなかった。

 ゆっくりと立ち上がったアポリオンの瞳は真っ赤に燃えているようであった。アポリオンの内では憎悪の念がふつふつと湧き上がって来ている。

「不意打ちとは下卑たやり方をしてくれたな、キサマには今すぐに地獄の苦しみを味合わせてやろう」

 そう言うとアポリオンは仁王立ちのポーズを取り、全身から邪気を放出し始めた。その邪気は瞬く間に宮殿全体に広がり、周りの空気を全て包み込んだ。邪気は目で見えるものではないが、常人であればすぐに吐き気を催したり、最悪の場合は発狂してそのまま死んでしまうだろう。しかし、ここにいる二人は顔色一つ変えず平然と立っている。そのことがこの二人と常人との格の違いを証明していた。

 紅葉を救うにはまず、相手を弱らせる必要がある。それを聞いた時雨は仕方なく、紅葉と戦う道を選んだ。

「マナ、逆刃刀か何か出してくれない?」

 マナは異空間の中から逆刃刀を出すと時雨に手渡した。

 その光景を見ていたアポリオンは腕組みをすると渋い顔をした。

「二対一かフェアではないな」

 そう言ったアポリオンが天に手を軽く掲げると、突如宙に直径2mほどの光の玉が出現し、その中から生れ落ちるように女性が地面に落ち、ゆっくりと足を付けた。

 女性を見た時雨の顔つきが一瞬にして変わった。

「君は……」

 目の前に姿を現した女性は時雨が怪我の治療をしてあげた『あの女性』であった。

「男、君の相手は彼女にしてもらう」

 女性はアポリオンに命じられると哀しげな表情を浮かべた。

 時雨は逆刃刀を構えた。そうビームサーベルを持っているのに関わらずあえて時雨は逆刃刀を構えたのだ。

 一方マナとアポリオンの戦いはもうすでに始まり、凄まじいものだった。

「さぁ早く地獄を見せてくれないかしらぁん」

 マナの挑発でアポリオンの怒りは更にを増した。

「キサマの血を一滴残らず絞り採って殺してやろう」

アポリオンは地面から30センチメートルの所を宙に浮きながら、マナに襲い掛かった。その両手にはフラスコが握られている。

「紅葉ちゃんの技も自在に操れるってことかしらぁん」

 マナの魔弾が連続して放たれる。魔弾は横に半円状に並び床1メートルの高さを凄いスピードでアポリオン目掛けて飛んで行った。

 アポリオンがフラスコのコルクの蓋をぴんと指で弾き飛ばすと、中から濃い霧が発生し、アポリオンの姿をすっぽりと隠してしまい、その霧に魔弾が直撃する。霧は引きちぎられたように拡散し消滅していく、しかしそこにはアポリオンの姿は無かった。

「――後ろだ」

 後ろで声がしたと思った刹那、マナの背中はアポリオンの手刀によって切り裂かれ、血が服を紅く染めた。

 マナは痛みをこらえ、瞬時に大鎌を取り出し後ろに大きく振りかぶった。

 アポリオンは地面を強く蹴って、大きくジャンプしそれを交わすと、空中から下目掛けてフラスコを投げつけた。マナは瞬時に防護壁を張り巡らせる。彼女の身体は半円状の透明なカプセルみたいなモノに包まれ、フラスコがその防護壁に当たると大きな音を立て大爆発を起こした。立ち込める煙の中、マナは移動しアポリオンとの距離を取り、巨大な魔弾を発射した。

 アポリオンはそれを避けられないと見てとって、マナと同じく魔弾を作り出し、それを飛ばして相殺を試みた。

 魔弾と魔弾が互いにぶつかり合って、大爆発を起こした。その爆発は凄まじいもので、宮殿全体を大きく揺らすほどだった。

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