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ブラックキャット(下)

 魔導と科学の融合により発展を続けて来た帝都エデン。その繁栄のひとつの象徴は、都市が決して眠らないということ。

 魔導炉から二十四時間供給されるエネルギーは都市の生活を彩り、街を輝かせる。

 昼にも似いているが、その賑わいは夜特有のものだ。漆黒の空には満月が浮かんでいる。夜はあくまで夜なのだ。

 時雨は宇宙そらを見上げ、星の瞬きに耳を傾けている。

「同じ感覚がする……」

 目を瞑りあることを思い出し、そう呟いた。

 ある事件が帝都の街を賑わしている。

 報道各社はその事件の大々的な特集を組み、昼のワイドショーの時間帯には主婦たちが家事を一休みして、こぞってTV画面にまるで吸い込まれるように顔を近づけ、その報道に釘付けとなっていた。

 狂信者シザーハンズ――5ヶ月前にこの帝都の街を賑わした狂気殺人者の名前だ。そいつがまたこの街に現れたらしい。

 シザーハンズに殺された被害者は既に15名を数えた。

 殺害されたのは皆若く髪の長い女性で、深夜の時間帯に街を独り歩いている時に襲われた。そして、身体を八つ裂きにされ、身包みを剥がされ路上に放置される。それがシザーハンズの手口であった。

 犯人の特定はできていない――いや、できない。

 なぜならば、シザーハンズは人間ではない。むしろ生物でもない。シザーハンズの正体は女性を八つ裂きにした『爪』その物だということが分かっている。

 時雨は未だに宇宙そらを見上げている。だが、その目は閉じられている。

 時雨は以前シザーハンズと戦ったことがある。しかし、彼はシザーハンズに逃げられた。それ以降シザーハンズの話はすぐに過去の記憶と化した。

 今回、シザーハンズが帝都に舞い戻って来たとのニュースを時雨は聞いた時、自ら今回の仕事に名乗りをあげた。別に汚名返上だとか名誉挽回、プライドがどうこうという問題ではない。ただ、時雨は嫌な予感に苛まれた。

 仕事の以来がなくとも時雨はシザーハンズを自ら探し出す気でいた。だが、幸運にも今回も帝都役所からシザーハンズ駆除の依頼が舞い込んで来てくれた。

 時雨は空に浮かぶ蒼白い光を放つ丸い物体を見上げこう呟いた。

「はぁ、また満月かぁ」

 満月の晩のこの街は危険だ。

 満月が不思議な魔力のようなものを持っているという話は有名な話である。この街ではその魔力が最大限に発揮されると言っても過言ではないだろう。

 普段は身を潜めている妖物たちが街に繰り出し暴れまわる。今晩もどこかで帝都警察と妖物が戦争さながらの攻防戦を繰り広げているに違いない。

 時雨が立っている場所は中型ビルの屋上であった。この場所で時雨はダウジングをしていた。

 肌身離さず時雨が持っているタリスマンと呼ばれる石のついたネックレスがダウジングの道具となる。

 紐にぶら下げられたひし形の石が揺ら揺らと動く。それは周りの空気を無視した動きで、石が意思を持っているのかのようである。

 前回シザーハンズを探し出した時もダウジングを利用した。今回もそれで探せると思ったが、なぜかうまくいかない。

 ため息をつく時雨に誰かが声をかけた。

「こんばんは」

「誰?」

 そこには見知らぬ女性が立っていた。

 闇に溶ける喪服のような服を着た黒髪の女性。風が服とその髪から夜の匂いが香る。

 謎の女性に時雨はどことなく知り合いのマナと同じものを感じた。見た目の雰囲気も違うが纏っている特有の気が似ているのだ。

「シザーハンズをお探しでしょ?」

「そうだけど……」

 明らかな不信感を時雨は顔で示した。この女性から危険の匂いがする。

 女性はビルの下を指差した。

「ほら、そこにいるじゃない」

「えっ!?」

 驚きであった。女性が指差した道路の上に鉤爪を装着した男が歩いているではないか!?

 時雨は驚いた顔をしながら女性の方を振り向いたが、すでに女性の姿はなく、そこには芳しい香りが残っているのみだった。

 すぐさま時雨は不審な男がいた路上に出たが、すでに男の姿はなかった。だが、しかし、突如どこからか女性の悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の聞こえた場所は近い。

 時雨はビルとビルとの間にできた裏路地に入った。すると女性が時雨の横を擦り抜け、すぐに鉤爪を装着した狂信者がそれを追うように姿を現したではないか。

 時雨は確信した。狂信者の装着している鉤爪は間違いなく〈シザーハンズ〉だ。

 〈シザーハンズ〉も時雨のことを覚えていた。だからこそ、『セーフィエル』は時雨に手を貸した。

 コートのポケットに手を入れた時雨はあるものを取り出した。

 辺りが時雨を中心として眩い光に包まれた。

 閃光を放つ物体を握り締める時雨。その物体は妖刀村雨という名前の魔導と科学の融合が創り上げた剣であった。

 時雨に狂信者からシザーハンズが繰り出される。

 ビュゥンと風を切り、村雨が片一方の鉤爪を撥ね退け、コートの裾を舞い上げながら円舞する時雨の二撃目がもう片方の鉤爪の攻撃を受け止める。

 すぐさま時雨は後ろに飛び退いてシザーハンズと間合いを取る。だが、シザーハンズと間合いを取った瞬間、辺りが眩い光に包まれ、時雨は細い目をしながら爆発音がした方向を振り向いた。

