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魔剣士(2)

 すでに神威神社の前には人ごみができていた。報道陣や警察に騒ぎを駆けつけて来た野次馬が大勢いる。だが、神社は完全封鎖され中には入ることができない。

 遠くから神社のようすを見るが、それは酷い有様だった。全壊という言葉が相応しいように思える。本殿が瓦礫の山と化しているのだ。

 時雨はどうしても命と話がしたかったのだが、どうにもこうにもいかない。人が多すぎて神社に近づけないうえに、完全封鎖されているので近づけたとしても入ることはできないだろう。

 困り果てている時雨のもとに銀色をしているソフトボール程の大きさの物体が飛んで来た。それは金属でできておりスピーカーとカメラが取り付けてある。これは情報屋と呼ばれる職業の実力者であるしんの偵察用カメラだった。

 宙に浮いたカメラは時雨の前で止まった。このカメラの動力は社会的にも認知されている『魔法』の力で動いている。

 帝都にある有名な大学では魔導学と呼ばれる魔法を学ぶ学問を教える学部が存在するが、魔法は知識の上では誰もが学ぶことができるが、実践となると特別な天性の才能が必要らしく、魔法を使う職業である魔導士の数は少ない。

 カメラのスピーカーから男の声が聞こえて来た。これが真の声だ。

《中に入れないで困っているようだな。料金を払ってもらえれば、あ〜んなことやこ〜んなことの極秘情報を教えてやるが?》

「自分で調べるからいい」

 時雨はカメラを掴むと、遠くに投げ飛ばした。情報は欲しいが、あの情報屋の料金は通常よりだいぶ高い。時雨は商人根性を持っており、金にはなかなかうるさいのだ。

 人ごみをかき分け時雨は強引に最前列に向かった。そこには黄色いテープが張られており、恐い顔をした警察官も立っている。どうがんばっても中には入れてもらえそうもない。

 ここで時雨は得意技を使うことにした。それは子犬のような潤んだ瞳で相手にお願いをすること。これがなかなか効果のあるのだ。

「あのぉ〜、中に入れてくれないかなぁ?」

 子犬の瞳で警官を見つめる時雨。この帝都で一番美しいと言われる時雨に見つめられた警官は我を失いそうになった。この警官は男であったが、時雨の美しさは性別を越えるものなのだ。

 警官が時雨の誘惑に負けそうになったその時、警官の後ろから法衣を身に纏った女性が現れた。

「警官を誘惑してもらって困りますわ、帝都の天使さん」

 鈴のような声の持ち主。この女性は帝都政府直属の魔導士軍団ワルキューレのひとりで、通称フィーアと呼ばれている。

 帝都の重要文化財が破壊されただけでもただ事ではないというのに、そのうえ、帝都政府が直々に動いているとなると、この事件の陰には大きな何かがあると断言できる。

 報道陣の前に姿を見せたファーアにカメラのフラッシュが大量に浴びせられる。そして、質問の嵐が巻き起こるが、フィーアは少し笑みを浮かべただけで、事件について何も語らずに姿を消してしまった。

 時雨は黄色いテープを無理やり越えて中に入ろうとしたが、それが無理なことをすぐに悟って止めた。

 この黄色いテープには魔法による特殊な加工が施されているために、内側からテープを外すまでは何人も入ることができないのだ。いわゆる、このテープは結界の役目をしているということだ。

 しぶしぶ帰ろうとする時雨であったが、そんな彼に報道陣たちの視線が向けられた。もしかしたら、時雨がこの事件に関わっているのではないかと、報道陣は考えたのだ。

 時雨の周りに群がる報道陣。

「ボクは事件と何の係わり合いもないですから」

 そう言って時雨は報道陣の間をかき分け逃げた。

 走る時雨が向かう場所は自宅ではなかった。時雨が向かっている場所は駅だ。そこからある場所に行こうとしているのだ。

 帝都を走る鉄道のほとんどは地下鉄であり、地上を走る鉄道も2年後には全て地下鉄になるという。

 今時雨が向かっている駅を走る鉄道は地上を走っている。そのため、天災に弱く、去年の年末に大雪が降ったときは、駅は完全封鎖されてしまった。

 駅で切符を購入する券売機のほとんどはキャッシュカード対応で、最近は硬貨を使って切符を買うものは少ない。その少ない中に時雨は入っている。

 コートのポケットを探るように時雨は1枚の硬貨を取り出した。彼は財布というものを持ち歩いていないようだ。

 帝都の鉄道は200円でほとんどの場所に行くことができる。だが、それは普通列車だ。特急や急行電車は別料金となっている。

 電車に揺られ、時雨が到着した駅は『ツインタワービル前』。ツインタワーと呼ばれる二対のビルが近くにあることからその名前がつけられた駅だ。

 この駅は多くの人々が利用するためにいくつかの路線が通っている。この駅からであれば乗り換えなしに帝都の主要な場所に行くことが可能だ。

 駅から出るとすぐにバスステーションがある。そこを横切って横断歩道を渡った先には帝都公園と呼ばれる帝都一の公園があり、ツインタワーはその一角にある。そう、時雨の向かう先はそのツインタワービルだった。

