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邪神殿(2)

 静かな石畳の廊下に響き渡る足音。

「入り口付近にまだ解除していない、トラップがあったとはな」

 紅葉の顔つきは普段と何ら変わらない表情をしていたが、心の奥底では怒りの念で憤怒していた。彼は常に冷静沈着で顔立ちも良く女性には比較的やさしいため、女生徒に大変人気のある帝都大学のプロフェッサーなのだが、実は非常に気性の荒い人物であったありするのである。そんな彼を知っているのは極小数で、その中の一人の時雨は時折彼の無鉄砲な怒りの被害者であったりしたのだった。

「……微かだが血の臭いがするな」

 紅葉が辺りを見回すとあるものが彼の目に止まった。そこには、八つ裂きにされ内臓器の飛び出した死体が転がっていた。

「一つ、二つ……全部で5体か」

 紅葉は死体に近づきしゃがみ込むと物色を始めた。

 彼の手には常に白い手袋がはめられていて彼の手を直接汚すことはない。その手袋をはめた手が死体を隈なく調べつくす。

「歯形と爪痕、だいぶ喰われてしまっているな……獣の仕業か?」

 移動し他の死体もくまなく調べる。

「やはり、同じ歯形と爪痕か……ん?」

 紅葉は死体の手に握られている何かを発見した。 

「鍵……?」

 紅葉はその鍵を死体の手から取ると自分の白衣のポケットに入れた。

 死体に用の無くなった彼は立ち上がると足早にこの場を後にした。

 少し進んだ所で紅葉の足が不意に止まった。

「また、死体か……」

 そこには3体の死体があった。その死体はまたも八つ裂きにされ内臓器が飛び出していた。

 紅葉はしゃがみ込みまた死体の物色を始めた。

「同じ奴の仕業か、しかも今度は血がまだ温かい……獲物が近くにいる可能性が高いな」

 案の定その獲物はすぐに紅葉の前に姿を現した。

「ほほう、四つ足か」

 紅葉の前に姿を現したのは全長3mを越える大狼で、その身体は血で全身が紅く染まっていた。

 狼は紅葉を見るや否や血に染まった毛をなびかせながらいきなり襲ってきた。

 無表情の紅葉は白衣の内側からフラスコを取り出すと狼目掛けて投げつけた。しかし、フラスコは狼に交わされ床に落ちてしまった。が、紅葉はそれも計算に入れていた。床に落ちたフラスコは大爆発を起こし床に大きな穴を開け、狼にもダメージを与えた。

 また攻撃をしようとフラスコを取り出す紅葉を見た狼は尻尾を巻いて逃げて行ってしまった。

「逃げられたか」

 その言い方はまるで最初から逃げられることを予知していたかのような言い方だった。

 紅葉が床を見ると、そこには廊下の奥へと続く血痕が地面にへばり付いていた。さっきの狼の血痕だ。紅葉の目的は最初からこれだったに違いない。

「追ってみるか」

 紅葉は血痕に注意を払いながら廊下の奥へと歩き始めた。


 「あらん、また見つけちゃったわぁん」

 マナははしゃぎながら壁に埋め込まれた宝石を取ろうとしていた。

 宝石は壁に描かれた魔方陣の中心に埋め込まれている。この宝石は魔石といって、石の中にいろいろな魔法や魔力を封じ込めたものである。

 マナは軽快なステップで山済みにされた分厚い本の一冊を手に取った。

「あらん、こっちには魔導書が」

 マナの取った本は魔導書であった。そして、彼女は本の表紙にに付いた埃をふぅーっと息を吹きかけ取ると、本をパラパラとめくった。

「見た事のない文字ね、まぁいいわ家に帰ってゆっくり解読しましょ」

 今彼女がいる場所はこの遺跡の宝物庫らしい。

「もう、全部いただいたかしら?」

 マナはそう言うと辺りを見回した。その目線の先には――部屋には何も無かった。そう、マナが全て回収していまったのだ。

 しかし、マナは何も持っていない、手ぶらだ。回収した物は何処にいってしまったのだろうか? そうマナは手から突然大鎌を出したり出来るように物体を一時的に別空間に保管しておくことのできる術を心得ていたのだ。今回もそれを使った。