 ダイヤの輝きを思わせる美しい光を放つ4つの球体を従える人形のような美少女。それは人形のようなではなく、人形であった。

「アリス!」

 遠くにいる機械人形アリスを確認した時雨の胸に黒い物体が飛び込んで来た。その黒い物体は黒猫であり、その黒猫は時雨の知り合いであった。

「マナ!?」

「にゃ〜ん!(あたり!)」

 状況がイマイチ掴めない時雨であったが、こっちの状況よりも今まで自分が直面していた状況の方が急を要した。

 意識を乗っ取られた狂信者からシザーハンズが繰り出された。

 風を切る鉤爪を輝く妖刀村雨が力強く受け止める。だが、シザーハンズは両腕に装着されている。

 残ったシザーハンズが時雨を襲う、それと同時に不幸なことにアリスの〈ブリリアント〉レーザーが発射された。

「はぁ!?」

 あまりの危機的状況に素っ頓狂な声を上げる。

 時雨の腕の中には人災マナが抱えられ、襲い掛かって来るシザーハンズに、連続発射される〈ブリリアント〉レーザー。

 戸惑いの表情を浮かべている時雨の肩が鉤爪によって抉られる。肩から大量の血を流す時雨であるが、そんなことはまだ些細な傷でしかない。今の目の前に迫っている〈ブリリアント〉は死だ。

 幾本もの光の帯を時雨はマナを抱きかかえながら路上に飛んで避けた。

 路上に転がる時雨の手はマナと村雨によって塞がれており、時雨は腕から地面に転がった。

「……痛い」

 きっと、腕や肘に青痣ができたに違いなかった。

 瞬時に時雨は立ち上がり、妖しく輝く妖刀を構える。だが、状況としてはよろしくない。

 〈シザーハンズ〉とアリスに命を狙われるなんて、ありえない展開だった。

「あのさぁ〜、なんでアリスに命狙われてるの? 日頃の恨みとか?」

「にゃーっ!!(後ろ!)」

 立ち上る煙の中からシザーハンズが煌いた。そして、前方には〈コメット〉を構えたアリスが!

 鉤爪を軽やかに躱した時雨は村雨の電源を切った。輝く光が時雨の握る柄の中に消える。

 すでに時雨はヤケクソであった。こんな状況で二人も相手にできない。

「逃げるが勝ち!」

 背を向けた時雨に〈コメット〉が発射された。

 轟々という凄まじい音で後ろから〈コメット〉が迫っているのがわかる。

 時雨はタイミングを見計らって地面に伏せて〈コメット〉をやり過ごした。だが、〈コメット〉には追尾機能がついていた。

 空中で円を描き方向転換をした〈コメット〉が時雨に襲い掛かる。正確にはマナに襲い掛かる。

「にゃーっ!(早く避けてぇん!)」

「何あれ!?」

 声を荒げながら反則だと時雨は内心で思った。

 〈コメット〉から逃げるために逆走をはじめる時雨であるが、その先にはシザーハンズ、そのもっと先にはアリスがいる。もしかしたら〈コメット〉に向かって走った方が、助かる可能性が高いかもしれない。

 時雨の眼前に迫った狂信者がシザーハンズを構えた。

 妖刀村雨が光の粒子を迸せる。

 妖刀から勢いよく飛び出した光の粒は狂人者の目を暗ませた。だが、狂信者の目を暗ませても意味がなかった。本体は〈シザーハンズ〉なので目暗ましは効果がない。

 2対のシザーハンズが時雨に振り下ろされる刹那、狂人者の身体を強烈な光が貫き、時雨をも貫こうとした。

 時雨は光を辛うじて避けた。

 狂信者の身体を貫いたものは光の槍であった。それをしっかりと握り締めているのはアリスだ。アリスは〈レイピア〉を召喚コールして、マナを狙ったのだ。そこにたまたま障害物となる狂人者がいたに過ぎない。

