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魔剣士(4)

 病院から出るとすぐに時雨はコートのポケット探った。電話がかかってきたのだ。

 ケータイのディスプレイに表示された名は『紅葉くれは』――帝都大学の教授の名である。

「もしもし、紅葉ぃ?」

《至急来い》

「……他に言うことないの、久しぶりとかさぁ?」

《久しぶりだ》

 全く感情のこもってない機械的な挨拶だった。

「ヤダよ〜んだ、ボク忙しいんだから」

《いいから来い。場所は帝都地下遺跡だ》

「地下遺跡って、あの地下遺跡?」

《そうだ、君と以前行った遺跡だ。では、遺跡入り口で待っている》

 そこで電話は一方的に切られた。

 待っていると言われたら行かなくてはならない。これは強制的で、もし行かなかったらどんな目に遭わされるかわからない。

 紅葉の言っていた遺跡とは、今年の1月に帝都の地下で発見された古代遺跡のことだ。そこで時雨は行方不明者探しの依頼を受けたのだった。

 遺跡での事件は解決されたが、時雨はこの遺跡が何の遺跡なのか知らされていない。この遺跡の調査を帝都政府から依頼されていたのが紅葉で、彼は今日まで遺跡の調査を進めてきていたのだ。

 地下遺跡の入り口はビル街にあり、新たなビルを建てるために地下を掘り返したところ、偶然地下遺跡が発見されたのだ

 この遺跡は実際には帝都の地下にあるわけではなく、別の場所にあるのだと言われており。ここにある地上からの入り口は、空間のねじれによって地下の遺跡と繋がっているのだ

 広い空き地に時雨が到着すると、そこで紅葉が迎えた。

 白衣の麗人の長い黒髪が風に戯れて波を打った。

「遅いぞ」

「これでも早く来たつもりだよ」

 これは本当だった。タクシーの運転手に行って、ムリして車を飛ばしてここまで来たのだ。

「では、行くぞ」

「はぁ?」

 有無も言わさず紅葉はさっさと時雨に背を向け歩き出してしまった。

「はぁ」

 時雨はため息をつきながら紅葉の後を追った。

 この遺跡は帝都政府の厳重な警備下に置かれ、24時間体制で政府の人間が警護を行っている。

 遺跡の中には簡易巨大エレベーターで下りる。

 ガタガタと身体が小刻みに揺れ、最後にガタンと大きく揺れてエレベーターは止まった。

「おおっと」

 あられもない声を出しながら時雨はバランスを崩しまった。前回ここに来た時も同じことをして、紅葉にさっさと置かれて行かれてしまった。今回もそうだ。

「行くぞ」

 紅葉は時雨のことなど構いもせず足早に歩いて行ってしまった。

 遺跡の壁は魔法が施されているらしく、常にほのかな光を放っている。

 この遺跡には数多くのトラップが仕掛けられており、そのほとんどは解除せれているが、まだ解除されていないものがあるかもしれない。前回来た時は、解除せれているということになっていたが、実際はいくつかのトラップが残っていた。だから今回もあるかもしれない。

 1ヶ月以上もの調査により紅葉はこの遺跡の構造を熟知したらしく、迷うことなくある場所に向かって行く。そのある場所とは遺跡内に建てられている神殿である。

 石段を一歩一歩上がって行くと、そこには大きなオリハルコン製の門があり、その左脇には大鷲、右脇には大狼の石像があった。石像になっている大狼はこの神殿を守っていた者の彫像だ。

 神殿の中に入った二人を出迎えたのは、鷲の翼を生やした男だった。茶色い布を身に纏うこの男の腰には剣が装備されている。

「お待ちしていました。そちらが時雨様ですね。わたくしはこの神殿を守る〈名も無き守護者〉です」

 〈名も無き守護者〉は妖艶な笑みを浮かべた。この男、いつか出逢った『大狼』に雰囲気が似ている。

 警戒心を抱く時雨に対して、〈名も無き守護者〉はゆっくりとした歩調で近づいて来る。

「恐い顔をしないでください、危害を加えるつもりはありませんから」

「あのさぁ〜、なんでボクはここに呼ばれたのかな、ねえ紅葉?」

 口調にも表情にも怒りはない。だが、時雨は少しご機嫌斜めだった。言うまでもないが、怒りの矛先は紅葉だ。

「彼が君に用があるそうだ」

 華麗に紅葉は責任転嫁をして、時雨の視線を名も無き守護者に向けさせた。

「申しわけありません。時雨様を紅葉様に呼んでいただいたのはわたくしです」

「だから、なんでさあ?」

「では、お話いたしましょう」

 〈名も無き守護者〉は神妙な面持ちで話しはじめた。

「この神殿は本来、ある者を封じるためのものでした。ですが、ある時、神殿をアポリオンという悪魔に乗っ取られてしまったのです。守護者としてわたくしは失格です」

 以前時雨がこの神殿を訪れた時、紅葉の身体を乗っ取ったアポリオンと戦っている。そして、強敵ではあったが、『何故か』倒すことができたのだ。

 突然〈名も無き守護者〉の身体に異変が生じた。〈名も無き守護者〉の身体が閃光に包まれ、その中から〈大鷹〉が現れた。そう、これが〈名も無く守護者〉の正体だ。

「これがわたくしの真の姿。そして、守護者はもうひとりいました」

「あの大狼でしょ?」

 時雨の予想は当り、〈大鷹〉大きく頭を頷かせた。

「その通りです。ですが、もうひとりの守護者はアポリオンに操られ、わたくしは罠に落ちて封じ込められてしまいました。そして、ここに封じ込めていた者が外の世界に出て行ってしまいました。その名を殺葵」

