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魔剣士(完)

 帝都第二の大きさを誇るエデン公園。この公園は帝都の中心に位置し、その公園の東にはメビウス時計台という建物が立っている。

 今、エデン公園は帝都政府による厳戒な警備が行われていた。

「また、あなたですか――帝都の天使さん」

 ファーアはにっこりと笑った。彼女の目の前に現れたのは時雨と〈大鷹〉だった。

「仲間に入れてくれないかなぁ?」

 ふあふあした惚けたような口調の時雨にフィーアはうなずいて見せた。

「いいでしょう。ですが、今回はわたくしどもも戦います」

 前回は殺葵の襲来を見ているだけであった帝都政府だが、今回は殺葵と戦うというのだ。前回と今回、いったい何がそうさせたのか?

「ボクには連れがいるんだけど、この人も一緒に戦っていいかな?」

「殺葵を封印していた神殿の〈名も無き守護者〉です」

 頭を深々と下げ挨拶をした〈大鷹〉だが、ファーアはこの人物が何者なのかすでに知っていた。

「存じておりますわ。殺葵の封印されし神殿の守護者ですね?」

「わたくしのことをご存知なのですか?」

「ええ、全て知っております」

 不適な笑みを浮かべたフィーア。その心の奥底には何か秘めていた。

「ですから、帝都政府は時雨さんとこの方のバックアップをいたします。がんばって殺葵を封じてくださいね」

 封じる――それは端から殺葵を抹殺する気が帝都政府にはないということ。世界最強と謳われるワルキューレたちでも殺葵を倒すことは難しいのか、それとも別に……?

 フィーアに連れられ時雨たちは巨大な時計台の前まで来た。このメビウス時計台の前で殺葵を向かい撃つのだ。

 メビウス時計台の警護をしているのはファーアを含めてワルキューレが三人だけであった。時雨と〈大鷹〉を加えても全員で五名にしか満たない。相手は神威神社と帝都タワーを全壊された相手なのにだ。

「ヤル気ないでしょ?」

 思わず時雨はフィーアに聞いてしまった。だが、フィーアは首をゆっくりと横に振った

「滅相もありませんわ。これで十分です」

 ワルキューレが三人もいれば心配ないという自信の現れか、それとも別に策があるとでもいうのか。

 一瞬にして辺りを凍りつかせる禍々しい殺気が立ち込めた。殺葵が近づいて来ているが、見なくとも誰にでもわかった。

 封印を解かれた魔剣士殺葵。彼は妖刀を構え、風と共に現れた。

 ワルキューレたちは時計台を守るように立ちはだかり、その前方には時雨と〈大鷹〉が立ちはだかった。

 魔導書はまだ届いていない。どうする時雨よ?

 剣を抜くのみであった。妖刀村雨が辺りを照らし、時雨は正眼の構えを取り、相手の目の高さに剣先を向けた。

 二人が風を切り走る。光がほとばしり、閃光がぶつかり合う。

 妖刀同士の戦い。村雨が勝つか、殺羅が勝つか。時雨が勝つか、殺葵が勝つか?