 一息付いたマナは満足げな顔をしてこの部屋を後にした。

 部屋の外に出ると道が三方向に分かれていた。どの道を進むべきか迷うところだ。

「さっきは右から来たから、今度は真っ直ぐ行ってみようかしらぁん」

 真っ直ぐの道を選び、彼女が歩き始めてから5分くらいたった頃、彼女の目にあるモノが飛び込んできた。

「あらん、これはお激しいこと」

 マナの目に飛び込んできたものとは死体の山であった。それも八つ裂きにされ内臓器が飛び出し辺りに散乱している。紅葉の時と全く同じ死体だ。しかし、マナはそんなことなど知る余地もない。

 死体のそばにはビデオカメラが落ちている。どうやらこの死体は報道人のものらしい。

「普通なら、『このカメラに何か事件に関する証拠が写ってるかもしれない』とか言って、調べるんだろうけど、あたし機械にはうといのよね」

マナはそう言うと何事も無かったように歩き出した。

「まぁ何か出たら、その時はその時って感じよねぇ〜」

 彼女の神経は並みの人間とは根本的に違うのかもしれない。


 この男は未だに道に迷っていた。迷っているという自覚の無い二人とはえらい違いだ。

「はぁ、今ボクはどこら辺を歩いてるんだろ」

 ダウジングがこの場所ではあまり役に立たないことを悟った時雨は作戦を替え、右手を壁につけながら歩くことにした。その甲斐があったの無かったのか、彼は人影を見つけることができた。

