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封印するもの(中)

 帝都が未曾有の破滅への道を歩む中、セーフィエルたちはすでに〈裁きの門〉の中へと突入

していた。ハルナは再び別の場所へと転送され、それを人質に時雨も同行させられた。

 そこはまさに地獄と呼ぶにふさわしい光景。

 赤く燃える天に渦巻く暗い雲。

 荒れ果てた赤い大地。

 強い酸が地面から噴き出し、化学反応を起こした岩肌は自然のものとは思えない鮮やかな青

や黄色に染まっていた。

 大量の蟲たちや、底なしの裂け目から伸びる触手たち、ここには数多くの肉を喰らう者どもが蠢いている。だが、その1つとて姿を現さなかった。

 そこにいるのが誰の影だか知っているからだ。

 硫酸の海を越え、溶岩が噴き出す群山を遠くに眺めながら、セーフィエルたちは新たな門の

前に来ていた。

 この世界の最深部へと続く〈タルタロスの門〉。

 〈裁きの門〉を召喚できるのはワルキューレに名を連ねる者。

 〈裁きの門〉を開けることができるのはセーフィエルの血を引く者。

 ならば〈タルタロスの門〉を開くのは誰か?

 ダーク・ファントムは何十メートルにもなる巨大な門を見上げた。

「残る難関は2つだ。どうするんだいセーフィエル?」

「難関は3つよ」

「2つだろ? この門と〈邪柩〉しかないけど?」

 セーフィエルの目つきが変わった。

「あのときのことをお忘れになって? なぜシオンは犠牲になったの? あの子は人柱になって呪縛を強固なものとしたのよ」

「じゃあその3つの問題はどうするのさ? 〈タルタロスの門〉は誰にも開けないように設計してあるハズだけど?」

「誰にもというのは、あくまでソエルの中にはいないという意味よ」

「ラエルとは言わないんだね」

「この世界に堕とされた者たちだけではなく、今ものうのうと遙かな世界で暮らしている彼らも開くことはできないわ。この門はリンボウのゲートを真似て創ってあるのだもの」

「じゃあ誰が開けるのさ?」

「もしも〈天帝〉と言ったら?」

「ふざけるな、そんな名前出すなよ!!」

 ダーク・ファントムの怒号が響いた。影は震えていた。怒りのためか、それとも恐怖か、セーフィエルが口にした名前が衝撃を与えたことは確かだった。

 気を取り直したダーク・ファントムは、

「君は恐ろしい奴だ。そこまで恐ろしい奴だとは思わなかった。アタシから生まれた者……いや、ラエルとも思えない」

「ええ、わたくしは人間ですもの。そして、〈タルタロスの門〉を開けるのも実は人間」

「なんだって!? そんなことアタシは知らないよ!」

「今あなたが考えたことは否定させてもらいますわよ。本物の〈ゲート〉をこちら側から開くためには、地球の全人口の半数以上の協力が必要ですから、到底無理ですわよ」

「そんな仕掛けがあったなんて……」

「このリンボウに堕として、実験でもしているのか、それとも試しているのか……意地が悪い」

 妖しく微笑むセーフィエルにダーク・ファントムは戦慄した。

「やはりキミは恐ろしい。でもアタシはそれを認めない。それは認められないことだからね、アタシたちはすでにその証明に失敗してる」

「だからここに堕とされた」

「もうこの話はたくだんさ。早く〈タルタロスの門〉を開くんだ。開くことができるんだろう?」

「模造品であるこの程度の門なら二人の承認で十分」

 人間にしか開けられない扉。

 二人の人間。

 セーフィエルともうひとりは――。

「ボクはこれ以上協力できない!!」

 時雨は強く拒否した。

 だが、まだ人質は相手の手中にある。

 ダーク・ファントムがセーフィエルに尋ねる。

「さっきの女をまた使おうよ?」

「やめろ!!」

 時雨が口を挟んで叫んだ。

 セーフィエルが時雨の耳元に近付いた。

 そして、ダーク・ファントムにも聞こえないほどの小声で何を囁いた。

 次の瞬間、時雨は気を失ってセーフィエルに抱きかかえられた。

 驚くダーク・ファントム。

「なにをした?」

「ちょっとした小細工よ。これで門は開くわ」

 セーフィエルは妖しく微笑んだ。

 訝しむダーク・ファントムだったが、セーフィエルの言葉のとおり、〈タルタロスの門〉が静かに開きはじめたのだ。

 吹き込んでくる極寒の風。

 大地を瞬く間に凍らせ、空気すらも氷結させた。

 セーフィエルは門が開く前に魔法によって防壁をつくっていた。それによってセーフィエルと時雨の肉体は極度の寒さから守られた。

 だが、意識を失っているはずの時雨は、うわごとを呟いていた。

「寒い……寒いよ……寒くて凍えてしまう」

 セーフィエルの魔法は完璧であった。だからその小声は〈タルタロス〉から吹き込む風のせいではない。

 時雨は普段から寒がっていた。

 夏であろうと冬物のコートを着ているほど、異常なまでの寒がりであった。

 それはなぜか?