 帝都タワー前では殺葵に全く歯が立たなかった時雨だが、今度は違う。

 二人の剣士は交じり合う互いの剣を同時に押し離し、後方に飛んだ。

 村雨を横に振りながら時雨が宙を舞う。光の粒が辺りに飛び散り殺葵を襲うが、殺羅がそれを力強く受け止める。剣は武器であり楯でもあるのだ。

 〈大鷹〉は翼を大きく羽ばたかせ風の刃を発生させた。その刃の先には時雨と向かい合殺葵がいる。

 後ろから風の刃が迫り来るが、殺葵は時雨と対峙しており動くことができなかった。だが、殺葵は動いた。

 足が蹴り上げられ時雨の顔を掠めた。殺葵は相手の剣を自らの剣で防ぎながら、蹴りを相手に喰らわそうとしたのだ。

 蹴りを避けた時雨に隙ができる。その間に殺葵は風の刃に向かって走った。いや、違う風の刃の先にいる者に剣を向けるつもりなのだ。

 風の刃が殺葵の肩を切り裂き血が流れるが、彼は何事もないように走り続ける。

 妖刀が地面を擦りながら上に斬り上げられた。風が唸る。

 〈大鷹〉は間一髪のところで上空に舞が立ったが、殺葵は逃がさない。

 上空15mの距離を殺葵は地面を蹴り上げ軽々と飛翔した。

 地面から襲い掛かってくる殺葵に〈大鷹〉は翼を大きく動かし爆風を浴びせる。それによって殺葵に身体は急激に地面に吸い込まれるように落ちていった。

 地面を砕き、膝を付き、手を付き、殺葵は見事地面に着地をした。

 殺葵には休む暇などなかった。膝を付いている殺葵に時雨の剣技が炸裂する。

 輝く光が殺葵の頭上に振り下ろされるが、これで仕留められるほど殺葵は弱くはない。殺葵は防御するでもなく、頭上に振り下ろされる剣よりも早く、自らの剣を横に振るった。

 妖刀殺羅の切っ先が時雨の腹の辺りの布を切り裂いた。それだけで、妖刀に力を持っていかれてしまったような気がする。

 飛来する〈大鷹〉の手には大剣が握られていた。このまま殺葵を串刺しにするつもりなのだ。だが、なんと殺葵は空いている手でそれを受け止めてしまったではないか!

「このようなナマクラでは、私は仕留められん」

 大剣握る手からは鮮血が滲み出し、地面に滴り落ちていた。

 体制を立て直すべく、剣を殺葵に向けていた時雨の後方から大声が浴びせられた。

「受け取れ時雨!」

 分厚い魔導書が投げられた。それは見事時雨の後頭部に命中。

「痛いっ! 紅葉、ボクを殺す気!」

 頭を押さえながらしぐれが振り向いたその先には紅葉、そして、マナとファウストが立っていた。

「時雨ちゃ〜ん、助けに来てあげたわよぉん」

 腰に手を当てて仁王立ちするマナ。必要以上に彼女の態度はデカイ。

 魔導書を手に取った時雨であったが、開けない。ページが開けなかった。

「これって、どうして?」

「時雨様、こちらに投げてください!」

 〈大鷹〉はそう言うが、彼は今殺葵と対峙していて、投げても受け取れるとは到底思えなかった。

 殺葵の気をこちらに向けなくてはいけない、と考えた時雨は剣を構えて走り出そうとしたのだが、戦いがはじまってだいぶ経って、時雨はある重大なことに気がついた。帝都政府は誰ひとり動く気配がない。

 時雨は村雨を構えながら後ろを振り向いて声をあげた。

「戦うって言ってたの嘘だったわけ!?」

「いいえ、嘘ではありませんわ。メビウス時計台もしくは帝都政府に危害が及ぼされた場合は戦います」

 ファーアの言葉を聞いてファウストは悪魔の笑みを浮かべた。

「エージェントの資格を一時剥奪されたこと、それは帝都政府の狙いなのだと私は解釈した」

 凄まじい魔力がファウストの身体の周りで渦を巻き、爆風を巻き起こす。彼は全力で殺葵を叩きのめす気だ。

 空間から取り出された杖に取り付けられた蒼い魔玉が妖しく輝く。

「ダークドラゴン!」

 高らかに声をあげたファウストの背中から霧が立ち上がり、それは巨大なドラゴンと化した

 怒号の咆哮をあげるドラゴンの牙は鋭く輝いていた。そのドラゴンが大きく羽ばたくと激しい風が巻き起こり、ここにある全てのものが大きく吹き飛ばされそうになった。

 足を踏ん張りながら時雨はドラゴンが殺葵に襲い掛かるのを見た。それを確認した後、すぐさま〈大鷹〉のもとへと疾走した。

 〈大鷹〉の手に渡った魔導書はついにその表紙を開けた。開かれたページには何も書かれていなかった――否、人間の目には見えないだけだ。

「時雨様、わたくしと共に呪文の詠唱をお願いします」

「呪文ってどんな?」

「ここに書いてある呪文です」

「……どこに?」

 時雨には白紙のページを指差しているようにしか見えなかった。

「よく目を凝らしてご覧下さい。時雨様にも見えてくるはずです」

 言われたとおりに時雨はよ〜く目を凝らして白紙のページを『視た』。すると、字が少しずつ浮き上がってくるではないか?

