ガブ・ガブル(1)
とにかくおれは、腹が減っているんだ。
おれの夜歩きに坊主は良い顔をしないが、まあ知ったことじゃない。毎日のチキンには感謝しちゃあいても、だからといって鎖で首輪に繋がれてるつもりもない。別に餌付けされてるわけじゃあない、本当だぜ?
時折、車道の真ん中にひっくり返ってる小汚え酔っ払いとか、仕事帰りの細っこいメスガキとか、あのクソシェリフと目が合ったりすることもある。そんな時ゃ後ろ足を影の中に隠して、前足と真ん中足だけ出しといて、道端で残飯をあさるみすぼらしい野良犬のフリでもしときゃ、やつらは簡単に通り過ぎていく。フリだぜ、フリ。本当にあさったことは……ま、2回くらいか。
何しろおれは、腹が減っているんだ。
地球の食いモンがこれほどおれに合わないと分かってたら、おれはわざわざ来なかったはずだ。いいとこだって聞いてたが、そこだけは誤算だった。結局おれは、おれと同じように地球くんだりまで逃げてくるアホの中から、特に好戦的で地球人にバレようが知ったこっちゃないぜ、好きにやらせてもらわあ、ってな激アホを見つけてはつまみ食いをして、どうにか食い繋いでいる。みじめだ。いい加減、それにすっかり慣れちまってるって事実がまた、おれの繊細なプライドを傷つけやがる。
ちくしょう。夜風が空きっ腹に、染みるぜ。
「おん! おん!」
ちっ。まただ。バカ犬め。おれを仲間だとでも思ってやがるのか。
「おん、おん! おんっ!」
「野良犬ふぜいが、おれと対等なつもりかい? え? 寄るんじゃねえよ。食っちまうぜ」
「おんおん、おんっ! おんおん!」
まったく。汚くて臭いんだよ、お前。こう見えて、おれは綺麗好きなんだぜ。
何犬というんだか知らないが、おれを見かけるたび、泥やら何やらで汚れたこいつは、ひょこひょこおれに寄ってくる。何が嬉しいんだか、千切れそうなほどに尻尾を振りながら。酔狂な野郎だ。
違った。メスだっけこいつ。
「わふ。わふん」
「またかよ。きったねえな、それ、今度は何くわえて……いや、だからな。おい。おれは、食えねえの。吐いちまうの。いらねえって」
顔を合わせるたび、こいつはゴミ箱の中や公園のベンチの下、電話ボックスの陰からでも見つけてきた何かしらの戦利品を、何ともお優しいことに、おれへ分けてくれようとする。具がごっそり抜け落ちたタコスの皮とか。マズいバーガー屋が使い切れずに廃棄したレタスのきれっぱしとか。噛みかけのガムの時は、引っぺがしてやるのにえらく苦労したもんだ。何だっておれがあんなことを。
「わふん!」
「……わあったよ。食やいいんだろが、食やあよ。しつけえ野郎……メスだ」
結局食っちまうおれも、まあ、どうかとは思う。後で吐くのが分かり切ってるとしても、どうにもおれは、そうしちまうんだ。
「! お前……こりゃ」
バカみたいに舌を出して、アホヅラさらしながら、食え、とこいつはおれに言う。腹減ってんだろ、と。言葉は通じなくても、はっきりと。
今夜はどうやら、ゲーゲーやらずに済みそうだ。本日二本目のチキン。パリパリに乾ききってるのと、多少ホコリにまみれてるのは、まあ目をつぶってもいい。この際贅沢は言うまいよ。
「あー。なんだな。まあ。おう。ありがとよ」
「おんっ!」
ちっ。このアホヅラ。笑っちまうぜ。嬉ッしそうな顔しやがってさ。