 高く聳え立つ二対のビルの階層数は共に100階。時雨の用があるのは2対のうちイーストビルと呼ばれるビルの46階にオフィスを構える情報屋。そこは真と呼ばれる男のオフィスだった。

 時雨がオフィスの中に入ると受付嬢がニッコリと微笑み軽く会釈をした。

「おはようございます、時雨様。今日は何の御用でしょうか?」

 春爛漫の歌うような声がロビーを優しく包み込む。いつもならここで時雨は笑顔を返すところだが、今日は違った。

「真くんに用がある」

 険しい表情をした時雨は受付嬢と顔も合わせずに部屋の奥に足早に向かって行こうとした。

「時雨様! お待ちになってください!」

 受付嬢の静止に構うことなく時雨は真の部屋に入った。

 ネズミ色の金属の壁に囲まれた部屋。部屋には無数のモニターと、床には無数のプラグ、そして何に使うのかまったく見当のつかない機械がゴロゴロとしていた。

 身体と椅子を無数のプラグにより繋いでいる男――この男が真だ。

 真は変な機械を頭から目元まですっぽりとかぶっている。そして、部屋の上空にはソフトボール位の金属製のボールが二つ、忙しなく動き回っている。これで真は外部の情報を見ているのだ。

「やはり来たか、時雨。何の情報が欲しいのかね?」

「ワルキューレが動いているみたいだけど、事件の背景は?」

「ぶりゅちゅ、ぴょーんと、うりゅたりほー!」

 真は突然奇怪な言葉を発した。彼は現実を逃避するために完全にトリップ状態に入ったのだ。

「真くん、今日のボクはマジだよ」

 真剣な顔をしている時雨の顔が『見えて』いないのか、真は頭をガクガクと揺らし、どこかに飛んでいる。

 揺れが止まり、真は深く息を吐いた。

「答えてもいいが、料金はいつもの二倍だ」

「いいよ」

「では、私にもわからん」

「……ふ〜ん」

 殺意が湧いた。口は笑っているが時雨の腹は煮え繰り返っている。

「帝都の中枢コンピューターにも情報がないのだよ。つまり、この情報は完全に口伝や文書で動いている。用意周到なことだ」

 真はこの帝都の情報を全て手に入れられると豪語している。その真に情報が掴めないということは、あの事件はトップシークレット中のトップシークレットとなる。

「真くんのわかる範囲でいいから」

「帝都にいるワルキューレは女帝の警護を除いて全員動いていている。そして、エージェントも動いているな。それから、帝都タワーとメビウス時計台とイスラフィールの塔が異様なまでの警護下に置かれたようだ――シークレットにしては公な政府の動き、隠しきれないほどの大事ということだな。――おっ、新たな情報が今入った。特殊エージェントのひとりファウストとマナが一緒に動いているな。しまった、見つかりそうだ!」

 突然停電が起きた。真の身体がぐったりとなる。そして、すぐに予備電源に切り替わった。

「にゃばーん! ……危なかった」

「情報はそれだけ?」

「途中で妨害にあった。誰の仕業かはわかっているがな」

「じゃあ、料金は規定通りだね」

「1.5倍だ」

「1.2」

「仕方ない、1.3倍の料金だ」

「じゃあ、ボクは行くよ」

 時雨は足早に部屋を後にして行った。その後、部屋からは奇怪な声が聴こえた。


 帝都タワービル――帝都の観光パンフレットにも載っている帝都の観光名所の一つで、帝都一の高さを誇る30年前に建設された建造物である。

 そのタワーの屋上にはビヤガーデンがあり、夜になると仕事帰りのサラリーマンやOLで賑わいを見せる。のだが、今日はビル内には人ひとりいない。その代わりビルの周りには警察などで埋め尽くされている。