 〈レイピア〉を引き抜かれた狂人者の身体は地面に倒れた。

 その後ろにいた機械人形アリスは無表情のまま〈レイピア〉を構え直す。

「時雨様、マナ様をお渡しください。わたくしの使命はマナ様の抹殺であり、他のお方に危害を与えるつもりはありません」

 『ウソつけ!』とマナ&時雨は思ったが、それは口に出してはいけないような気がした。

 〈レイピア〉は明らかに時雨に向けられていた。マナを渡さなければ容赦しないということだ。

 時雨はアリスとマナを交互に見た。

「つまり、マナを渡せば問題解決って――」

「にゃぎゃ〜!(莫迦っ!)」

 猫爪攻撃を時雨は頬に受けた。ヒリヒリと沁みる痛さだ。

 やはりマナをアリスに渡すべきだと硬く決意した時雨であったが、交渉はすでに決裂していた。以外にアリスの気は短かった。

 〈レイピア〉を還したアリスが再びコードを唱えようとする。だが、その時、地面に転がる狂人者の手が動いた。否、動いているのは〈シザーハンズ〉であった。

 狂信者が死のうとも〈シザーハンズ〉は死なない。当たり前のことを忘れていた。

 機械人形と〈シザーハンズ〉が共鳴する。二つのモノをこの世につくり出したのは者の名はセーフィエル。全ては夜魔の魔女セーフィエルの策略であった。

 アリスの腕に〈シザーハンズ〉が装着される。だが、様子が可笑しい。

「コード013――〈シザーハンズ〉認証開始――エラー、エラー、エラー、エラー、エラー!?」

 本来は問題なく〈シザーハンズ〉はアリスの追加機能になるはずであった。

「にゃ……!?(もしや!?)」

 マナはアリスの身体を勝手にカスタマイズしていたことを思い出した。それが原因だった。

 交互性に問題が生じた。それは、暴走の序曲となった。もちろん元凶はマナである。

「コード000アクセス――70パーセント限定解除。コード007アクセス――〈メイル〉装着。コード005アクセス――〈ウィング〉起動」

 身体のラインを強調する白いボディースーツがアリスを包み込む。背中に鳥の骨組みのような黄金の翼が生え、腕には〈シザーハンズ〉が身体の一部として左手だけに装着されている。

 この事態に焦るマナ。そして、時雨がぼそっと呟く。

「逃げるの忘れてた……」

 アリスと融合した〈シザーハンズ〉は鳥のくちばしのように形が変形しており、その口が急に開かれた。

 時雨は開かれた嘴型の鉤爪の奥にある闇が輝いたのを見た。

「マズイっぽい!」

 鉤爪にエネルギーが集中していき、それは放たれた。

 〈シザーハンズ〉はただの鉤爪から魔導砲の役割を担うようになっていた。

 発射された魔導砲を辛うじて避けた時雨はそのまま後ろを振り向いた。そこには直径3メートルほどの穴がビルの壁にぽっかりと空いていた。アリスの放った魔導砲はビルの壁を溶かし、遥か数百メートル先まで見渡せる穴を作っていた。

 シャレにならない破壊力だった。今の攻撃が身体に掠りでもした時点で人間は即死だろう。時雨のロングコートをよく見ると、焦げているのがわかる。

 マナを抱える時雨はアリスの目を見据えながら、ゆっくりと後退していった。後ろを振り向いた瞬間に絶対に殺される。

 それにまともに戦うのも賢明な選択ではない。無事では済まないのは明白だった。

 冷や汗を流す時雨の腕の中でマナが鳴いている。

「にゃん、にゃん(アリスの様子が可笑しいわよぉん)」

 マナが必死にアリスの方を見ろと言っているのが時雨に伝わった。

 アリスは魔導砲を放ってから身動き一つしていなかった。

 突然、とても濃い夜の香りが辺りを満たした。

 冷たい風と共に闇の奥から時雨が先ほど出会った女性――セーフィエルが姿を現した。

 セーフィエルはアリスの身体を調べはじめた。

「どうやらオーバーヒートをしてしまったうようね。残念だわ、これからおもしろいところだったのに」

 セーフィエルはアリスの背中を開けて内部をいじくると、妖艶とした笑みでマナを見つめた。

「結構楽しかったでしょ? アリスのこと、またよろしくね。精々こき使ってやって頂戴」

 この言葉に時雨とマナの頭に『?』マークがいくつも飛び回った。

 呆然と立ち尽くす二人を尻目にセーフィエルは背中越しに手を振った。

「じゃあね、またお会いしましょう」

 闇の中にセーフィエルは消えた。

「何あの人? マナの知り合い?」

 時雨は不思議な顔をしてマナを見つめるが、マナにも状況が把握できていない。

 再び、夜の香りがした。だが、今度は声のみだった。

「あ、そうそう。あの術は試作段階だから、明日になったら人間に戻れるわ」

 そう言ってセーフィエルの気配は完全に消えた。

 結局、何がなんだかわからない。セーフィエルは何がしたかったのだろうか?

 マナは首を傾げながら、思いを巡らせたが、出た答えはこれだった。『昔から意味のわからない行動する女だった』。

 止まっていた筈のアリスがぎこちない様子で柔軟体操をはじめ、しばらくしてからマナを抱きかかえる時雨の前まで来た。

「マスター、帰りましょう」

 アリスは時雨からマナを取り上げて去って行った。

 残された時雨は首を傾げて宇宙そらを見上げた。

「世の中ってわかんないなぁ」

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