 この神殿はアポリオンの神殿ではなく、殺葵を封じ込めていた神殿だったのだ。

「わたくしは紅葉様によって封印を解かれ、どうにか外の世界に出て来れました。そして、これからわたくしのするべきことは殺葵の封印です。その手伝いを時雨様にはしてもらいたいのです」

「なんでボクが?」

「時雨様の身体にはもうひとりの守護者が宿っています」

「ボクの身体に?」

「そうです。時雨様、少しの間じっとしていてください」

「なんで?」

 答えは行動で示された。突然〈大鷹〉がその大きな翼を広げたかと思うと、時雨の身体を翼で包み隠したのだ。

 突然のことに時雨は抵抗しようとしたが、結局何もできなかった。翼には魔力がこもっており、時雨の意識を空にしてしまったのだ。

 〈大鷹〉の目が大きく見開かれ、時雨は翼から解放された。

「困ったことになりました」

 小さな声で呟いた大鷹の表情は曇りを浮かべている。これに対して紅葉はわかっていたように言う。

「やはりな。時雨の身体に溶けすぎていて、抽出できないのだな?」

「そのようです」

 〈大鷹〉のしようとしたこと――それはもうひとりの守護者〈大狼〉の抽出。時雨の身体に入り込んでいる〈大狼〉を抽出して復元するつもりだったのだ。しかし、〈大狼〉はすでに時雨に吸収されていて、抽出が不可能となっていた。

 ふらふらしていた時雨の意識が戻ってきた。

「何したの今?」

「君の中に入っていた守護者を取り出そうとして失敗したのだ」

「ふ〜ん」

 理解したようで理解していない時雨。

 〈大鷲〉はまた人間の姿に戻った。

「時雨様の身体にもうひとりの守護者の力が宿っていることは確かなようです。ですから、わたくしと共に時雨様には殺葵の封印をしてもらいたのですが?」

「ええ〜っ、めんどくさいなぁ。でも仕方ないか」

 仕方ないというのは紅葉の顔色を伺っての発言だ。紅葉は時雨を睨んでいたのだ。

「では、さっそく殺葵を封じに行きましょう、と言いたいところなのですが、殺葵を封じるための魔導書がこの遺跡から何者かによって盗まれてしまったのです」

 魔導書が盗まれた。この言葉に時雨と紅葉はある人物の名を同時に思い浮かべた。その名はマナ。

「その件については私が引き受けよう。時雨はこの守護者と共に殺葵のもとへ行け」

「紅葉様には何者が盗んだのか、心当たりがおありなのですか!?」

 紅葉は時雨と顔を見合わせて苦笑した。この二人はマナが魔導書を持ち去ったのを見ていたわけではないが、マナが持ち去ったという確信はあった。

 この後、三人は遺跡を出て、時雨と〈大鷹〉殺葵のもとへ、そして紅葉はマナを探しに行った。


 ファウストがエージェントの資格を一時的に剥奪されたため、ファウストの補佐として今回の事件に関わっていたマナも事件から身を引くことになった。

 帝都某所にある巨大な洋館がマナの住まいだ。ここでマナはメイドの機械仕掛けの人形とふたりで暮らしている。

「マスター、紅茶を御持ち致しました」

 ゴシック調のドレスを着た金髪の少女が紅茶を持ってマナの前に現れた。この少女が機械仕掛けのメイド――アリスだ。

「マスター、紅茶を御持ち致しました」

 返事がなかった。

 マナはテラスで椅子に座り、テーブルに突っ伏していた。そんなマナをアリスの魔力のこもった蒼い瞳がマナの顔を覗き込む。アリスの表情は普段は無表情なはずなのだが、この時は少し、不機嫌そうな顔をしているような気がする。