 その人影に駆け寄った時雨であったのだが、その人影は彼の全く知らない人物であった。

 その人物は白い薄布でできたワンピース型の民族衣装のようなものを着た若い女性で、悲痛な顔をして右足を抑え、床にうずくまっていた。

 時雨はその女性に近づき声をかけた。

「どうしたんですか?」

 時雨に声をかけられた女性は、そこで初めて時雨の存在に気づき、はっとした表情を浮かべた。

「どうしたんですか?」

 時雨はもう一度女性に問い掛けた。

「足を怪我してしまって……」

 声には苦痛が混じっているが、澄んだ綺麗な声の持ち主だ。

 時雨は女性が手で抑えている足を見た。

 手の隙間から血が滲み出していて、赤い血が彼女の白い肌を紅く染めている。

「ちょっと、手を退けてもらえます」

 時雨がそう言うと、女性は血で紅く染まってしまっていた細い手を退けた。そこには焼け焦げたような深い傷があった。

 その傷を見た時雨は思わず顔をしかめる。

「ひどいなぁ……」

 そう言って時雨はコートのポケットに手を突っ込むと、小さな小瓶を取り出した。

「これ、塗り薬なんですけど、すごく効く代わりにすごく染みるんで我慢してくださいね」

 時雨は女性に微笑みかけた。その微笑みはまるで天使の笑顔のようであった。この顔で見つめられたら女性はイチコロだろう。

 女性が小さく頷くと時雨は女性の足に薬をやさしく塗り始めた。女性の顔が苦痛で歪む。

「だいじょうぶですか?」

 女性はまた小さく頷いた。

 薬を塗り終えた時雨は次に、コートのポケットから包帯を取り出すと女性の足に巻き、そしてきつく縛った。

「ありがとうございました」

 女性は時雨に対してお礼を言った。

「あぁそうだ、いろいろと聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょうか?」

「そうだなぁ、まず名前。ボクの名前は時雨、君の名前は?」

「…………」

 女性は急に無言になり黙り込んでしまった。

「どうしたの?」

「覚えていなくて」

「じゃあどうしてこの遺跡にいるのかは覚えてる?」

 女性は首を横に振った。

「そう……じゃあ、その傷はどうしたの?」

「魔物に襲われて」

「どんな魔物だった?」

「白くて、火を噴く魔物でした」

「ふ〜ん」

「あなたはどうしてこの遺跡に来たのですか?」

 今度は女性が時雨の質問をしてきた。

「えっ、ボク? ……ボクはね、この遺跡で行方不明になった人たちを探しに来たんだけど」

「遺跡を荒らしに来たのではないのですね?」

「うん、そうだけど……?」

 時雨はいぶし気な表情をしながらうなずいたあと、少し間を置いて納得したかのように呟いた。

「まぁいいか……」

「どうしたのですか?」

「あ、うん、なんでもないよ、あのさぁ、出口とか……わからないよね。ボクは取り合えず向こうから来たんだけど」

 時雨は自分の来た方向を指差し、ふと女性の方を振り返るとそこには女性の姿はなかった。

「――あれ?」

 時雨は女性を探そうと駆け出した。すると、前方に人影が――。

「あれ?」

 連続して驚かされた時雨はそう一言呟くと足を止めてしまった。

 人影は時雨の存在に気づいたらしく時雨に向かって飛んできた。

「時雨ちゃ〜ん、逢いたかったわぁん」

 派手な衣装着た人物――マナは時雨に抱きつきそのまま押し倒してしまった。

「……重い」

 バシッ!! 時雨はマナの強烈な平手打ちを喰らってしまった。

「痛っ!」

 頬に手をやる時雨に対してマナが激怒した。

「レディに向かって重いだなんて言うなんてデリカシーのカケラもないわよぉん、以後気をつけなさい!」

「だってホントに重……」

 何かを言おうとした時雨の目の前には平手打ちの構えをしたマナが立っていた。それを見た時雨は蒼い顔をして思わず身動きを止めた。

「時雨ちゃん、今なんて言おうとしたの?」

「お、おも、思わず、マナに抱きつかれてビックリしちゃたなぁ、あははは」

 苦しい言い訳だった。

「まぁ、いいわぁん、ゆるしてアゲル」

「あ、ありがとうございますマナ様」

 時雨の顔は少し引きつっていた。そして、彼は直ぐに話題を変えようとした。

「と、ところで白い民族衣装みたいなの着た若い女性見なかった?」

「見てないわよ」

「おかしいなぁ」

「その女性がどうかしたのぉん」

「さっき、向こうで会ったんだけど、その人足に怪我してて、手当てしてあげたらいつの間にか居なくなっちゃって――。そっちは何か変わったことあった?」

「向こう側で八つ裂きにされた死体を見たわぁん、それとビデオカメラが落ちてたわぁん」

「そのカメラに何か写ってるかも、見に行こう」

 二人はその場所に移動することにした――。

 程なくして二人はあの場所に着いた。そして、無残な光景を目の当たりにした時雨はこう言った。

「すごい大惨事って感じだなぁ」

 間延びした時雨の言い方からはあまり大惨事という感じは受け取れない。やはり、時雨の神経は一般人の感覚からズレているのかもしれない。

 マナが地面に落ちているカメラに向かって指を指した。

「そこに落ちてるのがそのカメラよぉん」

 時雨はしゃがみ込んでそのカメラ手に取って見てみた。

「小型のハンディーカムか、テレビショッピングで見たことあるよ。たしかその場で撮った映像が見れるやつだったと思ったけど……壊れてないみたいだし見れそうだね」

「じゃ早く見てみましょ」

「うん、見たいのは山々なんだけど、ボク機械にはうとくて」

 時雨はそう言いながら、乾いた笑いを発した。

 マナはガクっと肩を落とし細い目をして遠くを見つめると、ある人物のことを思い出した。

「……はぁ、こんな時に紅葉ちゃんがいてくれたら」


 獣の血痕を頼りに歩いていた紅葉だが、その血痕もいつしか消えてしまっていた。

「逃がしたが……まぁ良い、その代わりにこんな所に出られたのだからな」

 紅葉は目の前にある石でできたシンプルな作りの宮殿を微笑みながら一望した。

 石でできた階段を登り、宮殿に入ろうとした彼の目に、門番のように気高く立っている石の彫像が映し出された。

「あの狼に似ているな。ここの守り神か何かっだったのか……」

 紅葉の行く手に大きな門が立ちはだかった。

 その門には鍵穴があり、もしやと思った紅葉はさっき回収した鍵を差し込んでみた。すると門は紅葉の手を借りずに自動的に左右に開いた。

 紅葉は門を潜り宮殿の奥へと進んで行った。

 宮殿の内部は大きな柱が何本か立っていて、奥には祭壇があり、そこには杯が祭られている。シンプルな造りで静かで荘厳な雰囲気が感じ取れるのだが、それとは別に何か殺伐とした空気も充満していた。

 祭壇に近づきた紅葉は杯に興味を何故かそそられた。そして、それを手に取りまじまじと眺めた。

「聖杯か何かの類か……ん?」

 紅葉が杯の底を眺めていると、底の方から紅い液体がふつふつと湧き出してきた。

「血の香がする、血の湧き出る杯か。邪教崇拝の神殿か……な、なんだ!?」

 紅葉の左手が突如自分の意思とは関係なく勝手に動き始めた!

「くっ、なんだ、これは!?」

 杯を持った左手は、紅く泡を吐く液体を無理やり紅葉に飲ませようとした。

 紅葉は必死に抵抗するが、やがて彼の身体の自由は全てきかなくなり、ついには紅葉は杯の中身を全て飲み干してしまった。

「私とした事が……」

 白い麗人が揺らめいた。

 バタン!! 紅葉の意識は薄れていき、彼は身体は床に倒れ込んでしまった。

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