 セーフィエルは優しく時雨に囁いた。

「もうすぐその凍えからも解放されるわ、シオン」

 凍えているのは時雨ではない。

 シオンなのだ。

 タルタロスの中は闇だった。

 大地や空があるのかすらわからない。

 中に踏み込んだセーフィエルは光を灯そうともない。光を灯しても闇に呑まれてしまうことを知っているからだ。

 闇の中を進む。

 方向感覚が麻痺させられる。

 しかし、ダーク・ファントムは迷うことなく進んでいた。

「こっちだよ、アタシがこっちにいる、もうすぐだ!」

 その声を頼りにセーフィエルは時雨を背負いながら進んだ。

 ダーク・ファントムが立ち止まった。

「ここだよ」

 視覚では確認できなかったが、そこには柩が置かれていた。

 そして、その柩の上には鎖に繋がれたひとりの女。片方の翼をもがれたその女こそがセーフィエルが探し求めていた娘。

「シオン!」

 セーフィエルは闇の中で娘の躯に触れた。

 冷たい躯。

 頬も胸も腕も脚も、死んだように硬く冷たくなっていた。

 しかし、この極寒の地にいても凍り付いているわけではない。

 なぜならシオンは死んでいるわkではないからだ。

 この地を守り、最後の封印として、〈邪柩〉を守り抜いていた。

 すぐ目の前まで迫った己の復活にダーク・ファントムは焦っていた。

「さあ、早く早く、柩を開けるんだ。まずはノインをどうにかするんだ!!」

 セーフィエルの耳にその言葉は届いていなかった。

 彼女は自らのすべきことをするだけ。

 セーフィエルは時雨の手をつかみ、その手を横たわるシオンの胸に乗せた。

 刹那、時雨とシオンの眼が見開かれた。

 ――還る刻が来た。


 それは時雨がハルナに拾われたあの日から、数日前のこと。

 その青年――時雨と名付けられる前のその青年は死都東京にいた。

 目的はある男を追って。

 生い茂るジャングルの中で青年はトラップが張られているのを確認した。

 傀儡士の妖糸だ。

 ムラサメを抜いた青年は妖糸を断ち切った。

 次の瞬間、巨大な丸太が青年に向かって飛んできた!

「二重トラップか!」

 妖糸に触れた時点で人間の肉はいとも簡単に切断させる。

 だが、妖糸を切れば丸太が飛んでくる仕掛けになっていたのだ。

 ムラサメは水飛沫が上げながら丸太を真っ二つに割った。

 紅い影が逃げていくのが青年の眼に映った。

 すぐさま青年は影を追って、ある場所に出たのだった。

 死都で広く開かれた土地。周りには異様な動植物が蠢いているというのに、その魔法陣が描かれた大地にだけは、少したりとも動植物は侵入して来ようとしなかった。

 紅い男は青年に尋ねる。

「あんたはここがなんだか知ってるか?」

「ボクはD∴C∴の末端だからね、あまりよく知らないんだ」

 青年は魔導結社D∴C∴の団員だった。

 そして、目の前の紅い男はD∴C∴に目下の敵とされている傀儡士。名は蘭魔と言った。

 蘭魔は深くうなずいた。

「そうだろうな。あんたはオレが結界に穴を開けなきゃ、ここに入ってくることもできなかったんだ」

{死都東京のドーム結界に入れるなんてボクも驚いてるよ}

 帝都にはD∴C∴を含め、〈闇の子〉の信者たちや、その復活を願う者も多い。だが、彼らは死都東京の結界を破ることすらできないのだ。

 それを蘭魔という男はやってのけた。

 だが、D∴C∴に狙われる男が、なぜ死都東京の結界を破って中に入った?