 だが、時雨には読めない言語であった。

「この字読めないんだけど?」

「……わたくしが暗唱しますので、真似してください。それでは――NAREAK、NIOS、AHETEBUS……」

「ちょっと、待った。発音できない」

 〈大鷹〉の発した言語は人間には発音できないものであった。状況は完全に混迷を深めた。

 時雨たちが悪戦苦闘する後ろでは、ファウストVS殺葵の戦いが激化していた。

 煌くドラゴンが白銀の炎を吐く。それを避けて殺葵は飛翔するが、ドラゴンの尾が殺葵を地面に叩きつける。

 地面に着地した殺葵にレイピアが襲い掛かり、その後ろからは煌く大蛇が口を空けて殺葵を喰らおうとしている。

 四方八方から襲い掛かって来る精霊たちをなぎ払うべく、殺葵は身体を回転させながら剣を振り、そのまま回転しながら高く飛翔した。

 上空にはドラゴンが待ち構えていたが、殺葵の剣戟がドラゴンの腹を裂いた。重傷を負ったドラゴンはそのまま霧と化し、妖刀殺羅の糧となった。

 新たな精霊を呼び出そうとしたファウストの身体が光の楔によって拘束され、現時点で外に出ている精霊が強制的にファウストの身体に戻された。

「私の邪魔をするのは誰だ?」

「ファウスト、もう十分でしょう。あちらの準備が整ったようですよ」

 フィーアの手からは輝く鎖が伸びており、それがファウストの身体を拘束していた。

 殺葵の前に時雨が立ちはだかった。だが、それは時雨であって時雨でないものであった。

《封印する》

 時雨の口から時雨の声と〈大鷹〉の声が同時に発せられた。

 封印の呪文はふたりの守護者が声を合わせて唱えなければない。だから、〈大鷹〉は時雨の身体に入り、時雨を操ることにしたのだ。

《NAREAK、NIOS、AHETEBUS》

 呪文の一節を唱えただけで殺葵は動きを拘束された。

《UBOY、OWEROS》

 透明な柱が地面から地響きを立てながら突き出て、殺葵の身体を取り込んだ。

 妖刀が唸り声をあげた。

 爆発音と共に柱が壊され、殺葵が舞った。

 柱の破片が割れた硝子のように輝く中、殺葵の剣が時雨の身体を貫いた。が、刺されたのは〈大鷹〉であった。

 刺される瞬間に〈大鷹〉は時雨から分離して、時雨を守ったのだ。

 唸る妖刀殺羅に身体の力を吸い込まれていく〈大鷹〉はミイラのように干からびていき、やがては塵を化して殺羅の糧をなった。

 封印は失敗した。それは時雨の身体に残る〈大狼〉の力では不足だったのか。違う、殺葵は最初に封じ込まれた時よりも力を増幅させていたのだ。

 今の殺葵には以前と同じ封印では封じることはできない。

 封印が失敗に終わり、ワルキューレたちの顔にも陰が差したと思いきや、これは計算内のことだった。

 フィーアは全てを知っていたように言った。

「新たな封印が必要なようですね」

 この言葉に紅葉は何かに気がつき、小さく呟いた。

「メビウス時計台……」

 メビウス時計台――ここは普段から一般人の立ち入りが規制されている。その理由は時計台の周辺に強力な魔力が発生しているからだと言われている。

 傍観者に徹していたフィーアの腕が天高く上げられた。

「封印は完璧でなくてはいけません。あちらの準備が整ったようです」

 フィーアの腕が下げられた。それは合図だった。

 三人のワルキューレが同時に動き、時雨ともろとも殺葵を取り囲んだ。その陣形は正三角形になっている。

 時雨の目の前で殺葵の表情が苦痛に歪んだ。殺葵の身に何が起こったのか、そのようなことを考える暇もなく、次の瞬間には殺葵が命に代えても手放すはずのない妖刀殺羅を手から滑り落としてしまった。

 妖刀が地面に落ちたのと同時に見えない何かに殺葵は腕や足を拘束されて、空間に張り付けにされてしまった。

 時雨の顔から表情が消えていた。そして、時雨は地面に落ちた妖刀殺羅を拾い上げ、両手で柄を強く握り締めた。

 紅い花が散る。血を欲する妖刀は殺葵の腹を貫いた。時雨の手によって――。

「ぐはっ……呪が自らの魂をも喰らうか……」

 吐血する殺葵であったが、その表情には苦痛の色はない。彼はやすらかな顔をしているのだ。

 妖刀を掴む時雨の手と腕がわなわなと震える。それは妖刀の力か、それとも……?

 震える身体を抑えながら時雨は吐き出すようにやっとの思いで口を開いた。

「なぜ殺葵はこの世界に出て来た、いや、なぜボクの前に現れた?」

「私は外に出る気などなかった、封印は破られたのだ。この都市は、いや、この世界全体は奴の手のひらの上で躍らされているのかもしれない……」

「ボクもそう思うよ、親愛なる友人――殺葵」

 殺葵の後方の空間が地獄の唸り声をあげて裂けた。そして、空間の裂け目から二本の雪のように白く美しい手が突き出ると、そのまま殺葵の身体を抱きしめるようにして掴んだ。

《僕と共に永久を逝きよう》

 次の瞬間、白い手に力が込められ殺葵の身体を闇の中へ引きずり込んでいってしまった。空間の裂け目に大量の風が流れ込み、そして、裂け目は消えた。何ごともなかったように――。

 立ち尽くす時雨の手には妖刀殺羅が残っていた。


 魔剣士 完

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