 封鎖されているのは帝都タワーだけではない。帝都タワーから半径1キロメートル全てが封鎖されている。こんなこと前代未聞だ。

 地上、空中、地下、結界が張られておりどこからも侵入できない。もし、進入したとしてエージェントにすぐに発見されてしまうだろう。

 時雨は警察の検問はこっそりと抜けることに成功した。問題はこの後の結界をどう抜けるかだ。

 コートのポケットを探り、時雨は筒状の物体を取り出した。これは時雨愛用の剣であった。しかし、この剣には柄しかない。

 時雨の手から激しい光が弾け飛ぶように出た。剣に刃が出たのだ。その刃は光が集合してできているようだ。

 妖刀村雨――古の名刀からその名を取ったこの剣は、魔導具と呼ばれる魔法で創られた剣なのだ。

 華麗に舞い風を斬る。時雨の斬撃はくうを切り裂いた。いや、そこにある見えない壁を切ったのだ。

 結界が破られた。その隙間から時雨は中に進入する。

 このままだとすぐにエージェントが時雨を捕らえに来るだろう。だが、どこに隠れようと結界の中に入れば意味がない。

 時雨はふたりの人影に囲まれた。それの二人は豪華絢爛な法衣で見を包んでいる。

「結界を抜けて忍び込むとは誰かと思えば、君か」

 美麗な容姿を持った男は銀色の長い髪を風に揺らしながら時雨を見ていた。そして、時雨を取り囲んだもうひとりの人物はマナであった。

「あらん、時雨ちゃん。こんなところに何の用かしらぁん?」

「ファウスト久しぶりだね。でも、マナが何でここにいるの?」

「質問を質問で返さないでくれるかしらん」

 風が乱れる。ファウストは空間から蒼い魔玉の付いた杖を取り出した。

「残念だが、時雨君の質問を答える権利を私たちは与えられていない。だが、侵入者を駆除しろとは言われたが、見逃してはいけないとは言われていない。早々に出て行ってもらえると私たちは助かるのだが?」

「ヤダ」

 はっきりとした口調で時雨の一言だけを述べた。それだけで十分だった。

 蒼い魔玉が妖しい光を放った。

「おもしろい、このファウストと戦う気か?」

 二人の間に殺伐とした空気が流れ、マナはその間に強引に割り込んだ。

「時雨ちゃん、ここであたしたちに掴まったらトラブルシューターのライセンスを取り消されちゃうわよぉん」

「……それは困る」

 あっさりと時雨は剣を納め、ポケットの中にしまい込んだ。トラブルシューターのライセンスが取り消されると生活ができなくなる。時雨は経済的な人間だった。

 ファウストが不適な笑みを浮かべた。

「魔法通信が入ったぞ。敵が来たとのことだ」

 魔法通信とは魔導士が連絡手段に使う方法の一つで、魔法にとって通信を行い、機械などでは傍受が不可能とされている。

 目には見えなかったがここにいた3人は感じることができた。結界が硝子のように弾け飛んだことを。

 法衣を煌かせながらファウストは時雨に背を向けた。

「優先事項により、君の排除は保留だ。行くぞマナ」

 空を飛び行ってしまったファウストを追うようにしてマナも飛んで行ってしまった。すぐに時雨はその後を追う。

 空を飛ぶ二人のスピードは人間の足では到底追いつくことができず、姿を見失ってしまった。だが、どこに向かっているかはわかる――帝都タワーだ。

 帝都タワー周辺にはエージェントとワルキューレが集結している。一般人はマナと時雨しかいない。マナはファウストの弟子として、補佐役としてここにいるのだが、時雨は全くの部外者だ。

 すぐに時雨は声をかけられてしまった。その声をかけた人物は時雨に今日二度目も声をかけている。

「あらあら、またあなたですの、帝都の天使さん」

「仲間に入れてもらえるとうれしいなぁ〜」

 惚けたようすの時雨に怒るでもなく、こちらも少し惚けたようすで言葉を返した。

「いいですわよ。でも、ライセンスは剥奪させていただきますけど」

「……それは困る。でも、仲間外れも嫌だな」

「では、仲間に入りますの?」

「うん、入れて」

「では、魔法通信でみなさんに伝えておきますが、わたくしたちの邪魔だけはなさらずように気をつけてくださいね」

 フィーアは妙にあっさりしていた。この裏には何かあるのかもしれない。

 微笑を絶やさずに時雨の応対をしていたフィーアの眉がぴくりと動いた。

「帝都の敵が来ましたわ」

 全員の視線が一点に集中される。そこにいたのは殺葵だった。

 時雨の妖刀に似ている剣を持ち、殺葵は優美な足取りでこちらに近づいて来る。その足取りはゆったりとしているが、進んでいる距離は妙に早い。普通の人間に成しえる業ではない。

 誰にも聞こえない声で殺葵は呟いた。

「私は還る――楽園に」

 次の瞬間、ワルキューレたちによる猛攻が始まった。

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