 青年はムラサメの切っ先を地面に向けた。

「ちょっと質問していい?」

「ああ、いいさ。オレも気になったら知らないと気が済まないタチでね。答えられる質問ならなんでも答えてやるさ」

「キミの目的が知りたい。ボクはさっきも言ったけど末端の駒だからね。たまたま団に指名手配されてるキミを追いかけて、ここまで来ちゃっただけんだ」

「そこ答えを知るためにオレもここに来た」

「はぁ?」

「知りたきゃそこでじっとしてろよ、今に見せてやる」

「そんなことできないよ。キミはボクの敵だからね、なにをするのかわかんないのに、やらせるわけないだろ」

「ならやるっきゃないだろ?」

 蘭魔は構えた。

 合わせて青年もムラサメを再び構え直した。

 妖糸が宙を翔る。

 ムラサメが妖糸を切断する。

 さらに蘭魔は妖糸を放とうとした。今度は両手から合わせて10本もの妖糸だ。

「喰らえ悪魔十字ッ!」

 十字を描く10本もの妖糸に青年は挑む。

 目にも留まらぬ速さでムラサメが舞う。

 煌めく水飛沫。

 青年の腕から鮮血が迸った。

 さらに脚からも血が流れていた。

 だが、青年はしっかりと大地に立っている。

 蘭魔は驚いたようすだった。

「あんたさ、マジで末端かよ?」

「そうだけど?」

「オレがやり合ってきたそこいらの団員より強いぞ?」

「入団したばっかりだからね」

 春うららかな青年の笑みは戦闘にはそぐわなかった。

 相手をする蘭魔も余裕のようで、まるで近所で世間話でもするような雰囲気で、さらに話を続けようとしていた。

「あんたさ、なんでD∴C∴になんか入ったんだよ?」

「う〜ん、お給金がいいし……」

「そんな理由かよ?」

 蘭魔は呆気にとられた。

 さらに青年は、

「あとは世界の謎や不思議が好きで、資金を貯めたらトレージャーハンターになろうと思ってて」

 もう蘭魔は呆れっぱなしだ。

「D∴C∴って選択肢は間違っちゃいねぇけど、もっとマシな組織とか研究所とかあるだろ?」

「D∴C∴以上に隠された歴史や存在たちに迫れるところってある?」

 青年が言う隠されたモノは、女帝たちの存在とその歴史のことだろう。

 蘭魔は首を横に振った。

「ないな。人間のオレたちじゃ政府の中枢で雇ってもらうってこともできないだろうからな。政府がダメならその逆ってか?」

「そうなるでしょ?」

「だがオレはD∴C∴の団員じゃないけど、その辺りの事情をある程度は知ってるぜ?」

「だからボクもある程度取っ掛かりができたらやめるよ」

「だったら今止めろよ。あんたにだったらオレの知ってること教えてやるよ」

「ホントに!?」

 青年は眼を丸くした。まるで少年のような表情だ。

「ああ、あんた変な奴だからな。D∴C∴の熱狂的な信者ってわけでもなさそうだし」

「ならやめるよ」

「あっさりしてるな、あんた」

「だってD∴C∴に固執してるわけじゃないもん」

 その言葉に嘘偽りはないと蘭魔は確信していた。

「オレは傀儡士をやっていてな。多くのモノを使役してるせいか、人を見る目はそれなりにあるんだ。だからあんたには話をしていいと思う」

「それはありがとう」

「ならそこでじっとしてな、今からオレは空間を斬る」

 蘭魔はつい先ほどまで敵だった青年に背を向けた。

 もしもすべてが青年の演技だったら、今頃背中からバッサリと斬られていたところだろう。

 だが、蘭魔は斬られなかった。

 蘭魔は空を見上げながらそこら辺をうろちょろと歩いた。

「オレに斬れないモノはない。なぜならオレは天才だからな」

「そうだね、死都の結界を破ったくらいだもんね」

「あんた素直で良い奴だな。ひねくれた奴らはオレが天才だと言うと、すぐに食ってかかってくるもんだからな」

 蘭魔が立ち止まった。

「次元や空間を斬り場合はコツがいる。オレのような繊細な人間にしかできない作業だ」

「それは同意しかねるね」

「あんたオレに会ったばかりだろ。オレの繊細さを知らないだけだ」

「そうかなぁ?」

「とにかく黙って見てろよ」

 蘭魔は話し続けながら一点を見つめていた。

 そこに斬るべき何かがあるのだろう。

「オレも知りたいんだ。奴らがいったい何者で、奴らが重要視するこの場所になにがあるのか。斬ってみれば答えが出ると思ってな」

「短絡的だね。何が起こるかわからないのに斬るの?」

「発見には驚きが付きもんだよ。そろそろ斬るぞ?」

 何が起こるのかわからない。

 それに備えて身構えた時雨。

 刹那のうちに蘭魔の手が動いた。

 煌めく妖糸。

 風が絶叫した。

 裂かれた空間から覗く夜よりも暗い闇。

 傷口を開く空間が唸り、周りの空気を吸い込みながら広がっていく。

 闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。

 嗚呼、嗤い声が聞こえる。

 それは老人か、はたまた子供か、それとも異形の存在か。

 蘭魔が後退った。

「やっちまった」

 何が起こったのかわからなかったが、それが鬼気迫る状況だというのはわかる。

 裂けた空間から闇色の棘が降ってきた。まるでそれは矢の雨。

 蘭魔は十の指から妖糸を放ちそれを防いだ。

 しかし、青年は恐怖で身がすくんで動けなかった。

 一本の棘が青年の胸を貫いた。

 蘭魔が振り向く。

「だいじょぶかッ!!」

 その蘭魔の躰を闇色の影が突き抜けた。

「うっ……今のはなんて……」

 そのまま蘭魔は気を失って倒れてしまった。

 蘭魔の躰を通り抜けた影はまさしくダーク・ファントム。

 それを追うように空間の裂け目から輝く何かが飛び出してきた。

 だが、その輝きは今にも消え入りそうだった。

 女の声がした。

「このままでは……もたない……」

 輝く光は青年を見つけた。

 数秒もすれば死に至る青年が血の海に沈んでいた。

「しばし……借りるぞ……」

 光はそう言って青年の躰の中へ吸い込まれて行った。

 それこそがシオンだった。

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