「紅茶をお持ち致しました」

「適当なところに置いておいてくれるかしらぁん」

 テーブルに突っ伏しながら、マナはくぐもった声でやっと返事をした。

 自分の方を見向きもしない主人に反抗心を抱いたのか、アリスは主人に言われたとおり『適当』なところに紅茶を置いて去って行った。

 少し経ってマナは紅茶を飲もうと顔をあげた。だが、紅茶が見当たらない。適当な場所=テーブルの上にあるはずの紅茶がないのだ。

 紅茶は床の上に置いてあった。アリスは主人の言いつけどおりに『適当』な場所に置いたのだ。

「……後でいびって差し上げるわぁん」

 アリスはマナに対して反抗的であり、マナもアリスをねちねちと苛めるのを趣味としていた。この二人の仲は最悪だった。

 紅茶を飲みながらマナが読書をしていると、再びアリスが現れた。

「マスター、御客様で御座います」

「誰かしらぁん?」

 黒いドレスを着た少女の後ろには白衣の男がいた。そう、紅葉だ。

「君の所有している本に用があって参上した」

「あらぁん、紅葉ちゃん久しぶり」

 アリスはマナの前の席の椅子を引いて、

「紅葉様、どうぞ御座り下さいませ」

「ありがとう」

 席についた紅葉にすぐさまマナは疑いの眼差しで凝視された。

「どうかしたのかしらぁん?」

「盗んだ魔導書を返してもらおう」

「あらぁん、あたし、紅葉ちゃんから何も盗んでいないわ。そんな言いがかりよしてくれないかしらぁん」

「私の所有物ではない。現所有者は帝都政府ということになっているが、本来の持ち主がそれを火急的に必要としている。帝都地下遺跡で盗んだ魔導書を出したまえ」

「……記憶にないわねぇ〜」

 マナは完全にとぼけるつもりだった。何せ証拠がないのだから。だが、紅葉は確信で動いている。

「記憶になくとも、君が盗んだことは事実だ」

「だったら、家中探して見つけたらぁん?」

 不適な笑みを浮かべるマナ。魔導書が絶対見つからないという自信があるのだ。魔導書は異空間に保存されおり、普通の方法ではマナ以外の人間には取り出せないようになっているからだ。

「その表情から察するに、私には到底探せない場所にあるということだな? つまり、君の異空間にその魔導書はあると考えるのが自然だろう」

「ギクッ……さぁ、どうかしらぁん?」

 紅葉の鋭い指摘にマナは明らかに慌てた。マナは嘘をつくのが苦手なのだ。

 魔導書がどこに保管されているのかはわかったが、紅葉には何の手立てもなしに魔導書を手に入れることは、現時点では不可能だった。

「私は君の異空間からものを取り出す手立てはない」

 マナは紅葉の言葉に安堵の表情を浮かべた。

「――だが、できないこともない」

 これは紅葉の言葉ではなかった。第三者の言葉である。

 第三者の顔を見たマナの表情を曇る。

「紅葉君、久しぶりだ」

 そこに立っていたのはマナの師匠であるヨハン・ファウストだった。

「ここで二人の話は失礼だが立ち聞きさせてもらった。私ならば、マナの異空間からものを取り出すことが容易くできるが?」

「お師匠様、立ち聞きなんて下品なことなさらないでくださいますか?」

 マナの口調は師に対しては変わる。いつもより丁重になるのだ。

「我が弟子として、私がここに立っていたことにも気づかない方が問題だ」

 相手を見下すような笑いを浮かべるファウスト。これに対してマナは全く反論できなかった。

 師が近くにいたことに気づかなかったのは事実である。ファウストはマナよりも高位の魔導士であると共に、弟子であるマナにも計り知れない魔力秘めていた。

 飲みかけの紅茶を飲み干したマナは急に立ち上がった。

「そうだったわ、急用があったんだったわ。ねえアリス?」

 この場から逃げるべく、マナは片隅でじっと立っていたアリスに助けを求めた。だが、アリスは無表情な顔で冷たく言い放った。

「何も御予定は御座いません」

 仲の悪さがこんな時に仇となった。

 逃げようと走ったマナの前に紅葉が立ちはだかる。

「何も予定はないそうだが?」

「ちょっと、トイレに……」

 素早く後ろを振り返り逃げようとしたマナだったが、そこにはファウストが立っていた。

「魔導書を出したまえ。さもないと、お仕置きだ」

 観念したマナは両手を上げ、自分の周りに大量な魔導書を異空間から出した。

「あの遺跡から持ち出したのはこれだけよぉん」

 おそらく30冊くらいだろう。この中に探している魔導書がある。

 魔導書を一瞥したファウストは次に紅葉に視線を向けた。

「ところで紅葉君。なぜ魔導書が必要なのかな?」

「殺葵とやらを封じるために必要なのだ」

「ほほう、それはおもしろい」

 不純な笑みを浮かべるファウスト。マナも殺葵という名前に反応して眉をひそめた。

 数ある魔導書の中から紅葉は一冊の魔導書を手に取った。その分厚い魔導書の表紙には狼と鷹が描かれていた。

「どうやらこれのようだ。ところでマナはこの中身を読んだのかな?」

 紅葉の問われたマナは首を横に振った。

「読まなかったわ、表紙すら開けられなかったのよ」

 遺跡から持ち出した魔導書で唯一マナが読むことができなかった魔導書。魔導書には封印が架けてあり、マナの力では開くことができなかったのだ。

 目当ての魔導書は見つかった。後はこれを時雨たちのもとへ届けるだけだ。

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